ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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波打ち際の別荘で、暖炉にあたりながら。

2012/01/01(日) 16:00:00

わたしは今、このエントリーをポストしています。
当ブログ愛読者の皆さん、本年もよろしくどうぞ、ごひいきに。

Kの夕暮れ

じつは一昨日から友人のビーチハウスに家族でお邪魔しているのです。
大きく開放的な窓から望める、リアス式海岸の果てなく続く断崖が夕暮れに映えています。
凍てついた時季の寄せてはかえす波の音が眠けを誘います。
キリリと冷えた3杯めの白ワインが美味しいせいでしょうか。
あるいはクヌギ材がハゼる大きな煉瓦の暖炉を前に、どっかり寛いでいるからか…。





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ア・ラ・カルトCM:0

マボロシとなる前に

2010/11/24(水) 18:33:08

たまたま喰いもんのネタが続きますが、ナニ、ただの順番、偶然ぞなもし(w
今回はハンバーガーのオハナシ。前記事と同じく、BGMと共にお楽しみください。
【♪】まずは、エルビン・ビショップ。南部の香り豊かなこの曲、34年ぶりに聴いたよ。

P1050009.jpg

週末、「物語」のある辺境のハンバーガー・ショップに出かけた。
それは、ロッキーバーガー利根川店。
じつは2年以上も前から喰ってみたいナと思っていた店なのだ。
「辺境」といっても湾岸エリアにあるわが家から見れば、ってだけですが。
所在地は、ウチから真北方向に35kmちょっと。
近くはない。まあその。ショート・ツーリングみたいなもんだ。
花見川河口に近いウチから印旛沼を経て利根川の中流へと。遡上ってなムード。
シルキーシックスをトバして、と言いたいところだが、あいにく世間は渋滞模様(汁
利根川を渡って目的地に着いたのは、デッパツしてから90分後となりました。
米どころエリアなのだが、田んぼの真ん中にポツンと佇む店ではない。
県道の両脇には、ソコソコの賑わいが続いている。
もっとも、両脇「だけ」なのかも知れないが。

P1040998-1.jpg

さて。すべての始まりは、この秀逸なブログ記事を読んだからだった。
寂しさ漂う中にも、ハート・ウォーミングなムードに少なからずトキめいちゃったワタシ。
オフィス近所にある高級ハンバーガー屋のレポには、べつにココロ動かされはしなかった。
しかし、この店だけは最初に喰いに行くベシと、西の空にキリリと誓ったワケです。
アレは2年半前、飯豊連峰バックパッキングの準備に追われていたころ、だったかも。
このブログは発展した現在とは違い、ローカル色があって、ほのぼのしていたっけ。

【♪】次は、ライ・クーダー

P1050002-1.jpg

店内には、2組3名の先客がいた。
オバちゃんひとりで切り盛りしているから、オーダーするまで10分も待っただろうか。
店内はオープン当初の内装にオバちゃんがオリジナルで加えた改造が随所に施されている。
木製の4人掛けテーブルが4セットと、テイクアウトのヒトのための長イスがひとつ。
画像の右側、写っていない部分には、駄菓子屋っぽい商品たちが木製棚に並んでいる。
カウンターの向こうには、やはり使い込まれた木製の古タンスが見えた。
でも、居心地は悪くない。オバちゃんはしっかり紙製のキャップをかぶっている。

P1050004.jpg

オーダーしてから10分くらいで出来あがっただろうか。
トレイのクヲリティ、今は問わない(w
チーズバーガー、230円。ハンバーガー、200円。アイスコーヒー(L)、200円。

P1050006.jpg

まず、基本のハンバーガーを。お肉(パティ)のこの厚みよ。マクドの2倍はありそう。
そしてパティが熱いヤツを喰えるところが、またイイ。
パン(バンズ)にはキチンと焼き目が入っているが、風味はフツー。「ドムドム」っぽい。
まあ、良心的価格にして美味いんですが、イマイチこれはパンチに欠けるかな。
続いて喰ったチーズバーガーにココロ打たれたから、相対評価が下がったワケです。

P1050008-1.jpg

さて、そのチーズバーガーだ。
30円乗せで、コチラにはチーズとトマトとレタスが増量。おトク感が満載です。
ナゼか知らん、こちらのほうがピリッとしまった味で、たいそう美味かった。
アイスコーヒーは、1㍑の紙パックでスーパーに売っているアレですナ(w
「ミルクとかガムシロップが固まっていたら、言って」と、オバちゃんが。
まあその。このショップの場合、すべて許すと思えてしまうのが憎いところ。
お客の地元女子中学生が「あ~、幼稚園のころに戻りたい」、なんてお喋りしている(汁
オジサンは、そうだな。母親の胎内あたりからやり直したいよ。

【♪】3曲目は、リンダ・ロンシュタットとエミールー・ハリスのデュエットを。

ところで、このショップがネットに登場したのがいつごろなのか、ワタシは知らない。
先にご紹介した「ハンバーガー・ストリート」が、けっこう初期の時点とは思うけれど。
いま、ググってみると、1,400件がヒットするね。
ワタシと同様、おもひでに、ネタづくりにと、にぎやかなモンです。
「2ちゃん」バイク板の「茨城ライダー」スレでは、ココでオフ会するのが流行ったとか。
ああ。かつて同じ板の「千葉」スレで、「志保沢」のヤキソバ・オフとかが流行したのと一緒か。

アレコレ調べていて、ともかく度肝を抜かれた入魂のレポートが、コチラ
すべてのフランチャイズ店とか旧本部、旧工場まで実態探査しているんです。
ワタシはこのハンバーガー・チェーンについて「郷愁」は何も持っていない、のだが。
「ロッキーバーガー関宿店」は、訪ねてみたい。
さらに利根川をドーンと遡っていくワケですね。
いつか、チャレンジしてみたいものだ。
ホントのマボロシとなる前に。

ア・ラ・カルトCM:6

気分はもう、アベックでランデブー

2010/11/22(月) 18:22:15

今さら気づいた。当ブログを始めて、なんと今月で丸5年を超えていたじゃないですか。うむ。よくまあ続いたモンだナ、いや、わがコトながら(w これからも「ア・ラ・モード」に記事を書いていくつもりですんで、お楽しみに。
さて、6年目に入って最初の記事、また3題バナシでダラダラと長くなってしまいましたが、どうぞ。

死語の

ジェネレーション・ギャップもココに極まれり、か。
いや、「アベック」というコトバについて思ったこと、なんですがネ。

ラード的には違和感などマッタク無いワケですが、どうやらコレ、完全に「死語」扱いを受けているコトを知った。いやその。アゼンとした。だって、今でもワタシはフツーに使っているんだからサ(w
さらに深刻なのは、ワシの世代より一回り以上ヤングなヒトたちって、「アベック」は使わない、そんなレベルではない。聞いたコトすら無いと言うのです。「それ、何語?」とか。高2のわがムスメも同じリアクションときたもんだ。いやはや。なんか笑っちゃうのだが。

仕方あるまい。では、解説など。アベックとは、今なら「カップル」と同じ意味で、同じ用例をします。コレはフランス語で、英語では「with」と同じ助詞。「アベック・モワ(avecmoi)」は、すなわち「with me」。例文で言うと、「私と共に一夜を過ごす」は「Je passe la nuit seule avec moi(ジュ・パス・ラニュイット・スーラベック・モワ)」。どうかね、そこのマドモワゼル?

まあその。昔は映画とかフランス語のポピュラー・ヒット曲が多かったし、「アラフィー」であるワシら以上の世代にとって、「おフランス」は文化的な馴染みがあったと言えましょう。

ヨシ。では1960年代半ばから70年代初頭にかけての、日本で流行したフランス人歌手のヒット曲を、BGMがわりにビシバシ貼っていくコトにしよう。マカ不思議な相乗効果を楽しみながら、読み進めてください。

【♪】まずは、フランス・ギャル。カワイイけれど、ちょっとヘンテコ(w そして芸名より本名のほうがフランスっぽいムード。星の数ほどカバーされたこの曲ですが、オリジナルは1965年に歌ったこのコなのだ。
男性では、ミッシェル・ポルナレフが大人気だった。1970年くらいから数年間、日本でもスマッシュヒットを連発。ワタシが中学生に上がったころには、歌詞の内容がマッタク分からないコレらの曲が、ラジオからビシバシ流れていたワケです。まあ、皆さんだってコレらのエバーグリーンなメロディーを、どっかで聴いたコトがあるんじゃないかネ?

