ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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おれも買ったよ。

2011/09/06(火) 23:57:14

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これから読み進めていく。
「その事態」に気づくのが4ケ月ほど、そしてこの本を買うのに2ケ月くらい遅れをとってしまったワケですが、なに、かまうもんか。

メインの森をめざして アパラチアン・トレイル3500キロを歩く」。
平凡社刊。著者は加藤則芳。

いつものアマゾンで、8ポ2段組み640頁、596gのドカベン本。2,940円。
氏の「トレイル」に対する深い思いと哲学を、覚えておくためにね。そしてこの印税が少しの足しになりますように。

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加藤さんは不治の病「ALS」に冒され、ゆるやかな死を待つほかない現状なのだ。それをご自身のブログでカミングアウトした、桜咲く時期の報告がこちら
あれだけ頑丈な、35kgのザックを背負って歩き続けられる鉄人が、こんな悲運に見舞われねばならないのか。
このときから2ケ月半後の記事に記されているように、冷酷なまでに病の進行は早い。今後はもう、ご本人の更新は叶わないのだろうか。

氏の現状を知ることができる、もうひとつのブログ、これは奥さんの筆になるものだが、6月の記事の中に、ヒトに背負われて「ジョン・ミューア・トレイル」を今年の夏に目指すとある。
この試みは成功したのだろうか。加藤さんといえば、JMTだものね。その地をもう一回、目に焼き付けたいという思いは、今まで一読者として氏の紀行文と接してきたワタシですら良くわかる。

いやその。ワタシは氏のフィロソフィーとか実績を丹念に追っかけたことは、とくになかったんですがね。
たとえば山岳雑誌にトムラウシ連峰の縦走記事などが載っていれば読むものの、ファンというレベルではない。それはなぜかと言えば、彼の出自が「山ヤ」ではないからだと考える。いいセンなんだが、ほんの少しフィットしない、そんなムード。
まあその。氏はもっとスケールのデカい、正真正銘のロングトレイル・ウォーカーだったのだ。

それでも、当「ラード・アラモード」の近年の看板カテゴリーである「バックパッキング」項の第1話目、長らく離れていた登山の世界に今から出戻るという決意表明(大げさだけどサw)時に、加藤氏のブログを引用するくらいにはリスペクトしてきたワタシ。
そしてもうひとつ、「信越トレイル」。これにもコミットしたものです。これは氏の作品と言ってよいルートだろう。幕営できるのなら今すぐにでもトレースしたいワケだが。

こんな不運に見舞われるなどとは露知らぬ2005年に、全共闘世代であった氏が、アメリカ合衆国の東部を南北に長く貫くアパラチアン・トレイル、その全長3,500kmを半年かけて一気に歩き通すのだ。
そうして、入魂の旅の様子のみではなく、出会ったさまざまな人たち、「さらには山麓に広がる歴史や文化、政治や宗教の現況までも含めた社会科学的な考察を織り込むことによって、彼らが生きるアメリカという国の顔と、国際社会におけるアメリカ合衆国のあり方などを、ぼく独自の眼を通して綴っていくつもり(本文引用)」という。

これは大いに楽しい時間をこの一冊と過ごせるというもの。しかしながら、これが加藤さんにとって最後の旅の記録になってしまう、そういう寂しさを味わいながら、だ。

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◆追記:2011年9月25日

秋の空気に入れ替わった連休終わりの好日、ようやく読了。
遅読もいいところですが、毎晩の風呂で20分ほどと、たまに会社帰りの車中で30分という読書環境だったので、まあ、こんなもんじゃん。通勤カバンに入れて持ち歩いていたから結構ヨレてしまったが、昨晩からスパートをかけて百数十頁をベッドで寝ころびながら楽しみました。
そうして今、さわやかな読後感に満たされている。
著者の半年間におよぶバックパッキング旅3,500kmは苦難と歓喜の連続で、それはたいそうな物語なのだが、追体験していく読者にとっても、そこそこタイヘンなワケですね。

いずれキチンと書評にしていきたいものですが、印象が強いのは、アメリカ合衆国が持つ環境政策に対する二面性と、とりわけ「アパラチアン・トレイル」周辺住人たちのボランティア・マインド(トレイル・エンジェル、トレイル・マジックと呼ばれる)のすばらしさだ。ここには、たくさんのあったかいアメリカ人がいる! 加藤さんも184kmを残すのみという地点で、このトレイルのみが発散する特質をこう述べている。
「アパラチアン・トレイルはネイチャー・トレイルであるとともに、それ以上に、じつはソーシャル・トレイルなのだ。人と人との心の絆を育んでくれるトレイルなのだ」。

何年かうちに「信越トレイル」の全線80kmを歩きにいこう、そう思いを定めた。


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ラード的音楽がたり 「クリスタル系」

2011/08/29(月) 19:18:00

夏 6

鈴をふるような透明な声に憧れる。
耳にココチいいからだ。

ラード的には、極私的なネタもいいトコロですが、千代田区紀尾井町にある某大手出版「B」社の電話交換手「ヒデミ」さんにトドメを刺す。いや、そういえばこの10年近く拝聴していないが、受け答えのすべてが「チロリロリーン♪」などと聴こえてしまう美声なワケです。アホみたいな書きかただが(w 付け加えると彼女は人柄もよろしい。
おそらくワタシより数歳は年上のハズだが、ほのかに長らく憧れてきたワケです、偶像としてね。つまりワタシにとってのアイドルだ。その声だけで、どんぶりメシ10杯は喰える。
もちろん電話交換手という「奥の院」におわす彼女の顔を見たコトは今までに無いし、そして実際にも見てみたいとは思わない。わが豆腐アタマの中のみで堅固に構築された彼女の天女的イメージは、バカみたいだが、当のご本人にも阻害されたくはないからです。

さて。くだらん前口上をブチかましてしまったが、夏の最後の日々を、クリスタルな美声をもつ、ワタシ好みの日本の歌手たちをご紹介して爽やかな気分になっていただこう。まあその。解釈や思い入れなんてのは、ヒトそれぞれ。ワタシが知らんだけ、忘れてるだけで、ぎょーさん他にもいてはる、かも知れん。ま、とりあえずですね、アラフィーのラード的には、今このヒトたちなんだ。

