ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

掘ったイモいぢるな?

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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恋こがれたモノが

2006/03/27(月) 23:16:11

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(今は亡き)ぼうずさんに「100スキ」の新品を譲っていただきました。
サンクス!

100スキ、じつは巷では数年も前から流行していたらしい。今さらながらのマイブーム到来なんです(w それにしても「欲しい」と思ってから2ヶ月近く。長かった。けっこう探したんだけどね。徒労に終わっていました。もはや恋ごころと呼んでイイというレベルかも。ようやく先週末の野宿で拝領できたワケです。

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なんつーか「宝もの」を手に入れたムード。いやいや、値段ではない。意義です。この100円はワタシにとっての値千金だもんね。ズシリと重いところが価格とのミスマッチ感が強調されてステキじゃないか。さっそく野宿地でシーズニングしてから、豚肉1.5Kgブロックの最後の一片を暖め直してみる。じつに美味。

野宿でのメシ内容にコダワリなんか無いワタシにとって、これからは愛用の調理道具として工夫と修行の機会を与えてくれることでしょう。


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これだけは買わせろTB:0CM:2

春の霞ヶ浦紀行

2006/03/27(月) 21:41:02


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ひさしぶりの野宿は霞ヶ浦にて。いつの間にやら桜がほころぶ季節になった。今回はモモヒキともZIPPOカイロともオサラバだ。風は強かったけれど。

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鹿島神宮に立ち寄る。初見参だが「武芸の神様」だったのを思い出した。かつて夢中で読んだ各氏の剣豪小説にしばしば登場したではないか。塚原卜伝の奥義「一の太刀」とかサ。まだ早朝でヒト気のない参道、しばし古の人びとを夢想する。

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ご神木の巨樹に圧倒される。

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荘厳な参道の佇まい、じつに素晴らしい。鹿島神宮をちゃんと調べてみたら凄まじいばかりの由緒および格式だったのネ。知らんかった。物知りオジサンへの道のりは、けっこう遠いのだな(汁
http://www.bokuden.or.jp/~kashimaj/syokai01.htm

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鹿島灘を見に行く。Baja号がリターン・ライダーの愛車になってからちょうど丸1年、1万Km強を共にした。

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北浦と霞ヶ浦大橋を渡って、絶滅寸前のダート天国(かつては)に突入。とっととマーキングしとかないとね。「無くなるか はじめて萌える いなか道」おそまつ。しかし切ないな。土浦市街地までの「西浦中岸」エリア、ほとんど舗装済みだ。

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陸自の土浦駐屯地を過ぎると、いよいよ「メーン・エベントォ!」が始まる。目的地の湖畔のキャンプ場まで約40Km、そのうち9割近くがダートという。

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昼弁当を喰った湖岸にハクチョウが。のどかな風景。昼寝するには、ちと寒い。ひなびた漁業関連の造作物がそこかしこに見える。なんの設備か見当もつかないが、旅情を感じるひとときではある。

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ダートというより土手のジャリ道という呼称が正しい(w もちろん林道とは違う。釣り人とそのクルマが相当数いたのはウザいけれど、トバせる場所ならメーター読みで「よわ」を出した。いや楽しい。かつての北海道ダート国道以来かもだ(w

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梅も咲いてます。ソロ旅の場合、写真を撮るためにバイクをスグ止めちゃうのが難といえば難なんだ(w そうして、こういった北海道チックな道と光景に出あうと、構図がコレマタ似通っちまうとゆーのも難といえば(ry 

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14時前、早くもキャンプ地に着いてしまった。ぼうずさんと「100スキ拝領の儀」を済ませたころ、なまてぃさんがシェルパ号で登場。

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場内のサクラも良いカンジです。それにしてもこのキャンプ場、無料とは思えぬ高規格な諸設備でした。トイレとか炊事場なんて、近づくと照明が順次点灯するんだかんね。最初はギョッとさせられました(w 常夜灯もあるんで便利この上なし。

