ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

掘ったイモいぢるな?

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ふとしたきっかけ

2006/10/31(火) 23:55:53

なんとなく長いあいだ気にかかっていたコトが分かって、うれしくなったというハナシを、ひとつ。

定期巡回サイトに、こんな記事があったワケだ。ちょっと前だけど。
target="_blank">http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/
833112.html

似てる似てないは、まあ、どーでもイイです。え。だってカバーだろ? これ(w

DSC02254_1024.jpg

ハナシは変わります。昨年の夏、ジョギング・マインド全開でわが家近くのビーチ沿いを走っていたころ、なかなかしみじみとイイ「絵」に出遭ったのだ。

それは夕暮れどきだった。
キーボード弾き語りの女の子が、まあ、ライブをやっていたワケだ。海沿いでね。落ち着いたムードのイイ曲を歌っていたと感じた。ワタシはヨレヨレの汁まみれでヘロヘロと横を駆け抜けた、つーか転がっていったのだ。ラビャーなアベックたちが肩を添えあって聞きほれていたがね。けけけ。
でも、20名程度の聴衆だった。キーボードに、その女性の名前が書かれたカミが貼ってあった。「奥ナントカ」と書かれていたと記憶する。それが、妙にワタクシの脳裏に刻まれていたのだ。
アマチュアだろうけど、いいな。なんか湘南っぽい文化な場所になったのだな、この田舎も。などと思ったものだった。いや、田舎モンのこのワシがそう思った(汁

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ふとしたキッカケで、その女の子の名前がわかった。そう。お察しのとーり(w 
某倖田嬢の先ほどの記事で、ついにその可憐な女性が誰か判明したというワケなのだ。

奥華子さん。
あまつさえ「テプコひかり」の歌を唄っていたヒトなんですねっ(w 井川遥さまの、あのCMの。ただちにブログも捕獲しますた。ワタシの遭遇したときは昨年の7月24日であって、それはメジャー・レーベルからデビューする前日、インディーズ最後の日というメモリアルなライブであったコトがわかる。
http://blog.livedoor.jp/okuhanako/
真夏の邂逅、というか。
ちょっとした出会いでココロに残るアーティスト。なかなかナイかもだ。


【追記】
コーダ嬢パクリ疑惑の記事中、リンク切れの「ようつべ」がコチラ。ライブ会場、敦賀湾の海水浴場なんですかネ。スレ上で「かわいそうです」とあるのは、客がまるでいないように見えちゃうカメラ位置、だからでしょうね(w 堤防みたいな段差だと思うけど、最後のごアイサツの折り目正しさがイイんだよナ。

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音楽・映画・本TB:0CM:4

ついつい、また。似たよーな(w

2006/10/30(月) 23:41:48

3ヶ月ぶりに「TamTam」に行ったワケです。
そろそろ次回予定のサバゲが近づいてきたからですね。ラージ・バッテリーが前回のゲームを前に死んだので、そのへんの様子を見にね。これも久しぶりにガスガンのコーナーなんか見たんですけどね、ハゲしく目の毒と言えますね(w まもなく「マルイ」からフルサイズの「GLOCK17」が出るんですね。ようやく、だけどな。うーん。イイですね。しかしナゼ寒い季節へ向かうときにガスブロを出すのだ。アホかマルイ(汁 でも、欲しい(w 

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そんなワケで、やっぱり腰が引けちゃって何も買わずに退散です。いや。一点ほどカゴに入れました。

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まあその。「ケンメリ」のカタチが好きなんですよ。コレで大中小が、そろい踏み。今後、この「大中小」という紹介のキリクチは頻発する恐れがございます(w

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夏に買った「ハコスカ」と共に。なぜかケンメリのチョロQ、ここ数年は絶版状態であって、ナイと思うと欲しくなる悲しい「性」が炸裂(汁 じつはコイツは売れ残っていた最後の1台。状態はイマイチです。でもまあ、いいんです。置き物だしサ(w

これだけは買わせろTB:0CM:0

「ぼくなつ」ロケハン報告

2006/10/28(土) 23:56:32

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おだやかに晴れた秋の午後、ひさしぶりにバイクに乗った。
めざす先は通称「ぼくなつ」ポイント。愛読者の皆さんなら、どこらへんにあるかはよおっくご存知ですよね(w  「張る」に値する場所かどうか、今回は詳細を検討してみよう。



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アウトドア体験記TB:0CM:0

山について、思ったこと(地の巻)

2006/10/27(金) 01:08:32

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オーストラリアの「エアーズ・ロック」を登ったコトを忘れていました。
「天の巻」で触れた木曽御岳の登山より後のハナシになります。2004年の2月に、家族3人でネ。海外登山、と云えなくもない。海外遠征というニュアンスすらあるかも。ないか(w そのときの様子をご紹介しましょう。

ちなみに訪れたのは映画版「セカチュー」の公開よりも前です。原作の小説は今でも読んでいないワタシですが、「世界の中心」という記号はコイツを指すワケで、たしかにエアーズ・ロックとはホントに独特で摩訶不思議なモニュメントだと云えます。地元のアボリジニ「アナング」族に限らずとも、あらゆる信仰の対象になるのも当然というオーラを発散しまくっています。

ご参考までに、近ごろはエアーズ・ロックのことを「Uluru=ウルル」と呼びます。征服者である英国式の命名を、昔ながらの地元民の呼び名へと裁判闘争の末に戻したという。ワタシもこれからは「ウルル」と表記しましょう。