夏

◆まずはこの人、高木麻早この歌

以前、「ようつべ」の草創期、30数年ぶりにこの曲と出くわして大きな衝撃を受けたコトは記事にしたっけね。それ以来、およそ200回くらいは聴いてきました。破綻しそうでしない独特の曲構成とベースラインが、スルメのごとき効果を味わわせてくれているのかも。メロディーラインのフィット感を最優先して、歌詞の中身などは問わないっつースタンスのワタシもハマる詩の世界。なんつーか、大好きな歌です。
そしてやっぱり、このヒトは歌がうまい。このセカンド・シングル発売時には、ハタチになった直後なんですね。2分10秒、バックにストリングスが入るあたりから、凄みすら加わるムード。

◆次は、フォーク・デュオ「チューインガム」の、この歌

チューインガムっつーコトバそのものが、すでに聞かなくなって久しいムードですが、カンペキなカレッジ・フォークだ。長女とワタシは同学年ってことになる。親子がかりとはいえ、中学1年で自作による歌手デビューってのは、しみじみとスゴイ。
ワタシがこの歌を知ったのは、7~8年前に「愛と青春のフォーク大全」みたいなクソ恥ずかしいタイトルのCD選集を片っぱしからレンタルしてMDに落としていたとき。その後、当時は存在していなかった「ようつべ」で、初めて彼女らのルックスを見たときの衝撃といったら(汁 まあその。詩の幼い世界はどうでもイイが、このハーモニーはステキだよね。
そしてワタシは、昔、まったく彼女らを知らなかったワケだが、まあ、当時の状況では仕方ないコトでしょう。南、天地、小柳、そしてGOひろみ(検索除け。ネット自警団がいるんだw)といった最強の男女アイドル群がワラワラとデビューしてきた、空恐ろしい時代。だからラジオでしかこういった楽曲は聴け聴けなかったハズで、ところがワタシがラジオの深夜放送にハマるのは、これから1年後だったんです。

◆同じくフォーク・デュオ「シモンズ」の、この歌

スマッシュ・ヒットのコチラ世相ビデオつきもある。マクドナルド上陸&カップヌードル新発売キャンペーン&律子さん&ノンノ創刊など)とか、誰でも知ってたCMソングよりも、断然ワタシは好み。極上のハーモニーだ。歌の内容としても、恋ごころを歌うほうがフィットできる。「チューインガム」のごときコドモにはないホノカな色気を「上」の声に覚えるのと、「下」のフクザツな音程を追っかけてるだけで5回は聴けます。そしていま気づいたんだが、「ひとつぶ」は上が、「恋人も」は下のボーカルを大きくフィーチャーしている。そんなふうに何回も聴き比べていたら、うむ。どちらも気に入ってしまった(w

夏 9 kai

◆次は、本田路津子の、この歌

一般にはこちらこちらで広く知られるクリスチャンの彼女だが、多重録音でハーモニーを加えた明るいこの曲をプッシュしたいところ。理知的といっていいムードですね。
時代的には、プロテストソングでブレイクした中期フォーク・シーンから「ポプコン」的サワヤカ・フォークおよび四畳半フォークの時代へと橋渡しする役どころを担ったような、そんな気がして(w
もうひとつ、公共放送局の朝の連続ドラマの主題歌である、この曲を。これはワタシも中1のころによく流行っていたから耳にコビリついてしまったもの。今あらためて聴くと、凄みのある繰りかえしの曲調が、なんつーか怖い(w 歌詞はポジティブなんですけどね。このあたりが「シンガー・ソングライター」各人のオリジナリティの妙味というものなのか。

◆最後にご紹介するのは、やまがたすみこの、この歌

高校1年生のときのクリスタルな声がイイ。歌詞はまあ、幼いものですが。しかしながらコイツは重要なコトだが、ここでご紹介した中では好ルックスを伴う唯一のひとなんですね、ワタシとしては。のどかすぎる恥ずかしい歌詞を歌っても、イイよ、この人ならワシは気になどしない(w 
ところで、さらに追い討ちをかけますと、この曲を収録したアルバムのタイトルってのが、「風・空・そして愛~やまがたすみこフォーク・アルバム第1集」。どうかね、このイヤハヤ感(w まあしかしオッサンであるワシにとっては、古き良き安心な時代っつームードを覚えるんだけどネ。
さて、ワタシは彼女を「ようつべ」のラインナップ発展と共に知った。活動期から35年も経てから初めて彼女の音楽を知ったワケですが、かつてはマッタク売れなかったらしい。よってCDのフォーク・コンピアルバムにも収録されないから、これは悲運だ。ところが今、息の長い熱心なファンたちがこうやって動画サイトに楽曲を「うp」して、さらにワタシがこのように伝播しているワケで。これって「バズー・マーケティング」の世界ですね。現在では重要なコミュニケーション技法のひとつなのだ。
最後に、もう1曲。いまワタシはこの歌にハマってる。もう50回くらいは「ウォークマン」に落としたこの音源を聴いているくらいだ。低い声で歌う彼女もステキだが、何より一人称を「ぼく」で歌う女性シンガーとその作品ってのが好きなんです。遊佐未森しかり、奥華子しかり。

詩の世界はともかく、近ごろではこんなクリスタルな歌声そのものを、そういえば聞かない気がする。これも絶滅危惧種ってモンなのだろうか。白いギターと共に「思い出」に塗りこめられてしまった音楽を掘り起こして聴く、そんな楽しみを、今もワタシは懐古趣味にひたりながら続けているのだ。


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ラード的音楽の旅路 必殺のメロディー(後篇)

2011/03/03(木) 23:55:33

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「必殺」その3は、賛美歌。
先にお断りしておきますと、ワタシは信仰心は昔も今も持ってないし、またその歌すべてがイイと思うワケでもない。わが国で賛美歌を頻繁に耳にする時期、つまりクリスマス・イブを控えた年末のあの「ムード」が好き、そんなレベルなんですがネ。ま、そういうヒトは多いと思われ(w
ってコトは、ワタシが好きなのは「クリスマス・キャロル」だと言えるのかも。コレなら、じつに幅ひろいジャンルから題材が集まります。たとえば、コレ。この荘厳さよ。そして10年ほど前に聴きまくったこの歌は、外せない。あるいは、コレ。ステキだよなあ。ワタシはこの時期に聴く「ゴスペル」も好物なのだった。

