ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

掘ったイモいぢるな?

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ひさしぶり、家族で春のドライブ

2006/02/26(日) 01:53:11

昼メシに回転すしを喰いにいこうと決めた。
茂原の「ゴイスー」と評判な回転すし屋「一心太助」に初見参でも良かったが、天気も良好なので久しぶりに南房へ向かう。途中「うぐいすライン」を経由したので房総山中を高滝湖~養老渓谷~三島湖とさ迷うハメに。まあ、信号もなく快調にドライブしたんですが、ハラが減ってかなわぬ(w

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竹岡の安くて美味くてレトロな名店「ニコニコドライブイン」に駆け込む。昭和40年代で時計が止まってるお店だが「きょうのサカナは?」と問うたらコレですと。

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カレイですな。生けす内でイキが良かった。3,000円で刺身と煮付けと荒汁を3人前、作ってくれました。こういったオーダーができるのも特徴的。

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銀シャリは1ケにつき65円。安いようだが、ココの竹岡式ラーメン一杯が370円。結局、たいへん豪勢かつ満腹になって予定が狂った(w

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手ブレしちまったが、きれいに平らげました。

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保田漁協直営の有名食堂「ばんや」に立ち寄る。もちろん喰ってないです(w

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むかし懐かしいコーヒー牛乳を一本。100円。

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魚の干物を試食しまくってハラが妙なムードに。

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お隣りの「道の駅きょなん」でみりん干しを買ってしまいました。300円。

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大混雑の「道の駅とみうら」にて、いちごソフト。350円也。混んでいるワケは「菜の花まつり」とやらを実施中とのことで。

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そういえば、ひと足はやい春。

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観光バスがバッテリー上がりを起して押しがけ(つーか極太クサリで牽引してセルを回した)するのを初めて目撃。春の珍事か(w

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ラード的に見逃すワケにはいかぬ「にんにくせんべい」250円と、名産いちご1パック580円。

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さてさて、ようやく17時半にお目当ての「スーパー回転寿司やまと」の本店へ到着。千葉県内には何店もあるが、この富浦店がもっとも旨いと思う。もちろん安いし。20世紀末から贔屓にしております。

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「あぶりトロサーモン」とか、炙ったヤツが美味なんですよね。280円。となりはエンガワ。

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さすがに食欲はあまりなかったんで、好みのヤツをじっくり喰いました。大トロびんちょう360円。中トロよりもゼッタイうまい。

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いろんな旅TB:0CM:3

2月のできごと

2006/02/26(日) 00:40:04

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ムスメが、某私立中学校の受験に合格した。
母子の2年強に渡る戦いに終止符が打たれたワケだ。え。いや。「父」はカヤの外でした。だもんでサバゲと林道と野宿と、なのでした(汁 まあ何だ、マンション街なんぞに住んでると「奥さんズ」の興味と目標は「お受験」一点に絞られるワケですから(w

ところが、です。わがムスメ、「ここ一番の勝負」ってヤツにことごとく負けたんですナ。5連敗。最後の学校に落ちたら学区内の公立中学だかんな、という最終段階でついに本来の実力を発揮できた模様、なのですね。今後は「ここ一番」系と「克己心」系を鍛えられる何かのスポーツを親が半ば強制しようと図っております(w

近所の高級ホテル「ザ・マンハッタン」にて祝賀ランチ。バイキングです。近年ではとても珍しいムスメの満面の笑み(w よっぽど嬉しかったんだね。おめでとう。

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ちなみに父は orz です。なんたって初年度100万円だかんな(汁 都内城東にある某学校での入学手続きおよび制服一式の申し込みに同行。制服のデザインも重要な学校選択のファクターである、ってのは理解できる。しかし学校指定「三越」の被服は高価いのネ。ピーコートなんざ18Kですって。なにもいま買う必要ないだろっての。ウニクロ製のはバレるのかっての(w

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非常に明るく清潔な教室。しかしもう一度学校生活をやりたいかと聞かれたら。まあ、NO!ですな。ヨメにとっては違うらしいけど。東野圭吾の傑作小説「秘密」の世界観かもね…。

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親戚一同さまがお祝いに来てくれました。チビたちを町内のフィールド・アスレチックで鍛える(w
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駅前の安くて美味いディナー・バイキングへ。

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そういえば「T」氏と「モケイパドック」のインドア・ゲームに参戦しました。参加費1,500円也。寒くて低調だったんで、なかば忘れてた(w また使う機会も少ないってのに、氏はエモノを買う買う(汁
とにかくですな、パッと左を片ヒザついたら、ちょうど床にBB弾が落ちていて、きれいにサラの下にめり込んでくれました。「くふ」(大きな声を出せないのネ)。たまらずヒザを着きなおしたが、なんのギャグか同じ場所にBB弾が再びめり込んだ。「ああっ」。これでヤル気がソゲたのは紛れもない事実であります。かしこ。