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それにしても、この岩山、椎名誠氏の傑作ルポ「熱風大陸」に出てくる「まるで巨人のウンコ」という表現のほうがナットクできるな。だろ?(w そもそもオーストラリア大陸ってのは日本の20倍というバカデカさ。その「レッド・センター」と呼ばれる内陸の赤土とボサしかない荒涼としたアウトバックにいきなり「どどーん」、ですからね。ところでこの近所には「カタ・ジュタ」(かつての呼び名は「マウント・オルガ」)という岩峰群もありまして、姿カタチがより巨人のウンコに似ているので念のため。

ワタシは昔から、一度は行ってみたい場所に「ウルル」をノミネートしていました。入社20年記念でもらった4週間のバカンスをドコで過ごすかで考え抜き、2度目のオーストラリア、ネタが豊富だからと「世界遺産」3点セット巡りの旅にしたんです。他のふたつとは熱帯雨林の「レイン・フォレスト」と珊瑚礁の「グレートバリア・リーフ」。うむ。われながらエクセレントなプラニングだと自画自賛しました(w

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それほど時差が無い場所だからラクとはいえ、夜通しヒコーキを乗り継ぎました。降り立った「エアーズロック・リゾート」では、いきなり摂氏42℃です(w こんな暑さは初体験。2月中旬という真冬の日本から、正反対の真夏、しかも砂漠ときたもんだ(汁 湿度は無くてスーパー・ドライ。でも汗腺が閉じているのか、初日は汗が出てこないんです。

背景が「カタ・ジュタ」。この後、炎天下の中で真ん中あたりの「風の谷」と呼ばれるV字谷を散策しました。名作アニメ「ナウシカ」のファンは、ぜひ逝くべし(w ムスメは寝不足と暑さでヘロヘロになってましたが。

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ウルルのサンセットを楽しむ。これもツアー・オプションに組みこまれています。シャンパンで乾杯とか、軽食とか。しかし、ワタシはスチールよりビデオ・ムービーでの撮影のほうが忙しかったので、あまり美しい夕景の画像がないのです。

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翌日はプールなんかでマッタリくつろぎ、さらにその翌朝が、登頂日でした。画像は参考まで。どう考えても異物、別世界っつームードでしょう(w 世界最大の一枚岩。地べたから最高地点までは335㍍。これは「東京タワー」の高さに匹敵します。ちなみに右のほうのクチバシ状のデッパリが登攀ルート。ココだけが傾斜がユルい、神がかった存在といえる尾根ですね。

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夜半、寝ぼけマナコでバスに乗り、まずはウルルの朝焼けを愛でるポイントに連れて行かれました。現地で弁当を喰う。神聖なモニュメントだから、観光の各ポイントってヤツはいちいち場所が指定されているワケです。撮影禁止の部分も多いですしね、宗教的な意味で。そうこうするうちに、ウルルが見事なオレンジ色になりました。

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この日、天候は高曇り。これがラッキーだったと云えますね。というのも真夏でギンギラの場合、気温判断(朝で36℃が基準だとか)ですぐに登山禁止にされてしまうし、実際にも暑いワケで。他には雨天でナミダを飲んだ訪問者も多いことでしょう。オプション・パッケージの場合はワン・チャンスしかないからね。
ココからは、各自のペースで勝手に登っていけとのこと。最高地点まで、登りは90分、下りは50分くらいでしたか、わが家の場合は。

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ガシガシ登ります。一般人にはこのクサリが無いとつらいでしょう。とくに下りは怖いハズ。奇跡的に緩いとはいえ岩尾根だから、この場で身動きとれなくなるヒトもイッパイ出るかも。過去には数十名が転落死したとか何とか(汁 砂岩だから乾いてさえいれば無問題。スニーカーのグリップはバッチリです。

ちなみにムスメがかぶっているのはハエ除けのネット。昼間は、夏のアウトバックでは有名な「小バエ」がワンサカ飛んできて、顔だの目だの鼻だのといった湿った部分に特攻してくるワケです。水分ほしさに。もうね、ハゲしくウザい。

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さらに登ります。背景は「カタ・ジュタ」の岩峰。厳しい尾根部分は突破し、ここからは手も使う微妙なアップダウンが多いルートを伝って最高地点に向かいます。

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登頂成功。どう見てもチビなわがムスメは、登りきってご満悦な白人のオッサンに「オゥ。ウェルダーン」なんて巻き舌でホメられていたもんね。幼児と思われたか(w カタ・ジュタ以外には何ものも視界に無いという不毛地帯にある楽天地。そのインパクトは絶大です。

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降り立ちました。登りと同一ルートなんですが、下りはヒザが結構キツかった覚えがありますね。最大傾斜が48度だとか。そんなワケで、ツアーガイドから登頂証明書なんてのをもらいました。ワタシの登山史上でも相当な「イロモノ」と位置づけられるコトでしょう。ま、たしかに「赤色」の山ですが(w



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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0

こ、これはっ・・・・(・∀・;)

2006/10/23(月) 23:55:10

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いやその。しかし。
このブログでこういう取り上げかたは厳に慎もうと思ってたワケですが。
あのその。たまらぬ。
これはたまらぬ(汁

http://www.yamamotomimikaki.com/index.html

メイドさんの足つぼマッサージなんつーシロモノにはビクともしなかったワタシですが。
逝く。

池袋? 逝ける。
逝く逝く。
意味もなく木枯しの吹く寒い日に逝きたい。
そんなイメージ(w



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ア・ラ・カルトTB:0CM:2

山について、思ったこと(天の巻)

2006/10/19(木) 18:55:59

かつて山登りを生きがいにしていた時期がありました。
高校時代と1浪のあいだ、そして大学の4年間です。

5_800.jpg

もう、大昔です(w
でも、ラード的には社会人になって以来、長く空白の期間があるから、それほど昔という実感がナイところが怖かったりもする。だって、高校入学は今から31年前だし、大学入学は27年前ですからね。ええっと。計算、間違えてナイよな(w 