賛美歌の特徴としては、荘厳にして「メジャー・マイナー」なメロディーだとワタシは考える。メジャー・マイナーってのは何かと言うと、他の言いかたが思いつかないから使っているワケですが、暗そうなのに明るい曲とか、明るくなったり暗くなったりする曲のコト。正しい用語かどうかは、知らんけどね。とまれ、そういう「トーン」の曲が、ロックでも歌謡曲でもフォークでも交響曲でも童謡でも、ワタシには「グッ」とくるのです。
小学1年とか2年生のころ、年末になると、ひとつ上の姉とワタシは実家近所にあるカトリック教会の礼拝に紛れこんだモンです。お菓子をくれたからなんだけどね。卑しいな、しかし(w そのときは「誰でも知ってる」レベルの賛美歌を皆で歌っていたハズで、今でも聴くと胸がキュンキュンするこんな歌たちは、そのときの刷り込みに違いない。

その後、ずいぶん久しぶりに賛美歌と直面した機会ってのが、ワシらのケッコン式のとき。チャペルで挙げたんですが、オルガンの伴奏とともにコーラス3名でブチかましてくれたのが、312番。すばらしいメロディーですが、それ以上にケガレなきこのキリスト少女が可愛くて、否も応もなくご紹介。チャペルで初めてこの歌を聴いたワタシ、まあ、けっこう緊張する状態の中、いいメロディーだなあとしみじみしたっけね。

「必殺」その4は、童謡「小さい秋」。
聴くと切なくなっちゃう童謡は誰でも持っているでしょうが、ワタシの場合、この歌にトドメを刺します。すばらしいメロディーだよなあ。そしてワタシにとっては例外的に、歌詞も気に入っている。哀愁のメロディーと歌詞がじつにマッチしていますよね。
春より秋、夏より冬という季節が好きというワタシの性向は、あるいはこの歌によってカタチづくられたのかも知れません。ただし、この歌を初めて聴いたのがいつだったのか、もう思い出せない。幼稚園で歌わされるたぐいでは無いから、するとNHKの番組「みんなのうた」で見て、しみじみしちゃったのかも知れないな。
ワタシが物ごころがついたとき、わが家にはすでにTVがあった。もちろん白黒で、ガチャガチャ式のチャンネルのダイヤルは「10」までしか無かったモノ。そのTVで、「ひょっこりひょうたん島」の主題歌なんかよりもコチラの方が印象が強かったという、今に通じるワビサビを好むガキだったのかも、なんちゃってネ(w

「必殺」その5は、クラシックギターの調べ。
コレはつまり、「ナルシソ・イエペス」のこの曲のコト。「禁じられた遊び」という、60年ほど昔の映画のサントラで、正しいタイトルは「愛のロマンス」。そしてこのメロディーが流れると、今もカラダに軽く電気が流れる(w 好きになった理由をキチンと思い出せる、ワタシの「最古の音楽的記憶」でもあるワケです。

「禁じられた遊び」、最近はこのように動画をナンボでも掘り出してきて聴けるからありがたいのだが、今までコレは、キュンキュンになる名曲ではあるがレコードを買ってコレクションするまでは及ばない、そんな扱いだったんです。脳内で完全に再生できるくらいに覚えているから、かも知れないが(w
この映画については今も未見だから、このガットギターで表現される、哀愁あふれるメロディーとコード進行のみにワタシは惹かれるワケです。

初めて聴いたときのコトを、またまたハッキリと覚えている。5歳だったか、園児の時代にワタシは軽めの脱腸になって、自宅からほど近い大病院に入院したんです。1週間くらい、だったのかなあ。ともかく親と離れた環境に取り残されたのは初体験で、まったくココロ細くてメソメソ泣いていたのだった(w
そして病室には、おそらく高校生くらいのお兄さんがいた。今では信じられんネタですが、そのお兄さんはクラシックギターを持ちこんでいたのだ。そしてベッドに腰かけて演ってくれたのが、この「禁じられた遊び」というワケ。キチンと弾いていたかどうか、そんなコトはカンケーない。
あの独特な臭いと白い病室、そしてこのメロディーがセットとなって、強烈な郷愁の思い出として今も生きているのです。そして、わが「必殺のメロディー」の基盤を作ったに違いないでしょう。

後になって思い至ったのは、あのときのお兄さんは、そのころに絶賛されて何回も再放送されたTVドラマ「愛と死をみつめて」に感化されていたんだろうな、ってこと。コレ、不治の病で愛する彼女が逝ってしまうという、「世界の中心で愛を叫ぶ」の原点といえる物語なんですが、絶命する寸前、電話の受話器を前にして、彼氏が必死に電話で聞いている彼女に向けてギターを弾くというクライマックス・シーンに皆ボロ泣きだった、という。このTVドラマのバージョンは動画が見当たらない。かわりに吉永小百合の映画版をどうぞ。
クラシックギターは、エモーショナルな「ラテン」のメロディーに惹きつけられる楽曲が多い。もう1曲、といえば文句なくコレです。動画も山ほど「うp」されてますが、カオリ嬢のこのライブがベスト。

さて。ワタシの原点を成すメロディーを探すという追想は、コレで終わり。どうやら、これ以上は遡れないと分かっているからです。まあその。これでも十分、しみじみできちゃったんですがね。
面白いコトに、昔はハゲしく唾棄していた、ジャズとか演歌といったジャンルを今ではフツーに聴けるココロを持てるようになったんです。敷居が低くなったのはアタマがボケたからなのかも知れないが、ワタシの「必殺」の曲をこんなアレンジに乗せた抒情の演歌なんてのを見つけてしまうから、うかうかできぬ。そして味わい深い曲さがしの旅は、まだまだ続いていくのです。