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「M」氏もやって来た。ハナマサで買った豚肉1.5Kgとともにやって来た。今回は悔い改めて購入したセロー号がオイル漏れで緊急入院。しかたなくクルマでデビューを飾った。

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夕暮れ前から始まってしまいました(w 風もなく、寒くもなく。ビールがウマイ。かぶくろすさん、仕事を終えて駆けつけた銀杏さん含めて計6名。平均年齢は推定43歳あたりですか(w

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ネイチャーストーブで松ぼっくりを燃やして遊ぶワタシ。途中ついつい居眠りした模様だけど(証拠写真が残ってるからネ)、もちろん本人は覚えてないです(w

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メインディッシュが出来上がった。豪勢な豚肉のホイル包み焼き。うまいこと。

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翌朝のメシ風景。明け方に軽く雨が降った。思いのほか暖かい一夜で、さらに春を実感したね。

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ワタシラの朝メシ内容。ちょっと二日酔いでアタマが痛い(w 11時ごろ解散。帰路の高速道は再び風との格闘になった。

バイクの旅TB:0CM:6

ワタシのバイブル 山の本篇 その1

2006/03/20(月) 20:07:48

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「孤高の人」新田次郎(新潮文庫)

ワタシは15歳の春、高校に入学して始めたコトがふたつある。ひとつはタバコ(w もうひとつが登山だ。なぜ山岳部に入部したのかキッカケは覚えていない。きっと守護霊さまのお導きがあったのだろう(w

当時の公立高校の山岳部なんてのはハイキングに毛の生えたようなものネ。真夏の南ア・北岳を大樺沢からピストンするのがメイン・イベントなんてレベル(w 山の世界はやっぱり場数を踏むのが正しい岳人になる王道だな。この場合は近道は無さそう。OBとか顧問教諭にベテランがいて、山行に参加してくれたら安心なのだが、多くの場合それはムリだろうな。

冬山は「部活」としては禁止されていた。岩とか沢登りをやっている、あるいはやってもイイなんてモノズキは周囲にいなかった。そうしてワタシは2年生になったときから、その低レベルを脱け出すべくチャレンジを始めた。これも理由が今では定かでない。きっとシゲキが欲しかったんだろう。あるいは尾根歩きよりは難しいテクニカルな行為への憧れか。あるいは山仲間へのヒケラカシか(w

先日読んだ「リーダーは何をしていたか」は、お粗末なリーダーにムリ目な山行を強要されて遭難して、といった事件ルポ集だったのだが、ワタシの場合は積極的に「あぶないコト」を実行したワケだ。丹沢のグレード1級(カンタンなヤツね)の沢登りをソロで滝を直登とか。ワクワクしたなあ。しかし振り返るとヒヤッとしたシーンなんざ、ナンボでもあった。たまたま運がよかっただけなんだろうけど。

たとえば2年生になった直後のGWのさなか、八ヶ岳主峰・赤岳に友人と吹雪のなか登頂したけど、ワタシのアウターは「ドカジャン」だったもん。足元はナイロンのキャラバンシューズだったもん(汁 ピッケル、アイゼンは持ってもいなかった。もちろん下着は濡れたらアウトの「綿」だった。なにか起こったらアウト、そういう低レベル。でもね。これが当時の自分にとって、新たな世界への冒険だったのはたしかだ。

そうした暗い情熱にビシッと刺さった小説がコレ、新田次郎著「孤高の人」だ。もうね、完全に主人公「加藤文太郎」にカブレました。

まあ、山をやっているとか山に興味をもっていて、この本に「やられた」ヒトは相当に多いはず。もう前後をよく覚えていないけれど、「孤高の人」の出合ってから、単独行に燃えたのだったかもしれないな。

大正から昭和初期にかけての物語だから、ヤングさんには理解できない部分も多いだろうな。具体的には「ビニール」「ナイロン」といった素材が存在しない時代。登山には地元の山岳ガイドを雇って集団で登っていた時代。鉄道および交通事情なんか想像すらしたくない、そんな時代だ(w 