さて。かたやラード的に「カップル」というコトバは、どちらかと言えば「バカップル」なんてネガティブなほうをイメージしちまうワケ。25年くらい前に「翔んだカップル」という人気マンガがヒットしたコトは知っている。ああ、そのころから変節したのかも知れないな。

ちなみに「アベック とは」というワードでググると、27万5千件がヒット。何とまあ、「教えて知恵袋」系で質問のオンパレードじゃないですか、いやしかし(w その中に、昭和末期の鬼畜の所業、「名古屋アベック殺人事件」ってのがあるから、このへんが、マスメディア的用例における最後のケースだっだのかも知れない。

死語のランキングを更新し続ける投稿サイト、「もんじろう」ってのもあります。グッジョブではないか。それにしても、きょうの死語ベスト100をチェックすると、ワシが今もフツーに使っているコトバとか、ナゼ死語として登録されているのかワケわからんコトバも多くて、アセる(汁 前者は、「垢抜ける」とか「アバンチュール」「ヒーコー」、そして、バックパッキングのレポで昔を懐かしんで頻出させている「でっぱつ」とかですネ。後者は「魔法ビン」とか「お年頃」とか「ペケ」とか。
なんかピンとこないんですが、かつてのワタシにとってリアルな死語と言えた「ヨイトマケ」やら「アプレ」と同じような意味合いだとすれば、世代間格差ってヤツは、埋まるコトはないのでしょう。いやしかし、ウカウカできない。

【♪】次の曲は、「アイドルを探せ」。シルビー・バルタンというヒトだが、とくに「バルタン星人」とはカンケーない(らしい)。このルックスとキャラクター、「東京オリンピック」時代の日本のメンズにメガトン級の衝撃を与えたことでしょうね。まあその。テレビで彼女の「動く姿」を見る機会なんてのが、ドレほどあったかは疑問ですが。パツキンは偉大にして無敵。ついでに、もう1曲。コチラは、CMやら映画でおなじみかも知れないね。バルタン星人が歌っていたんですよ。

ランデブー

そういえば、アベックがランデブー、などという慣用句もあったな。さすがにワタシでも使うコトは無いけれど。コレ、「カップルがデート」ってな意味ですね。ランデブーは、そういえば「アポロ」な時代を同時体験した世代なら、ごくフツーだろう。「ランデブーでドッキング」。ほら、ワンセットではないか(w まあ、このあたりをホジくっていくと、だいたいエロネタになってしまうのがアレではある(汁
ちなみに「アバンチュール」「バカンス」ってのも、フランス語。コチラは聞いたコトがあるというヤングも多いかも。いずれにせよ、仏語の一般利用度が昔と比べて低下したのだと思います。

そんなこんなで、アマノジャッキーなワタシは、こう考えた。「それにしても、アベックが忘れ去られようとしているんだなあ」「なんつーか、かわいそう」。自然の流れで、こうなった。「ヨシ。とことんアベックで貫くぜ」(w

そんなワタシの面前に、ようやく秋らしくなってきた10月の中ごろ、鮮烈なプレゼンテーションが提示されたのです。

アベックラーメン。

そういうドンズバなネーミングのインスタント棒ラーメンがある、というのだ。いやしかし、どっかの誰かのブログでソレを発見したワタシ、会社PCの前で思わず「ヨロコビの舞」を踊ったモンです。それにしても、なんというグッド・タイミング。アベックというコトバと心中せんとする、わがココロ意気を天がお聞きくだすったとしか思えぬ(w

【♪】ココで次の曲を貼っておきましょう。フランソワーズ・アルディという、すごい存在感のあるシンガーソングライターの代表作。この歌は1968年にリリースされているのだが、日本では契約上のしがらみでもあったのか、ワタシが中2のガキだった1973年に発売されてヒットしたもの。
ところが、ですネ。ワタシ、改めてこのクール・ビューティのことをアレコレ調べているうちに、ホレてしまった(w その直後、たまたま近所の「ブックオフ」に出かけてチェックしたら、彼女の中古ベストCDを発見し、即購入。うむ。こういったプチ運命的な出合いってヤツ、ワタシの大好物なんですよね。
そもそも、「フランソワーズ」という名前にワタシは弱い。この人の残像が強いからです。「003号」すなわちフランソワーズ・アルヌールは、なんたって8歳くらいのときに出逢った、わが初恋の女性なんだからサ(w

ああ。フランス語ってのは、かつて第2外国語でイヤイヤ覚えたのだが、やっかいなコトバなのだった。彼女の名前は”Françoise Hardy ”と表記しますが、「C」の下にヒゲがある特殊文字(「サ」行として読ませるための記号)とか、また、「H」は発音しないキマリがあるから「ハーディ」ではなくアルディと読むとか。

もっとも気にいったアルディの歌はコレ、「水の中の環」。オリジナルは漂泊の詩人がこさえたフォークソングのようです。なんと静謐(せいひつ)な曲なのだろう。荒井時代のユーミンが、「私のフランソワーズ」と名指しで彼女を讃えた魅力を感じないか? もう100回くらいは聴いています(w 巻き舌でボソボソつぶやくような歌、これがフランス語に見事にマッチする。そして仏語の音楽といえば、誰もが「シャンソン」という気取ったアレを思い浮かべるワケですが、このヒトの楽曲はポップス、フォークのカテゴリーに収まっているトコロが、また良い。

他には、ストリングスの美しさと、たどたどしい英語が逆に魅力のコレとか、暗い内容のクセして明るいムードが面白いコレとか。彼女は雑誌モデルもやっていたから、「ようつべ」の画像集は彩り豊かです。元来、ワタシはこういう無表情の女性には興味を覚えないワケですが、いやその。なんか別格のオーラが漂っている。

img1.png

さて、と。ネタを戻しましょう。
「アベックラーメン」について、さっそく調べた。するとコレは、かつてワタシが愛したインスタント「火の国ラーメン」の製造元、五木食品ロングセラーなのだった。インスタントラーメンの第1号商品が日清食品の「チキンラーメン」で、その2年後の1960年にはリリースしているワケですね。何と、ワタシの生まれ年ではないか。そして熊本県民のソウルフードでもあるとのこと。
ちなみに、1963年生まれにして18歳まで博多で育った社内のあるオッサンに、「アベックラーメン、知ってっか?」と問うたら、マッタクご存じ無かったんですね。このへん、明治維新を境にした九州エリア内でのヤヤコシーお国感情とかがあるのかも知れない。

うーむ。喰いたい。ともかく喰ってみたい。気になる。そう渇望するも、わが自宅近辺にあるスーパー10数軒では、かつてコイツは見たことなど無いから、どうやら千葉県内でゲットするのは難しい。む。通販、という手があるナと調べたら、メーカーそのものがやっているね。しかし送料がバカにならんなぁ。
そして思い至った。各県の物産店銀座のような銀座には、熊本の物産館もあるのでは。で、検索した。あった。それも銀座5丁目という一等地にあった。ヤッホー。こういうときのワシって、なんて手際が良いのだ。

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さっそく出かけましたよ、銀座の一等地にあるショップへ。ふーん。スザンヌが熊本県の宣伝部長を任されているワケですか。しかしキミ、この「フレンチBGM」攻撃で、スザンヌまでもが何やらフランス人っぽく見えてこないか?(w
さて、オバちゃん客でにぎわう店内で、ラーメンの棚を探す。発見。ほかの美味そうな熊本ラーメンと共に購入。アベックラーメンは2食入りで、各185円。その他はすべて1食入りで、「熊本もっこす」が142円、初めて見た「日の出製粉」というメーカーの「九州ラーメン・ロン龍」というのが140円、同じく「本場ラーメン」が126円。合計で920円になりましたが、きっとコレらは定価販売に違いないぜ(汁