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ラード的音楽の旅路 必殺のメロディー(前篇)

2011/02/28(月) 23:48:29

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この記事の続篇を書いておこう。そして4年前に書いたコレの書き直し、そんなニュアンスでもあります。イマイチ不満だったのだ。というのも、当時は「ようつべ」がまだ草創期で、ジャストフィットな動画が少なかったからね。先日、久しぶりにソコらへんをチェックしたら、欲しかったモノたち、出揃ってるト。で、改めて仕上げようと思ったんです。

「必殺」というのは、今でも、ワタシが聴くたびにナゼか切なくなっちまう魔力を持つ音楽、そんなニュアンスです。そのジャンルはバラバラなのだが、ひと通りお聴きいただくと、このオッサンの「ソコは弱いの」的メロディーってヤツがつまり何か、お分かりになると思うのです。

さらにお知らせしておくと、ワタシが音楽に求めるのは、ほとんどの場合、「メロディー・ラインの良さ」です。もちろん主旋律だけでなく、バックのストリングス・アレンジの良さなど含めて総体的に「好き!」となる場合が多いのだが。強調しておきたいのは、歌詞の内容については、ワタシは昔からほとんど問わないワケです。だから、音楽作品のことを「歌」ではなく「曲」と記しています。

「必殺」その1は、バロック音楽から。
ともかくワタシが無条件で好きな曲が、コレです。パッヘルベルのカノンには星の数ほど音源がありますが、ワタシの場合、「パイヤール室内管弦楽団」のこの演奏バージョンに限る。ナゼかと言えば初めて聴いた「カノン」がコレだったからです。
分かりやすいバカなワシではありますが、一度聴いたら忘れられぬメロディー・ラインといい、後半に向けて盛り上がる曲調といい、7分という長尺といい、終始弾かれるピチカートの優しい音色といい、それが溶けていくようなクライマックスといい、なんつーか、いちばん優れたアレンジを最初に聴いてしまった、そんなムードです。

そして初めて聴いたシチュエーションも、キチンと覚えている。山岳部の先輩で、北岳バットレスに連れて行ってくれた「K」氏の下宿です。ワタシが1年坊主のときだから、1979年のコト。吉祥寺で安酒をかっくらってから、よく荻窪の「K」氏の部屋に何人かで転がりこんでいたものだ。そこで、氏の数少ないレコード(CDなんか、まだ存在していないからネ)ライブラリから流れてきた、ワタシが初めて聴くバロックのアルバムの、なかでも耳にこびりついて離れない「カノン」のこの調べに魅了されたんです。
もちろん同じLPを即購入。その後、CDの時代になってから同じアルバムが発売されているコトを知って買い替え、今でもソレを「ウォークマン」に入れて、いつでも聴けるように常備しています。

バロックから、もう1曲。JSバッハの「小フーガ ト短調」。大バッハの作品も、それこそ星の数ほどありますが、コレは好きな調べですね。荘厳な構築美にシビレます。
初めて聴いたシチュエーションは、これまた良く覚えている。入りびたるようになった大学山岳部、プレハブ長屋の部室のお隣さんが、文化会のタテ笛のクラブだったんです。ワシらがムサ苦しい野郎ばかりで、そのお隣さんは部員がイッパイで女性がイッパイという、じつに羨ましい状況。で、部屋の外でこの曲を数人で盛んに練習しているのを聴いたりして、耳に残っていったワケです。

この2曲、それまでマッタク興味の埒外(らちがい)だったバロック音楽が、ナゼか同時にワタシを魅了したコトになります。いきなり「聴く耳をもった」ってワケでしょうかネ。「大学生になって、ちっとはオトナになったんだろ?」という指摘はごもっともですが、その直前にハマリまくっていた音楽ってのが、パンクの元祖「ピストルズ」なんだもんヨ、統一感ってのはドコにも認められんよね。うむ。ワレながらフシギ(w

まあその。一般的にいって、交響曲の組曲すべてをいきなり好きになるなんて事態は、なかなか無いでしょう。そのうちのごく一部がCMなんかに取りあげられて、ソコから興味が広がるとか。「ツタヤ」なんかには、「どこかで聴いたクラシック」というその名もズバリのCD選集が置いてあるよね。
そんな中、「バロック」は短くてキャッチーな楽曲が多いから、クラシック世界への入門にはピッタリ、今ならそう思えます。

「必殺」その2は、クラシックからもう1曲。
チャイコフスキーのバレエ組曲「白鳥の湖」より、第2幕「情景」。これはバレエ音楽ですが、ワタシの場合は舞踏の要素にマッタク興味は無く、そして組曲全編が好きというワケですらなく、この短い「情景」というパートの楽曲のみにシビレています。
もちろん、強弱まぜ合わせた哀愁あふれるメロディーが好みなんですが、ワタシがコレを最初に聴いたシチュエーションが、ちょっと変わっているのだ。以前にも書きましたが、小学3年時の春から秋にかけてOAしていた白黒TVマンガ「サイボーグ009」で、物語の冒頭、ワタシの2次元的初恋の人が「白鳥の湖」を踊っているときに、ナゼか悪の組織に拉致誘拐され、サイボーグに改造されてしまう。それがコドモながらにとても気の毒でねえ。その後、愛と正義のキンパツ美人と「白鳥の湖」にはヨワい、というワタシの性向がカタチづくられたのが、このときだったんです。

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ラード的音楽の旅路 「遠き山に日は落ちて」

2011/01/30(日) 23:53:54

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ワタシにとって「山の歌」とは何かというコトを、ちょっと考えていたんです。
これはもちろん、その場かぎりの当時ヒットしていた歌とかいうレベルではなく、もっと根源的にカラダとココロに染みこんでいる、山という連想に即応する歌とは、つまり何だろうと。

さして労せずに思いついたラード的「山うた」とは、「遠き山に日は落ちて 」でした。

コレ、よく「キャンプファイヤー」の場で歌われますよね。デカい木材を井桁に組み上げて、盛大に焚きあげながら輪になって歌うこんなシチュエーションが、じつに良く似合う。ワタシはこんなイベントって中学の林間学校で一回くらい体験しただけなのだが、キモチいいだろうコトは良く分かります。
ああ。これらの歌って、大正期あたりのボーイスカウトのために作られたのかも知れない。「きょうのわざを なし終えて」って部分に修身的なニュアンスを覚えるから、なんですがネ。