年季を重ねるほどに、ややこしい登山ジャンルに手を(つーか足ですか)出していって、自己満足とともに前向きな登山キャリアを閉じたのは大学4年の夏でした。その後の職場の人たちとの山行などは、まあ余生みたいなもんです。

今のところ最後の山行になっているのは、5年前のいま時分に登った木曽「御岳」。中部支社の知人のクルマで夜行日帰り。雲ひとつないドピーカンで、一応は3000㍍物件。豪快な景観を満喫しました。ただし周りは両手ストック仕様のジジババ軍団ばっかりであって、山の世界は中高年化がハゲしいという事実を、これも満喫したものです(汁 当時はフィットネス・ジムで週に10コマのエアロビクスをこなすという自分でも信じがたいアスレチックな時期だったので、余裕で往復できたのだと思ってます。

サビついてるかも知れないけれど、今でも「山ヤ」マインドは忘れていないワタシ、美しい景色、すばらしい光景に出合うのが好みです。そう。山にのめりこむ直接のキッカケとなった高1の夏合宿、南アルプスは北岳「肩の小屋」の幕営地で出くわした、ある朝の光景を忘れることができません。それはこんなカンジだったんです。

自分の足元から続く雲海が、野呂川の深い渓谷を埋め尽くしている。
それは眩いばかりの早朝の逆光に輝いている。
おだやかな空気で、まるで徒歩で渓谷の先にある鳳凰三山まで
トコトコ逝けそうな、天上界のようなムード。

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これだ。
これにヤラレたんです。
今でもオフロード・バイクで逝く「田舎の山旅」を好むのは、あのときの感動を忘れられないからなのかも知れません。


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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0

謎の動力源について(G-SHOCK・後篇)

2006/10/17(火) 19:06:03

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ワタシが入部する前年のある合宿で、某先輩が参加者全員から「ドヒンシュク」を買う失態をやらかしたらしい。いや、笑えるんですがね。でも自分がソレをやったら、どんなメに遭うかと想像したら笑えないです(汁

その失態とは、外していたアナログ腕時計をシュラフの中で「天地さかさま」に見てしまったというもの。19時に就寝して、チーフ・リーダーにして起床当番だったその先輩は、シュラフの中で「寝過ごした。ああっ。もう4時だ」、あわてて「起床!」と叫んだと。条件反射的に皆は飛び起きてシュラフを丸めて、と。そうしてラジオを付けたとき、ようやく番組内容が違って気づいたとか何とか(w ほら。午前2時ごろなんてベタな深夜放送しか入らなかったからサ。「歌うヘッドライト」とか。アナログ時計で4時を逆さに見たら10時つまり22時、ですわな。ああ。考えるだに恐ろしい・・・・(・∀・;)

今ならごく当たりまえの「ダイバー・ウォッチ」みたいな文字盤と針に蛍光塗料が塗ってあるアナログ腕時計だったら、やはり起床当番の苦労は少なくてすんだと思われますね。ただし、やっぱり誰もダイバーウォッチなんか持ってなかったけど。

さて、画像の右端は「G2000」と云ったかな、ミレニアムのスタンダードを目指したモデルです。今では廃盤ですかね。名古屋の名物ディスカウント・ショップ「コメ兵」でミントのセコハンを購入しました。左端のは「G発売20周年」記念モデル。ちょうどサバゲを始めたときで、目立ちにくい色合いの時計が必要と自分をナットクさせました(w

さてモンダイなのは真ん中のヤツ、プラスチックの外装が割れてヨレヨレの「DW5600」なのです。コレが最初に買った「G-SHOCK」で、購入場所は神戸の三宮。1987年の秋ごろ、だったかな。

「HotDogPress」誌でウォール街のパワー・エリートがこぞって使用しているというコラムで初めて知りました。でもソレは輸出用のいわゆる「スティング・モデル」なる丸型だったんですけどね。まあ、このスティングが使っているという事実はワタシの購入後に広まったニュースですし、湾岸戦争で愛用する兵士たちのハナシとか映画「スピード」で話題だとか、この腕時計のタフな資質によってブレークする以前のコトなのです。そいつが自慢なんですが何か(w

そうしてこの1号機は、文字どおり使い倒しました。ちょうどラード的野宿林道旅の第1次ブームを共に乗りきった腕時計。3回の北海道、3回の四国、九州とか紀伊半島とか但馬など数え切れないダート・ツーリングで愛用しました。だからこのようにヨレヨレになっちまったワケ。そうだ。思い出した。コイツはELバックライトでなく、豆電球仕様なのだった。うすぼんやりと時刻が見えるってムードですね。

で、ようやく本題に入るワケです(w 不思議なのはコイツを購入してから19年間、一度も電池交換をしていないのに、なぜか作動し続けているコト。いやいや。誓ってホントのハナシです。動力源はボタン電池に違いないのに、それにしてもね(汁 一線を退かせてから早くも10数年、いまだに時を刻み続けているのは、ずいぶん時間が狂っているのはご愛嬌だけれど、ちょっとカンドー的だと思っています。

グッズ紹介TB:0CM:0

自動起床装置について(G-SHOCK・前篇)

2006/10/16(月) 23:54:10

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起床したいと思う時間にワタシは目覚めることができるのです。これ、特技と言わせていただきたいね。たとえば0時に就寝して5時ちょうどを想定、その時刻ピッタリに起床するコトなど、お茶の子なのです。

もちろん目覚まし時計はセットしてあるが、そいつが鳴り出す寸前にスイッチを止めるコトができます。目覚ましはバックアップツール扱いってワケ。睡眠時間がネット4時間以上あれば、まず失敗することはないな。正確な「ハラ時計」、かもしれない(w