【♪】参考までに、ココでフレンチ・ポップスの対抗馬をもってこようか。ええ。アメリカン・ポップスです。まずは、このヒト。あるいはこのヒトのこの歌だ。
は。ずいぶんと意図的に差別しすぎ、そう申すか。まあその、たしかに(w でも待ってほしい。ブレンダ・リーのオールディーズ風味あふれるこの歌は、プレスリーを始めとして数多のカバーを生んだ、コレがオリジナルです。ルックスも、そう言えばある時代のアメリカン・ガールを代表するようなムードを覚えませんか?
同様にドリー・パートンのこの歌も、モロにカントリーなコード進行がキモチいい。そもそもこの動画は、その名も「ヒーハー」という、アメリカン丸だしなタイトルのTV番組から切り取ったモノ。「ヒーハー」は日本の芸人が近ごろ流行らしているコトバみたいですが、もちろん元祖はコチラ。パートンの場合、あまりのダイナマイツなボデーとカツラでビビらされるが、じつは結構カワイイ。いや、この時代に限ってですが(w
そして、なんとブレンダ・リーとフランソワーズ・アルディは、同じ1944年の生まれなんですねえ。パートンはそれより2歳ほど若かったりする。むーん。神秘な存在、それはオンナ。

さてさて、閑話休題だ。
ところでワタシ、今までの夏山バックパッキング・レポで何度も述べてきたように、熊本系ラーメンの味を好む。初めてその美味さを知ったのは、久しぶりに20kgのザックを背負えるのかどうか、自宅近所をボッカで徘徊したときだ。今回も2袋購入した、五木食品の「熊本もっこすラーメン」が初体験だったんです。

熊本系を美味いと感じる、そのキモは何かと言うと、独特な「マー油」の風味がワタシは好みなのだった。この独特な香辛料の有無で、博多ラーメンとは区別される、ようなモンだと考えました。ところがキチンと調べてみると、熊本ラーメンとは、wikipediaではこのように定義される。なるほど、マー油のみの差ではない、と。そして、ラーメン屋で供されるモノがオリジンで、インスタントはレプリカであると。

購入したモノたちは週末にしか喰う機会がないから、では、先に熊本ラーメンを昼メシとして喰わしてくれるショップを研究してみっか、そう考え、ネットを駆使して研究した。ところがですネ、都内には評判の良い熊本系の店が多くはないのだった。神奈川とか埼玉の郡部に有名店がいくつかあるんですが、オイソレとは逝けぬ。新横浜の「ラー博」に「こむらさき」という有名店があって、まだソコは近いワケだが、やはりフンギリがつかない。

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そこで、まずはオフィスから徒歩3分にある、昼メシでヘビロテに組みこんでいるラーメン屋「九州じゃんがら」へ、カメラを持って喰いに行く。ココの「こぼんしゃん」が熊本系で、ワタシの好物なんです。700円。麺は硬めで、替玉150円も注文。ただしこのラーメンが熊本マニヤたちのクチコミに乗るコトは無いから、もっと美味いものが他にあるってコトなんでしょう。

ところで、「アベックラーメン」ともども「九州じゃんがら」も、ミクシ内にコミュニティがある。さっそくワタシも参加しました。参加したからナニがどうかなるワケでもないが、いや。「じゃんがら」コミュの中で飛び交っている「粉落とし」というコトバ、初めて知って勉強になりました、ハイ。
コレは麺の茹でかたで、もっとも硬いモノを指すとのこと。たまに「ハリガネで」という指示は「じゃんがら」で聞くけれど、「粉落とし」という表現は意表を突くムードで、面白い。

【♪】ちょいとオモムキを変えて、この曲を。ポルナレフの美しいバラードだ。このヒトは達者なピアノの弾き語りをするんですよ。情報が極端に乏しかった昔は、それこそ「色眼鏡」で彼を見ていたワタシだったが、いま「ようつべ」の動画をアレコレ見ると、フレンチ・ポップス界を革新した楽曲たち、なかなか味わい深くてイイもんです。

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続いて、都内で喰える「元祖」熊本系と言うべき「桂花」を昼メシにと、10月下旬のウスラ寒い雨降りの日に、新宿三丁目へ出かけた。

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この店はしかし、熊本とかいうよりも「桂花のターローメン」として有名だね。日本にラーメン・ブームなんてのが湧き起こるはるか以前、リーマンになりたてのワタシは、飲んだ帰りに誰かに案内されて、カブキ町の「桂花」に入ったものだった。店内はお客でごった返していたっけ。そういうポジショニングを築いた時代もあったというコトですね。でも、そのとき喰ったターローメンは、風味ウンヌンの前にゴッテリ乗った肉の存在感に終始した、そんな記憶があります。
それから四半世紀余の間、数回はカブキ町店で喰ってきたハズなのだが、まあその。とくに「コレハ!」というような感想を持ったコトは無いワタシ。

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これが店外のカンバンにあった、ターロー3ケ仕様です。でも950円ってのは高価いよな、やはり相対的に。さて、意識しながら具沢山のコイツを喰ってみる。ふむ。やはりスープはマー油がバッチリ効いていた。麺は固めと言い忘れたからプチ残念ではあったが、この特徴的なキャベツやターローを交互にワシワシ喰って、えらくシアワセな気分に浸れました。まあしかし、コレは飛び道具が目立つスペシャル・ラーメンと言うべきだから、次の機会があれば、素のラーメンを喰ってみたいもんだ。

ところがこの数日後、「いったい何の因果が…」などと我がコトながら呆れてしまう、あるニュースが出回りました。それが、コレ。

>熊本ラーメン「桂花」が民事再生 負債約12億円
>
>「熊本ラーメン」の人気店で、東京・新宿や渋谷にも店舗展開する桂花(熊本市)は
>1日、熊本地裁に民事再生法の 適用を申請し、保全命令を受けたと発表した。
>同社代理人弁護士によると、負債総額は約12億6千万円。全店で営業継続する。
>
>桂花によると、店舗数は都内や横浜市、熊本県で直営11、フランチャイズ2の計13店ある。
>今後は同じく熊本ラーメンの 「味千ラーメン」を展開する重光産業(熊本市)が支援し、
>再建を目指す。「桂花ラーメン」の屋号は存続させる。
>
>桂花の2010年3月期の売上高は9億6600万円。ここ数年、ラーメンブームで
>同業他社が増加し、競争激化した ことなどで売り上げが徐々に悪化。熊本市の
>本社工場への設備投資に伴う資金負担が過剰になったという。
>
>旅井瑞代社長(63)は記者会見し「桂花のファンの期待を裏切らないよう、しっかり
>再生したい」と語った。
>
>(2010年11月1日 21:57 MSN産経ニュース)

5年ぶりくらいに喰ったらこうなる、という(w いやワシのせいではナイけど、たぶん。廃業ではないから、首都圏に展開するい何店かが淘汰されるかも知れんが、まあ、どっかで喰えるだろうと安心はしています。

【♪】もうひとり、ダニエル・ビダルをご紹介。この曲はナイス・メロディーですね。親日家でもある彼女は、ワタシが中2でになってポップスを聴き始めたころにも、ポルナレフと同じくまだ活躍していた。なんたって、フランス人形みたいな愛くるしいルックスだかんな。今まで取りあげたヒトたちより、格段にニッポン人好みだったんでしょう。そのころ、ラジオから良く流れてきた曲が、コレ

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さて、これらのウヨ曲折を経て、ようやく買いだめたインスタント棒ラーメンを自宅で喰うコトになった。週末しか機会がないから、2週に渡ってラーメン漬けになったんですがネ。最初は、「アベックラーメン」の無印ものと「熊本もっこす」の3食分を、ヨメ・ムスメと分けて喰う。左側がアベック、右がもっこすだが、余った野菜と豚肉を炒めて彩を加えました。