ところが、昔も今も、ワタシは登山中にコレを歌ったコトは今まで一回もないワケです。それでもこの歌を思い浮かべたのは、精神的なバックボーンとでも言うべき曲なのかな、そう考えたから。焚火賛歌の詩と、寂しいんだが暗くはないという、ワタシ好みのメジャー・マイナーなメロディーがフィットしているに違いない。

あらためてこの曲を聴いてみると、きっぱりと晴れあがった夏の山辺に佇むワシ、そんな情景が浮かんでくるようです。イメージ画像に使ったのは2008年9月、初秋の尾瀬。最後の残照に映える燧ケ岳(ひうちがたけ)で、曲の印象どおりのステキな夕景に長らく見とれたものだった。 

ところで歌詞を見ていたら、最後の繰り返す部分「いざや 楽しきまどいせん」について、ワシは今ようやく真の意味を理解しました。いやその。「まどい」ってのが「惑う」ことだと思いこんで、早50年だったのネ(w 友とアレコレ語り合ったりバカなコトをやる、なんて意味なのだろうと。ところがホントは「円居」と書くソレは、車座で語りあう、唄いあうコトだったというのだった。いやあ、ナニゴトも勉強だなあ。

さて。読者諸兄がご存じかどうか、この歌、元はドヴォルザークの「交響曲第9番」からいただいてきた曲なんです。「新世界より」の第2楽章だ。
この主題メロディーは「家路」とも呼ばれ、そういえば、1970年に「アポロ13号」が宇宙船の爆発という一大事が発生し、その苛酷な対応に疲れ果てていたクルーたちをラベル船長が「ウチに帰ろう。オレは帰るぞ、ウチに」とやさしく鼓舞したときに流したのが、マイクロテープレコーダーに入れていたこの曲だったとテレビのクイズ番組で見たコトがある。
おそらく、アメリカ人の彼らが馴染んでいた歌詞は、コチラだと思われますがネ。

そして本来の交響曲第9番、その第2楽章をご紹介しよう。パート1、そしてパート2を合わせて12分半。この上ないキャスティングで、1985年、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のウィーン・フィル。ちょっとオトが良くないのは残念ですが。

あれは今から13年ほど昔のこと、TVで見ていた長野オリンピック開会式での小澤征爾指揮によるベートーベンの「第九」演奏に衝撃を受けたワタシ、クラシック音楽の「通」として知られたある出版社の営業マンに、ワタシが聴いてみたかった名曲選ってヤツをMDのディスクに録音してもらったりしたんです。
まあその。衝撃を受けたという理由とは、その楽曲の構成にあったんですね。すなわち、冒頭いきなり5秒くらい「ジャカジャカジャカジャカジャッ」と、なんつーんですか、いかにもフル・オーケストラのクライマックスを全開で演ってブッタ切り、すかさずバリトンが朗々としたノドで高らかに歌うのだ。「こんな音楽ではなく~。ホントにやりたいのは~、じつは」みたいな内容の歌詞で。いやはや。アホみたいな書きかたで申しわけない(w そしてソコから、ベートーベンがホントにやりたかった(らしい)明るいムードの大合唱、有名な「歓喜の歌」がおっぱじまるって展開だ。

「ソコにカンドーしたのですボクは」などとその営業にコーフンしつつ話したら、氏は、ホントは「マクラ」部分はその5秒ごときではなく、ベートーベンはこの上なく勇壮でこの上なく美しい第1、第2、第3楽章を計45分くらい「従来の音楽」として構築し、その上で「こんなのじゃないんだ」という、あの最終楽章の「歓喜の歌」にナダレこんでいくワケで…、などと解説してくれたのだった。うーむ。じつにディープだぞ、クラシック。
彼は、決定版と言えるのだろう、カラヤン指揮のベルリン・フィルの「第九」すべてをMDに入れてくれた。
そうして、そのディスク数枚の中にドヴォルザークのこの「新世界より」もあって、初めてキチンと聴く交響曲たちの名演ってのはイイもんだと、新しい世界の扉が開かれた気分になったワタシなのでした。

そして、コチラはカラヤン指揮の「新世界より」、終章となる第4楽章です。動画のオトとしては、きっちりステレオのコチラが優れる。誰でも一回は聴いたことのあるだろうメロディーが最初に出てきますね。そして、第2楽章の主題がチラチラ見えながらクライマックスへと雪崩こんでいく構成がグイグイとワタシを引きこんで、いま聴いてもやはり勇壮ですばらしい交響曲なのだなあ。

それにしても、だ。この主旋律にドンズバとしか思えぬ情景を想起させる日本語の歌詞を、このワタシのために当ててくれた訳詞者には、きっちりリスペクトを払おうではないか。こんどノドがおかしくなったら、「浅田飴」クール味を買ってまいります。



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ラード的音楽がたり ロングテール

2011/01/29(土) 23:59:46

長いシッポ

先日、銀座あたりを歩いていたら、数寄屋橋の大型CDショップ「HMV」、そのお店が無くなってるコトに気づいたのです(汁 そういえば「inz」のモールを歩くってのは1年ぶりくらいだったか。帰宅して調べると、なんとまあ、昨年の6月に閉店していたとのこと。いやはや。「itunes」と「amazon」という時代の趨勢には抗えないワケですね。

そういえば、閉店騒ぎでニュースになったのが、同じ「HMV」の渋谷店。昨夏のデキゴトで、さすがにソレはワタシですら知っていました。そして先日、その閉店関連でケッサクな「ようつべ」動画を見つけた。
それが、コレ。「非常階段」という、ノイズ・バンドの元祖ですね。キャリアは30年以上もあり、世界的にも知るヒトには知られているワケで。動画はその「HMV渋谷」におけるインストア・ライブの様子だ。ちょうどバンドのキャリアを総括する大部の本(メモリアル・ライブのDVD付録つき!)が出版されたときで、そのプロモーションでもあったのでしょう。
この動画の前半はトバしてもらって結構。だが、最後の「ご挨拶」に注目していただきたい。このヒトが、リーダーの「JOJO広重」サン。「店、壊せなくてゴメン」「こんどオシ××するわ」などというコメントで笑いをとっていますネ。客からは「ゲロはいてー」というリクエストも(w 「なんじゃそりゃ?」と首をかしげる貴兄に、では、この動画をご紹介しようか。