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約束だったムスメのケータイ購入に付き合って、ワシラ両親もケータイ買い替えを断行。ふたりとも充電池がダメダメになっており、必要に迫られていたのは事実ですけどね。「au」の機種変更で、ソニーエリクソン製の最新型「W41S」を購入。2年ちょっとぶりの最新ケータイは、やっぱり機能が驚くべき進歩を遂げていてのけぞりますた。使いこなすには、こりゃムリかもだ(w

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もちろんシゴトは相かわらず全開で忙しいです。バレンタイン・デーの寂しい食卓だ。なぜなら時刻は1時すぎ(w 毎晩こんな時間に晩メシ食ってたら太るわなあ。

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この日はエロいライフ・スタイル雑誌「LEON」の編集タイアップ撮影に同行。お見せできないのが残念だが(ケータイ画像をうpできないからサw)、同じ人類とは思えない抜群のプロポーションを誇る20歳のカナダ人ニキータ・モデル(でもすごく性格がイイ娘)に板チョコをプレゼントされて泣いたよ、ボクは(w



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きょうの出来事TB:0CM:0

ちょっと待って。待ってくれ (シリーズその2)

2006/02/17(金) 00:44:28

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人生すでにアーカイブなオッサン、ラードの会社PCから、ある古い原稿を発見しました。
皆さんから「続篇」を書けと、やいのやいの督促されておりますが、今しばしお待ちくださいとゆー「コメント」欄のほうがよっぽど賑やかであるのが悩ましいのですねえ。いかんいかん。

以下にご紹介するのは、1999年の夏、転勤先の中部支社「支社内報」に寄せたリレー・エッセイ、テーマが「私のお宝」での原稿です。このときから数年たって、現在では昔の記憶がさらに茫洋としていますけどネ。なんたって四半世紀も昔のハナシですから。本編のあとには、ちょっとアーカイブな解説も付け桑江知子ぢゃないや、加えましょう(w 

 ・・・

「お宝」ですか。どれにしよう。
コレクターの気質があって、またモノを捨てられぬ性分であるからして困ってしまう。とりあえず今回は、ぼくの古い「山靴」をご紹介します。

高校・大学と登山ばかりしていました。今から20年前にある大学の「体育会スキー山岳部」に入部したとき、登山靴製造専門店「ゴロー」で新しく誂えました。4万円だったかな。これで約100日の山行を3年間続けました。
無雪期は北や南アルプスで3週間におよぶ大縦走、穂高や剣、谷川岳での岩登りなど。冬には北アルプスでのピークハントや縦走、そして氷壁登攀などを夢中で行ったものです。最初は明るい茶色だったのが、使いこむうちにこげ茶の「歴戦の兵(つわもの)」といった風情がでました。

今でもふと鮮明に思い出せる妙なことがあります。たとえば真夏の草いきれの匂い、きびしい登攀中にまさぐっていたひんやりとした岩肌や雷雨の中で吸ったシケたタバコの味とか。どうやら自分にとっての「山登り時代」とは、都会生活からかけ離れた非日常のなかで、その空気感をはじめ五感に刻まれたリアルな思い出と言えそうです。

夏の岩壁では当時流行ったスニーカーにはき替えて攀っていたので、この靴が最も活躍したのは冬山になります。

とくに印象深いのは1980年の暮れに八方尾根から唐松岳を目指 して大豪雪にはばまれ敗退したとき。2日で登ったルートを下るのに4日かかりました。頭上を越す雪を4人で必死にラッセルしても1日わずか500mしか進めない。そして翌日、その降り積もった雪をすべて蹴散らす地吹雪に天幕をつぶされ、風速50mのなかで雪洞を掘って生還。そのとき同じ尾根上では私立高パーティが遭難、全滅しました。また、この翌年の初冬、富士山の九合目近くで荒天につかまり緊急ビバークをしました。2人でガッチガチの雪にピッケルで半畳ほどの場所を作り、雪崩れても飛ばされないよう確保してツエルトをかぶ り、座って一晩耐えました。もちろん靴は脱がず衣類はすべて身につけます。滅多なことではヒトは死なないんだなと思いました。

最後にこの靴で入山したのは11年前、H山岳部が黒部の谷で遭難したとき。第2次捜索隊に参加して現場付近を遡行しました。しかし遺体はついに発見できず、恨めしい思いで圧倒的なV字谷を見上げていたものです。

今では油もくれず物置で眠っていますが、この山靴は、若いころの喜怒哀楽を封じ込めた一生捨てられない山道具だと思います。

 ・・・

さてと。本文は以上です。ちょっと文章がカタいですね、昔のワタシは。
註釈を加えてみましょう。

そういえば「註釈」で思い出しました。ちょうどこういったアブナイことをやっていた時代ですが、長野県知事の田中康夫センセの迷著「なんとなくクリスタル」が評判をとったんでした。ちなみに第2作が「ブリリアントな午後」。そのころ流行ったギャグでこんなのがあったナ。「ブリリアントにクリスタらない?」(w ワタシもオフショアの鹿の子ポロシャツにファラーのグレーのホップサック、足元はワラビー(リーガルだけど)でキメキメでした。ま、半分ホントですんで念のため。