そして、念願の「アベックラーメン」の味ですが、わりとアッサリしたスープで、大した印象は持てなかった(w まあ、こんなもんか。ガキのころからこのラーメンで育て上げられてきたヒトたちには、魔力があるハズとは思う。コイツに「マー油」は入ってないんじゃないかなあ。もちろんマズイというコトではないので、お間違えなく。
「地ラーメン」としては、30年以上も昔に合宿で喰わされて、その後に長くトラウマを引きずったインスタント棒ラーメンのド定番「マルタイ」の無印モノよりは、クセもなく美味いです。しかしまあ、これはネタで始まってネタのみで終わりそうなムード(汁 

かたや「熊本もっこす」、ワタシは2年半ぶりに喰ったんですが、いやあ。やっぱりコイツは美味い。スープなんかドロドロで、「マー油」のニンニク臭がプンプンだ。ワタシの舌では、この麺は廉価ラインのモノと差が分からないムードだが、スープの秀逸なコクと風味は区別できました。あきらかにワタシの定番ラーメン「マルタイの熊本」よりも美味い。ビバ! マー油ちゃん。
ただし、このラーメンを山での朝メシとして持っていくかとなると、ハナシは別だ。ちょっと味が濃すぎ、なんですね。早朝の4時なんて時間帯につるつる喰うには、もう少し薄味のほうがイイわけです。その意味では、アベックラーメンの方が、ワタシにとって実用的だと言えるだろう。

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その次は、ヨメとふたりで「日の出製粉」のラーメン2ケを喰うコトに。とくに予備知識もなく、野菜を炒めて乗せて撮影して、そして喰った。「おおっ。コレハ!」。ビックリしました、「ロン龍」の美味さに。「本場ラーメン」は、アベックに通ずるプレーンでアッサリした味で、つまり印象はまたまた薄いワケですが、かたや「ロン龍」のコッテリ具合ったら、どうだ。マー油の馥郁(ふくいく)たる風味は、どうだ。麺も他ブランドと比べてコシがあるようなムード。あきらかにライバル製品を圧倒していますね。「こりゃ、スゴい。美味い!」と、夫婦ともども「ヨロコビの舞」を踊る。

遅ればせながら食後にさっそく調べてみると、この「ロン龍」、やはり高い評判のラーメンとのことです。1食140円とインスタントにしては高価いものの、インスタントとは思えぬこの美味さ、コレはまとめ買いに値する逸品と言えるだろう。

【♪】フレンチ・ポップスのご紹介、最後は、彼女らの日本語バージョン曲をお送りしてみよう。まあしかし、フランス人は自国の文化に固執するから、英語圏でのワールドワイドなヒットが出にくいワケで、なかなかガンコで誇り高いお国柄(w そんな中でも、ナゼか日本に対しては格別な感情を持ってくれるスターが多かったみたいです。
さて、このヒトの場合は、もともとがアレだからやっぱりイヤハヤなのだが、このヒトになると、ハナシは別。イケてるぜ。wikipediaには、初来日したときの熱狂的な歓迎が印象的だったと、人柄の良さを表すエピソードが出ています。さらにスゴいのは、やはりこのヒト。別れてしまったようですが、日本人とケッコンもしていたらしい。フランスと日本のバイリンガルがコレほど達者なヒトって、珍しいムード。

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最後に喰ったのは、アベックラーメンのとんこつ味。炒めた野菜とブタ肉とともに。超コッテリ系のラーメンと比較はできませんが、無印のアベックよりはパンチがあって、コチラのほうがワタシ好み。
まあその。これらを食べ比べてみて感じたコトは、やはりワタシは「マー油」の隠し味が好きだってコトですね。いや、いつでもラーメンは熊本系でなくっちゃイヤっつージャンキー・レベルではないけれど。

そして、ワタシ好みのインスタントラーメンを求めて、研究は今後も続いていくワケです。とりあえず、てっとり早いトコロで五木食品の「熊本赤鶏しょうゆとんこつ」および「熊本黒豚みそとんこつ」は、ネットの取り寄せでゲットしたい。喰いたい。いや、それ以上に熊本物産館を再訪して、「ロン龍」と「赤龍」を確保しておきたいところ。

ただし、インスタントラーメンに限ったとしても、まったく奥が深い世界のようです。ナゼなら九州・沖縄のメーカーの商品だけでも、じつにコレだけあるんだから。な。胃袋が鳴る、ではないか(w

ア・ラ・カルトCM:0

ビックリしたなぁ、もう。

2010/01/23(土) 23:55:57

バウリンガル・ジェネレーター

水曜の晩のこと。
自宅のPCで近ごろハマってる町田町蔵の「ようつべ」なんかをイヤホンの大音量で聴きつつ、ネットのオセロ対戦をやりつつ、ショボいアクセス数の(だって記事更新が滞ってるかんねw)弊ブログのアクセス解析を見ていたとき、そいつはライブで始まった。

いきなりアクセス数がウナギ登り。ナンダナンダ。どうしたってのだ。

こんなケースは「テレビ」が怪しい。で、PCの地上波を立ち上げて各局を巡回。む、コレか。CXの「ベストハウス123」、その特番。あの「わんとぅつり」ってヤツね。自選ベストにも入れたこの記事がターゲットだ。振り返ったら、リビングのテレビでヨメがソレを見て(即デリられそうだが、早くもうpされてますナ)おりました。なるほど。それにしても最近の視聴者ってテレビ見ながらググりだすのか。えらく熱心な視聴態度です(w
その翌朝、オフィスでメール配信された前日の「視聴率」をチェック。この番組は世帯視聴率で17.4%だった。約2千万人があの「雄たけび」を見ていたという勘定になる。

アンネリーゼ効果

恥ずかしながら当ブログ、これまで1日のアクセス数が500を超えるコトが無かったんですネ。カッコつけて言うと「読者を選ぶ」ワケで。まるで一般的なネタじゃないし、文章はムヤミに長くて読みづらいだろうし。いやまあ、書いてるワシもそう思ってますが何か。てへ。それがその、ごらんいただきたい。水曜の夜からバクハツですよ。ヘンなのが沸かないか、なーんて少なからずビビリました。

アンネリーゼ効果3

今回の検索でトンできたヒトたちってのは、ほとんど一見さんだろうからね、バブルも終息して静かなブログに戻るだろう。善哉。しかしテレビのパワーはすごいものだ。コップの中の嵐レベルに違いないけれどビックリした。そこでだ。ついでと言ったらアレですが、この半年くらいで集まった「ビックリしたもんね」系の動画をコソコソご紹介してみようと思いたったワケ。




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夏の最後の日

2009/08/31(月) 23:47:08

北アの山旅で自己マンゾクしちまって、ナニもしなかった8月がこうして終わっていく。
とりとめもない記事になるかも知れないが、これから書きだすネタの予告篇を含めて、3題バナシで進めてみましょう。

まずは、去りゆく夏に捧ぐ歌をお聴きいただきながら、読んでほしい。「夏の幻影夏の幻影」。
コレ、もちろんあの至高のアイドルです。「ラード的音楽の旅路」で、どんなキリクチでも紹介できるほど今では「ようつべ」がうpされまくった。グッジョブ。さて、どうまとめようか。ゆるーくご期待ください。1985年の、これは尾崎亜美の名曲です。GOひろみとケッコンするのかしないのかヤキモキさせられた時期の、しかし円熟の歌唱。好き好き(w

最後の週末、土曜はいつものビーチに歩いて出かけた。甲羅干しにね。手には鴨下信一著「ユリ・ゲラーがやってきた」(文春新書)。副題が「40年代の昭和」といい、しかしユリゲラーのハナシはマッタク登場しない詐欺のような内容(w 

閑話休題。ちなみに今(8月31日)、「スマスマ」の番組内でユリゲラー御大が出演しておりますが、コレもマッタク当記事のネタとは関係ないです。ああ。でも氏がオカルト・ネタで大評判を取っていたのは「中3」当時のワタシ、良く覚えている。とくに「スマスマ」でもやった、止まってしまった腕時計を念力で動かすパフォーマンス、氏が視聴者に向かってTV越しに念を送ると、ワタシが持っていた父親の動かぬ機械式(そのころクオーツ時計なんて誰も持っていなかった)ウォッチが、「おわーっ。動いたッ」と叫んだ35年前。
まあその。止まった機械式時計なんて内部のオイルが固形化しているだけで、ぎゅっとソイツを握り続ければ温まって蘇生する、そんな実もフタもロマンもない「からくり」らしいですけどネ、じつは(w