はい。いきなりビックリしましたね?(w コレ、初期の彼らを有名にしたハードコアなライブ・パフォーマンスのひとつであります。仁王立ちで立ち×××して、それを客席にブチまけてるのが「蝉丸」嬢。逝ってますナ。まあその。何回も見ると慣れてくるのがフシギっちゃーフシギではある。
「ノイズ」をキチンと聴いてみたいってヒトには、彼らのスタジオ音源としては初期のスタイルであるニコニコ動画のコレが優れる。もちろん発狂するぐらいの大音量のヘッドホンで聴くべきです。24分と長いけれど。
おっと。もうひとつ、こんなオドロオドロ系もある。むーん。悪夢のようだ。このライブは、そうさネ、松田聖子がアイドルの頂点として君臨していた、そんな古(いにしえ)の時代ってコトをお忘れなく。会場は新宿の「LOFT」。汚物ブチマケまくりのメモリアルなパフォーマンスで、「蔵六の奇病」というアルバムの発売記念ライブだ。ハードコアなマンガ家・日野日出志の同題の作品モチーフにしているワケですが、いやもう、なんつーか、もう(汁

平成に変わるころ、このバンドにJUNKOという「スクリーマー」が加わって、オモムキが変わる。現在、「ようつべ」に多くうpされている動画は彼女が加入後のものが多いみたいです。ワタシのイチオシは、コレ。狂気だよな。この狂気を聴いてアブネー衝動によ駈られるコトは、ワタシには起こらないだろうが、この狂気を世間とバランスを保つ・測るための基準に使うコトはできそうです。

さて。ワタシが「非常階段」のこれら動画を初めて見たのは、一昨年の秋のことだった。今ではもう、ナニがキッカケで行き当たったのか覚えちゃいないが、まあその。ビックリしました(w もちろん「ノイズ」という音楽(なんだろうな、やっぱ)カテゴリーがあるというコトは知ってはいたが、実際に聴く機会を与えてくれたのは、「ようつべ」が普及したオカゲなのだ。

そうして、かつては「アングラ」としか言えないこれらのパフォーマンスが、一定に評価されている状態にビックリさせられたりもした。バンドのコア・メンバーとワタシは同年代と思われるが、ワタシがロック・クライミングなんかに夢中だった当時にココまでハードコアでマニアックな活動をして新しい地平を切り拓いて、キチンと一定数のファンをキープしていたコトにも、ビックリした。
それらハードコアなファンって、とにかくエライ人たち、そんなムードではないですか。もしかしたらファンクラブに入って、当時は「ぴあ」とか「シティロード」なんつー情報誌でライブ予定などをチェックして、そして小屋に押しかけるワケだもん。そして何よりも「非常階段の蔵六の奇病を取り寄せてください」などと、レコード屋のおねいさんに注文するんだぜ? できませんよ当時のワタクシはそんなコト、絶対に。

冒頭のインストア・ライブでJOJO氏が「amazonに負けるな!」と叫んでいるが、しかしながら今ではその「amazon」が、そんなデリケートでナーバスでナイーブでセンシティブ、おまけにシャイな野郎のワタシでも、イージーにゲットできる方法を提示してくれているワケです。非常階段の音源とか、「蔵六の奇病」というコミックスをね。

そしてフツーのショップでは店頭にはまず在庫されない・されるワケがない商品を取り扱い、またそれらを売買するコトを、マーケティングのコトバで「ロングテール」と呼びます。現在では一般用語に近くなっているかも知れないが、冒頭の図の画像がその仕組み。文字どおり長いシッポに見える購買層が、ニッチな趣味である商品たちの、しかしながら輝かしい存在に脚光を当てているのだ。

これらの「芸術」って、昔だったら「アングラ」とヒトコトで片付けられていたものですよね。今は「サブカル」なのかな? とまれ、間違っても間口は広くない(w それらニッチな作品たちが、ちょっと探したらワラワラと芋づる式に見つけ出せる状況ってのが、ワタシにとっては面白くてたまらんワケです。

音楽・映画・本CM:2

ラード的音楽の旅路 1枚目のCD

2010/12/25(土) 16:46:10

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たまたま、懐かしいこのCMを見て引きこまれた。いろんなコトを思い出してしまった。30秒バージョンもある。もちろんコチラの方が断然イイ。「乾杯ラガー」というテーマで、いくつかの競作があったような。ミレニアム、なんて云われたころのOAだったと思う。
いかりや長介がシブくベースを弾いているワケだが、そのころ読んだ雑誌記事には、長さんはこの企画にノリに乗り、ジャズマンっぽく演出するためにヒゲをたくわえて撮影に臨んだとか。うむ。素敵だ。

意外と思うヒトも多いだろうが、「ザ・ドリフターズ」、もともとはジャズ・バンドだ。演奏の間にコントをやっていたのが、それがウケて方向を転じていったワケだ。1966年のビートルズ来日公演で前座をやったのは、有名なハナシ。彼らは「ナベプロ」のタレントだったが、大先輩となる「クレージーキャッツ」も同じジャズ・バンドという出自だ。そういえば先日、谷啓サンも亡くなったけれど。1960年代という日本のテレビ業界の草創期に一大帝国を築いた「ナベプロ」創業者・渡辺晋だって、もともとはジャズマンだ。今年の初めごろだったか、読みたくてたまらんかった「ナベプロ帝国の興亡」をブックオフで見つけたときは、うれしかった。「シャボン玉ホリデー」というナベプロの必殺番組の全盛時は、さすがにアラフィーのワタシでも幼くて記憶にないが、電通と結託してTV界・音楽業界を牛耳った風雲記は、どえらく面白いものだった。