この特技、じつは大学の山岳部時代に奥義を会得したのです。と云っても、いつの間にやら鍛錬させられて身についた、そんなムード。鍛錬というのは、つまり「起床係」という役目なのだ。合宿などでね。シュラフの中に「エレキ」(ワシラの部では懐中電灯をこう称していた)を入れてあり、「そろそろかな・・・」。腕時計をピカ!と照らして時刻確認。エレキがもう、眩しくてね。しかし「げげっ。まだ1時かよー(汁」、なんて自分の未熟さを嘆くという図式なのですねえ。こんな不毛な作業をこなすにつけ、ハラ時計はドンドン精錬されていったと、そういうコトです。

この時代に「G-SHOCK」があったらなあ。
バックライト機能付きの腕時計、当時はすでに「デジアナ時計」は商品化されていたけれど、高価かったハズ。はじめはドレス・ウォッチ風デザインが多かったしね。ただし、だ。ワタシも4年生になった1982年には、今に通じるデザイン(いや、通じないかナw)のプラスチック側のデジアナ腕時計を買っていたな。バイト代で。まあ、そういう「ちょっと遅かった」時代に生きたというワケです(w

そういえば、合宿時の山岳部パーティの行動なんて、どこか軍隊っぽかったな。「起床!」のひと声で飛び起きる。即シュラフをたたむ。即「大ホエーブス」に点火、朝メシの用意に取りかかる。この間、約3分(w とにかく目覚めてからデッパツするまでの所要時間は2時間以内だったと記憶します。

さて、ワタシのG-SHOCKラインナップをご紹介。電池切れで放置しているヤツが他に2、3ケありますね。初代「イルクジ」モデルとか。10年ほど昔、にわかブームとなったG-SHOCK、ありゃいったい何だったのかね。ワタシにしては珍しく、ソレに踊らされるコトなくホントに欲しいモノだけ買っていました。

左は防泥仕様。自宅から徒歩10分のG-SHOCKのアウトレット・ショップができたときに購入。6,000円というバーゲン・プライスだったからね。右は「プロトレック」だから違うシリーズだけど、まあイイや(w じつはバイクで出かけるとき、もっとも出番が多い。とくにコンパスが便利で、野宿地での「北枕」防止に重宝する(w すでに10年モノです。このシリーズ、現在は「電波&ソーラー」仕様に進化していてパーフェクトな冒険腕時計になっている。欲しいです(w

昔の合宿山行の起床時刻については、言いましたっけ?(w 夏は「にいよん」、冬は「さんごー」。こんなトコ。就寝はだいたい19時でした。え。いや。読んでのとおりで、夏は2時起きの4時出。そういうワケなのですよ。今では(ry しかし、ワンゲル系の連中が「いちさん」と言ってたのを聞いたことがある。当時でも信じられなかったなあ(汁

グッズ紹介TB:0CM:0

ちょっと歩いてきた

2006/10/15(日) 21:15:43

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自宅から早足ウォーキングをヒコヒコと約10分で、いつもの海へ。

9月アタマの林道ツーリングで再び痛めてしまった左ヒザのスジも、ようやく気にならなくなった。
よかった。しかしコイツのおかげで11月の10kmマラソンはあきらめたのだ。
ますますデブ症、否、出不精になっちまってる昨今のラードだが。
どちらの文字でもイケてますな、しかしこの場合。ははは。

なんたって先月の定期検診で「ソコだけは断固死守」というデッド・ラインをついに超えてしまったワタシだ。
いや体重のハナシですが(汁

夕間暮れのビーチには、ジョガーだのウォーカーだの健康ジャンキーズがいっぱいだ。
ココはカリフォルニアかっつーの(w でも、ちょっとシゲキを受けたね。
少しづつ走りだしてみようか。とりあえず身軽にサ。
身重だけど。

風景を撮るTB:0CM:6

富士川周辺のダートをめぐる旅(後篇)

2006/10/13(金) 01:45:32

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あとで調べたら、ココは海抜900mくらいだった。結構な高所だ。この時分は17:30くらいで真っ暗になるんだな。マキを集めているころまでは薄く汗もかいていたが、やはり寒くなってくる。綿のTシャツにフリースを2枚でちょうど良かった。当初は素足にビーサンで、冷えてきたらソックスを履いた。

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とにかくハラが減って仕方なかった。焚火を起こすよりも、まずメシだ。だって昼は下部の「ローソン」で喰った肉まん2ケだけだったからね。余裕が無い。まったく健康に悪い(w ってコトで発泡酒を飲みつつ100スキで焼きあげる手羽中。うまい。つぎは厚揚げをショウユでこんがりと焼いてみたり。どれも「ぎんなん」氏の持ちネタですが。

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ひとごこちついたら、焚火を手塩にかける。オキができあがったらコッチのもの。けっこうな寒さになっていたのが一挙に快適化。火は偉大だよな。樹林の向こうから今晩も満月が登場。まるで月光浴だ。焚火とあわせて灯り要らずなムード(w

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すだちを浮かべた「いいちこ」ソーダ割りで酔っぱらう。そう。こうでなくっちゃね。無人の野宿地、焚火と酒。ラード的ゴールデン・コンボだね。主食は「なま」氏のネタからいただいたスープ・パスタを作ってみる。もっとも麺はワタシのお気に入りの「サラスパ」で、味付けはこれまた好みの「JALビーフコンソメ」の粉末スープ。ちょっと薄いかなーなどと調整がてら、結局3袋すべてブチこんだ。うまかった。

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出発前に知ったのだが、じつはこの晩は「ジャコビニ流星群」の極大日というコトだ。ユーミンの歌みたいだな。ロマンチックじゃないか(w しかし満月のあまりの明るさで、しっかり見ていたとしても分からなかったかも知れない。