さておき、では何のための本かと言うと、参考書なのだ。かれこれ2年は温め続けている個人史的ネタ、つまり1973年あたりの歌謡曲と、急速に反動化・軟弱化したカルチャーについて、ワタシが感じた違和感を書くための資料ってワケです。あの時代、雑誌やレコードジャケットなどで必ず目にした「ある活字書体」を中心に述べていく予定だ。期待もせずにお待ち願います。
そして「ユリゲラー」を読了。参考になった。TBSのプロデューサーであった氏が、「昭和40年代は正しい日本が喪失した10年」であると、映画、テレビ、歌謡曲や事件から分かりやすく解き明かすという内容です。しかし、男女アイドル歌手がビシバシ湧き出た理由と背景などには触れていないのが不満ではある。

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さて、8月最大のラード的収穫はコイツ、「あわあわソーダ」だ。近所の安普請な食品スーパー「つるかめ」でコレを発見したときは「おおおっ」と虚空に吼えました。棚にはこの2種類が並んでおり、迷わず2つともゲット。210円也。
この粉末ソーダ、ワタシが何回かご紹介してきた山岳部時代の楽しい夏の息抜き、「イカポン」の素、なのです。ついに見つけた。

ところで、次の曲をどうぞ。遊佐未森の「潮見表」。
このヒトのファン歴も、じつはけっこう長い。昭和の終わりくらいからだ。大阪にいたとき、コンサートも観にいきました。作品のトーンはメルヘン調の前期から写実風・私小説ムードへと大きく変わったが、ワタシはどれも好み。ただし最近の10年くらいは「好みのメロディー」から外れてきて残念なんですが、この歌は、1996年のラード的傑作アルバム「Roka」から。寂しくも温もりのあるイメージが素敵と思うんですが、いかが。彼女の隠れファンは多いハズなのだが、イマイチ動画がうpされない。虎視眈眈と記事にできる日をねらい続けています。

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「ユリゲラー」を読み終わってビーチから戻ったワタシ、さっそく電動カキ氷マシーンを久しぶりに引っぱりだして、シェラカップにブチかました。渇いたノドに、コイツは美味そうではないか。
とはいえ、「あわあわソーダ」は正統な子孫というワケではナイ。というのも愛用した「フルフル」はメーカーがツブレて廃番だからね。ただし、この製造元は「クラシエフーズ」だから昔の「カネボウ食品」の後継、生まれ変わりといっていい。ところが中身がパケ写にあるように発泡性が高いモノにアレンジを施してあり、そこが「あの味」とはイメージが異なっちまう。ま、気にしないでおこう。

昔、あれは稜線上のドコだったっけか、夏の午後、シオ吹いたカラダで汚れた残雪を取り巻くワシら。表面を削ってゴミを除け、この粉末をザバッとブチまけ、コップとブキを手に「それっ」と特攻して奪いあいガッツクという。「イカポン」、それはもう浅ましいイベントだった。そして間違いなくサイコーに美味いのだ。

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むーん。マシーン・メイドの氷じゃあ、ちょっと上品すぎるかナ。そもそもエアコンの効いた自宅じゃムードでないわな。いやその。30年前だって、20日間の夏山合宿などというハードで忍耐のイベント時でもなけりゃ、こんなの、喰いませんよ(w 

それ以前のワタシの少年時代でも、ワタナベ粉末ジュースは愛飲した記憶はあまり無い。小学低学年ののワタシに「プラッシー」とかコカコーラ、「コアップガラナ」といった瓶入りドリンクは高級品(ちなみに「オロナミンC」なんか最高級クラスw)でスルーだし、駄菓子屋のチューブ入りのヤツを飲んでいたのか。ちょっと記憶が乏しいが、「チクロ渦」でワタナベ製品が絶滅したときもショックは無かったワタシ。


最後にご紹介するのは、ちょっと趣を変えてこの曲、「ポーラスター」。
じつはコレ、「源流から岩稜へ」で何回も引き合いに出した1979年の夏、大学1年次の縦走合宿で実に印象的だった歌なのです。合宿では、「にいよん」つまり2時起きの4時デッパツで、ほとんどスープのないマルタイとか汁っけのないお茶漬けという劣悪な朝メシを喰いつつ、点けたAMラジオが「歌うヘッドライト」とか「走れ歌謡曲」なんつートラッカー向けの番組を聴かされていたワケ。
そんな中、新曲として紹介されたこの歌は、あれは「ゴタテ」の冷池だったか、夜明け前、静謐な高みの幕営地にこのクリア・ボイス。正しくベストマッチだと皆で深く感銘を受けたものだ。「おれたちの歌だ」、なんて(w そして未だに北極星がドレだか分からんのはナイショ。

先日のシリーズ記事では、露悪的に30年も昔のいろんなトピックス、いやらしいバリエーション・ネタを頻出させましたが、それはまあ、昔と現在を対比させながら述べるために意識してヤリました。なんだろう。「使用前・使用後」なんつーニュアンス、ですか(w あるいは昔の個人的体験というモノから決別して、新たな思い出をコレから作るため、だったのかも知れません。
世間もワタシもどんどん贅沢になっていって、「3丁目の夕日」当時には少年少女たち(どころか大人たちもだ)の愛飲ドリンクであった(ハズの)こんな商品、今ではひっそりと作られ売られているワケですが、こういうモノを山に持っていくという遊びゴコロは、ワタシは忘れたくはないなあ、などと思うのだ。

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ふたつの至芸

2009/06/30(火) 23:55:16

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先週、マイケル・ジャクソンの訃報に接して、あらためてビックリしたことがある。それは、「ヤツとは同学年だった」っつーコトですネ(汁 いやその。同じ人類とは思えぬ。いろんな意味で。ワタシの「同期」にはビッグ・ネームが多いのです。アイルトン・セナとか、わが国のプリンスとか(w
マイケルの音楽にワタシは思い入れなど大してないのだが、人の死という厳粛な出来事からインスパイアされた、ふたつの弔辞という「至芸」をご紹介させていただこう。

まずは、上岡龍太郎さん。
いかがですか。毀誉褒貶がハゲしかった長年の盟友・横山ノックへの送る言葉だが、ワタシはグッときたね。話芸の極致ではないだろうか。今世紀に入ってから完全に芸能界を引退している氏だから、出だしは多少の滑舌の悪さはある。しかし、この素行の「悪さ」も良さと転換して褒めて褒めて笑いをとる、起承転結のエッジがビシッと立ったスピーチの巧みさは、どうだ。とくに3:30からのドトーのたたみかけ具合は、どうだ。一転して落とす、その心情の吐露はどうだ。キイキイ騒ぐどっかの赤ンボすら、その時は静かという奇跡のスピーチではないか。

次は、タモリさん。
恩人・赤塚不二夫を悼む言葉。これは編集が巧みなニュース動画なので、まずはコチラをご紹介してみた。弔辞の完全版もあります。
この中で、「歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなのをやっていたとき」とあるが、これは「ジャックの豆の木」という店で、ちなみにココが閉店(1976年7月、タモリのメジャー・デビュー直後)したとき、店の常連たちで催したお別れ温泉バス旅行ってのがハチャメチャだったワケ。タモリはそのころ、とくに深夜系のTV番組に出まくっては「中州産業大学」教授コスで黒板にチョークで四角を描きながら「いまオレ、マスかいてんだ」などと言い放ったり、4ヶ国語マージャンなんつー至芸をブチかましたりしていたワケです。
おっと。ここでマイケルの曲をお聴きいただきながら読み進めていただこうか。といっても彼の最初期のキャリア、「ジャクソン5」の屈指のバラード、「I’ll be there」。いま聴くと泣ける歌ですなあ。