ハナシを戻そう。ラガーのCMで「思い出した」コトとは、ワタシが最初に買った「CD」だ。それは、ロン・カーターのアルバム「The Man with The Bass」。

それ以前には、ワタシの人生には「ジャズ」のジャの字も無かった。惹かれるトコロなんか何ひとつ無かった。では、これを買ったのはナゼかと言うと、このCMにカブレたからだ。シブい。シブすぎる。さすがのサントリー・クオリティ。すばらしいシズル感だ。「ホワイト」は不味いけど(w やっぱ、ジャズって酒が似合うわ。そしてまた「冬」が似合うとも刷りこまれたワタシ。今でもそう思う。

この印象的な曲が、「ダブル・ベース」。リード・ベースってムードですかね。本来のベーシストは他にキチンといる。ウッドベースはフレットレスだから、エレキ・ベースと比べて「うねり」感があるワケですが、このヒトはまた独特だ。Wikipediaによると、ロン・カーターはこの特徴的な音色のピッコロ・ベースという楽器を独自に開発したとのこと。
まあその。ありきたりのジャズではない、エッジの立ったムードが昭和末期のワタシの琴線にビシビシと引っかかったのだろう。別格のラード的オンリーワン「ジャズ」として、飽きずにたまに聴き続けてきた作品なのだ。

ところで、このCDを買ったショップは今でも覚えている。ワタシの大阪時代、1987年の秋のコト、神戸の埋め立て地「ポートアイランド」にあったダイエーのメガ・ショップ「バンドール」(懐かしいなあw)だ。シャープ製のCDミニコンポと一緒に購入した。
「CDとは何の略語?」などと、いまではTV番組のクイズ問題になってしまうくらいだが、コンパクト・ディスクがレコードの売り上げを超えたのが確かこの年で、ワタシはそのニュースを知って「これはイカン」と慌てたのだった。なんとなく思い出したが、付き合っていた彼女をクリスマスに自室に呼ぶための「ソース」として、このアルバムをチョイスした、ような(w

このアルバムを聴いてからは、ワタシにとって「ジャズ」は再び長らく無縁となった。昨年の秋に「マイルス・デイヴィス」を聴き始めるまではね。ソレすらも、ワタシらしいヒネくれた理由で興味を持ったワケですが、そのネタはまた次回に。
ロン・カーターは、そのマイルスの60年代の初めから中盤までを支えたベーシストだ。マイルスが「エレクトリック期」に移行するときにバンドを去った。自分は「ウッドベース命」だからと、中山庸樹のマイルス本(3冊くらい読みましたw)に書いてあったような気がするが、wikipediaにはソレは違うともある。

「ダブル・ベース」のライブを改めて聴くと、いやあ、なかなかイイぞ。シブい。落ち着く。
まあその。「ジャズ」とヒトクチに言っても、クラシック音楽も同じだが、その中にカテゴリーとかジャンルがいくつも派生しているワケで、自分が聴きたいモノを見つけてくれば、それでイイ。じつはマイルス・デイヴィスも、ワタシは「ようつべ」である楽曲を初めて聴き、それに衝撃を受けて深入りしていったワケなのだ(w 
この記事を読んで彼らの作品を知り、「ふーん」とばかりに聴き始めるヒトが、あるいは出てくるコトを期待しつつ。

音楽・映画・本CM:0

怪奇エレキ男(w

2010/08/03(火) 22:00:26

マイケルウィンスロウ

おもしろいヒトを見つけてしまったから、記事にしてみる。
その名は、マイケル・ウィンスロウ。

まずは問答無用でこの動画を見ていただきたい。どーです!(w ジミヘンのあのオトを「口三味線」、おっと、今はビートボックスと言うんだった、それでブチかます異能の人だ。
肺活量もスゴイのだが、ナゼにおクチでエレキのアタック音とか出るのだ。「ファズ」で電気的に歪ませているんだろうが、もはやコレは楽器(w オマケにボーカルもジミに似てたりするのが素晴らしい。白目を剥くのは、仕様か。あるいはホントに苦しいのかもね。

こんなのもある。なんとツェッペリンをやってしまうっつー。ロバート・プラントの中期の声によく似ているのも、何やらスゴイ。ちなみに最初のMCは往年の名DJ、ウルフマン・ジャックのマネっすね。なんだお笑いのヒトか、そう思った読者諸子よ、ユーは正しい。
だってこのマイケル・ウィンスロウって、映画「ポリス・アカデミー」シリーズで、ビートボックスブチかましまくる「ラーベル・ジョーンズ」役の彼、なんだもんね。おっと。「ニコニコ」が見られんヤツなんて、今どきいないよな?
いやしかし、「ポリスアカデミー」の1作目はワシも封切りで観たぜ。このシーンもケッサク。最後、ジョーンズのヘンな声で吹いた(w あの劇中でも、ジミヘンのエレキノイズを出してたような気がする。今度DVDを借りてチェックしてみっか。

そして、その「ジョーンズ」が独り立ちして、こんなコメディアンとして成功されておったというワケ。この動画、後半ではキャラがコロッと変わるのがイヤハヤなんとも。そして芸の細かいこと。

掘り起こせばこのヒトの動画はナンボでもあるから、ぜひ堪能していただきたい。世間一般のブログではカレコレ3年前くらい、つまり「ようつべ」が普及し始めたころには、すでにマイケル・ウィンスロウのネタが紹介されているのが今回わかった。でもまあ、早い遅いなんてカンケーないさネ(w

最後に、ドイツと思しきテレビのケッサク・インタビュー番組をご紹介しよう。ずいぶん太ってしまっていますが、これ、10分間に芸がテンコ盛りなのだ。
とくに面白いのは、3’00”からのスティービー・ワンダーのマネ、3’40”からのマンドリン、そして5’45”からの生バンドとの掛け合い「パープル・ヘイズ」は白眉(w このときの司会者の顔も面白いぞ。最後に、9’40”からのファンキー・タウン! この高音、どうやって出してるのかしらん。
それにしても、このヒトのオチャメな表情は、ちょっとステキだ。

