ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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山について思ったこと (人の巻・その2)

2007/08/31(金) 23:55:59

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ワタシの体験談でご紹介した「利根川本谷」と、グレードが最難の6級となる黒部「黒薙川柳又谷」の違いは、おそらく溯行に要する時間がより長いことだと思う。前項でご紹介したパーティは、谷の中のみで4日間を費やしている。利根川より丸1日ぶんの増量かな。また個人的な印象だが、谷がより深く険しそうなムード。なんたって、あの黒部川だ。天候悪化の場合の逃げ場も少なそうでもある。写真は、丹沢では最難グレードのひとつ、3級の「エビラ沢」。1980年の5月、ハタチのワタシはロンゲ仕様(w

さて、半世紀ちかく昔に成した「S」氏の超人的なエピソードとは、大雑把にしか記憶できていないが、こういうコトだ。パーティは、3名(おそらく)。リーダーが「K」氏で、「S」氏ともう1名が、夏の柳又谷を溯行した。数日間の苦闘を経て、ついに源頭へと辿りついた。もう危険な場所はない。3名とも疲労の極みだった。尾根をあと少し登れば小屋(白馬岳頂上?)がある。一本道だから迷うこともない。各人のペースで登って小屋で落ち会おうと、その時点で初めてパーティを分けた。

そうして「K」氏ともう1名が先に小屋に着き、「S」氏を待ったが、来ない。待てど暮らせど小屋の半鐘を鳴らせど、来ないのだ。大騒ぎになったことだろう。当然、分かれた場所には人を走らせているし、周辺を捜索もしただろう。それでも「S」氏の行方は杳として知れずだった。「沢の中で放置プレイにしたんだろーが」と、「K」氏たちは周囲からあらぬ疑いをかけられ、大タタキにあったという。そりゃ、そうなりますわな(汁

それから1週間後、ヨレヨレで歩いてる変なオッサンが捕獲された。釣り人に介抱されたのだろうか。場所は、この黒薙川柳又谷の出合、つまり沢のスタート地点。これが、何と「S」氏だった。「S」氏発見の報を受けて、家族や周辺の人たち、会社の関係者(社内山岳部の合宿という位置づけだったハズだ)も、えらく安堵したに違いない。もちろん「K」氏たち当事者は尚さらだろう。だがしかし、不思議なコトに、その「S」氏は問題の1週間のデキゴトを何ひとつ、覚えていないという。3名でチカラを合わせてザイルを使ったりして乗り越えた柳又谷を、1週間かけて、ソロで下降したというコトになる。事実は、それしか有りえない。

そんなハナシだ。今でも、この凄絶なエピソードを語ってくれた「K」氏の表情が思い浮かぶなあ。実際のところ、いったい何で「S」氏は分かれた場所で下り始めたのか。ま、本人が一番フシギだと思っただろうが(w 先に進むよりも、通って来たルートを選んだワケだ。それが、とんでもない「道」だとしてもね。また下降中の記憶が一切ナイというのも、スゴイっすね。「意識」のスイッチを、ずーっとオフにしていたんだ。食料は残っていたんですか?どうだっけなあ。でも「火事場の馬鹿力」がこれほど当てはまるケースって無いよな、そんなコトをポツポツと話しあったっけ。

昭和最後のあの夏、「K」氏は2名の古い山仲間と、このときの雪辱戦を果たすために、四半世紀ぶりにこの谷を再訪したのだった。完登したら厳しい登山からアシを洗う、とも。そうして、氏の姿が再び発見されたときは、素っ裸で、沢に半身を埋めた状態で、しかしながら「こうべ」と両手足はきちんと付いた状態で、捜索隊に「腐臭」で自身の存在を主張したのだと聞く。

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この写真は、同じく1980年の8月、夏合宿のハイライトである槍ヶ岳の北鎌尾根に取り付くべく、北鎌沢を渡渉するワタシ。先行した先輩がザイルを渡したから、それを脇にはさんで流木を杖がわりにして慎重に進んでいる。雪解け水は冷たいんだよナ(汁

さて、「S」氏のエピソードを聞いたとき、連想したハナシがある。現役時代に山岳部のある先輩に聞いたものだから、こちらの方が古い。その先輩が何かの折に観た「アイガー北壁(だったかな)登攀」の記録映画、みたいなヤツの印象なのだが、聞かされたワタシですら未だに覚えているほど。それはこんな内容だ。

悪天に阻まれて、氷壁を退却しているパーティがいる。ザイルを使った十数回もの懸垂下降の最中だ。パーティは全員が極度の疲労にある。「生還するぞ」という精神力のみを振り絞って、動いているのだ。あとワンピッチ、ザイルで下れば、その模様をフィルムで撮影している救助隊がいる安全な場所(北壁に穿たれた登山電車の軌道の窓、だと思う)に降りられる。ところが何てこった、最後のクライマーのザイルがからまって、どうにもそれが解けない。モーローとした状態で必死に頑張る。しかし解けない。そして、「どうやっても解けないのだ」という事態をそのクライマーが理解したとたん、いきなりカラダがガクッと二つ折りになった。そのありさまがクッキリ映っているんだぜ。うわっと叫んだぜ。つまりそのときココロが折れて、その場で絶命したということなのだ。

