ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

掘ったイモいぢるな?

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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房総バックパッキング

2016/07/15(金) 17:32:11

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ゴールデンウィークの前半、風変わりな単独歩き旅をしてきた。
ホーム・フィールドの房総半島で、四国お遍路歩き野宿旅のミニミニ・バーチャル体験といった企画です。
JR外房線・行川アイランド駅をデッパツして外房の海岸線に沿って南下、初日は某「K山」でのステルス野宿。
2日目は南房の著名な低山3座を歩きつなぎながら内房へ抜ける、計62km。

この海沿いウォーキングと低山縦走、そして野宿を合体させた房総横断ってネタは、まさか初めての事例ではないでしょうが、ちょっとレアな内容とは言えまいか。
数年後にヤル予定の野宿お遍路もそうですが、こういう歩き旅では、縦走登山とは違って昼メシとか晩の食材が店で中途購入できるし、自販機で冷えた水が調達できるってところがメリット。超イージーなワケです。
これはまた、バイクでの野宿旅と同じ行動パターンでもある。昔、国内各地でさんざんやってきました。
まあその。ホントは、人もクルマも数少ない寒いころに2泊3日でやろうと計画(上総一ノ宮駅からスタート)してから、早1年半(w なんの因果かゴールデンウィークに実行するハメになっちゃった。

そうして、初日がドピーカンの日曜日にブチ当たりドライブ客で道路は充満。クルマやらバイクやら数十万台の排ガス攻撃で、わが玲瓏たるお肌は真っ黒化。いやはやしかし。
そのうえ2日目は足にマメができたり、時間切れでひと山削ったり道に迷ったり。そこそこイベント感は満載で、ゴールのJR外房線・岩井駅にたどり着いたのでした。





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大雪山系 夏の山旅

2015/04/28(火) 23:58:24

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昨年の夏、北海道の真ん中に位置する大山脈・大雪山系を歩いてきた。

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これは長いことワタシの憧れの山。そしてホンキで登りたいと思った、国内最後の対象だ。

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ルートは道内の最高峰・旭岳(2291㍍)からトムラウシ山を経て、十勝連峰・富良野岳まで南下する60km強。

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単独幕営、いつもの縦走スタイルで、登山行程としては5泊6日。そして予備日を2泊分。

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日程をフィックスしたのは、エアーを申し込んだ5月末という早さ。充実した「ぼくのなつやすみ」を期待した。

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遠き異界。この山旅では、そんな印象を持った。

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実際、登山のためにヒコーキを使うのは初体験。ずいぶん「遠い」場所に行く、ココロ躍るイベントだ。

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「異界」とは、見慣れた内地の山岳とは異なる、独特な地形と光景が拡がっていたこと。

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とりわけ、見渡す限りの高山植物の群生には度肝を抜かれたものだ。

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20代の後半、夏はいつも北海道の野宿ツーリング旅だった。

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ダート林道含めて道内のあれこれを見てきたが、それはやはり平地の世界。山上は格が違う。

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加えて「自分の登山」を試される、インフラ・レベルがごく低い、玄人ごのみの縦走路なのだ。すばらしい。

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停滞していたヒサゴの小屋では、恩人と呼ぶべきある登山者との印象的な出会いも体験した。

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ところが全国的な天候不順のアオリを食らい、行程半ばのトムラウシで下山した。残念の極みだ。

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美瑛の観光ドライブに転進したが、レンタカーが見つからなかったりと、ここでも「運」を試された。

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この山旅の完遂度は、そんな意味で、想定の5割というレベルだったろうか。

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いつか花盛りの7月にリベンジしたい気分でもあり、もうこれで満足できちまったムードでもあり・・・。

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それでは、久しぶりに装備や食糧も公開して充実のシリーズ記事へと仕上げていこう(あくまで抱負だw)。


・8/2(土)羽田空港→旭川空港→旭岳ロープウェー→旭岳→裏旭キャンプ地
・8/3(日)→北海岳→白雲岳→忠別岳→忠別岳避難小屋
・8/4(月)→五色岳→化雲岳→ヒサゴ沼避難小屋
・8/5(火)停滞
・8/6(水)→トムラウシ山→南沼キャンプ地
・8/7(木)→前トム平→カムイ天上→東大雪荘(泊)
・8/8(金)→新得駅→上富良野駅→旭川駅(レンタカー)→道の駅@美瑛(車中泊)
・8/9(土)周遊→旭川駅→旭川空港→羽田空港

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海/山 焚火野宿行

2015/04/25(土) 00:02:44

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ずいぶん久しぶりに記事を書こう。
あ。コンニチハ、読者諸君。耕作放棄地的ブログ管理人、不肖ラードめであります。
あったかくなったんで、目覚めた。熊みたいだなしかし。
いや、とっとと昨年夏の大雪山遠征記を書かないと、また夏が来てしまいます。
ところがもう、あの山旅の瑣末なアレコレは忘れかけている、きっと。
すでにそれらを思い出す作業がメンドーだなー、などと感じていたり。マッタク(汁

ま、そうも言っておられん。リハビリ的記事ネタをものして、ウォームアップしてみよう。
ネタはコレでいこうか。
「焚火野宿」。





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北へ、そして頂から海へ。Day6&Epilogue

2014/07/28(月) 23:08:34

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【8月8日(木)】
3:15、起床。
なんてこった。今朝も食欲ナシ(汁 でも、そうも言っておられんので、むりやりラーメンを半分ほど流しこむ。

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5:00、デッパツ。

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小屋を振り返る。
この日は海抜1,600㍍から海抜ゼロへ。しかし下り一辺倒というワケではない。こまかいアップダウン多し。

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荘厳なブナ林に朝日が彩りをつける。

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下駒ケ岳、7:21-7:33

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調子がわるい。寝不足と暑さか。

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白鳥山へは、ガンガン登り。

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ルートを切り拓いた「さわがに山岳会」の首領・オノケン氏いわく、「ピークは巻かない(キリッ」。
よって、こんなロープの急登も。

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白鳥山の避難小屋、8:50-9:30。24℃。暑くてバテバテ。少し横になる。

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シキワリの水場、10:40-11:00。超クール。
海から上がってくる「シー・トゥ・サミット」なヒトとすれ違う。信じられんマゾヒストだ。

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「金太郎坂」なる激下りで、ヨレヨレ化が進行。
オマケに、おそらくココの下降で、ブラックダイアモンドのストック片方を曲げちまった。
あまつさえ曲げたコトには親不知に下ってから気づくという、余裕ナッシングな状態だった。

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坂田峠、12:07。

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尻高山(677㍍)付近。しばし横になって休んだり。

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海だ。海が見えた。

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とはいえ、なかなかゴールには辿り着かせてくれぬ。
入道山(415㍍)、14:35。ほんのちょっとした登り部分でアゴが出る。

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ついに悪寒が始まった(汁 腕が鳥肌だっている。
あとになって思いますに、これ、熱中症になっちまったのではないか。もちろん、塩タブとかアミノバイタル、水も十分に摂取して気をつけていたワケですが。

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親不知観光ホテルに到着。15:30。
入浴と親不知駅送迎のセットを申し込み、カメラだけ持って海へと下る。