そうした中で信じられない快足・韋駄天ぶりを発揮して単独で山行を重ね、夏から冬の北アルプスで記録を残したと。現在では「山岳マラソン」という競技大会があったりしてスポーツ化した1ジャンルになってますが、その方面のパイオニアに間違いありません。

昭和初期ならではのダークな世情や孤独な主人公の内面の吐露なんかも胸を打つ。そうしてクライマックスの悲劇的で壮絶な遭難死にいたるまで、ぐいぐい引き込まれます。何回読みかえしたことか。もちろん北アの盟主・槍ヶ岳の北鎌尾根、つまり主人公の臨終の地「独標」はトレースしましたよ、数年後にね。夏だったけど。

とにかく青臭いワタシの「青春時代(w」にモチベーションの指針を与えてくれた宝モノといっていい小説です。



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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0

買っちゃった。

2006/03/19(日) 18:44:17

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モンベルの「アルパインマット」Mサイズ。
最寄り駅前のアウトレット店にて税込かっきり5千円。

じつは野宿用マットレスの買い替えについてはワレながら長いあいだ熟慮してきたんです。やっぱり昭和の昔から愛用しているカスケードデザインのウレタンマットもジジイになった今では少々つらい(汁 でも小さく収納できるインフレータ系で安めのモノとなると、なかなかタイヘンでした。
しかし、だ。

モンベルからマットの渾身の新製品「ULコンフォートシステムパッド」が発売されたので旧製品がお求めやすい価格に。ただしショップで長考モードに突入(汁 なんたってこの新製品、笑っちゃうくらい小さくなるのだ。同じ全長と厚さなのに丸めた体積は半分くらい。しかし120cmで8,200円とスゲー高価。
ま、いいかと相なりました。オッサンも買うときは買うのだ(w

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今週末の首都圏は強風が吹き荒れましたね。春の嵐ですか。自宅から見える京葉線もまた遅延しまくりかな。けっこう自己満足にひたったワタシに祝福のサンセットが。

これだけは買わせろTB:0CM:4

豪雪の記憶は生きつづける (シリーズその6)

2006/03/14(火) 19:15:13

地吹雪に苦しめられた翌朝、雪洞の外に這い出して見た光景、それは

 ド ピ ー カ ン 、 だったのだ(w

しかし意表を突かれたね。無風にして快晴。お空はマッツァオに晴れ渡り、その下をヘリが何機かバタバタと五月蠅く旋回している。「ZK」パーティを捜しているのだろう。ただちに撤収して激闘の野営地を後にした。

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ちなみに「K高専」の連中も無事に生きのびていた。たしか、つぶれたテントを何とか工夫して再生させたとか聞いたような。下山後、部室宛てにカンタンなお礼のハガキが一葉とどいた。今でも思う。彼らはワシらが同じ場所に居なかったら、果たして生還できたかどうか。先生を含めて、あのビビリようだったワケだから何もできずに凍ってしまったかもしれない。今でもわからん(汁 

ただしガンガンと叱咤激励して前を見つめた行動をうながし続けたのは、ワシらだったのは事実。まあ、他にやりようがあったかのも知れないが、ホントは自分たちだって怖かったんだ。余裕など無かった。ヤツらも今では40歳を超えた中年になっているワケだが、あれからも山登りを続けたんだろうか。「豪雪」とか「遭難」とかニュースで見聞きすると、あのときの光景を思い浮かべるのだろうか。

周辺の様子は、まるでキツネに化かされたようだった。あれほど苦しめられたドカ雪は尾根上からきれいさっぱり消え失せて、ハイマツまで露出している。初日と比べても積雪は少ない。しまった雪面にアイゼンがキコキコ効いて散歩気分で下山できた。