音楽・映画・本CM:2

モノがたり、ふたたび

2010/04/09(金) 18:46:29

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昨日のこと。昼メシを喰ってから、いつもの書店を覗いた。こんな新しいムックが平積みされている。「ややっ」。すまぬが、まったく知らんかった。即購入。コレはもちろん、かつてこんな記事にしたホーボージュン氏の「実戦主義道具学」、その続篇になる。

掲載されているネタのオリジナルは、「monoマガジン」の同題の連載企画だ。現在も続いている。だから、たまにもらう「モノマガ」誌上で見た、読んだという製品記事もあるワケだが、しかし改めて美しい装丁をまとった「おニュー」な姿で、ハードボイルドに道具自慢をブリブリとカマされると、貞操堅固な節約志向の「賢いパパちゃん」であるワタクシですら、「ぐぐぐ。いいな、コレ…」などと懸想し、使ってる自分を夢想したりし、ついつい著者のイニシエーションに取りこまれそうになるワケだ。いやはや。今回も危険な本、なのです。

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通読して、ワタシが今回もっとも気に入ったのは、ホーボージュン氏もグレゴリーのザック「トリコニ」にハゲしくコミットしているところ。別の雑誌でも氏が述べた「相棒=トリコニ」論のオトコくさい記事を読んだコトがあるが、すべての装備の中で氏がもっとも旅のパートナーとして擬人化させているのが、このバックパックなのだ。しかし4年も使い倒しているというトリコニに、本人も書いているけれど、これだけ入れこんでるヒトはいないだろう。
そういえば、シェルパ斉藤氏の旅スタイルに共感したのと、困ったコトにカブってしまう。イイなあ。愛用グッズに傾ける偏愛。いやしかし「トリコニ」、欲しくなっちまうではないか。
まあ、ザックを買い替えるとすれば、今ならマイナーチェンジが施されたオスプレーの「イーサー60」が好みだ。それでも何でも今のザック「アルパインパック60」がキライじゃないから、コイツを今後も使い続けるとは思うげどね。ただし「コレでなけりゃ」という説得性にイマイチ欠けるキライがあるのネ。

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ところでホーボージュンの旅装備における「教義」といえば、2年ほど前の「フィールドライフ」誌に載った装備品図解記事が、ワタシには深く刺さったものだ。この画像は、そのフリーマガジンをゲットしそこね、ウェブ仕様が「うp」されている間にプリントアウトしといたもの。

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記事は「衣食住」に分けてカラー8頁でいろいろ紹介され、それぞれの重量も記した一覧表もあって、山系バックパッキングの装備を組み直しているとき、ワタシはこのセレクションを大いに参考にさせてもらった。とくに、この「山メシ」のラインナップとその選定理由は素晴らしいものだ。

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うむ。第2号も良い本でした。「モノがたり」、大好物だ。いつでもパラパラと頁を開いて、再読三読できますね、ワシは。そして、だからこそ、著者に対して注文を付けたいワケだ。それは何かというと、ホーボージュンの旅をまとめた一冊が欲しい、ということ。多岐にわたるジャンルの氏の旅を厳選して、この実践主義道具学のような骨太のポリシーで貫いた「旅本」を上梓してくれないものかと、切に願うワケです。それはきっと、ワタシの新たな座右の書になるに違いないからだ。

音楽・映画・本CM:10

源流への憧憬をかきたてる書

2009/07/24(金) 17:30:01

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「黒部の山賊」、伊藤正一著
(実業之日本社・新版・1994年、初版発行は1964年)

こんな痛快な山岳書があったとは。
不肖・ラードめはマッタク知りませんでした。

もとよりこの本、マボロシ系な古書みたいだ。
「amazon」では、8千円ちかいプライス・タグが付されていたからね。
ソイツは、もちろん初版本とは思うが。
とりあえず山岳古書といえばの神保町「悠久堂」へ特攻。しかし撃沈。
そうなると「ぐぐぐ。読んでみてえ」、なーんて悶絶しちゃうワケですね(w

今夏のバックパッキングで、さまざまの情報を集めていたら、おお。灯台もと暗し。
著者がオーナーである三俣山荘から取り寄せられるではないか。さっそく注文した。
表紙もなかなかムードがある。畦地画伯のイラストですナ。

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この本の存在を教えてくれたのは、いつものユウ氏の記事だった。
もともと今夏に雲ノ平を訪ねるつもりでいたワタシ、これで尚いっそう楽しみが増した。

この記事を読んで「ややや」化した諸兄のジャマはしたくないから、内容には触れずにおこう。
ワタシは、そう。「遠野物語」の黒部版、近代版だと思えた。
戦後すぐというあの時代、筋金入りの猟師(=山賊)たちと黒部源流で繰り広げられる寓話。
一読したら、カブレますぜ(w

は。ワタシですか。もちろん「カベッケが原」のガヤガヤは、ビビリつつも聴いてみたい。
そして上の廊下の「立石」も訪ねてみたい。
実際、今回の旅では高天原あたりで幕営できないかと調べまくっていたんです。
すると、岩苔小谷の分岐である「立石」ならば可能だと。
しかし、ソコまで下るには今は廃道らしき踏み跡しかなく、ワタシはナミダを飲んだのだ。

こんな楽しい本、ところで版元の「実日」も、近所にある中央公論新社へ版権を渡したらどうか。
中公文庫は山ネタ本が豊富じゃないですか。
兄貴分(かつて「みんな山が大好きだった」という本をまとめた人)へ連絡入れたいくらいだ(w
このまま朽ちさせるには惜しい、珠玉のドキュメントです。

黒部源流、今までワタシは高田直樹氏のエッセイ集「なんで山登るねん」でしか知らなかった。
30余年も昔の高校時代、毎号「ヤマケイ」を買ってきて、まずその連載エッセイから読んだものだ。
とりわけ祖父沢の幕営地で一斗カンを机がわりに書いたという源流の佇まいにはトキメいた。

そこにこの本、「黒部の山賊」が加わったのだ。ああ。旅情をかき立てられる。
ちょうど30年ぶりに「雲ノ平」を再訪しようとするワタシ、楽しみでならない。

では、今晩から行ってきます。

音楽・映画・本CM:4
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