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この激坂(当社比)。

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日本海。
親不知の海抜ゼロ。

でも、バテバテが気になるからか、とくに到達した感慨はなかった。
ムリヤリ笑顔をつくっているが、消耗の極み。この日は汗を30㍑くらいブッかいたムード。

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波打ち際から右側を見る。
海面までガッチリと張りだしているコレが、大「飛騨山脈」の北端の際(きわ)というワケです。
飛騨山脈、すなわち北アルプスの南端・焼岳からエンエンとココまで「ひとつながり」となっている。むーん。こんなロマンあふれるトレイルも、なかなか無いぞ。
どうもありがとう、この素晴らしい「栂海新道」を40余年も昔に開通させ、今もメンテナンスを続けてくれている「さわがに山岳会」よ。日本にロングトレイルなんて概念など存在しなかった半世紀も昔、独創的な「キリクチ」を思いつき、独力で完成させたその行動力をココロの底からリスペクトします。

そうして、信じられんかもだが、海面とほぼツライチのこの危なっかしいトラバース・ルートが、かつての基幹街道なんだぜ。「親不知」とは、旅する親子ですら面倒を見られなくなっちまう、そんな登山チックな悪路を表したネーミング。スグ横には「天嶮」というズバリな地名まである。
お盆どきにココで海水浴とか、マジでやめとくべきだろう。そう。海の底から無数のココで逝った者どもの手が伸びてくるのです的な理由で。

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左側を見る。
このあと、以前から気になっていた水上勉の小説「越後つついし親不知」という、映画化もされた古典名作を読んだ。
いやその。この山行レポをより実り多いモノにするために、なんですがね。あのその。書き終えてもいないけど(w
しかしながら、あまり参考にはならなかったなあ。戦前の典型的な裏日本的因習の暗いくらーいおハナシで、メゲた。

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海からホテルへは標高50㍍はある急な登り返しが待ち受けていた。
ストックを持って降りなかったコトを悔いました。もう、足が上がらぬ。手すりにつかまり歩きをし、2回ほど階段の踊り場にヘタリこんで息を整えたりした。
いやしかし、そこそこ長い山旅の正しく終了点で、キッカリとわが体力メーターがゼロになる、というね(w
これって「キモチのタガ」が外れたから、なのかも知れない。ワタシは山岳保険などという他力本願寺になりがちなシステムには加入しない「登山は自己責任」論の単独行者だから、山の中では相当に気負ってるワケ。でも、安全圏に到達したらタガが全開!てのも、これ、初めての体験だ。そしてここ数年、こういった「今までには無かった」ヘンなことがアレコレわが身に降りかかる。
そろそろ夏合宿も止めどきなのかも知れんなあ。

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風呂に入ったら、体調さらに悪化(w まっすぐソファに腰かけてもいられぬ。
なんじゃ、これは?

30分くらい2階廊下にあるソファでウンウンうなっていたが、これでは電車にも乗れぬとあきらめ、宿泊するコトにした。
「いちばん安いお部屋でいいですか?」「それがイイです」。晩メシなんか喰えるワケないから朝食のみ、6,500円也。

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【8月9日(金)】
17時くらいから半日眠り続けて、明けがた目覚める。
体調は回復した。さすがフカフカのお布団の威力よ(w 

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スーパー・オーシャンビュー。

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食欲も回復。メシが美味いこと。ごはんは大もりで3杯。
ありがとう。ワタクシの泪壺、すばらしい親不知観光ホテルよ。

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9:05、ホテル発。送迎車のエルグランドで北陸本線・親不知駅へ。

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9:42、糸魚川駅で「ほくほく線」に乗り換え。
さらに越後湯沢駅で上越新幹線へ。どちらも混雑していたが、座れた。
東京駅は12:15ごろ着。
帰宅は13:30。


そして帰宅の翌々日、土曜のこと。
近所に買い物に出かけたときから、右ヒザが曲がらなくなってきた。
ヒザを曲げる動作が加わると痛いのなんの。ナンダコレハ。いったいどーしたってんだ。

ココから、ついに両ヒザに発症した「痛風」とワタシとの凄絶な闘いが始まった――。
バックパッキングCM:10

北へ、そして頂から海へ。Day5

2014/07/27(日) 22:54:29

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【8月7日(水)】
3:15、起床。天の川が見えた。

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5:07、デッパツ。
この日からお天気は絶好調に方針変更。
しかしながらココからはガンガン標高を下げて暑いエリアに向かうワケで、この状況は嬉しハズカシとゆーか痛し痒し。

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白馬岳方面。

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剱岳方面。

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冷たくて美味い水場に張りつく(通称)ヌクミズさん。

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頂上直下。

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朝日岳、6:20-6:30 眺めの良い山。絶景が展開する。

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これから進む北側、栂海新道方面。日本海までは望めず。

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少し急な雪渓下り。

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吹上のコル、7:03-7:13。この分岐点から先、登山者はめっきり減る。

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いよいよ念願のルート、栂海新道が始まる。
1980年の夏合宿帰りにコレを歩いた山岳部先輩のおもしろレポを引用しつつ、書いていく(ハズw)。

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なにやら桃源郷のような場所に出た。

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ふり返って、ニッコウキスゲ咲き乱れる「照葉ノ池」越しに望む、手前から朝日岳、雪倉岳、白馬岳。
絶景なり。

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長栂山。ここから先にはザレた場所は無かったな、そういえば。

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アヤメ平のアヤメ。

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歩いて来たほうをふり返っている写真が、じつは多い。

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景色は超絶なんだが、雨で掘られたヌタヌタ登山道がエンエンと続いて鬱陶しい。

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いま思いますに、このあたり(標高1,700㍍)が高山植物の咲く最後の場所だったんだな。
チングルマ。

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黒岩平、9:55-10:30。大休止にする。
ヒザとふくらはぎのサポーターを装着。なんか、肉離れの気配を感じたりした。

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いやしかし、すばらしい場所だ。住める♪

例のレポ、1980年のときには、この場所に幕営しているのだ。うらやましい。
今は「キャンプ禁止」のタテカンが立っているが、当時はこういった規制は緩やかだったからね。水場と危険でない平たい場所があれば、ワシらバックパッカーはドコでも一夜を過ごすことができるが、この黒岩平では良い夢が見られそう。
例のレポのふたりは、大雪渓を上がって幕営したシロウマから、翌日にココまで余裕を持って到着している。マッタクうらやましい脚力だが、当時はこれくらいフツーに移動できていたんだよなァ、などと遠い目になる(泣

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振り返っている。進む方向よりも歩いてきたほうの景色がよっぽどイイから、始終後ろをチェックしながら歩いていた。
後方の写真を撮るたびに「もう振り返らない」と思っていたっけ、そういえば。

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さわがに山、12:43。暑い暑い。
おそらく、この日に朝日岳を発って栂海新道を北上したのはワタシが殿(しんがり)のハズ。

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蟻の戸渡り状リッジ。

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さわがに山岳会が建設した避難小屋「栂海山荘」のある犬ケ岳まで、けっこう登るナ。気温28℃。

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北俣の水場分岐、13:35-14:05。28℃。

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水筒3ケかかえて5分ほど下った、北俣の水場。超クール。
栂海新道を歩く場合の「ネック」のひとつが、水の確保。8月のアタマだったら枯れる心配はあまりないが、後半の暑さがカラダにこたえる。そこらへんは秋ならラクだが、逆に水場が心配だと。むーん。コイツは究極の2択的モンダイだ。