ワシらの初日の幕営地だった「第2ケルン」には「ZK」のテントの残骸が散乱していた。暴風によって本体はベリベリに破れ果てており、中にあった装備たちが広範囲に雪面に飛散している。遭難死を実感する光景だ。上空のヘリが1機ワシらに近づいてきて、何か包みを投げ落とした。通信文が入っている。朝日新聞社だ。「おまいらはZK高校パーティか? 正しいならこのポーズをキメよ」と、頭上に両手でマル、のイラストが書いてある。「違う場合って、どーすんだ?」「アサヒも、しかしアタマわりーよナ」。ワシら4名は空に向かってウルトラマンのスペシウム光線発射ポーズを連発したもんだ。

食料とスキー装備をデポした「薬大ヒュッテ」横のテントを捜索する前に、地元テレビ局のインタビューを受けた。もちろん消えたパーティの消息に関する質問だったのだが、しかしワシらは消えたテントが気がかりで気もそぞろ。なぜならデポ・テントを張ったあたりは相当な雪の吹きだまりになっている。ハラペコなワシらの食糧がたんまり置いてあるテントなのだ。いったいドレくらい雪の下に沈んでしまったのだろう。
「ヒュッテのアソコの窓がコレくらいの角度でコレくらいの距離で見えた、よな? 深さは5mくらい、かな」なーんて推理しつつ、アリの巣をこさえるようにトンネルを掘り始めた。初日にテントを発見できなかった場合に備えて、雪洞にもなる仕様で切削していったワケだ。たしか2時間くらいでテントを見つけた。ポールは一部が折れていたが、吹きだまりの雪の下でけなげに立ち上がって蘇生したという(w

この日は、たしか1980年の「晦日」だった。数日ぶりにまともなメシ、すなわち水たき鍋と銀シャリをたらふく喰って夢見心地になったっけ。

その後は引きつづき数日間をゲレンデスキーに費やしたが、「サンパチ」以来となる「ゴーロク豪雪」の威力たるや凄まじく、このスキーに合流する予定だったあるOBは列車が動かずに敗退したり、やっぱりテント周辺の雪かきをひと晩に4回出動したり。帰途の大糸線では列車の窓の高さをラクに超える積雪(電車の幅ギリギリだけ除雪をしてある。つまり窓の外が真っ暗w)に驚嘆したり。

「生き抜くことは冒険だよ」。故・長谷川恒男






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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:4

豪雪の記憶クライマックス (シリーズその5)

2006/03/13(月) 21:24:58

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ド ォ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ 。

ヒマラヤなどでも使用実績が十分な「エスパース」とはいえ、稜線のてっぺんで吹雪かれると恐ろしいモノがある。テントがグワングワンとヨジレまくるからね。おまけにバタバタドーンドンドンッとテント表面を叩きまくるノイズで怒鳴りあわないと声は聞こえやしない。

あらかじめ強風が吹くとわかっていたら、防風壁を作っていたのにね。「スノーソー」なるノコギリで雪をブロック状に切り出して風上側に天地4尺・左右7尺ほど積み上げて風をさえぎるワケだ。しかしながら、このときテントの外の凄まじい荒れ狂いっぷりを伺うと、誰ひとり「今からブロックを積もう」なんて殊勝なコトは言えなかったのは事実だ(汁 

そういう状況下で、ヤツらが来た。

とくに名を秘す「K高専」なる学校のパーティだ。助けてくれとやって来た。自分たちのテントがつぶされたので、とにかく避難収容させてくれと叫んでいるのだ。「いいですよっ。ところで何人なのっ」。叫びつつ問うと「9人ですう」。ワタシャ聞きまちがいかと思いましたが何か(w

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ちなみに当時と同じサイズで売っているロングセラー「エスパース」(色だけ変更されてるな)のワシらが愛用していた天幕がコレ。床面積は畳2枚程度ですけどね。しょうがないから、とにかく全員を収容しましたよ。入口を開けると雪がドバーッと吹き込んで、たちまち内部は真っ白に(汁 合計13名は一辺につき各3名がヒザを抱えて座り、余った1名が誰かのヒザ上に腰掛けるというファンキーさ。身じろぎひとつ、できやしない。