22:00ちょうど、まったく満ち足りたココチでテントに入る。ハラの具合もようやく安定したしね。気絶するように寝入ったらしい。夏用のペラペラシュラフとシュラフカバーだが、明けがたでもさほど気にならなかった。肉襦袢の装甲が厚いとも云うが(汁

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6:10、起床。2杯目のブラック・コーヒー。本日もドピーカンだ。おまけに大して寒くない。それにしても最高のツーリング日和が続くな。8:15、デッパツ。

本日走った林道=
箱平林道・県道113号「中道往還」

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「箱平林道」を下って、ふたたび富士川大橋でこの旅4度目となる渡河をする。

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「中道往還」という古の道を上る。甲府盆地やら八ヶ岳、鳳凰三山など南アの山々がバッチリ見渡せる。峠越えのあるダートは好きだ。物語感があるからね。

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たそがれたムードの山道は日蔭山の山腹を巻いて行く。この画像は明るく撮れているけどね。晩秋に独りで走ったりしたら寂しさにどうかなってしまいそうだ(汁

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中道往還も終了間際、またまた立ちゴケをやらかした。なんと3度目(汁 今回は荷物を降ろさないと上げられぬ。ホントにマヌケだぜとダークな気分に苛まれる。そういえば腕も背中も筋肉痛だ。腰も重いしね。もう、十分かな。そんな気持ちで最後の一本と向かった「大窪鶯宿林道」、これが工事通行止め。祝日ってのにダンプがガシガシ上っていく。

そうして本日も、ココロが折れてしまいました。やっぱりカラダを鍛えないと林道旅をする体力はもとよりモチベーションも維持できないというワケですね。好きなコトをして遊んでるってゆーのにサ(w むーん。ようやく左ヒザの靭帯の痛みが引いたから、ジョギングを再開しよう。ま、来週からネ。

一の宮御坂ICを11:30に通過、まだ渋滞以前の首都高を快調に越えて、自宅着は14:00。計630Km走行。

バイクの旅TB:0CM:18

富士川周辺のダートをめぐる旅(前篇)

2006/10/12(木) 20:05:04

3連休は今年3回目となる山梨ダート研究をソロで行ってきた。
ほぼボウズだったリア・タイヤとエンジンオイルも換え、準備は万端。でも初日の土曜は荒れ模様の予報につき様子見。結局「夜行1泊2日」という変則日程になった。なんかヤングっぽいスケジュールだと思うんだが如何(w

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出発前夜、土曜の満月です。今回は身延と富士山周辺をめぐる予定だったのだ。実際は、だだっ広い富士川をはさんで右往左往しつつ北上、そんなムード。そして白状しちゃうとワタシのモチベーションがイマイチだったんです。いくつかのトラブルを抱えてね。旅のあいだはこれ以上は望みようがない好天だったってのにネ(汁

本日走った林道=
剣抜大洞林道・佐野林道・佐野峠樋之上林道・西乗林道南線・栃広林道・石神峠林道・西沢林道・五開林道・立石林道

深夜2:30、自宅をデッパツ。やっぱり寝付けずに睡眠は2時間(w 東名を一路西走。さすがに標高のある御殿場付近は寒いな。富士ICを5時前に通過して、雲ひとつない夜明けを迎えた。

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1本目の「剣抜大洞林道」。ダート部分は15Kmくらいか。長いことは長いが大味だ。よって印象は薄い。
どころかハラが下り気味でシンドかったのだ(汁 食あたりだったと思う。ビロウなハナシで恐縮だが、この日は午前中だけで大キジ5回。でも腹痛なのではなく、急に便意を催すワケ。早朝の誰もいない林道ってのが救いだったネ(w 原因は前日の昼メシ、カルフール内「ふくちゃん」のラーメンチャーハン定食と断じる。喰い終わったとたんにワタシのナイーブでセンシティブな小腸が反応し始めたからね(汁 

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ただし稜線に出ると、このような絶景が展開するのだ。ちなみにルート上には「月夜の段」なんてロマンチックな名前の丘もある。朝もやに煙る駿河湾と、右端には伊豆半島の主峰、万次郎・万三郎岳らしき山も。

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続いて富士川の対岸に展開する思親山・天子湖エリアへ。じつは宝の山、林道の密集ゾーンなのです(w 全舗装の「佐野林道」で佐野峠に8:40着。楽しいピストンと評判の「佐野峠樋之上林道」へ。そこには絶景が待っていた。つねに富士山が視界にあるダート走行ってのもオツなものだ。富士山頂付近は強風なのだろう、雪煙が舞っている。

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往復4Km程度のピストンなのだが、なにしろ爽快だ。

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先を急いで引き続きダートの「西乗林道南線」を下る。ところが画像の場所でバイクを止め、撮影のために離れたスキに「どしゃーん」と左に立ちゴケ(汁 今回の旅は何かキモチが入りこめなかったのはナゼだろう。左ステップがフレームに食い込んでいる。全装備を降ろしてハンマーを出してと、約15分。大汗かいて萎えました(w

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気をとり直して引き続き雄大なダート・ループ延長30Kmの「本谷林道」を目指したのだが、ken氏のHPで「すべてはこのゲート次第」というゲートが、こういう態度さ(汁 何てこった。

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すぐ引き返すのも悔しいからヨコにあった往復5Kmの「栃広林道」をピストン。ドンツキでこの日5度目となる大キジを撃つ。愛用する「トイレに流せるウェットティッシュ」とて限度がある。もう体重移動でケツを動かすのも痛くて億劫。もうね。モチベーションがね(汁

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静謐という印象の天子湖をかすめる「石神峠林道」と「西沢林道」を快走。いや、生活林道なのでラクなダートです。

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次のねらいは富士山北麓のダートだが、その前に景勝地「白糸の滝」でも見学するかと国道にでたら、いきなりブタ混み(汁 突然ものすごい台数のクルマとバイクが道路に詰まっている。そこで再び立ちゴケをやらかす。渋滞でべったら漬けの狭い路側で、やっぱり集中できてなかったんだろう、ドアミラーを避けようとして左にグラリ。しかし、こらえきれずに約1尺の落差がある歩道に「どしゃーん」とでんぐり返った(汁 いやその。もう、穴があったら即ブチこみたくなるほど恥ずかしかった。自分でも信じられないクソパワーを発揮して(できるもんだな)荷物もろとも速攻でバイクを起こし、脱兎のごとく現場から逃走! 

