ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ラード的音楽の旅路 「最古の記憶」

2006/12/31(日) 23:28:59

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いよいよ今年も残すこと30分か。それにしても昔バナシにハゲしく偏っておるな。毎晩、サケを飲んでいるしね(w 飲んじゃうと筆が進まないんだよなあ(汁 エントリーを推敲つーか放置してる間に「いよいよ師走に」とか「まもなくクリスマスが」、なーんて後ずらしに変遷しつつも遅れに遅れ、ついに大晦日になっちまったと、そういうワケです。今さらですが、ガンバル(w さて今回は、音楽にまつわるワタシのもっとも古い記憶についてご紹介しましょう。

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ワタシが幼稚園児のとき、4歳か5歳か、もはや定かではないのですが、病気にかかって自宅近所のデカい総合病院に入院しました。脱腸、今でいうヘルニアでした。ごく初期症状だったらしいのですが、それが痛かったのかどうかすら覚えてない。なんかカンチョーのブッとい注射をされそうで泣きわめく記憶というのがありますが、それがこのときの現実のモノか、もはや定かではない。

かろうじて覚えているコトは、白い病室とか太い注射とか病院のあのニオイとか。まあ、その程度。その後は幸いにも、ひどい怪我も負わず重い病気と無縁で過ごしてこられたワケで、つまり自分の病院体験とは、40年以上も昔のそのときだけ。

そんな遠い記憶の中で、今でも唯一、ハッキリ覚えているシーンがあります。大部屋にいた患者のひとり、おそらく大学生だったと思うんですが、そのお兄さんが病室にガット・ギターを持ち込んでいたのネ。そんなコトができた良い時代。つーか有名なメロドラマ「愛と死をみつめて」に感化されてたのかも知れないけどね(w ともかく、そのお兄さんがベッドの上で弾いてくれた曲が「禁じられた遊び」だったのです。それが忘れられない。このデキゴトは、つまりワタシが音楽というものを意識した最初の機会になっているんです。いや。意識したのはまた別のときだったかも知れない。でも覚えているのは、このときの「シーン」が最古なんです。

「禁じられた遊び」。ご存知「ナルシソ・イエペス」の名曲ですが、調べてみたら原題は「愛のロマンス」と云うんですね。むは。やめれ。イメージが崩れる(汁
http://www1.harenet.ne.jp/~sato2000/music/guitar/romance.html

切ないけれど暗くはない、ステキな曲だと今でも思います。それにしても音楽用語を知らないから、上手く説明できなくてまどろっこしいのう。ええっと。曲の途中で転調するじゃないですか。ワタシ、こういった展開にシビレるのです。ああ。10年以上前、CXで近藤サトがナビゲーターで紹介していた「音楽の正体」あたりをキチンと見て勉強しておけばヨカッタ(汁 番組のネタ本も今では絶版らしいですしね。いやはや。
http://www12.plala.or.jp/afterix/Skptv/Ongaku.html
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前回のネタでも触れましたが、ナゼか知らねどワタシは「メジャー・マイナーな曲調」にハゲしく惹かれるのです。正しい用語を知らないから、便宜上そう云っているワケですが、ニュアンスはお分かりですね? 「哀愁感ありつつ明るめなムード」、コレが好み。なにか原体験や前世とかが関係しているのかしらん。「荘厳かつ楽しい」ってのも当てはまる。荘厳だけではダメなんですよ。重くなるんでネ。それにしてもいったいドコで刷り込まれたのだろうか。

「禁じられた遊び」は、幼少時の入院体験という強烈な状況で出あったワケですが、なにもその印象だけで、その後のワタシの音楽の趣味性が決められたとは考えにくいんです。ちなみにワタシが育った家庭は、音楽に親しむ環境では無かった。レコードやステレオ・セットは無かった。まあ、そういう時代に育った両親ですから仕方ない。