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犬ケ岳を見る。

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犬ケ岳、15:00-15:10。

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栂海山荘(海抜1,550㍍)、15:15着。

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右が水戸在住の(通称)ヌクミズさん。朝日小屋のテン場でおとなりだったのだ。
氏はアラカンなれども快足。何年か前、アブラ抜きと何かを組み合わせたダイエットに成功し、ヒザ痛も消えてボデー軽量化はイイコトづくめと吹聴しまくる。「むーん。むむむ!」とハゲしくインスパイヤされたワタシだが、未だにダイエッターに転進できていないのはナイショだ(汁

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一部で有名な荒くれ便所。「空中トイレ」として「ようつべ」に画像がうpされてたり(w

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このご時世に小屋横の斜面にタレ流しとは、豪快なり。

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なぜか食欲、マッタク無し。ついでにサケ欲も無し。レモネード・ドリンクとみそ汁を飲んだだけ。
さらに、極悪の往復イビキをかくオッサン(ツガミを上がって来たヘンタイ)が、寝しなに真横にきやがった。
最強の遮音性能を誇るハズの耳セン「モールデックス・カモ」をギュウ詰めしてんのに、ほとんど寝られず(汁

加えて夜中にワタシのフトモモをサラッと撫でていったのは、小屋名物のネズ公だったのかも。

バックパッキングCM:1

北へ、そして頂から海へ。Day4

2014/07/26(土) 22:56:39

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【8月6日(火)】
3:30、起床。夜はけっこう冷えた。
食欲戻らず。ブタ丼の残りをクチに押しこむ。ほかにココアを1杯、カテキン茶を2杯。

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5:25、デッパツ。
撤収時は雨だった。すでにテン泊組は半分近くが出立済み。早いなあ。

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このサイト、こうして見ると窪地で良いロケーションに思えるんだが、なかなかどうして、強風でテントが潰されることで有名なんだよな。

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白馬岳、5:58-6:10。ヒトであふれる。

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1979年7月25日(水)15時半、19歳のワタシが初めて踏んだ北アルプスのピークってのが、ココだった。そのとき以来の白馬岳。
まあしかし、「ゴタテ」連峰、ワタシにはイマイチ魅力の薄いエリアだと再認識しましたね。なんか乾いているという印象が強くて、同じ乾いた北アなら迷いなく「ヤリホ」を選ぶワケで。まあ、個人の好みのモンダイなんだが。

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突然、ガスが切れてきた。正面に杓子、左下方面には大雪渓が展開する。

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見事な非対称稜線。

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三国境へと下っていく。ココは長野と新潟、富山三県をつなぐジャンクション・ポイントだ。「みくにざかい」、ちょっとロマンな場所と言えないか?

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三国境、6:50。これから進む雪倉岳、朝日岳を望む。
ココからは、富山と新潟の県境尾根を行く旅となる。そして登山者はガックリと少なくなる。もちろん良い傾向だ。

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サラサラでフカフカな斜面を下る。下る場合ならば、大歓迎(w

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すばらしい。一面のチングルマだ。
高山植物のなかでワタシがもっとも好きな花、それがチングルマ。は。ありふれている? たしかに(w 
でも、ワタシの登山をする原初的な目的は「非日常の光景を見たいから」であって、「ありふれた高山植物」のチングルマを見るということは、非日常の場所に来たというスイッチが入る、自分にとってのアイコンでもある。

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三国境を振り返る。

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ミヤママツムシソウ。

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ミクシでのハンドルネーム「バローロ○○番」氏。1年半ほど、氏が主宰するミクシの小規模なある登山コミュにコミットしていた見聞記を、ここで少々。今回の山行記は「ヒト」ネタに重きを置いているワケで。

おもに珍なるミクシ人物記で、たとえば、ツクコマから東大という最高峰の学歴を持つクセにいつまでたっても怖くてテン泊ができないビビリ小僧だの、アラフィフのクセして女あさりのために懸命に登山イベントに首(亀さんだったりしてw)を突っこむバツイチ(子どもの養育費および持ってかれた不動産のローン餅w)の板金工だの、日本語の文章がほとんど理解できない中卒(なんじゃね?)の土方だの、キラ星のごときタレントたちをご紹介。

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そしてこの人、パローロさんは病んでいる。登山姿勢が病んでいるだけでなく、氏の精神そのものが病んでいるのだ。
それはナニかと言うと、氏は何年か前に自殺を図った。もちろん未遂だから生きてるワケだが、アラフォーになってから登山を始めた理由ってのが、そのココロの病のリハビリだったと本人からのメッセージで教わった。以下、カキコ中。乞うご期待。

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きょうのレーション。パックの目方は230gくらいだったっけ。
ラード的には、もう完成された行動食だ。甘いの、しょっぱいの、すっぱいのという3系統テイストを自分好みにミックスしてある。
それでもココ数年、山旅の中盤から食いきれないコトが増えてきた。自分の食欲がどう変化するか、自分で読めない場合が増えてきたワケだ。まあ、加齢現象なんですがネ。

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鉢ケ岳というピークは中腹をトラバースする。

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歩いてきた方を振り変える。

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ローバーのメリーナGTX。紙オムツみたいなネーミングの登山靴だが、履き心地はよろしい。日本人のバンビロな足向けに新設した「XXL」という木型シリーズの一品で、皮革とナイロン/ゴアテックスのコンビ靴。
しかし、20kgのザックを背負って歩くにはサイド・サポートが不十分で、岩場などではたまに足首をグキッとヒネって、捻挫なんかしないようにと用心しつつ歩かねばならない。
1年前の「信越トレイル」スルーハイクで泣かされた、モンベルのツオロミーブーツの代わりに、好日山荘銀座店にて購入。もちろん、いろいろ調べまくってコイツに決めましたよ。決定打は、現在、登山靴を売らせたらココの右にでるショップは無い、というココの店長のブログ
同時購入したインソールは「スーパーフィート」の緑を入れている。ワシ、立派な偏平足だからネ。

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コイワカガミ。

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クルマユリ。

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雪倉避難小屋、8:53。

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雪倉の登りで、シロウマを振り返る。

この山旅から帰宅してから、思い出したコトがあった。
この画像で右側、つまり白馬岳の西側が、黒部の黒薙谷だったのだ。そう、昭和最後の夏に3人パーティ全員が遭難死した、ワタシが勤める会社の社内山岳部パーティの終焉の地。
マッタク忘れてました、このとき。四半世紀前にディープ・インパクトを受け、ワタシが山の世界から離れるキッカケとなった、その遭難を。そして未だに遺体が見つからない「M」女史のことを。
この山旅の最後で信じらんない大バテした要因、そして帰宅後の原因不明(当初はね)のヒザの激痛の理由、なんつーか、ここらへんにあったりして。「アタシのことを忘れるとは」と、Mさんがワシの両肩に乗っかってきたからだったりして(汁

などという、これもヒト関連の「おもひでバナシ」をインサート予定。

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雪倉岳、9:43

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小桜ケ原、ミズバショウ。

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住める! 小桜ケ原。

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まるい山容の朝日岳。

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水平道との分岐、12:27-12:40。ここは朝日岳直登ルートをチョイス。