ところで、ナゼそんなこまかいコトを知ってるかというと、そこらへんの事情は当時ワタシが入れ込んでいた作家・筒井康隆の日記「腹立ち半分日記」に書いてあるから。筒井氏は赤塚先生と同じく「タモリの発見者」としてマスコミによく取り沙汰されていたのだった。
弔辞にあるように、皆で切磋琢磨しながら芸を磨いて、当時「全冷中(全国冷やし中華連盟)」会長職にあった筒井さんの仲間であるジャズの山下洋輔トリオの公演の幕間でコントをやったり、氏が1年間ほど編集長を任されいたカルト雑誌「面白半分」に連載エッセイを書いていたりしたのだが、締め切りに間に合わず、原稿をオトシて4頁ほど「白」で発刊したという出版史に残る偉業を果たしたり(w うーむ。しかしワタシはこの号を持っていたのだ。実家に置いていたのだが、いつの間にやら捨てられた(汁

その後、このときタモリは白紙を読んでいたのではないか、という話題がネットで飛び交った。しばらくしたら本人も白紙だったと認めていたね。それはやはり、芸だ。トツトツと文面を棒読みするように見せて、実は諳(そら)んじているという至芸。上岡サンの「お別れの会」とは違って告別式という場であるから、カンタンに笑いを取るハナシへは持ち込めないだろうし、またタモリの本質も作用するのだろう。「陽」なスピーチに対して「陰」の弔辞、そんな印象です。でも、最後の「私も、あなたの数多くの作品のひとつです」、こう言い切った強固な師弟関係には、ハゲしく憧れるものもある。

昨夏、この弔辞をテレビと「ようつべ」で見たその翌日が、イイデ・バックパッキングの出発日だったのです。北関東の「なま」氏宅へ愛機「Baja」号を走らせながら、ナゼかこの印象的なフレーズが脳裏でリフレインし、そのクセ休まずにバシバシ走らねばならん(寝坊したからサw)という妙な朝で、これからもコトあるごとに断片を思い返しそうなエピソード、そんなムード。
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クリーチャーズ

2009/02/28(土) 23:58:24

深海に棲息するクリーチャーズをご紹介しよう。
当ブログでは定期的に皆さんに「ううむ・・・・(・∀・;)」と唸っていただくダークなネタをご提供している。そう。これはラード的ミッションなのだ(w そしてコッチ方面のハナシって、まだでしたよね? いやその。今週、世にもマレな新しい「おさかな」さんの動画が公開されたコトでもあり。動画オンリーで手短に味わえるようにしてみた。では、逝ってみよう。

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その「おニュー」とはコレ、透明な頭をもつ深海魚。「デメニギス」というそうだ。頭部はまるでジェット戦闘機の風防、キャノピーみたいではないか。なんとその動画まである。うほほーい。ね? クリーチャーとしか言えないでしょ、この「おさかな」は(汁
紹介文にあるように、キャノピー内のミドリ色の2ケが目ん玉であって、フツーの目に思えるものは鼻とのこと。それにしても、いったいナニがどうしたら、サカナとクラゲの合体バージョンみたいになるのだろう。深海は、ディープである。

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かつて「ダイオウグソクムシ」のコトを記事のマクラにしたけれど、定期的にそれらクリーチャーのネタをチェックしていると、たいそう興味ぶかいものがある。そうして今なら動画などが「うp」されているから、素晴らしい。ワシらがフツーに見知った「おさかな」とは別次元のインパクトを持つおスガタが良く分かる。

たとえばこれなんか、どうですか。「グロ」と「美」が共生している神秘の場所、そんなムードではないか。

こちらはスチール集だが、よりおぞましいおスガタの連中が登場するよ。

この動画は、発光するクリーチャーたちをまとめたもの。うむ。美しい。「誘蛾灯」みたいなものなのだろうか。「うっふん」と手招きしているワケか。近寄るとイタイ目に遭うのか。

2004年、年末に起こったあの惨禍「インド洋大津波」の現場では、事後、かつて見たことが無いクリーチャーズが何例も捕獲できたらしい。恐るべし、ディープ・ワールド。

今回のニュース・ソースは、こちら。重複するスチール集を貼ったモノなので補足扱いにしますが、陽気なBGMでクリーチャーたちの名前を紹介しまくる動画が、コレコレ。でもなあ。どいつもコイツも、とてもじゃないが美味そうには見えない(w

【追記:2010年8月】
新たに、こんなグロ生物の画像も見っけた。うひー(汁 いやしかし、ドコでもヘンな生きものが獲れるってワケですねえ。
コレを含めて、最新版の「2ちゃん」深海生物まとめ記事をどうぞ。ひぃぃ。

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それでも朽ち果てる

2009/02/26(木) 18:43:09

なま氏の切羽詰ったこの記事を読んで、「むは」と呻いた。そうなのだ。「ワシも、あるある」。たいそうインスパイヤされたので、コラボったハナシを書いてみよう。

昨晩、そう思い立ったワケですが、近ごろ自宅PC「VALUESTAR」の不調が極悪レベルだもんで、記事の「うp」はあきらめた。だいたい、PC立ち上げに40分はかかるし、固まるなんてのは日常茶飯事捕物帖。どころかナニかのはずみに、いきなり主電源がストンとオチやがるからね(w 5年と持たずに腐ったか。もともと遅い更新頻度が下がってるのは、そういう理由があるんですよ奥さん。困ったモンだ。

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このハツラツとした兄ちゃんが誰かは、もちろん皆さんにおかれましては「またかYO!」とゲンナリされているだろうが、ええ。不肖ラードめである(w 社会人になって直後、ツツジの季節だから5月の週末か。場所は良く覚えている。ヨコハマは「港の見える丘公園」で、当時の彼女とデートしているところ。
もはや四半世紀も昔のコトだが、ヨコハマの港沿い、関内から山手にかけては楽しいデートの場所だった。独特な情緒があってココチよい。何回か出かけたものだ。だからか、東野圭吾の屈指の名著「秘密」で展開されるクライマックス・シーンを、ワタシはボーダたるナミダ無しには読み進められないワケですが、まあその。

さて本題だ。この入社当時のころから、およそ20年近くにわたって、じつはワタシも定期的に「大学を卒業できない夢」ってヤツを見てきたんです。当然ながら、寝起きの気分はダークの極み。その夢とは、こういった内容なのだ。

ぼくは大学4年生。すでに会社(現実に勤めているトコだね)からは内定をもらっている。まもなく後期試験が始まるハズ。すなわち季節は真冬。
必修ではない残りのある1コマ、あと4単位を取得しないと卒業はできない。就職もフイになっちまう。講義にはマッタク出席していないが、ま、誰かからノートを借りればナントカなるだろう。
しかし、長らく学校へ行くのをサボっていたぼくは、この試験日時を知らないのだ。で、ガッコへ出かけて「掲示板」(当時、学部の試験日程なんかを含めた全ての情報は、ここにカミで掲出された)をチェックしないと。なーんて思いながら、すでに一週間くらいたっちまったぜ。
アセりながら電車を乗り継いで登校し、掲示板を見た。その試験科目は、前日に終わっていた。

「ああっ・・・・(・∀・;)」。そこで目覚める。

たまらんわな(w コレはしかし、サボり癖のある「キチンとやり遂げない自分」に対する戒めのお告げ、そういう役割の夢だと考えている。人間の深層心理って面白いネ。

ワタシは4年間で卒業できたが、それは部内では、ちょっと久しぶりだった。それまでは皆が皆、留年していたからねえ。だから優秀だとは、てんで言えないレベルですけど。1年次は80日、2年と3年次はどちらも100日間を山で過ごしたが、ナニ、下界にいたからといって勉強するワケでもなく(w
なま氏に限らず、ワタシも履修の経歴については「綱渡り」が多かった。「経済学部・山岳科」のクセして「経済学」を取れたのは3年だ。「統計学」などチンプンカンプンで、カンニングして2年目に突破。他にもフランス語の講読とか数学も落とした(汁 

いやその。経済学って学問が数学ベースだとは君、思いもよらなんだ(w 「は。シグマ? タンジェントォ?」。アホである。入ったガッコがバリバリの「近経」派だったワケで。ココロの底から法学部をチョイスしときゃヨカッタと、試験の前には恐れおののきました。一般的に経済学部の方が、法学部より偏差値が低いから合格しやすいかも、浪人のときにそう思っただけ。見事に逝きあたりバッタリなマイ・ライフと言えよう。