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そうそう。つい一週間ほど前まで、さんざん巷にあふれていた「クリスマス」関連の音楽、じつは無条件で好きなんです。いや、ウチは無宗教だから理由はとくに見当たりません。でも、、あの神聖な雰囲気にマッチした音楽は素直に好きだと云えますね。パイプ・オルガンの調べだろうがグレゴリオ聖歌だろうが、もちろん賛美歌もイイ。とくにクリスマス・キャロルの「もろびとこぞりて」と「神の御子は今宵しも」は何回聴いても感銘させられます。メジャー・マイナーな調べの典型だと思ってます。そうして、なにかココらあたりにワタシの「感性スイッチ」が隠されてると踏んでいるんですが。
http://www.sound.jp/uripon/#xmas

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同じような「雰囲気を好む」という理由から、たまにはクラシックも聴きます。これは「バロック」音楽が最もフィットするようです。その中でベスト(今のところ、ですね。開拓していくかもだ) は、J.S.バッハの「小フーガ ト短調」と、パッヘルベルの「カノン」です。これらも一度は耳にしている曲のハズ。「小フーガ」は、また直リンクできないので、ググってください。検索ワードは、「 Reinmusik バッハ 小フーガ 」。この作者は最高。「カノン」はパイヤール室内管弦楽団のモノが最高なんですが、ウケねらいのコイツで勝負だ(w
http://www.youtube.com/watch?v=y6j3Fu9DES8

ダラダラと書き綴ってきてしまいました。こんなコトをやっていると古い記憶のアレコレを思い出したりしちゃうもんですね。面白い。でも、やっぱり「どうしてソコに惹かれるのか」「なぜヨワイのか」については、相かわらず分からん。自分のコトだってのにね(汁 「ソコはダメ。弱いのボク」ってコトにして(ホラ、投げ出したぞw)、今年はシメましょうか。



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音楽・映画・本TB:0CM:7

夕間暮れの海辺

2006/12/23(土) 22:37:47

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いいお天気でしたね。いつものコースで散歩に。
つーか徒歩で缶チューハイを寒くなる前に買いに出かけたついでというワケですが(w






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風景を撮るTB:0CM:4

山について思ったこと(番外篇) イカポンの巻

2006/12/20(水) 01:03:54

季節を問わず、合宿時の昼メシはいわゆる行動食だった。休憩時にテキトーにつまむもので、ワタシらは「レーション」と呼んでいた。なぜかココだけ米軍式のネーミング(w ちなみに日本の登山・アウトドア界における固有名詞ってヤツ、各国語が入り乱れてグチャグチャなんだな。

基本はドイツ語と英、仏語。近年は米語も加わった。なぜかと述べればキリがないが、明治末期から大正時代にかけて日本に輸入された「アルピニズム」というスポーツ的(それまでの「登山者」なんて坊主かマタギだけだもんw)な概念はすべて欧州が発祥であり、本場アルプス圏ではドイツ語メインだからだ。つまりザイルとかハーケンとか。近年では「岩登り」もアメリカナイズされちまったから、それらの呼び名もロープにピトンと変わってきたけどね。

脱線した(w レーションについて続けよう。小分けのビニール袋に日別に各個パックしたモノで、各人が自分の分を携行する。パウンドケーキ半切れを主食に、棒チーズ1本あるいは魚肉ソーセージ。他はチョコ4粒あるいはキャラメル2粒とかアメ玉3ケとか、そんな程度の内容だ。これまたスーパーでどっさり買い出してきて、部室でセッセと仕分けしたものだ。2種類くらいで組み合わせたと思う。合宿時にはザックのパッキングはガッチガチに詰め込むワケ(初めは途方にくれるが、結局すべて入れられるもんダw)で、パウンドケーキなんか4分の1くらいに小型化されて固くなってたんだよな。

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夏合宿では「ベーコン」のデカいブロック(3Kgとか)を持っていく。ベーコンは日持ちするから肉の代用だ。数名で使い続けて10日間くらいで喰いきる、そんなムード。保存には気を使ったが。そう。だもんで、長い合宿時の後半になると野菜しか入ってないメシに成り果てるワケだ。それはもう切ない状況だった(汁