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コバイケイソウの当たり年だったようだ。急登にアゴ出る。

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ハクサンフウロ。

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朝日岳、14:10-14:25

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朝日小屋が見えた。

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15:25着。人柄と仕切りの上手さで有名な女将・清水さん。文字どおり山奥の小屋なのに、アットホームでメシが美味くて知られる。
この日も宿泊客が多く、遅い到着のメンズに、発電機のノイズが五月蠅い旧館に泊まってもらうなどとキチンと説明していた。

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テントを張ったあと、けっこうな雨降りが。

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食欲、戻った。

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寝、20:05
バックパッキングCM:0

北へ、そして頂から海へ。Day3

2014/07/22(火) 17:50:31

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【8月5日(月)】
3時15分、起床。休養十分なれども外は雨模様。フライシートがザーザーと鳴っています。
まずはインスタントコーヒー。次いでラード的定番の朝メシ「マルタイ」の熊本ラーメン、うずらのクンタマ入りをすする。

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テントを片づけるときには、ようやく雨は上がったんじゃなかったか。
いやその。この山旅からほぼ一年が経っちまったんでイマイチ記憶がオボロなのです(汁 あのその。ほったらかしてたこのレポ、とっとと仕上げないと、間もなく今年の夏合宿に出かけるワケでアセっておるんです、今さらですが。
ああっ。俺のバカバカ。

テン場から小屋に上がる急登でひと汗かいて、小屋の中の掃除が行き届いた便所(洋式の水洗! このうえないヨロコビ)で大キジ。蛇口4連くらいの流し場でハミガキしてるヒトたちをモノ珍しく眺めてから、5時40分、いよいよ「ゴタテ」、こいつは「山ヤ」コトバで後立山連峰のコトですが、稜線上の縦走を始めます。

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唐松岳山頂には、5:56に到着。霧雨にカッパの上下を着る。
このピークを踏むのは3度目で、後ほど軽くご紹介するワタシの大学1年次の夏合宿(7月末)と冬合宿(年末)以来のこと。じつに34年ぶりです。もちろんナニひとつ覚えちゃいないが。

そうして、読者諸兄におかれましては、ココ唐松岳の地形図を引っぱりだしてご覧いただきたい。今回の最初のピーク唐松岳から最後のピーク入道山、そしてゴール地点の親不知の海までスッキリ爽やかに「ほぼ」北上するルート取りなのが見えるでしょう。キモチいいほどの北帰行。これが後立山連峰から栂海新道へと歩き繋ぐ醍醐味なんじゃないか、そう考えます。

もうひとつ。あらためて地形図の縮尺をデカくして眺めていただきたい。このルートって、そのほとんどが国境稜線上なんです。国境という呼びかたは幕藩体制の名残りですが、フツーに言えば県境尾根ってのがエンエンと続いていくワケ。富山県と長野県、後半は富山県と新潟県ですが、中間あたりにそれら三つのジャンクション「三国境」まで備えている。
「県境尾根を行く山旅」。うむ、こいつもロマンです。

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露をまとったシャクナゲ系。

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ガスが少し取れてきた。ヤレうれしや。威圧感あるドームは不帰Ⅱ峰の南峰かしらん。気温は14℃。
雨天でのクサリ場なんてメンドくさいな、などとクサっていましたが、これは吉兆。

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この薄っぺらなリッジを行くと、間もなく不帰キレットへの急下降が待っています。
それにしても最近、このキレットのことを古色蒼然たる呼び名「不帰ノ嶮(かえらずのけん)」と記すブロガーさんたちが多いのは笑える。ナニこの懐古ブーム。薄っぺらな山雑誌「PEAKS」あたりが流行らしているんでしょうか?

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これは不帰Ⅱ峰北峰のピーク。7時5分ごろだったか。
いよいよお楽しみ、キレット踏破の始まり。写っていませんが、東すなわち画像右側のスッパリ切れ落ちた空間に向けて身を躍りだし、クサリを掴んで下降していきます。

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この付近ではブッといクサリも壁もしっとりと濡れていて、じつは少し怖かったり(w 画像の真ん中の上から手前方向へと下ってきました。
でも、2009年にこれまた30年ぶりくらいで歩いた大キレットと比べればスケール感は半分程度に思えます。

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トラバース道に咲くチシマキキョウ。そういえば、このあたりで反対方向に進むソロ登山者とすれ違いました。すごいペースだ。

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Ⅰ峰=Ⅱ峰のコルに向けてガンガン高度を下げていく。ガスがたゆとう雪渓は稜線の西側。

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ふたたび進行方向から上がってくるヒトが。この悪場だけで3パーティ6名の早出の縦走者とすれ違いました。

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ミヤマキイロシラネソウ。

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下って来たほうをふり返る。踏み跡がしっかり付いています。今まで何十万人くらいが通過したのだろう。それでも何でも、まるで昔に通過したコトは思い出せぬ。あのときは南下ルートだったとはいえ。

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ふたたび高度感マルダシのファンキー・ポイントが登場。

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画像では伝わらないのが惜しいが、ココ、シースルーの鉄バシゴの右側はスッパリキッパリ切れ落ちていて、けっこうな高度感。キンタマ30%縮小(当社比w)。

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そうしてココが不帰キレット北上ルートでの最終関門、逆層スラブ壁の少し長めのクサリ下り。
これは楽しかったな。後続の単独行者が続いて下ってきています。

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天狗のコル 8:58-9:10。

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不帰1峰への登り。

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「天狗の大下り」を逆に上がっていく。けっこうハード。

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振り返って不帰の岩峰群。手前の左から1峰、2峰北峰、2峰南峰、3峰。

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天狗の大下りを下ってくる、おそらくツアー登山の大パーティ。
先頭の赤ジャケットのオババ客がえらく慎重。ぶっちゃけるとドン臭すぎで遅いのなんの。

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コマクサ。

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非対称稜線のエッジを上がっていく。

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天狗山荘 11:32-11:45

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安心の水場ジャバジャバ。超クール。

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ザレザレの急登多し。

この日は霧雨が降ったり、たまに止んだりというお天気。カッパは、いつもの「ヌグフルキルヤム」の法則が多々発動(w 
上半身のウェアは、ファイントラック・フラッドラッシュスキンメッシュ、モンベル・ジオラインLW長袖アンダー、ユニクロ・ドライEXポロシャツ。腰をおろして休憩していると少し寒いという気温だった。

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白馬鑓 12:53-13:00
そういえば、シロートな登山者が多かったなぁ、このあたりでは。「はくばやり」が読めない山ガとか、地図を持たずにデイパックで歩くオッサンとか。

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昔話インサート。1979年、第2次夏合宿。
初めての北ア縦走、シロウマ~針ノ木~東沢谷(上ノ廊下)~ウンペー~槍~涸沢。

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音楽のネタもインサートしよう。この1979年夏、たしか冷池の幕営地でのラジオで、なんかTPOがバッチリで皆でカンドーした歌が八神純子の「ポーラースター」。
一方、それから34年後のこのゴタテ縦走時に脳内再生されていたのは「あまちゃん」の挿入歌「潮騒のメモリー」。小泉今日子バージョンね。

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遠くに見えるは、大雪渓か。

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ハクサンフウロ。チングルマの次に好きな高山植物だ。

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白馬岳テン場 15:25着。
遅めの到着組で、テン場の下の方に張る。静かでよかった。

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強風が吹き抜けるテン場で有名な、ココ。風向きによっては少しウンコ臭い。