事情を聞いた。彼らは数日前から同じ場所にテントを設営しており、とにかく降り積もるテント直近の周囲だけ、雪かきをしていたト。しかし積雪の表面はテントの高さをとっくに超えており、そこにこの暴風が吹き抜けて乱気流が発生したのだろう。カマボコ型テントのポールがボキボキと折れ、包丁で本体を裂いて脱出したらしい。ワシらは近所に別パーティがいるなんて知らなかったんです本当だよ(w

それにしてもヤツらは全員がブルブル震えて、うつむいている。まあ高校生だもんな。強烈な体験ってコトはたしかだ。死が身近に迫った一瞬だったハズだ。でも、顧問の先生に「で、どうしますか」と問うと「どうしましょうかねえ」。下を向いて動こうともしない。この状態で固まってたって仕方ないでしょ?」「じゃ、どうすれば」「そりゃ雪洞を掘るしかないでしょ、アンタたちの。みんな死ぬよ」。

どうやら先生はじめ御一行は完全にワタシらに依存していたな。自分たちの「冬合宿」だろ。準備と覚悟をして登山してるのと違うんかい。

まもなく先生と生徒数名で雪洞を掘りに行ったが、1時間後に帰ってきた。ふたたびテント内が真っ白に(汁 
「できた・・・・(・∀・;)?」
「いや、ダメでした。雪が浅くて」
「で・・・・(・∀・;)?」
「うーん」。またまた居候で長考しちまったぞ。

そうこうするうちに、妙に「エスパース」の風下側が下に落ち込んでいるなあと思っていたのだが、いきなりバキバキとポールが折れた。つまりワタシらのテントもつぶれた。風下にあたる部分が乱気流でほじくられ、ちょうど波打ち際に立っているとカカトが沈んでいく、あの状態になったワケだ。そうしてカーボン製のポールに余計な応力がかかってポッキリ逝ったと。これは、しかし予期できなかった事態だ。

「出ていけ」。すでにフル装備を着こんで有事に備えていたワシら、さすがに吼えたよ。時刻は15時くらいだったかな。テントの外に這い出したとたん、目が見えなくなった。一瞬でマツゲが凍ってブラさがってるの(w マブタが物理的に重いという。それにしても凄まじい暴風だ。目方が900g程度の自分のピッケル(グリベルのウッドシャフト)だが、バンドを手首に巻いてピッケル本体を手放したら、恐ろしいことに水平にヒラヒラなびいたものだ。まっすぐに立っているのは困難なレベルだが、風向は一定だから少しは安心だった。

とにかく自分たちの雪洞を掘りきって生還すること。4名で一致団結したな。ハラはペコペコだったはずだが、さすがに火事場のバカぢからを発揮、主にワタシがスコップを大車輪で振るいまくったのだが、2時間かからずに完成させて、つぶれたテントを全員でそのまま引っぱってきて洞内に収容、そうして入口をピッタリ閉じた(w

努めてヤツらのコトは思い出さないよーにして、残りを気にしつつ非常食を喰っていたと思う。もっともヤツらの行動には少しは注意を払っていた。なんか、していた(w そうでないと再び来襲されちゃうワケですしね。それにしてもワシらの食べものはとっくに底をついていたのではなかったか。お茶でも沸かして飢えをしのいでいたかもだ。ラジオからは、ここ八方尾根にいるハズの「ZK高校」パーティが消息を絶ったというニュースが流れている。「ありゃっ」「初日の連中だろう」「やっちまったか」。「ついでにヤツらも(ry」「まあまあ(汁」と会話も沈みがちだ。

とにかく翌日の天候次第で生還できるかどうかという、ヤバイ状況(主に食糧事情)だったのは確かだ。ワタシらは死にはしないという自信(あんまり根拠はナイけどサw)はありながらも、さすがに「タイム・リミット」というコトバも脳裏をよぎるのだ。

そして翌朝、おっかなびっくり雪洞入口のツエルトをめくったワタシは、衝撃的な光景を目の当たりにした。




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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:2