写真は2年生時の第1次夏合宿。北アルプスの立山「五色ヶ原」にて。幕営地に到着して先ずはテントを立てた場面か。このときは剣岳から黒部源流の遡行と槍ヶ岳・北鎌尾根経由で穂高まで縦走、さらに定着して北穂・滝谷の岩登りを行う約20日間のフルコースだった。もちろんその間ずっと、この「エスパース」天幕に5名で生活したワケだ。コイツは4~5名用と謳っているから、まあ理論上は可能と判断した、と思う。しかし暑苦しい(w よく窒息死しなかったものだ。

軽量化を優先しない短期間の山行では、レーションよりはマシな昼メシを用意した。とはいえ食パンと魚肉ソーセージとキュウリとかだ。まったく低レベルだな(w この場合も工夫がある。パンに塗るのはジャムではなく、マヨネーズ。これはノドが乾かないから便利で、水分が多いキュウリにも合うワケだ。

悪しき思い出、「流しそうめん事件」をご紹介しよう。長い合宿時には休養日を設けるのだが、そのときの昼メシは何かしら調理をした。ワタシが1年のとき、第1次夏合宿の北アルプス縦走(白馬から北穂まで。途中、黒部の谷「上の廊下」などを遡行)では、一週間ぶりに水が豊富な谷に下って休養したのだ。そのときのコトだが、そうめんが茹であがると黒部川の支流にドバッと放る(w 飢えた野郎ども(9名もいた)がブキを握りしめて殺到する。そんな楽しいアトラクションだ。何回か続けたころ、「うひょ~」とか喜ぶ声のほうをフト見たら、同期の「S」が沢でケツを洗ってるワケだ。ハダシでフリチンで。 し か も 上 流 で 。血の雨が降った(汁

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夏は「イカポン」というイベントが楽しみだった。粉末ジュースの素「フルフル」を(調べたら「カネボウフーズ」から現在も発売中じゃないか)雪渓などの雪にブッかけて、カキ氷として喰らうという荒っぽいイベントだ。しかしこんなのばっか(w 7月終わりごろの残雪なんてゴミだらけだ。ところが冷たい甘味が新鮮なものだからコレがもう、ウマイのなんの。ついついガッツク。ハラ壊す。ポンポンがイカレる。そーゆー語源らしい。まあ、今だったらフツーに山小屋でアイスでも買うのだろうが(w 当時はストイックに山小屋(夏だけだが)での買いものを禁じていたのだった。

写真は同じく五色ヶ原にて。「エバニュー」のポリタン2㍑がフライの下に見える。水筒という装備品、合宿用途ではコイツしか存在しなかった。この「塩ビ」臭がぷんぷんのヤツが。夏合宿時はひとり2ケ、計4㍑を常に満タンにして行動していた。稜線上をずっと数日にわたって縦走しているときは、水の確保がタイヘンで雪渓の切れ端からしたたり落ちるヤツを汲んだりしていた。もう、マズくてね(汁 今なら即、ゲリ腹になっちまいそうなクヲリティーでもあった。

「コジキ」という行為があった。夏の穂高連峰・涸沢という大キャンプ村で何回か目撃したコトがあるが、まったく文字どおりで、食料が切れたクセにまだ登山(とくに岩登りですな)を続けたいヒマがある連中(つまり学生)が、下山しようとするパーティを目ざとく発見して、余った食料を物乞いするのだ。オカズは無理でもコメとか調味料などはガッポリ手に入れられた、ようだ(w

幸か不幸かワタシは未経験で卒業できたが、ワタシの先輩たちは日常的にコジキを行っていたらしい。やっぱり恥ずかしいだろ(汁 キャンプ場を管理する「涸沢ヒュッテ」ではスピーカーでアナウンスしていたものだ。「最近コジキと称して」「モノを与えないで…」なんてのが、切れ切れに聞こえてくる。なんか笑えたね。

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この写真は3名で実施した合宿時のもの。北アルプス「北穂高岳」山頂付近の幕営地にて。背景は槍ヶ岳。約半月間の岩登りのみの第2次夏合宿だった。少人数ゆえに共同装備の分担量が増えるのと、金物が多いワケでザックが重くてね。入山時は40Kgを超えていた。とりあえずワタシが背負った最も重い荷物。でも、こういう高みにキャンプ地が存在するのです(w 最高だよ。眺望がね。どえらく遠いのが難点ではある。