逃げ込んだ先は風光明媚なキャンプ場で有名な「田貫湖」。11:30着。まだ午前かよ(w しかし先の一件で完全にココロが折れました。ふと見るとオートキャンプサイトは芋を洗うがごとき混雑っぷりだ。再び荷物を降ろして食い込んでいるステップを直す。はぁ。もうテント張ってサケを飲もう。そう思った。理想の野宿ポイント探索に期待が持てそうな鰍沢の「五開林道」エリアに向かうことにした。

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R139から本栖湖を経由してR300へ。またまた富士川を渡って下部のスーパーで食料などを調達、山中に分け入る。リエゾンで清水を補給して準備は万端。「五開林道」入口のゲートは閉められているが、カギは掛けられていない。それではと侵入したのだが。

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1kmほどで法面決壊に遭遇(汁 失意の引き返しとなった15:00。

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さすがにアセる。十谷温泉まで戻り、「ままよ」とばかり「立石林道」へと突入。長い簡易舗装路面から荒れ気味の急登ダートに。こりゃダメかな、もうあきらめてウチに帰っちゃおうかな、なーんて完全なる弱気に呑みこまれたころ、尾根上でこんなステキな場所に出くわした。

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林道工事の作業用スペースですね。時刻は15:45。待ったなし。重機は1台も置いてないフラットな地面、明日は祝日。土砂にはマキになる木材まで混じっているではないか(w うむ。天の配慮か。さっそく設営に取りかかった。

バイクの旅TB:0CM:4

検証してきた

2006/10/05(木) 16:56:23

なぜか喰いもののエントリーが連続しています。
べつに食欲の秋だからではナイです。たまたま、なだけだ(w

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さて、なま氏のブログ「Every Day?」に書きなぐった内容を検証してきた。

早いハナシが「吉野家牛丼祭」に逝ってきた。
そして「大盛・つゆだく・ギョク」530円也を喰ってきた。
本日は5日続いた「牛丼祭」の最終日。
コレを逃すと来月まで再び喰えなくなっちまうワケで、がんばりました。
といってもオフィスから徒歩5分の吉野家に11:30には入店したというだけですが(w 
でも、さすがに正午付近になると10名以上の行列があり、ガードマン1名が張りついているからねえ。
「早メシ早グソ早マス」は知恵。これでありマス(w

うーむ。しかし待てヨ。
いかにワタシが「ヨシギュー」にシンパシーを感じているかを書かねばハナシが伝わらないな(汁 
なま氏のブログに書き散らしたコメントを再掲載させていただこう。
無断ですが。なまさん、すまぬ。以下コピペ。

  ・・・
牛丼は吉野家謹製に限ります。つまるところ「タレ」の味の好みである。だからワタシはオーダー時に「つゆだく」指定だ。しかし吉野家もケチだったから、指定ナシのツユと同じ程度の量しか入れてくれなかったなあ。ま、天罰テキメンだったかと(w

タレの味の好み、これは「早いもの勝ち」理論に結びつく。吉野家がパイオニヤじゃないですか。なんたって「牛丼ひとすじ80年」とか言ってたのは30年前だもんな。他はフォロワーである。吉野家の「味」、これがマイル・ストーン。つまりコレと比較してどうか。そういう図式。

しかしそのパイオニヤが長らく喰えなかった。そうしてついに解禁された。そりゃ、飛びつくヤシが多いのもハゲしく納得できると思うがどうか(w たとえば想像しても見よ。あの日清「カップヌードル(最初のヤツ。しょうゆ味っての?)」が発禁になったら、どうだ。あるいはマクドのハンバーガー、あの安っぽい肉すべてが発禁されたら。

でもね、カレーライスなどとはハナシが違うから、諸君は誤解なきように。各家庭での「おふくろの味」が存在する喰いものは省きますんで念のため。牛丼、自宅で製作なんかしなかったろ、昔はサ。(以下ry
  ・・・

さて、数年ぶりに喰った元祖の牛丼の感想、なんですけどね。

ちょっと お 肉 が 少 な く ねーか・・・・(・∀・;)?
ちょっと お ツ ユ が 汁 っ ぽ く ねーか・・・・(・∀・;)?