今年はじめての「チーム2ch」ゲームは

2006/03/13(月) 00:04:08

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最高のサバゲ日和になりました。
いよいよ春ですな。身もココロも晴れやかです。「Team2ch」ゲームにワタシラが参加できたのは半年振り。参加者数70超名というのもココロ躍るものがあります。

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今年はじめての千葉県は印旛沼のお気に入りサバゲ・フィールド「ウニヨン」です。先月ついにオープンした長辺45mとかのインドア・フィールド。うむ。儲かっておるね(w すでにゲームを始めていたチームがいるとのこと、残念ながら内部は覗けなかった。

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購入して3年は経ている電ガン「ベータ・スペツナズ」。
思い切りタマをバラまきたいときはマガジン4ケを携えて「1ゲーム千発w」で臨む頼もしい相棒ですが、このとき、の、のわんと「T」氏から値千金なるアドバイスが。ワタシは今までラージ・バッテリーを収納するとき、ごらんのビスを「レザーマン」のドライバーでヒコヒコ回しつつフタを外していたんですねえ。ところが天地方向にチカラを入れたら何てこった、カンタンに外れる簡便さぢゃないですか(w 

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うすら笑う「T」氏(w 手には幹事のジェイソン氏より振る舞われた「うまい棒」が。
しかし「心得をよく読みましょう」ってか(汁 いやあ。これまで約40回くらいは、このムダな作業を繰り返してきたよー。持つべきは沈着冷静な友、だな。ちなみに背後のテレビでは、かつての「2ちゃん」チームのゲームの様子がDVDで放映中。「動画マソ」氏の労作だ。でかいボリュームで流しているBGMは「ブラックホークダウン」のメインテーマ。ふいんき(なぜか変換できないw)は抜群。

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幹事のひとり「対戦車」氏。ワタシラは最初の突拍子もないネタゲー・キャラの印象から「ジェイソンさん」と勝手に呼んでいる。いつも見事な盛り上げ役を請け負っているが、このときは映画「フルメタル・ジャケット」の鬼軍曹コス。何をやっても「許される」役どころとか(w

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そのジェイソン氏がワタシらの席まで行商にやってきた一品、部隊章のパッチ。
デキの良さに思わず購入。かつて横須賀はドブ板通りの「ダイヤモンド商店」や福生の「エース商会」までパッチを買いに突撃したラード的にも満足のブツです。800円也。ほとんど原価らしい。GJ。

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ゲームのスタート風景です。この日は合計20ゲームくらいヤッタのかな。気候の良さにつられたのか快調で、けっこう殺し、いやいや。ゲットできました(w 

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「ウニヨン」といえば、昼メシ。昼メシといえばカレー。
なぜかこーゆー場合のみ直前のゲームで即死できずに終了まで生き長らえるワタシ、受領は最後に近かった。しかし神はおわします(w メシとルーが余るコトに気づいたのか、ワシの体型から判断したのか、ドンブリメシ2杯分の増量加減である。サラダも美味。豚汁もちゃんと肉・野菜入りでお替りもできたし最高です。満腹。この内容で700円って、ホントすばらしい。

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ネタゲー「ようかんマソ」の着ぐるみを準備する幹事団。
ワタシは目撃できなかったけど、もう1体の着ぐるみ「ショボーン」との取っ組み合いもあったらしい(w 右端はジェイソン氏だが、彼と他3名が、この赤いハッピ姿でエアコキ・ショットガンを肩に300発の弾数制限ゲームで突撃するサマには萌えますた(w 

しかし何のかんのといっても「チーム2ちゃん」のイベントは楽しいです。次回も必ず参戦したいね。

サバゲ・エアガンTB:0CM:2

バーチャル八方尾根 (シリーズその4)

2006/03/10(金) 20:38:12

ちょっとガス抜き(w

「またかYO!」とお嘆きの向きも、あるいはあろうかと存じますが、ホラ、地形とか判ったほうが読みやすくないですかそうですか。

まあその。いろんなHPからちょっとずつ画像をお借りして(無断ですけど)ごくごく少数の読者さま(ハードコアなキミたちだ!)のためにバーチャルな八方尾根の様子をご紹介さしあげてみたい。