合宿の「差し入れ」についても触れずばなるまい。夏・冬・春を問わず「北ア」で実施する合宿では新宿駅のホームが集合場所だ。当時は山ヤも多く、すごい混雑と活気があったものだ。そこにOBとか先輩が見送りに来てくれる。ニコニコしながら、デカいモノを持ってやって来る。こういった場合の差し入れのキモは「安い・重い・ガサばる」。コレだ(w 

あるときなど、デカい「スイカ」を持ってきた先輩がいた(汁 ワシラはボーゼンとした。当人をおだてまくって、ホーム上、皆で一所懸命に喰いきったのはグッジョブといえよう。冬合宿でダンボールいっぱいのミカンを差し入れられたという悲劇も昔はあったと聞く。いやその。うかうかしておられぬ(w

元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0

山について思ったこと(番外篇) ペミカンの巻

2006/12/19(火) 00:55:05

四半世紀も昔の大学山岳部における食べものにまつわる思い出話をアトランダムに書いてみよう。いろんな意味で、今ではとてもマネできない体験談だと思うのだ。面白くないっすかネ。ないか(w ならば、そこはワタシのアラレもない秘蔵写真をバシバシ貼るコトで許していただこう。許せるものならだ(汁

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所属した部は、まあこんなムード。セピアな時代は70年代の末年。西丹沢の「悪沢」を登ったとき。フレッシュマンのワタシなワケだが、さきほどオフィスで一回り年下のおねいさんに「さあボクは、どいつだと思う?」とコレを見せたが、「このヒトだけは違う」と断言された左端だ。なんて初々しい過去でしょう(w

当時の合宿山行では、アメニティ装備などは何ひとつ持って行かなかった。そんな余裕は体力的にも金銭的にも無かったからね。時代が違うから現在と比較しようが無いとも云えるが。ランタンですと。いや登山用のド太いローソクしか有りえぬ。もちろん1本だ。晩メシですと。冬とか春の長期合宿なら、銀シャリの他には、カレーと豚汁とクリームシチューのテレコ・メニューだ(w

さて、冬季の合宿における調理は事前に簡便化して臨む。つまり合宿に入る前に「ペミカン」という保存の効く具材(ニンジン・タマネギ・ジャガイモとブタコマ肉を軽くラードで炒めて凍らせたシロモノ)を製作していくのだ。部室で、ホエーブスを使ってね。それを小さいビニール袋に小分けパックするのだが、見てくれは、あの「しもつかれ」ですな。つまりゲロ状(w ともあれ投入する「ルー」の違いだけで、カレーやクリームシチューや豚汁というメニューに変身するから便利なのだ。でもまあ、これだけで半月間の晩メシを回していくから、飽きちまうワケで、あまり思い出したくはないブツです(汁 おっと。ボルシチなんてバリエーションもあった。いやケチャップでペミカンを煮込むだけだが。

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まあ、こんなレベルのメシですが、それでも食事どきになれば嬉しかったものだ。ホッとするひとときだね。長期の縦走であれ、ベースキャンプからアチコチへ出撃する登攀合宿であれ、山そのものを「楽しむ」なんていう余裕が当時はまるっきり抜け落ちていたのだ。時間なんざナンボでもあった時代だよなあ。もったいなかったと今なら痛切に感じる。

銀シャリおよびオカズの「おかわり」だが、なぜか早いもの順というストロングな法則だった。もともとワタシは猫舌なのだが良くガマンして競争に臨んだ。またコッヘルの中を漁っているヤツをインターセプトしても許容されるという暗黙の了解すらあった。だから「ブキ」(ハシとかフォーク、スプーンのコト。どんぴしゃのネーミングだろw)は大ぶりのフォークが戦闘には有利。ハシの場合は横からコソゲ取られて泣いたものだ。エッジの利いたワリバシですらフォークには負ける。しかしこのへんのスキルを体得するのに、さして時間はかからなかったな(w