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くわしく覚えちゃいないが、年に1~2回も「夢」を見続けただろうか。ケッコンしてムスメが生まれても、たまに見たハズだ。40歳代になってからは見てないかも知れない。しかし、それは別に「克己心」が充満したからとか、そんなワケでは毛頭なく、モノ忘れがハゲしくなったとか、ま、そんな理由に違いない(汁

画像は、プレステのゲーム・ソフト「ぼくのなつやすみ」。ワタシがもっとも好きなゲームなのだが、詳しくは、いつか専用の記事をこさえる予定(かれこれ2年は構想をあたためている。今年の夏こそは、なーんて毎年思ってるw)。
このシミュレーション・ゲーム、それも「第1作」を偏愛するのは、この世界観が好きだからだ。1975年、北関東の山と川と海もある田舎で、ひと夏を親戚の家で思いっきり遊び暮らすという設定。虫相撲や魚釣りというイベントなどと共鳴するように、物語上のエピソードがいくつも仕掛けられている。プレイしながらグッとくるコトを請け合おう。そういうインパクトが強いドラマだから、ワタシは毎年一回、夏前にしかやらんと決めているんです(w 
アウトドア・マインドを持って当ブログを読んでいる読者諸兄、未だこのゲームを知らないヒトは、直ちに中古ショップ(今なら500円程度じゃないか?)で手に入れて、即やってみていただきたい。

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海辺の民宿が舞台となる「ぼくなつ」第2作は、「PS2」で製作されるから大幅な質感の向上が見込めるだろうと大いに期待したものの、ワンパターンを廃した(らしい)ゲーム構成だから、押し付け気味のドラマチックな物語性はごく薄まった。ムスメは2作目の明るいテイストに喜んだが、ワタシはイマイチ喰い足りず。この画集は、「ぼくなつ」2作品の印象的な各シーンの原画集なのだ。そこにキャラクターが言ったこれまた印象的なセリフが添えられてあって、ワタシには宝モノなオモムキすらある。

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「ぼくなつ」はシミュレーションだから、初回に遊ぶときの印象が当然もっとも深くなる。このときワタシは、多くは言わぬがゲームのカレンダーでいう「8月30日」でボーゼンとし、最終日の「31日」でボロ泣き。そうして、深い感動と虚無感に包まれた。
泣いた理由はカンタンだ。一所懸命に遊びさえすれば良いというあの「小4」の夏やすみ、そんなある意味サイコーでステキな条件下でも、ワタシはココロおきなく後顧の憂いなく遊び倒すってコトをしなかったからだ。そういう自分の相変わらずのルーズっぷりを、40歳にもなってこの素晴らしい作品で再認識させられたからだ。エンド・ロールがナミダで霞んだ。
そのときから再び8年ちかくを経た今、やっぱりワタシは、きっと何ほども変ってなどいない。ああ。このまま朽ち果てて逝くのだろうか(汁

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房総ソウル・フード

2009/02/03(火) 23:56:22

といっても観光食の「サンガ焼き」とか「なめろう」ではない。もうひとつのソウル・フード「房総ラーメン」が、いよいよ世間さまにバレちゃいそうだからメモリアルとして語っておこうと思う。

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はい。房総名物として誰でも思いつくのがコレ、「竹岡式」ラーメンの元祖「梅乃家」ですね。なにやら最近はオープン時刻が遅くなったとか聞いたなあ。数年前なんか、朝8時過ぎに朝メシがわりに喰うかと入店するとすでに結構な混み具合で、地元漁師と思われるオヤジがとっくに「梅割り」で上機嫌とか「どんだけw」な状況であったのだが。

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「バレちゃいそう」なのはナニかと言いますと、房総ソウル・ラーメンの一方の雄「勝浦坦々麺」、なのだ。勝浦の路地奥にあるこのトタンの店が、あるまいコトか「dancyu」先月売りの巻頭ラーメン特集に掲載されちまったワケ。なんてコトする(汁 

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でもまあ、こういう見てくれのラーメンですからネ、フツーの婦女子は「ダメなのアタシ…」となるコト必定、だろうけどね(w ラー油がまるまる2瓶はブチこんである、ようなモノだし。ワタシも翌日はシンドかったもんです。菊いぢめ(汁 編集部にクレームとか、大丈夫か?

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同じ「坦々麺」なれども勝浦式とはタモトを分かって、鴨川の山中にオープンしたと聞くのが「江ざわ」。元祖vs.本家みたいなモンですか。コチラもフツーの辛さにしたから「後遺症」はそれほど感じなかったようなものの、もちろん辛くしようと思えばナンボでも注文できる。コレがまた、ラー油ドバドバなれども清新な味わいがあるのだ。クセになっちゃいそうですアタシ。否。どれも一回づつしか喰ってないけど(w

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それとは別に、ラーメンマニヤの知人に連行されて喰わされた内房・勝山は「住吉飯店」のドカ盛り「もやしそば」なんてのもあるから、ウカウカできぬ。ソウル全開ってモンです(汁

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まあ、ソレはさておき、いちばん世間さまにバレて欲しくないラーメンといえば、コレですかね。長南町の田んぼの奥に佇む「古市商店」のアリラン・ラーメン。

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ニンニクがダマでぷかぷか浮かぶコリアン・テイストのラーメンだ。コレもワタシはフツーの辛さにしたけどね。盛夏の真昼に大汗かきつつ食べました。なんつーかもう、しみじみ美味かった。いやワタシ、とくに辛い喰いものがダメというワケではないので念のため。翌日、身悶えちゃうからです(w コイツが世間にバレたら世も末、そんなムードですねえ。うむ。寒いうちにもう一回、行きたいな。ラーメンを喰うプチ・ツーリングってヤツをね。

◆これらのラーメン・レポってのは、左側の「グーグル」バーで「ブログ内検索」していただきますと出てきます、たぶん。

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ケムリの行方(6)最終篇 解放のとき

2008/12/30(火) 23:57:45

【タバコ、それは煩悩】
年末だってのにカゼひいた。なかなか治らん。そうして、好天を山で遊ぶという絶好の機会をフイにしてしまった。土曜から今日まで寝込むなんて、どんだけ(汁 じゃー駄文をビシバシ更新できるかと思いきや、キョーレツに眠くなっちゃう処方薬でラリパッパ。このまま行く年くる年となる。ファッキン・クライスト。そんな状態で最後のタバコ・ネタを「うp」しようとしている。トゲトゲな文章になるかも知れませぬが、いやその。誰がソレを責められようか(w

oyaji poster

ワタシがタバコを止めた日、それは2000年の2月20日だ。忘れられない。その理由はカンタンで、未だにワタシは「禁煙」しているから、なのだ。ワタシは今もタバコを吸いたいという衝動をガマンしている。ほんとに良くガマンしている(w だから、キモチ良くタバコを吸っているヤツには、ハラが立つのだ。ヤブにらみと言われようがだ。
とくに朝の出勤時、京葉線は新木場駅のホーム上の喫煙場所ってのが、ワタシの乗車定位置の真ん前に来るワケ。必ず喫煙難民化した10名余がスッパスパしている。そうして、なんの嫌がらせか風は季節を問わず反対側から吹いてきて、ワタシの立つドア辺りににモウモウたるケムリを持ってくる。げほごほ。そうして周辺のホーム上には吸殻がいくつも散乱している。目の前にデカい灰皿が据えられているってのにナ。まあその。喫煙者のモラルなんてのはこんなレベルなのだ。誰かが一本捨てたら右にならう、という。
画像は、タバコのみなら誰でも知っている超傑作ポスターだ。これは意外に古い作品で、昭和30年とのこと。もちろんワタシがモノごころついたときも普遍的に使われていた。このスーパーコピーをココロの拠りどころとして、皆はタバコを吸っていたことなのだろう。