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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:3

ふたたび豪雪の記憶 (シリーズその3)

2006/03/02(木) 00:01:37

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ふむ。今年は「平成18年豪雪」と名づけられたそうな。
「サンパチ豪雪」以来となる40数年ぶりのメモリアル・イヤーだそうだが、ちと名前が長すぎではないか。

それにしても「雪洞」である。この際ギャグをカマしてる余裕などナイのネ。だって2月の更新はついに叶わなかったからね。われながらアセっているんですけど信じてください(w では「中篇」をお送りします。どーぞ。

ところで皆さんは雪洞について正しい認識をお持ちですか? ゆっときますけど「かまくら」とも「イグルー」とも違いますからね。あくまでも掘って造るタイプ。結構な積雪のある斜面が好条件です。

前方後円墳なんかの古墳で「玄室」ってのがありますよね。ああいったイメージです。スノー・スコップ一丁で4名くらいの居住スペースを堀り上げるワケです。あんな素晴らしい住み家はナイ。ある意味、雪山ではテントより居住性がイイくらいです。設営時間に差は出ますけどね。

だって「零℃」以下にならないんだもん。もう一部屋こさえたければ、すぐできちゃうんだもん。ただし湿度は100%を下まわるコトもゼッタイに無いんで、その部分は不快ですけどね。現在なら濡れを予防する各種の装備はいくらでもあるから、さらに便利になってるかも知れん。

雪洞の作りかた、ですか。基本は「斜面」をチョイスしていただくと。稜線などから少し下りた場所が吹きだまっていてグッドです。積雪はあればあるほど良い。スノースコップでまずは入口を掘ります。入口、つまり玄関は小さめに。あとでドア代わりのフタをするから面積は小さいほうが都合がよい。そして掘り進めるにしたがって広く掘る。入口は狭めで奥は広い。うむ。これってば良い穴に共通(ry うおっほん。

真横に堀り進めつつ、だんだん天井を高くしていこう。天井はアーチ型がよいです。強度も出やすいし、不快な水滴も落ちてきにくい。中でストーブを使うわけだから、十分に気をつけたいもの。広さは4人ならば最低「タタミ2畳」分くらいでOKです。でもカラダの横の部分に雪壁が触れるとすごく冷たそうだな。さすがに大きめに掘ったかな。

さて、入口はツエルトでフタをします。もちろん空気穴は忘れずに通そう。死にます(w かつて南アルプスの北岳から塩見岳まで「カモシカ山行」なる韋駄天歩きで距離をかせぐトレーニング山行中、軽量化のためにフライなしのツエルトのみで寝ていたら、夜中に酸欠で目が覚めた。

雨でナイロンが濡れそぼち、ベンチレーターも塩垂れて塞がってしまったワケ。ワシらはまるで金魚のように全力で呼吸している状態で、やっと気づいたのだ。あぶない危ない。ぎりぎり目覚めて良かったぜ。でも、そのとき脳細胞が800万ケくらい死んだんではないかと(汁 もともと少ないってのにサ。

ところで、八方尾根での死闘中の4名であった。

記憶が良い読者の皆さんも今がどーゆー状態だったか、お忘れでしょ?(w 下山を始めて2日目、ついに積雪はアタマを超えた。もちろんワカンを履いていてもだ。こうなると、もうスノー・スコップを振り回しつつ、もがき苦しむというムード。トンネルを掘るよーなもんだからね。

先頭は当然「カラ身」でラッセル。頭上の雪(サラサラで軽いのが救いだ)をスコップで手前に思いきり掻きこんで、おもむろに前方に倒れる。モゾモゾとヒザから立ち上がると、なんつーか約一尺ほど前進できる。そんなムード。結局この日は地形図から判断して、わずか500mしか下れなかった。尾根上の下降で500m! あとにも先にも個人的に金字塔な記録です。