ワタシらの部では3月に実施する春合宿が、その年度のメイン・イベントだった。そのための偵察および荷上げ山行なんてヤツを11月に行ったコトもある。もちろん春合宿での装備(食料って、かなり重いしガサばるワケです)を軽くするための荷上げなのだが、その場合、主食のコメはフリーズドライの「アルファ米」を使う。軽量で簡便。しかしコイツがまた、マズくて高価いのだな(汁 現在はどうなのか。ちっとはウマくなったのかしらん。

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春合宿などの長期の山行中には停滞日が発生する。天候が荒れて身動きが取れなくなるのだ。まあ、仕方ない。「沈殿する」とも云ったが、もちろん予備日を設定している。あるとき北アルプスの「槍ヶ岳」肩の小屋で3日間ほど沈殿するハメになった。お外は大荒れだが、冬季小屋内にテントを張っていたからラッキー。ところが標高は軽く3千㍍を超えており、まあ寒いったらナイ。当然のこと、食料統制に入っている。「食いのばし」と呼んでいた。

そんな状態はヒマだから、あるヤツは便所の掃除というか手入れを始めたり(w というのも全てが「氷の宮殿」状態であって、ツララとか逆ツララ(氷製のタケノコだわな)だらけで、まあ危ないワケですよ。便所はとくに。ケツに刺さりそうだ、とかサ。そんなとき、よくやった遊びがチョコレート・ドリンクだ。といっても何のコトはない、バイル(アルミ食器をこう呼んでいた)に昼メシの一粒チョコと雪を少し入れ、ローソクで辛抱づよく溶かしていくのだ。何十分か続ければ、けっこうウマいブツができたものだ。
 
季節を問わずラーメンもよく作った。朝メシの場合が多かった。ところが、あまり良い思い出では無いのだ。その理由はハッキリしている。山に持っていくラーメンの銘柄は「マルタイ」印のみだったからなのネ。今も見かけるけれど、麺が棒状のアレですよ。パッキングのしやすさと壊れにくさが利点のラーメン。しかし利点はそれだけ(汁 すこぶるつきでマズイのだ。当時の首都圏では「博多ラーメン」なるジャンルが普及してなかったワケで、しょーがないかもだが。いつだったか、お湯が足らずにヘドロ状態のマルタイを喰わされたコトがあった。今でもトラウマだ。

ところで、長い山行を終えて久しぶりに下界(松本市とか)に下りると、さっそくやらねばならぬコトがある。儀式みたいなもんだ。まずは昼メシを喰う。松本駅前のトンカツ屋(屋号は失念)で定食だ。とにかくヤングだったワケですし。アブラで揚げたカツなどが、もうしみじみウマイと感じ入ったものだ。おっと。いちばん先はビールで乾杯じゃないか。いかんいかん。忘れるトコだった(汁

その次が喫茶店に入ってコーヒー。これは「山小屋」という、山ヤ御用達の喫茶店と決めていた。ほら。ワシラってば、もう臭いわ汚いわでアレですから(w ちゃんと淹れたブレンドが、つくづくウマイと思ったものだ。そこでは「イチゴパフェ」を喰うコトも多かった。いや昔からイチゴの加工製品が好物だったからだが、合宿中は「甘み」というのがネスカフェに入れる砂糖しかなかったワケで、やはりカラダが欲していたに違いない。あるいは「マクドナルド」に逝ってマックシェイクを頼んだりね。トドメにスーパーで買う「白桃」のカンヅメ。中央本線の上り急行「アルプス号」なんかでフタを開けるころ飢餓感はようやく落ち着く、そんなスケジュールになっていたのだ。


元「山ヤ」の体験談TB:0CM:21

房総舗装林道オフ

2006/12/18(月) 16:39:13

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鴨川で穏やかな夕景を迎えた。



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バイクの旅TB:0CM:5

ラード的音楽の旅路 「初恋のひと」

2006/12/06(水) 23:45:03

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フランソワーズ・アルヌールさまです。
石ノ森章太郎(当時は「石森」)原作のテレビアニメ(当時は「テレビマンガ」)、「サイボーグ009」のヒロインで、コードネーム「003」の本名ってことになります。ワタシが8歳のときに放映していました。もちろんモノクロ(当時は「白黒」)。詳細は以下のサイトでどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%B0009
http://www.begets.co.jp/tvmanga/