そんなワタシにグッドなニュースが届いたのは先日のこと。首都圏JRの駅のすべてを来春から禁煙にするとの由。ようやくだが、メデタシだ。
さらに、世間の話題をさらっていた「タバコひと箱せんえん」値上げモンダイってのも記憶に新しいよね。これはしかし、ヤリすぎですがナとワタシは考える。せんえんにしたら、皆、やめてしまうではないか。インパクトが強すぎだ。税収が不足する。ここはひとつ、現行300円のメイン・ラインを「480円」に値上げで、如何か。ワンコインでオツリあり。ね。これなら誰もやめないよ、タバコのみの意志ってば、そんなレベルでしょう(w

今どき紙巻タバコの諸成分がカラダに良くないってコトに物言いをつけるヒトはいないだろうが、この際、伏流煙の弊害には触れないでおこう。メンドーだからだ。ソコらへんを調べるのがね。この記事はタバコを悪く言うためのものではナイし。ただし、である。集合住宅であるわが家も、あるキモチいい秋晴れの一日、窓を開け放っていると階下の喫煙者(でありホタル族、もしくは換気扇スモーカー)のケムリが立ち上ってくることがある。これがまた、腹立たしい。手前のウチの中で完結するよーに吸いなさいと。それが道理だろう。

【禁煙に踏み切った、3つの理由】
本題に入ろう。ワタシが「禁煙」に突入したときの環境と考えかた、ですナ。
まずは自分を取り巻く環境について。当時は名古屋に単身赴任していて、1年余を経ていた。フィットネス・クラブで汗を流す快感にハマり、エアロビクスのスタジオ・プログラムにも積極的に参加し始めたころ、だったか。運動を始めた理由はカンタンで、単身のクソみたいな食事事情だと、死なないまでもヒドイ目に遭いそうだったからだ(w 軽くて「通風」とかサ。その予防として、トレッドミルでジョギングしたりと、社会人になって以来、初めて、定期的に運動するというスケジューリングができたワケだ。
そのとき、クラブのロビーでナニゲに見たチラシのコピーに「ギョッ」とした。それは、こう書いてあった。

 「 じ ぶ ん の カ ラ ダ に 毒 を 盛 る の は 、 や め ま し ょ う 」。

このコトバはワタシに「ディープ・インパクト」をもたらした。分かっていながら止められない毒、すなわちタバコ。しかし盛ってるワケですよ毒をだ。むーん。わが身カワユスなボクには刺さる刺さる(w 

ああっと。その当時のワタシの喫煙環境を述べておこう。以前も書いたが「セブンスター」を一日に50~60本。「なんとかライト」やら「マイルド」なんつー女々しい銘柄なんか、吸わないよワシは(w その直近で一箱250円に値上がっていたから、毎日平均すると700円相当をケムリにしていたコトになる。オフィスでは、まだ自分のデスクに自分の灰皿を置けて吸えていた最後の時代で、「分煙」という荒波が弊社にも及ぶ直前というタイミングだった。もちろん間もなくそういった環境が大幅に縮小される事態は承知していた。いずれは禁煙ファシスト大国アメリカのよーになっちまうワケだろう。くそ。そうはさせるか(w 「自分から先にオリてやる!」、そう考えていたのは事実だ。

今ひとつの止めるキッカケは、やはり20円も上がって250円になったその理由となる。もちろん税金には違いないのだが、名目がフザケていた。「国鉄の借金をタバコで返済しちゃう」。は。「冗談ではないっ」。国鉄なんざその時でも消滅して既に10年以上だかんな。ナメられてるワケですよ、スモーカーは。どーせ、やめらんないんでしょ~ってナ。

以上の3つの理由から、15の春以来ごく自然に馴染んでいた日々の習慣「喫煙」という行いを、スッパリと止める決意をしたワケだ。イイワケっぽい弾力措置として、とりあえず3段階を設定してみた。最初は「1900年代で禁煙する」。2番目は「自分が30代のうちに禁煙する」で、ワタシはコレに乗っかれたワケ。最後は、ミレニアム・イヤーのうちに、という理屈づけをしていたのだ。

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【抑止力発動と天使の導き】
実力行使的な理由づけは、おおかたの意表を突く方法を考えた。自分にとって命の次に大事な(モチベーション的には、それくらいあったネ)タバコ、それに換えても欲しいモノを、先に買っちゃうコトにした。ローンでね。引き落とし金額を、そのときケムリにしていた同額(毎日650円、10日で6,500円、ひと月なら2万円弱で、12回ローン)という条件にして、だ。つまり毎月のタバコ代を1年間分前借して、欲しいモノを買っちまうワケですよ旦那(w

さて、ワタシの場合、そうまでして手に入れたいモノとは腕時計くらいだ。ケムリ代1年間分が、せいぜい20万円くらいだったから、ちょうどそのころ旬なブランドだった「オメガ」の「スピードマスター・ファーストレプリカ」を買ったのだ。ここでは詳細を省きますが、一応、月に行ったメカを積んで、オン・タイムでもこなれた装いとなるプレーンなベゼルを持つ。発売直後、でもあったっけ。欲しかったモデルだ。

ショップは東京の各店と比較しても劇的に安かった名古屋は大須の「コメ兵」だった。そうしてそれ以来、一本たりともクチにしない、というハードボイルドな禁煙環境にした。灰皿は捨てたが、愛用してきたジッポは引き出し奥に仕舞ったくらいだった。禁煙パイポとか、当時は一般的になっていたのか知らないが「禁煙パッチ」みたいな女々しいグッズには手を、否。おクチを出さなかった。せいぜいガムを噛んだっけか。好みの大粒「NOTIME」とか。日に30粒とか喰ったような気もする。
まあその。ひたすら耐えて耐えて耐えた。スピードマスターちゃんをペロペロ舐めたりしたな(w あらゆる機会で手持ち無沙汰になっちゃうのも往生した。ものすごくつらかったに違いないが、前にも触れたように当時の様子をイマイチ覚えていないのだ。脳の自浄作用みたいなモンなのだろうか。
折悪しく、禁煙開始のスグあとに、左ヒザ外側の靭帯を痛めてしまった。これは慣れない運動をいきなり定期的に始めたからだったのだろうが、動けないから余計にストレスが溜まって、もう泣きっ面にハチもイイとこでしたねえ・・・。

ちょうどそのころに、たしかオフィスのPCで検索でもしているときに出あった、それからのワタシにおける「禁煙人生の道しるべ」的なフレーズが、こちらです。

「 タ バ コ か ら 、 解 放 さ れ る 」。

これは何というか、滋味あふれるコトバではないだろうか。タバコを禁じるのではない。ケムリから、解き放たれるコトを目指そうというのだ。身軽なイメージでもある。

【解放のときは】
タバコをやめて「解放された」コトは、いくつかあった。まずは「小銭入れ」の中身のケアが不要になったコト。そのころは500円玉が自販機では使えなかった。また帰宅ルートの検討も不要になったのは新鮮だった。コンビニでひと箱買って帰る、とかですね。画期的。もう小銭入れは不要ではないか、とさえ思ったっけ。
これらとは別に「うーむ。なるほど」と唸ったのが、4年前に掛け替えた「生命保険」でのパッチ・テストだ。ソコの診療所で健康診断を受けたとき、「タバコは吸うか」と問われ、3年前に辞めたその事実を検証するために唾液を取られたワケだ。その時点で喫煙者は生命保険の「掛け金」が吸わないヒトより高額となったコトを知った。まあ、今の時代なら当然ではあるな。

それにしてもアレだけ苦しんだってのに、改めて書き出してみると得られたのは、たったコレくらいか(w まあしかし、それがタバコの本来の「毒」たる部分だと、今のワタシなら思えるね。「たったそんだけ♪」とは悪魔のささやきと心得るべし。

このタバコにまつわる思い出を述べる「ケムリの行方」シリーズ、書きだしてから1年あまり経って、ようやく終わろうとしている。今でもワタシは夢想するのだ。諸般の事情が許しさえすれば、3日でモトに戻せるよと。つまりセブンスターを50本くらいコンスタントにってコトなのだが、しかし、そんな夢のような時代・環境なんて二度と戻ってくるワケなどない。どう考えてもね。そして、そんな考えを未だに思い浮かべるコト自体が「解放されていない」証左だっつー(汁 25年間も馴染んだ嗜好品の味わいには、まだまだ煩悩を覚えるのだ。



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