それでも何でも風も吹かずズンズン降り積もる雪は、せっかくこさえたラッセルの痕跡をすぐに埋めていく。もう仕方ないから、ラッセルマンが交代でひとりがんばって、他はザックに腰かけて休憩、ある程度の距離を稼いだら皆で移動するという「尺取り虫」方式にしていた。

この日、かくいうワタシは何てこった、猛烈な下痢になってしまった。齢ハタチにしてゲリグソを「おパンツ」内にぶちまけた。パンツの替えは、たしか1枚くらい持っていたとは思う。雪を融かして作った「ナマ水」に見事にヒット!ってのが原因だ。
というのもこの前夜、たしか3回はテントの雪かき作業を行った。2時間で50cmくらい積もりやがるからね。そのたびに全員でヤッケ、スパッツ、山靴まで装着して雪をどかしに天幕外に出る。あったかーい寝袋から睡眠途中で這い出るときの厭世的な気分を、読者諸兄はクッキリと思い描くべし(w
そうして雪かきだから汗もかく。ノド渇く。ポリタンのナマ水をついつい飲んじゃうト。翌朝、どうしようもない吐き気で目覚めたんだ。あんなのは胃腸が今より頑健だった当時でさえ、未体験なもの。北アルプスに降り積もる雪ってキレイな印象があるかもだが、実際は目視できる小さなゴミが無数に混じっているものなんです。

そんなワケで全身に脱力感がみなぎり、ワタシは起きているのも億劫という体たらく(汁 「おまえは寝とけ」と小さい雪洞を掘ってもらって、ソコで回復を待ったのだった。でも皆がこの「白い悪魔」(誇張ではなく、今も鮮烈なまでにそういうイメージなのだ)と苦闘してるってのに、気が気じゃナイ。だからラッセルで伸びたルートを固めるために、ヒョコヒョコとカラ身で往復してたとき、ちょっと「カラキジ」を打ったらついつい液状のクソが、ですね(w

さて、テントのハナシをしておこう。山岳部系の天幕といえば、当時は「カモシカスポーツ」の「エスパース」をおいて他にナシ、でした。実用的なグラスファイバーポールを使ったドームテントの先駈けですね。当時はポールのジョイント・コードなんて便利な発明はなく、スリーブに通すのが難儀でした。またポールもけっこう簡単に折れたものです。天幕内側には蚊帳のような冬用「内張り」を吊るしています。ちょっとは保温できていたのだろうか。

出入り口は「吹流し」スタイル。最近のヤツはどうなってるか知らないけれど、昔はジッパーが凍ってしまったら死活問題なので、ゼッタイ安全確実な吹流し方式なワケ。もちろん4人用に4名で居住。オートキャンプを知ってしまった現在の「環境」基準では思いだしたくもない世界だが、まあ1名でひとつのコーナーを確保できるのだから、上等ではあるナ(w 同じテントで夏合宿3週間を5人で過ごすというファンキーな経験もあったからねえ。

その翌日、4日目のことだ。ついにお山がキバを剥いた。

猛烈な地吹雪となったのだ。今ではブリザードと言ったほうが分かりやすいか。麓の八方尾根スキー場で風速が40mだった。もちろんソコから数百メートルの高みの稜線上に設営するワシらのテントは凄まじい。グワングワンと揺れまくり、ゴウゴウと唸りまくりのテント外の様子に、朝から誰ひとりオシッコに出ないのだ。つーか出たくない(w もう、ガマンしまくり。停滞日と決定した。

「沈殿する」とも言ったなあ。とにかく身動きせずに寝てるんだ。エネルギーを使わないワケ。だって向こう何日もこういう状態が続くかもしれないからね。当然ながら、とっくに食料統制モードに入っております。これは「食いのばし」と言う。前日もメシの量を半分に減らしていたんではなかったか。

みんな寝袋内で息をひそめて死んだふりをしたままで昼くらいになった。そのとき、外でヒトの声が。「たすけてください!」と聞こえる。え。近くにパーティーなんかいたっけ。「だれかいるぞ? 呼んでないか」。

それからホントのサバイバルが始まった。


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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:5
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