ラード的には「異性」を初めて意識して、幼いながらも恋ごころなどというキモチを抱いたヒロインなんです。笑っちゃうけど。最近では「2次元キャラ初萌え」とかゆーのでしょうか(w まあ、こういった勇敢で母性あふれるヒロインに少年は弱いもんダと。えてしてね。また未だにパツキン女にヨワイというジジイのごとき嗜好原体験も、彼女で得たのかも知れないな(汁

そんなワケで数年前、とあるショップで見つけて矢もタテもたまらず買ってしまったのが画像のフィギュアなんです。おぼろげにワタシが持っていたイメージどおりの出来ばえ。思わず手を合わせて拝んだりして(w

そうしてこのアルヌールさまのお姿を見るたび、まるでテーマ音楽のようにワタシのアタマに鳴り響くのが、「白鳥の湖」なんです。さあ。ようやく本題に突入だ。もちろんチャイコフスキー作曲のバレエ音楽、哀切なメロディーのアレですよ。え。「わからん」と申すか。

それではコッソリお教えしましょう。MIDIで名曲を「うp」しているヒトが多いけれど、しかしリンクをペタリと貼ると怒られそうなムード。よって以下の4つのキーワードをコピペしてググってください。聴き比べてもっとも素晴らしかった作品がコチラです。 
趣味道楽 白鳥の湖 第2幕 情景
http://www.google.co.jp/

ね。イイでしょう。聴きながら読み進めていただきたいものだ。「サイボーグ009」のテレビの劇中、アルヌール嬢はバレエのプリマだったのだ。この曲で踊るシーンがあった。その直後だかに誘拐されて、あまつさえサイボーグに改造されちゃうという、じつに気の毒な彼女の身の上と美しい容姿、そしてこのエモーショナルなメロディーが「どんぴしゃり」だと、小学3年生だったワタシは深く感銘を受けたというワケなんです。今でもその「情景」を覚えているのだから。

そもそも「ようつべ」に該当する作品が無かったので、MIDIをご案内したんですが、「白鳥の湖」のバレエ、別のシーンもどうぞ。いやはや美しい。
http://www.youtube.com/watch?v=Sf2GMj-CNh8

そういや最近では、クラシック音楽フリークは「のだめカンタービレ」漬けになってますね。ヲタたちが揃って絶賛しています(w ワタシはあのTVドラマもコミックも、ちゃんと見ていないのだけれど、アラカルトに名曲をビシバシ流すのはイイことだと思います。とっかかりにくいイメージじゃないですか、クラシックって。しかし今週の回ではベトナム戦争の映画「プラトーン」のダーク・テイストなテーマ曲が聴こえてきて、一瞬ギョッとしたり(w

そうそう。思い出は音楽とともにある、みたいなコトがワタシには多いような気がします。あるデキゴトの状況と何かの曲がワンセットで刷り込み記憶されている、そんなムードですね。前述の「プラトーン」に使われたバーバー作の「弦楽のためのアダージョ」(いま調べたw)なんて、その映画の印象が強烈すぎてベトナムのジャングル以外ではイメージできないという曲になっちまってるのだ(汁

白鳥の湖の「情景」という曲のドコに惹かれるのか。こと音楽のみに限って云えばカンタンです。序盤のねっとりからみつくようなオーボエの切ない旋律、そして中ほどからグングン盛り上がっていくドラマチックな構成ですね。

また「暗いようでいて少し明るい」というメジャー・マイナーな曲調も、じつにワタシの好物なんです。昔からこのツボを抑えている曲とか歌手とかバンドに弱い。もう一貫して弱いのだ(w これについては次の音楽ネタでご紹介しようと思います。
音楽・映画・本TB:0CM:3
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