そんなムードでしたねえ。でもまあ、イイのだ。
いつか昔の仕様でフツーに喰わせてくれたら、それでいい。
心情的に応援してるからサ。

きょうの出来事TB:0CM:2

買ってみた

2006/10/03(火) 00:10:19

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仲間うちで何度か話題に出てきた「クレイジーソルト」、ワタシも買ってみた。
だってウチの近所にある「モンベル」ショップにも置いてあるんだよ。
気になるじゃないか(w

とりあえずミニボトルを購入。しかしネット30gにして210円とは高価いわな。
さっそく100スキでベーコン・ブロックを焼いたんですけどネ、どうも自宅でコレを作っても
ムードが出なかった。冷静に味の評価ができぬ(汁

やっぱり今度、暗い野宿地で使ってみよう。

これだけは買わせろTB:0CM:2

銀シャリを喰おう

2006/10/02(月) 13:32:07

今週末は3連休ですなあ。
山梨ダート研究第3弾の旅に出かけようかと考えています。
今回のエリアは「身延」メインで「富士」「道志」も含める、かも知れないという大ザッパな予定。
しかしカンタンに身延と云ったって伊豆半島より西なのだから高速での移動はメンドーですわね。

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ところで先日、最寄りのデカいスポーツ・ショップ「XEBIO」にて、面白い商品を発見。
アイデア・グッズが秀逸なメーカー「UNIFLAME」のコレ。さっそく購入してみました。
まだ開封もしていないので、この商品紹介はヒトさまのブログから参照させていただきます。
かしこ。
http://plaza.rakuten.co.jp/temaemiso/diary/200512040001/
「なにしろ失敗がない」メシ炊きってのは素晴らしいなあ。炊飯時間も短縮できるしね。
「昔からあるアイデア・グッズ」とは知らなんだ。
いやはや。まだまだ精進が足りませぬ(汁

ワタシの野宿における晩メシの基本方針は「質より量」。さらに云えば「旨さより簡便さ」、コレ(w 
そりゃあ銀シャリを喰いたいワケだが、とにかくメンドーなんですネ(汁 
昔はテフロン・フライパンで「肉野菜入り焼きうどん」なんてのを作っていたワタシ、最近のソロ旅での主食は「サラスパ」にミートソースとかカレーのレトルトをブッカケたシロモノになっております。いい加減なメシですが、ワタシがグレイトなのは3日間でもコイツを笑って喰い続けられるコト(w 
ジャンク・フードなら何でもござれのラードですが何か。

そういう低劣な食事環境のワタシが「銀シャリ」を手軽に喰えるようになるってコトはすばらしい。
これからはメニューに工夫と幅を持たせるコトができそうです。
とりあえず350ccのペットボトルにでもコメを詰めるか。


これだけは買わせろTB:0CM:8

ファミリー・キャンプin房総

2006/10/01(日) 22:45:59

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先週末は親戚一家とキャンプをやってきた。
わが家は一昨年の夏以来となるオートキャンプです。場所はワタシの希望で、房総は久留里にある「ホウリーウッズ」に決定。数年前にできたばかりのなかなか好評なキャンプ場とのこと。近いしね。

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オートキャンプ場としては珍しくフリーサイトがメイン。先客は15張くらいでしたか。しかし、良いスペースを見つけてバックで駐車するとき死角にあった切り株にひっかけ、やっちまいました(汁 うむう。バンパー全とっかえになるのだろーか。さあ、ハウマッチ?!

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なにしろフリーサイトだから、のびのびと設営できます。お隣のサイトとは15㍍ほども離れている状態。空いてる時期ならばこそ。キャンプ料金は5,250円というゴーツクな設定だが、まあ許せるレベルですかね。でも「生ゴミ以外は持ち帰れ」ってコトは、この料金で地べたとトイレと(ワタシはほとんど使わなかったけど。大きな声では言えないがw)炊事場を借りるだけ、なんですけどね(w いずれにせよ「野宿」と同列で語るにはムリがある。ワタシから見れば「家族イベント」扱いというワケです。

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ハンモックを吊って遊ぶ。ムスメもちゃんと「お姉ちゃん」を演じているぞ(w 親戚のコは上が「小2」、下が「年中」さん。今年からキャンプを始めたとのコトだが、ちょうど良い年ごろかな。

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まずはチビたち用の晩メシ、カレーライス製作に奮闘するムスメ。そういえばわが家のキャンプ装備、この遊びを始めた10年前のまま進化してナイんです。ガスのツーバーナーなんか片方が目詰まりしているんで持ってこなかったし。

キャンプ・グッズにも大まかな時代の流れとかあるのかしらん。数年前のキャンプ場はワタシのキライなスクリーン・タープだらけ(わざわざ野外に来て閉塞的なモノに入るとはヨ)で信じられぬ思いだったが、今回はオーソドックスなタープがほとんどだったんです。

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メシは暖かいモノにした。房総の平地とはいえ、すでに初秋の気配だから豚汁とBBQ。この親戚が持ち込んだ囲炉裏みたいなテーブルとBBQグリル、これは欲しいアイテムです。

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こっちはわが家の焚火台。やっぱり火をいじらないと落ちつかぬ(w このときまで親戚一家はナゼか焚火をしたコトが無かったという。きっちりと楽しみを教えました。

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けっこう豪勢な朝メシです。木漏れ日がサワヤカ。しかしヨメ・ムスメ連合軍は今回限りの復活キャンプとゆー基本方針は動かさない模様(汁 

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朝メシにいろどりを添えるべくダッジオーブンを手塩にかける。昨晩は満腹になっちまったので出番がなかったワケです。

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といってもジャガイモとタマネギの蒸し焼きだけですけど(w でもコレが結構ウマいんですよね。喰いきれなかったけど。じつはダッジオーブンのレシピを自宅で研究したいなんて考えています。



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アウトドア体験記TB:0CM:7

16時間耐久サバゲに逝ってきた

2006/10/01(日) 01:22:46

いかんいかん。また間を空けちまってるよ。書かねば。仕上げねば。
2週間前のサバゲのハナシを(汁

そういうワケで、9月の3連休の土日は「Team2ch」のサバゲだったんです。それもかなり異色かつ濃ゆい内容。なんたって「16時間耐久ゲーム」ですからね。参加者募集時のキャッチ・コピーは、こうだ。