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マッタリしようとしたら、大雨が。ニクワックスをフライシートに塗りたくってきたクセして、内部に浸水激シ。
さらに食欲減退。牛丼、半分残す。
寝、19:40。
バックパッキングCM:3

北へ、そして頂から海へ。Day2

2013/10/04(金) 18:13:08

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【8月4日(日)】
このバスが見かけによらずオンボロでして、乗りゴコチは悪かった。座席の前後が狭い上に振動がヒドい。右側の壁にアタマをもたれたりしたら、ビリビリ震えて寝られやしない。このバスは、ハズレですね。ちなみに新宿を23時に出て、スグに消灯。そんなこんなで睡眠はウトウト・レベル。途中、PAでトイレ休憩が2回。
明けがた、バスは七倉ダムや扇沢など、「ゴタテ」(後立山連峰のこと)の各登山起点にキッチリ立ち寄っていきます。これは美点。そうして、5:40、ワタシの降車場所「白馬八方バスターミナル」に到着。
その直前から、バスのフロントガラスに雨粒が(汁 

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降ってんのか曇りなのかイマイチ判然としない中、スキー宿が連なる細い道を15分ほど歩き、ゴンドラリフト・アダムの乗り場に到着。

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八方尾根から入山するというのは、きわめてイージーかつグッジョブ!な方法です。ゴンドラ1本とリフト2本を乗り継いで、標高1,850㍍の登山スタート地点「八方池山荘」まで一挙に運んでくれるんだからネ。これはもう、「ワープ」。

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ずいぶん久しぶりにこういう乗りものを使ったワタシだもんで、そのワープ感の霊験、じつにあらたか(w 15kg以上の場合にかかる「荷物代」を含めた片道料金が1,600円と高価いクセに、マッタク惜しいとは思わない優れた存在です。

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ココに来たのは、1980年の年末から翌正月以来となります。あのときは、「ゴーロク豪雪」との激闘の後、そのまま兎平にある「薬大ヒュッテ」横に張ったBCテントを基点に、ゲレンデスキーを5日ほど行った。当時は今よりもリフトが1本分少なく、八方尾根のスキー場とは兎平までしか存在しなかったのだ、そういえば。

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八方尾根とその終点である「唐松岳」は、ワタシは大学山岳部の冬合宿で1年と2年次に登ったのみ。1年時の1979年年末のときには、ホイホイと登頂。雪洞訓練も無事にこなして、小学校低学年以来となるゲレンデ・スキーも何とか馴染めたハズ。

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いやその。「はず」ってのは、その翌シーズン、1980年の年末にまったく同じ内容の冬合宿を行う予定だったのに、豪雪に巻きこまれて、「生きるの死ぬの」的壮絶イベントに発展した。その2回目の印象があまりに強烈だったからでしょうが、前年の「楽しかったおもひで」ってヤツはきれいサッパリわがカボチャ頭から消え失せ、何ひとつ覚えていないというワケです。

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6:35、八方池山荘にイージーに到着。山荘前は登山者とハイカーで混雑しています。リフトに乗りつつ喰い始めた朝メシの最後は、コンビニおにぎり。
清潔なトイレで大キジを撃って、いまにも再び降りだしそうな空の下、7:00にデッパツ。

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4泊5日のテン泊装備を詰めこんだ5年も使い続けているザック「アルパインパック60」は、飲用水の合計4,5㍑(本日のキャンプ地・唐松山荘では、水は「売りもの」だからネ)含めて、20kgちょっと。
この入山日のザックの重さってのは、毎年ほぼ同じ。つまり初日に20kgのザックを背負って歩けるか。これからホントのジジイへと劣化していくワタシが「ひとり夏合宿」を続けていくに当たって、これがガイドラインになります。

とはいえ、きょうの行程は4時間も歩かないラクチンなもの。理想的な初日のスケジュールと言えましょう。

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八方池までは、日帰りのハイカーさんたちと共存します。カラマツを目指す登山者たちも多いが、ワタシのように大きなザックは、やっぱり珍種。立派な木道は歩きやすいが、尾瀬の至仏山のような茶色の岩に覆われた登山道部分は、濡れて滑って歩きにくい。

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7:47、八方ケルンに到着。「ガラガラ沢」方面を見つめる、この異様なモニュメントとは初対面です。少なからず、フクザツな気分。ほとんどのヒトはココを素通りしていきますが、ワタシはザックを降ろして裏に回る。

あった。墓碑銘が。
約30年前、ただでさえケルンが林立する尾根上にコイツが追加された「原因」、ある遭難事件については、ワタシにとっても今なお忘れがたい思い出なんです。

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1980年の年末、「五六豪雪」が魔力を発揮し始めた最初のドカ雪攻撃にやられ、神奈川の「ZK」高校という私立学園の山岳部パーティが、冬合宿として登山に来ていたココで遭難したのだった。部員5名と顧問教諭の全員が死んだ。

そのとき、ワタシがサブリーダーを務めていた4名パーティも、ココにいた。入山初日は、この「ZK」パーティと同じ夜行列車で、同じスケジュールで歩いて、その日に幕営した場所も隣同士だった。すなわち、この八方ケルン付近(たぶんw)の稜線上。
その翌朝の二日目、唐松岳を目指して八方尾根の登行を開始したワタシが最後に彼らの天幕を見やったときは、まだ起床もしていないムードでしたね。「やつら、きょうは沈殿するのかな」と、しんしんと降る雪に思ったものだ。

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そうしてその4日後、すさまじい荒天から生還してきたワシら4名(1日かけて登った地点「下の樺」付近で、ドカ雪のため唐松アタックは断念し、撤退開始。ところが、ラッセルに次ぐラッセルで、登った分を下るだけで何と2日を要した。さらにその翌日が風速50㍍ほどの地吹雪で、1日沈殿させられたワケ)が見たのは、地吹雪にやられて幕体がビリビリに破れ果て、中の荷物たちが周辺に広く飛び散らかっている、あるじ不在の遺された「ZK」の天幕だったんです。

おそらくは、視界を奪う濃密な雪に、コンパスすら持たず「散歩にでた」彼らは呆気なく方向を失い、冬山を知らぬ顧問は「マイッタ。登り返すのはムリ。この斜面を下りまくれば、いずれ里に出る」という最低の決断をし、ガラガラ沢の上部で、背後から音もなく襲ってきた雪崩に飲みこまれてしまったのでしょう。

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後にこの遭難は「雪山どシロートのリーダー引率による殺人事件」とまで呼ばれました。加えて、オフィシャルの行事と認めずに責任を忌避する学園側と山岳部員たちの遺族間で、長期のドロドロ裁判闘争へと発展。その余波をモロに受けて「ZK高」の社会的評価は地に堕ち、そして潰れる寸前まで追いこまれたと聞く。

ワタシもこの数ケ月後、NHKの遭難検証ドキュメント番組に出演したり、事件から4年後にもなって、ある月刊誌の取材を受けたりした。その雑誌記事の中で、今でも忘れられないネタがあるんです。
年末の遭難から半年後、まだ見つけられぬ数名が出てくるかもと、下流域のダムを試しに放流したら、ようやく顧問の遺体が流れ出てきて収容。しかしそのとき、部員の遺族のひとりが、その「オロク」さんのアタマを蹴り飛ばしたっつーんだもんな(汁 もちろん、こんなコトはオフィシャルの学園史で触れちゃいない。