「ゴロー」で登山靴をオーダーしてわかったこと。ワタシの足は、右が5mmほど大きい。ショップのヒトが言うには、利き足(こんなコトバはナイか)の方が大きいのは珍しいことではないそう。

「五感に刻まれたリアルな思い出」というのは、まったくその通りで、フラッシュバックのようにフト脈絡もなく思い出せるコトが多いです。当時はカメラなんかあまり持って行かなかった。重いし、壊れそうだったしね。もとよりフラッシュ付AFカメラなんか無かったし。そのころに「写るンです」みたいな手軽な製品が発明されていたら、どんなに良かったろう。そんな状況だったからか、ともかく自分の「眼」や「鼻」に焼きついている事象・印象が多いのは、たしかですね。

ちなみにどんな「刷り込み」が幼年時代にあったのか定かでないけれど、ワタシ、昔から「いぐさ」の香りにヨワイのです。この場合、好きってことだからね。夏場のスーパーの納涼「いぐさ」製品コーナーなんか、タイヘンですよ。思わずソコへ顔をうずめたくなる。

「スニーカー」。このコトバ自体がすでに恥ずかしいですねえ。ワタシの大学1年・新入り時代、夏合宿で流行った歌がチューリップの「虹とスニーカーの頃」。懐メロとしてこの歌が流れると、あの夏の出来事を否応なく思い出します。そう。「耳」にも焼きついているのだ。ただし、ココでいうスニーカーとは、ノーブランドのソールがペラペラの安もの運動靴のこと。登攀ではフリクションが効いて使い勝手が良かったんです。

「八方尾根」の一件ですが、そうか、2日かけて登って4日かけて下ってるのか。びみょーに記憶ちがいがあるナ(汁

「H山岳部」とは、ワタシの勤める会社の、今は亡き社内サークルのこと。昭和最後の夏に、オジサン2名とオバサン1名が、黒部渓谷の難関「黒薙川・柳又谷(くろなぎがわ・やなぎまただん)」遡行の沢登り(所要日数約5日くらい)中に全員が遭難死したんです。

当時ワタシは大阪支社勤務でしたが、誘われていたんだよな、まさにこの「合宿」にね。遭難の原因は現在でも特定できず。オジサン2名は、大がかりな捜索活動の末、ようやっと本流の水辺で発見された。「死臭」で見つけられたんだそうだ。衣服は脱げて丸裸だけど、首も両手足も「付いていた」とのこと。これが謎を深めるワケだ。もし鉄砲水なんかでブッ飛ばされれば、真っ先に「首」は取れちゃうワケですヨ。雪崩に巻き込まれるのと同じでネ。鉄砲水ってのは、ひと抱えもある岩が谷をビュンビュン飛びかってぶつかって、火花がバチバチ散りまくるともいいます(汁 そうして意識がなくなると、ヒトのアタマってのは重くて異物だから。

余談ですが、「黒部」の信じらんない自然の猛威を記したドキュメントでは、吉村昭氏の小説「高熱隧道」(新潮文庫)が白眉です。とくに「ホウ雪崩」。コンクリ製の2階建て飯場をひとつ先の尾根むこうまでキレイさっぱり吹き飛ばして痕跡すら残さない、とか。威力ありすぎ。これがフィクションではないという。この本、熱烈にお奨めします。

さて。モンダイは、当時48歳だったオバサンです。未だに遺体が見つからないのだ。ワタシも何度も一緒に登った、落ち着いたオトナの独身女性でした。親子の絆が強くて、父親が少なからず狂ったのだ。「合宿」って名目の山行だから会社の責任だとか。そして、記憶をなくして富山あたりを彷徨っているハズだとか本気でわが娘を妄想したり。ともかくこの老いた父は、その後しばらくして愛娘捜索活動のための体力づくりでジョギング中に急死したという。なんだか無性に悲しいですね。

しかし因果は廻るというか、「この山を登ってオレは足を洗う」なんてリタイヤ宣言をした途端、天に召されちゃうコトって多いですね。このオジサンも正しくその「陥穽」にハマってしまったと言えましょう。
この遭難事件から1年たった秋の日、有志で現地の慰霊祭に集まったとき、社内山岳部の長老が読みあげた弔辞は、思わずグッときました。「諸君らは、ここ黒部の守護神となりて、この地を訪れる岳人たちの安全を見守ってほしい」。そういう胸を打つものだったのです。山の紅葉が目に染みたっけ。

ワタシが山から遠ざかったのは、やはりこの事件のインパクトが大きかったのかも知れない。入れ違いにスタートさせていたバイクによる「林道野宿ツーリング」に夢中になったこともあるだろう。しかし、この一件がターニング・ポイントであったのは確かなようです。



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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:10
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