>全国随一のサバゲジャンキー向けフィールド「SPLASH」
>究極のシチュエーションゲーム「耐久戦」ここに勃発。
>フィールド面積WEST/EAST全面ぶち抜き。
>更に通常は貸し出されない閉鎖フィールドも解放されるらしいですよ。

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これは前夜に近所の「ドンキ」で購入したAMラジオ。いや運営サイドがミニラジオ局を開設して、ゲーム開催中はずっと放送を続けるという骨太な設定とのコトなので用意してきました。が。そーゆーワケで、また、やってしまいますた(w こういった場所で開設する「局」は当然「FM」ですわね(汁 ええい。役立たず! まあ、野宿で愛用できるラジヲが欲しかったのだよボクは、なんつって。1,160円だしサ。

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いつもの「T」氏と、右側がウワサの新兵「なま」氏。なま氏は40余歳にして初めてのサバゲ。そして初ゲーが夜戦を含む耐久戦と、通常の3倍くらいはハードルが高いぞ(w 

当日のスケジュールは、こう。土曜の11:00すぎに「SPLUSH」へ集合。予定より1時間遅れの15:00にゲーム開始。そのまま夜戦に突入して徹夜。翌日曜の7:00に終了する耐久サバゲ。テンコ盛りの企画内容については、リンクを見てください。書ききれぬ(w

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幹事団によるルールなどの説明中。もちろん中央の場違いなカッコのヒトが首謀者の好漢「戦車」氏なのだが、これはTV局のプロデューサーのコスプレってことらしい(w 明け方の冷え込みに、このセーターが大活躍とか何とか。16時間に及ぶイベント中、一回も銃を撃つことなくゲームを仕切りきったナイスガイとは褒めすぎか(w

全国でも屈指と云われる営業サバゲ・フィールド「SPLUSH」の野外会場、じつはワタシと「T」氏も初めてだったのだ。それが今回は2面ブチヌキってコトで、いや地形を覚えるまでがタイヘンでした(汁 なんたって赤・黄組の本陣の距離は約200㍍、奥行きも50㍍くらいはあったからねえ。広い広い。

参加人数は最大で(ワタシ含めて夜間に帰ったヒトが多かった)50名くらいだったか。けっこう中途での退場や参加が多かったから良くわからん。夜中からはワタシらが所属した赤チームは15名程度まで減っていたと思う。広すぎのフィールドで、この少人数。索敵がタイヘンでしたね。

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ゲーム開始前、赤組の本陣にて。ヒットされたらココに戻ってきて、死亡申告の上で生き返るというルール。こういうシチュエーション・ゲームってのは初めてなのだが、休憩も食事も本陣で行うのがキマリ。ココはいわゆる「セーフティ」ではナイんですね。ゴーグルは外せないのだ。当然ながら敵襲がある。実際に何回も襲われた(汁 15時にスタートしたゲームは、間もなく暗闇に支配される。明るいときより暗いほうが全然長いワケで、本陣を襲われると怖いし、だいたい近距離で撃たれるから痛い。

ワタシと「T」氏は3年ぶりくらいの夜戦だったワケだが、しかし雑木林での夜間ゲームは、これも初めてなのだ。当たり前だが足元がほとんど見えぬ(汁 危ないのだ。しかしライトつけると格好のターゲットになるからのう。悩ましい。ゴーグルの後ろ側には配給されたサイリウムをくくり付けるのだが、これは主に味方からの誤射予防。やっぱり昼間のゲームより難易度は高いと思われますね。

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待ちに待った仕出し弁当(1000円)をがっつく。メシの到着が19時という予定を大幅に過ぎて、何と22時。ワシら含めて「ゴハンマダー」と厭戦ムードだったのネ(w いや、うまかった。弁当屋はなぜか遠く伊豆から出張してきて連休渋滞にハマった模様なのだが、特筆すべきはコメ(それも50人前くらい!)をセーフティで炊き上げたっていうんだからな。

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おかげで暖かい銀シャリがハラに染みたね。夜食にものすごい分量のカレーライスも作り上げていたし、仕出し屋グッジョブ! ワタシらは「年寄りはアクセク戦わないw」なーんてマッタリしていたのだが、喰ったらスグに黄組本陣に敵襲かけた味方の小隊がいて、このときは狩り放題だったらしい。行きゃヨカッタ(汁

食後には陣地交代とか「大将戦」といったイベントも行われた。大将戦とは何やら「仮面ライダー」ナントカの変身ベルトを大将が装着して、レーザー銃でタイマンを張ったワケ。参加者すべてが重度の「ねらー」なのであって、ケッサクだったのはワタシら赤組の夜空に木霊する「おっぱいおっぱい!(AAry」の応援大合唱が炸裂したコト。ホントにもう、ココチ良いったらナイです(w

ワタシは日曜の昼から都内で行われる知人のケッコン式に出席しなければならず、深夜2時半に泣く泣く中座した。ほら、披露宴でフネ漕いだりしたらモンダイじゃないですか(汁 戦績は、むう、どうだったかなあ。あまり調子は良くなかったね。それでも最後の出撃で敵陣深く入り込み、漆黒の中での激しい撃ちあいにひとり勝ち残って、脳内に「満足汁」が充満(w それをキッカケに切り上げたワケです。

初サバゲの「なま」氏も満足してくれた模様。「ハマった」とも言ってくれた。でも、タイヘンだ。そう。今後の氏の銃器および装備関連散財過程には、要注目(w

正直に言えば、じつはゲームをしていた時間よりも本陣内でグダグダしていた方が長かった。ホラ、オッサンだからサ(汁 あるとき、仰向けに寝っころがっていたワタシらは樹林の上を「すいっ」と横切る流れ星を見たんだ。なんかイイねえ、そう思った。サバゲはシンドイけど、やっぱり面白いね。いや、タマにやるとネ(w


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