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鎮魂の碑・八方ケルンが建立されたのは、1984年夏。ワタシが雑誌取材を受けたのと同時期で、「そろそろ裁判にメドがつきそうだから、あらためて総括しよう」と記事にする意図を聞いたワケです(八方ケルンの銘文がワケわからん抽象的な表現になっているのは、このため)が、結局、オフィシャルの遭難報告書の刊行と合同慰霊祭を実施して最終的に解決したのは、なんと遭難から10年後、1990年のコトでした。

ちなみに古ぼけた写真は、その冬合宿のもの。ちょっと解説を加えましょう。
上の写真は12月26日の朝、「ZK」パーティと分かれて尾根を登っているワシら4人パーティ。ワカンを履いてくるぶし程度の積雪ですね。ところがこの2日後、同じ場所を下るときには、頭上をはるかに超える積雪のラッセルで1日に500㍍しか進めなかったんです。
真ん中は27日、あまりの積雪に唐松アタックを断念して下ることに決めた朝。現在の視点では、粗末きわまりないウェアです。ヤッケは「カモシカ」のゴア製雨具。当時、ゴアの雨具を持ってる部員なんて、キヨミズっちゃったワシのみ(w その下はウールの登山シャツと父親のお下がりのラクダの肌着。オーバーズボンは、防水性なんか無いタダの二重ナイロン製。その下はいつものアディダスのジャージ。さらにウールの股引と木綿のブリーフ。足元は「ショウィナード」の赤いオーバーゲイター。登山靴は「ゴロー」のフルオーダー・シングル皮革。見えていないが、木製ワカンを着用しています。手袋はウールのジャガード5本指の上に、ナイロン製3本指のオーバーミトン。サングラスは度付きのメガネで、偏光レンズ(今でもあるのかね?)は明るい場所ではスモークに変化して、暗いところでは透明へと無段階に色が変わるヤツ。カッコつけたいお年頃のワシにはドンズバの製品でした(w
下の写真は29日の午後、猛烈な地吹雪にエスパースのポールが折られ、大あわてで4人用の雪洞を掘り始めたワタシ。

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8:00、八方池に到着。あれから約33年後のワタシ。ステキな山ガール2名に声をかけて撮ってもらいました。「不帰のキレットが見えなくて残念だね」「それ、なんですか?」「あの雲の中あたりが、ギザギザに切り立ってるんだよ」「なーるほど。カエラズってカンジですねー」などと、たのしくコミュニケーション(w

これまでワタシは「二度と八方尾根には来ない」と決めていたんです。夏でも、冬のゲレンデスキー・レベルであってもね。広い意味で言うと、大糸線の沿線エリアを訪ねたくなかった。理由は、もちろん「縁起でもない」場所だから。この写真の右下方向が「ガラガラ沢」なんですが、なんか「ZK」の連中がワタシを発見して、そして異界へ引きずりこんでいくような、そんな恐ろしい妄想を長いあいだ思い描いてきた。
だから墓碑銘では手を合わせましたよ。「ひさしぶりだね。俺の登山の安全を、どうか見守ってくれよな」。

とはいえ、豪雪に閉じ込められたり荒れ狂う地吹雪に天幕を潰されて雪洞を掘って生き延びた「あの場所」ってのがドコだったか、今はもう雪の有る無しという要因も加わって、ぜーんぜん分からんかったのは内緒(w

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ハイカーの散策エリアはこの八方池までで、ここから上は登山の領域なんですと。このときのウェア、上衣はユニクロ・ドライEX半袖ポロシャツ1枚に、下は5年モノのサウスフィールドの長ズボン。ところが、ついに雨が降り出して、カッパの上下をキチンと着ました。風が強く、手の甲が冷たい。

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ハクサンシャジン。いよいよ高山植物たちのお出ましです。

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「下の樺」の樹林帯に入ります。この区間は長いように感じましたが、ペースは快調。小学校の林間学校イベントなんでしょうが、大編成の学童たちがワサワサ下ってきたりもした。唐松岳というピークとその頂上小屋は、そんな需要も多いみたい。それにしても、ちょうど下山するタイミングでカチ合う彼らとは、すれ違いに苦労させられます。

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タテヤマウツボグサ。

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風雨強し。休んでレーションをつまんでいると、汗が冷えて震えがくる。スントの「コメット」をチェックすると、15℃。そりゃ、寒いわ(汁 まあ、このお天気のおかげで、水をほとんど飲まずに済みましたが。

そういえば先ほど、八方池の横で休んでいたとき、ちょっとイヤなシーンに出くわした。あれはシニアの登山サークルなのだろうが、7名ほどのパーティで、そのうちの老婆ひとりが駄々をコネて、反抗しているんです。「アタシ、後からひとりで行く」「皆さん、どうぞ先に登って」と。ゆるい登り1時間ほどのこの場所で、すでにそうなっちゃってる。リーダーのおじいさんが叱っていた。「アンタ!ダメだよ」「だから、リフト終点で待ってろって言ったじゃないか」。
いやはや。メンドーな婆です。メンドくせーレベルを超越している。歩き始める地点から、ブーたれてたワケですか(w ワタシも今年は「ミクシ」のある山コミュに積極コミットしているから、今後、登山オフ会の場でこのような事態に出くわすケースもあるかも。ひええ。想像するだに恐ろしい。それにしてもこの婆、その後はどうなったのか。

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9:42、丸山ケルンを通過。雨脚は弱まって、ガスガスながら霧雨に変わりました。

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ハクサンイチゲ。

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ちょっと緊張する場所が出てきました。ガレたトラバース道がしばらく続き、濡れているから少しビビる。まあ、こうした「アクセント」があったほうが記憶に残りますけどね。

これを抜けたら、10:20、唐松岳頂上山荘がガスの中からヌッと現われました。ただちにキャンプの受付を行います。料金は500円。加えてトイレ使用料(何回でも可)の200円も納める。この小屋、ホスピタリティ的にはイマイチみたいですね。ワタシは翌朝の出がけにトイレを借りるだけという関わりでした。

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テントを張り終えたのは、11:20。ウスラ寒い。防風対策は念入りに行いました。

唐松テン場 俯瞰 200910

ココのテン場、ちょっと珍しいロケーションなんです。ヒトさまの画像を借用すると、こんなムード。ジグザグの急傾斜は、この画像で見えている倍くらいは下方へと伸びています。そんな場所に張ったらタイヘンだ(汁 
ワタシは早めの到着だったから、この画像で上から2番目の左端スペースを確保できました。少しナナメだけど、水はけは良いし、先人たちが築いた砦っぽい造作は堅固だから文句なんか言えぬ。

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腰を落ちつけたら、「ジンビーム」の水割りで、さっそく始めちまいました(w きょうはゆっくりレーションを喰えなかったからです。食欲はありましたがネ。入山初日ってのは都会生活での飽食をまだ引きずっていて、早いハナシが喰い過ぎなのだ。

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バーボンをやったらスグに眠くなって、お昼寝を一時間ほど。いいわぁ、こんなレイドバックな登山スケジュール(w 2日目以降の行程はラード的にハードだから、こいつは貴重。
起きると、ガスは薄くなってテントの数も増えています。このテン場、旅館の「離れ」のような、適度な距離感があってイイな。でも雪渓の手前に小さく見えてるテントの場所は重労働すぎるが。

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つまみのスパムを焼きながら水割りを飲む。昨年の信越トレイルでは600mlのバーボンでは少なすぎたので、今回は800ml。1日につき200ml。この安心感はデカいものがある(w

ラジオはいつもの「SW22(je)」。FM長野かなんかを聴いてたっけ。文庫本は「本日はお日柄もよく」(原田マハ著・171g)という小説を持ってきました。ある結婚式で聞いたスピーチにココロ打たれたOLが「スピーチライター」というプロフェッショナルを目指す物語。泣いて笑って、勉強になって。これが最高に面白かった。

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晩メシは、ママーの早ゆで3分スパゲッティにハウスの「ザ・ホテルカリー」という高級レトルトをブッかけ、うずらのクンタマを添えたもの。カレーパスタはワタシの好物ですが、麺150gは多すぎでした。そして「こりゃ、美味いわぁ」とイッパツで気にいった味噌汁は、永谷園の野菜たっぷりフリーズドライ。3食入りで250円くらいと高価いんですが、山ではやはり、美味いヤツ優先ですね。
そして付け加えておきたいのが、ついにスノピのちゃぶ台「OZEN」を夏合宿に投入したこと。やっぱりコイツが膝元にあると落ち着いてよろしい。悔いなき334gです。

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夕刻、短い時間でしたが、ガスがとれて唐松岳のピークが見えた。稜線を歩く小さな人影も。そして一瞬だけ、黒部の深い谷の向こうに剱岳も望めました。
18時すぎに就寝。その1時間後に、大雨で目が覚めたり。標高は2,600㍍程度のクセに寒く、上衣はフル装備の4枚重ねで寝てました。

バックパッキングCM:6

北へ、そして頂から海へ。Prologue & Day1

2013/09/12(木) 17:35:12

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「栂海(つがみ)新道を歩きたい」と考えはじめたのは、いつだったか――。
何年も前からボンヤリとした希望は持っていたワタシですが、具体化したのは、そう、昨年の夏だ。信越トレイルをやるか、ツガミをやるかでちょっと悩んだ。そのときは体力的にイマイチ不安だったので信越トレイルにキメたワケですが、「ロングトレイル熱」はその後も健在だったのだ。

ワタシの登山は「山系バックパッキング」と自称しています。ソロ・テン泊・ひと筆書きコースによる一週間ほどの山旅を、夏にヤル。付け加えれば、そのルートには起承転結みたいな「ものがたり」性もブチこみたい。自己満足のキワミではありますが(w
そうして、登山の世界に出戻ってきて5年、ワタシの恒例イベントとなった「ひとり夏合宿」をふり返ってみますと、飯豊連峰全山、北ア南部、南ア南部、尾瀬逍遥、信越トレイルの縦走と、論旨一貫。われながら軸はいっさいブレてないのがステキじゃないかと(w

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最初に「栂海新道」という名を知ったのは、1980年という大昔。ワタシが大学2年の夏でした。
その年、山岳部の「第1次夏合宿」が2週間ほどの北アルプス縦走で、そのときの長大なコースとは、黒四ダム~内蔵助平~剱~立山~薬師岳~赤木沢遡行(日帰り)~黒部五郎~鷲羽~雲ノ平~竹村新道~湯俣~北鎌尾根~槍~北穂~涸沢~奥穂~西穂~上高地。
合宿としては、ココで終了・解散したのだが、副将のワタシを含めた本隊はOBなどらと合流して、「滝谷」での1週間ほどの岩登り「準」合宿をするために、そのまま再び北穂高岳へと入山していったワケです。狂ってるよナ(w

マクラが長くてすまぬが、この「滝谷」行に参加せずに、そのままシロウマ大雪渓へと移動して栂海新道を踏破して日本海へと抜けた部員が2名いたワケです。いやしかし、それまで半月間も狭いテントでバタバタと縦走(それも、4~5人用テント「エスパース」に5名で、だぜ。なんとも暑苦しいw)してきて、間髪いれずに縦走に出直すってのも、狂っとるワ(汁
さらに脱線しちゃうと、この滝谷での登攀から帰京して、ワシらは一週間ほどの休養および準備期間を取ってから、利根川源流域での8日間ほどの沢登りという「第2次夏合宿」に突入していく。むーん。何という充実の日々。もう二度と味わうコトなどない夏の記憶よ。

ちなみに2枚の画像は、その合宿時のもの。上は「五色ケ原」。現在もラインナップされている「エスパース」テント4~5人用に、5名で2週間。今なら2泊くらいで発狂しちゃうかも(w このテントはフライシートが別体式で、設営はメンドくさいものの本体とのスキマが大きく、各自の登山靴とかコッヘルなどを置いておけるから、まあ、なんとか楽しく生活はできていました。
わが山岳部のメイン・テントはコイツで、いま振り返るとクソ重くてガサばったシロモノですが、ほかにドーム型の「使える」ヤツは存在しなかったから、季節を問わず使い倒していました。欠点は、とくに強風の吹く冬山ではグラスファイバー製のポールがポキポキとよく折れたこと。また現在のようにポールがインナーゴムで繋がっていないから、テントの設営や撤収時には独特のコツが必要なのはメンドーでしたね。
そのスキマにいくつか見えてるのが、現在も売ってるエバニューの「エバーポリタン」2㍑。すべての飲みものを不味くさせるという、他の選択肢が無い山岳部員どもにとっては、まったく恨めしい存在だった水筒。合宿時はいつでも、ひとり2ケを満タンで持ち歩くのが基本でしたね。
米をといでる「S」氏の左に置いてあるのが、その後「ツガミ」に向かう「T」先輩の「トカン」。背負子に積んだ一斗缶ってヤツは完全防水にできるので、当時、山岳部系のごく一部では重宝されていたスタイル。ただしスグにボコボコになっちゃうという。
写真の左後ろに、当時すでに珍しくなっていた大型の家型天幕が望めます。ワンゲル部なんかは「重いこと」を良しとしていたという、ワシらには想像もつかぬ「軍隊ごっこ」をしていたから、きっとワンゲルだな。しかしながら、近ごろでは「参天」などというUL系の妙な志向をもつ変人たちが跋扈してるもんで、逆に違和感は無くなっちまってる、というね(w

下の写真は、滝谷の「第3尾根」をセカンドでフォローするワタシ。右手あたりに紫の11mmザイルが見えますね。そろそろ終了点が近いのかな。スッパリ切れ落ちて下は数百㍍ほどの空間のハズですが、この画像では遠近感が分かりづらいね。ちょろっと覗いてる登山靴は「ニッピン」のモンタン。縦走も本チャンの登攀も、コレ一足で。こういうところも現代とは考えかたが変わったトコロではありますね。

閑話休題。
えらく慌ただしかったこの年の夏に、「シロウマから2日かけて日本海に出る」「飛騨山脈をトコトン忠実に下って親不知の海抜ゼロへ」という、栂海新道の存在を知ったのです。
小野健氏が主宰する「さわがに山岳会」が独力(!)で切り拓いて貫通させてから、当時で10年弱。おそらくそれは現在と比較して心もとないシングルトラックだったろうし、情報量もごく少ない、ちょっとした冒険行のニュアンスも残っていたかも知れない。
アルピニズムに燃えていたそのころのワタシにとっては、穂高での本チャン登攀と天秤にかけて実行するような対象では無かったものの、ちょっとステキだな、なんて自分のホンネ的に刷り込まれたネタだったんでしょう。

それから33回の夏が過ぎたワケです。

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さて。ツガミに向けて、おずおずとトレーニングを始めたのは5月の終わりから。わが家の周辺をジョギングするだけですがね。ただし、ジョギング環境としてはバツグンなのだ。なんたって、最寄りには一級河川・はなつまみ川がある。その両岸はサイクリングロードで、「健康のためなら死んでもいい」的ランナーが朝な夕なにワサワサ走ってる。

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この川を上流へと走って対岸を河口まで下れば、ソコは海水浴場のあるビーチサイドのジョギングロードに変貌する。人工海浜「検見川の浜」と申します。
このビーチってのが、夏が近づくと「甲羅干し」(死語だねー)をしながら缶チューハイなんかを飲みつつ小説を読んだりしてヒマをつぶせる、ラード的楽園(w この夏も、おかげさまで白ブタから赤ブタを経て現状は黒ブタのジジイへとカッコよく変身しているワケですが何か。

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ちなみに時刻をずらせば、こんなスペクタクルも味わえるんだから眼福です。けっこうな距離をモノともせずに屹立するスカイツリーがカッコよろしい。南を見れば富士山も、そして条件が揃えばゲートブリッジまで遠望できる「お手軽」絶景ポイントなのです。

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まあその。このリバーサイドとシーサイドロードの組み合わせを調整すれば、ジョギングコースは5kmから15kmへと自在に変えられて便利。夏はクソ暑いが。でもまあ、夏山に登るトレーニングなんだから、滝汗ダバドビヤにカラダを慣らしておくのが現実的と言えましょう。

最初は4kmを27分というスローペースでスタートして、7月上旬には、10kmジョグを60数分。土日にそれを連チャンで計20kmというところまで、ソコソコのレベルアップを果たしました。
ついでに腹筋90回と上半身のダンベル体操、そしてスクワットを週2回ほどリビングで、テレビなど見ながら暑苦しく実施。ワタシにしては珍しく、これらトレーニングを習慣づけるコトができました。

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ところが、海の日の連休初日、いつものペースでジョギングをしていて5kmの折り返し点を過ぎたところで、左ふくらはぎが「ピシッ」ときた。肉離れ、だ。
昨夏の「信越トレイル」のゴール地点で初めて体験したアレだが、今回は左足。つまり初体験。しかし6日ぶりとなるジョギングだったのに、ナゼこうなる(汁 疲労が溜まっていたのか。

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当然ながらジョギングどころか歩くコトもままならぬ。さらに間の悪いことに、その数日前、往路の長距離バス「毎日あるぺん号」、白馬八方行きの予約および乗車料金(6,000円)の振り込みをしちまったワタシ。
で、スクワットで鍛えることに特化しました。これなら痛くないんでね。最終的には、600回のスクワットをやっても筋肉痛にならないレベルになりました。

ところが…。準備万端と思っていたのに、実際に山を歩いてみると、ナゼかバテバテ☆ なんと言いましょうか、加齢を実感するレベルが昨年比で倍増でもしたんか?ってなムードなのネ(汁 やっぱりワタシの山旅は、サラリとは終わらない。その詳細を、さあ、これから。

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【8月3日(土)】
20時すぎ、自宅をデッパツ。お天気は、晴れ。高速バス「毎日あるぺん号」に乗車するために、秋葉原駅へ向かいます。
白馬方面行きの登山バスが増便され、そりゃあ日曜の夜デッパツよりも1日早いほうがイイ、などと喜んだワケだが、ちょっとした誤算がありました。
なにかというと、この晩、わが街では「幕張ビーチフェスタ」という花火大会だったんです。
ソレが見られん、というのは置いといても、数万人が押しかけるという最寄駅がゴッタ返してメンドくさい。案の定、海浜幕張駅では男女ともに浴衣姿のヤングなアベックたちで溢れかえっております。こんなにユカタを着たヒトたちを見る機会って、なかなか無いかも。
それにしても、近ごろの「F1」「M1」層ってのは、ホント、右にならえ的「ユニフォーム姿」になるのが好きなのな(w ああ、山ガールたちのカッコも同様かも。各人が個性を強調しようとして、結局、似かよったカッコになっちまってるという印象なんですがネ。

武蔵野線直通から総武線に乗り換え、秋葉原駅へ。ヨドバシの前にバス・ロータリーがあります。「毎日あるぺん号」は乗車場所が3ケ所からチョイスできる。ワタシは最寄りのココに決めましたが、結局、竹橋にある毎日新聞本社までシャトルバスに乗って移動するだけ、だったのネ。
ハタと思い当った。現在の「アキバ」は、成田エクスプレスが開通してから、国内はもとより「近隣の外国人」たちにとっての、おニューなターミナル駅と化していたのだと。関東周辺の各観光名所へと向かうためのね。
ここで一句。「アキハバラ いつの間にやらグローバル」おそまつ。

バスの中で飲む缶チューハイとか翌日の朝メシをコンビニで買い、竹橋へと移動。バスを乗り換えて22:20、毎日本社前をデッパツ。西新宿で再び停車し、登山客のみ合計20名ほどを乗せ、後立山連峰方面行きのバスは中央道へ。

バックパッキングCM:6

北へ。そして頂から海へ。 Introduction

2013/08/26(月) 18:01:18

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今年も「ひとり夏合宿」に出かけてきた。

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今回は4年ぶりの北アルプス。メインディッシュは栂海新道。
標高2,932㍍の白馬岳から、親不知の日本海へ。こいつはロマンの山旅です。

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それだけでは短くてつまらない。スパイスを加えよう。
大学1年次の夏合宿以来、34年ぶりとなる後立山連峰の縦走、そして不帰キレット越えだ。

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するとアプローチには、あの呪われた場所・八方尾根をチョイスすることになる。
「ゴーロク豪雪」との激闘の思い出が残る、縁起でもない山ではありますが。

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まあその。時はずいぶんと経過した。
二度とここは訪ねないと決めた封印、解いてみようか。

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ふり返ってみると、南北アルプスでやってきた縦走とは、すべて南下コースだった。

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それが潜在的な性向なのかは分からないが、初めて北に向けてワタシは歩く。新鮮です。

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8月上旬、そうして夜行4泊5日のバックパッキングを行った。

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前半のお天気はイマイチ不調。

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対して後半は好調。これはもちろん逆パターンのほうが良かった。
とことん標高を下げていくワケだから、暑くてキツかったのだ。

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いまが盛りと咲き誇る、可憐な山の花たちを満喫した。

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食欲も「サケ」欲も低下するという、あらたな奇病に苦しめられた。

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「ここに住みたい」とさえ思わせる、秘密の花園・絶景ポイントが頻出した。

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やはり北アルプスは格別だ。
一昨年の尾瀬、昨年の信越トレイルで見た光景とは比べものにならぬ素晴らしさ。

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親不知の海に下り着いたとき、その達成感をも上回る全身を震わす疲労感は強烈だった。

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長らく憧れだった物語感あふれるこの山旅の出来事を、ご紹介していこう。
(まあしかし目標は年内仕上げ、かなw)

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