人間の潜在能力とか無意識下での行動とか、人間ドラマがヒト知れず、さまざまな場所で起こっているんだな。

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元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0

山について思ったこと (人の巻・その1)

2007/08/30(木) 23:47:09

「天」「地」と続けて「人」で軽やかにシメようと考えていた登山シリーズの最終篇をお届けしよう。
「となりの超人」、今回はそんなハナシです。

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昔の登山人口は、信じられないほど多かったようだ。現在47歳であるワタシが社会人になったころに、今のワタシの年齢だった世代は、結構な割合で登山をレジャーとして行っていたようだ。要するに1960年あたりのハナシです。ワンデイ・ハイキングとか数日間の合宿山行とかで、驚くほどの参加者が集う記念写真を見たものだ。そういえば、昔は合コンならぬ「合ハイ」なんつー行事が盛んだったくらいだもんナ(w

さて、ワタシが生まれたころに、山で凄まじい体験をしたオッサンが、ワタシが最初に配属された部署にいたワケです。「S」さんと呼ぼうか。おとなしいヒトだったから、このヒトの若かりしころを想像すらできず、後にある「エピソード」を聞かされて、まあビックリしたものだ。身近に超人がいた、とね(w

そのエピソードをワタシに語ってくれたヒトが、以前、このブログで記事にした、社内山岳部の大先輩(でも変人w)だった故「K」氏なのです。「K」氏は、その「S」さんのエピソード時の山行でもリーダーだったし、さらには、その一件に対する人生を賭けたリベンジとして、言わなきゃイイのに「ヤバい山はコイツで最後」なんて宣言しつつ25年ぶりくらいに同じ谷へ挑戦して、そして死んでいったワケだ。ダークな因縁すら覚える、昭和最後の夏の出来事だった。

故「K」氏の遭難については、この記事の後半以降、とか。
http://uemat.blog33.fc2.com/blog-entry-55.html
コレとかで紹介しましたね。
http://uemat.blog33.fc2.com/blog-entry-106.html

「S」さんのエピソードの舞台、北アルプス・黒部川支流の険谷「黒薙川柳又谷」(くろなぎがわ・やなぎまただん)でのパーティ分断・単独生還事件の顛末については「K」氏から、どこかの山のテント内で聞いた。このときは、だいぶクチが重かったという記憶がある。「K」氏を質問攻めにして聞き出したような。ちなみに現場の柳又谷とは、こういう場所だ。
http://www1.gifu-u.ac.jp/~ishigiwa/kiroku50.html
(この遡行記、以前にもを貼らしていただいたが、ベストな山行レポと感じ入るので、今回も引用させていただきます)

ここで皆さんに解説しておかねばならないのは、「沢登り」というジャンルのコト。そういう日本ならではと云えるバリエーション登山があるんです。フツーの山登りなら尾根とか稜線といった凸な地形を歩くのだが、沢登りは凹んだ谷を、わざわざ溯行(そこう)する。もちろん登って楽しい、面白い沢がルート化され、紹介されている。技術レベルと気候などに合わせて、目標に向かうワケ。装備もスキル上でもロック・クライミングのものを応用していて、基本的にはパーティを組んで溯行する。滝を直登したり、ゴルジュと呼ばれる狭い岩の廊下状を突破したり、いろんな課題が次々と登場するから、じつにスリリングで面白い。荒々しい急流さえも最後にはつつましく可愛い源頭を踏むという征服感もある。心得があるヒトには、イワナとかヤマメを釣る楽しみも捨てがたいだろう。とくに今ごろのクソ暑い季節には実に爽快な、登る「行程」を楽しむ遊びなのだ。

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この古い写真は1980年9月末、西丹沢「水棚沢」にて。2段の滝をノーザイルで直登するワタシ。しかしプリントの裏のメモが無けりゃ、もうドコやら分からんね(汁 最初の写真は1980年8月初旬、第1次夏合宿の中盤、楽しいレクリエーションとして溯行した、北アルプス黒部川源流の「赤木沢」。写真のイメージどおりの爽やかな1本。カラ身だね。沢登りはノドが乾く心配がナイところが利点なのだ。

さて、沢登りの各ルートにはグレード(難易度)が付けられている。簡単なものが「1級」。以下、ルートが長くなったり険しくなったり泳いだり、アプローチが遠かったり谷の中で逃げ場が無かったり、ブヨブヨの草付きの壁を登るハメになったり沢が終わってもエンエンと藪こぎがあったりするたびに、グレードはハネ上がっていく。ちなみに最難グレードは「6級」になる。

かつてワタシは、5級の「利根川本谷」を遡行したことがある。1980年の晩夏、大学2年時の第2次夏合宿。最初の写真の半月後のことだ。利根川は言うまでもなく首都圏の「水ガメ」だが、文字どおりその「源」を訪ねるという山旅だったのだ。この時期を選ぶには理由がある。もっとも水流が少なめになること、谷を覆う雪渓(あるんだよ。豪雪エリアだから)が減っていること、そして台風のリスクが少ないことだ。初体験である高難度の利根川本谷には、ビビった。技術的な難しさを恐れたワケではない。陰湿で、圧迫感・閉所感が充満する谷の「佇まい」にアゼンとさせられたのだ。このときは支流の「水長沢」溯行を含めて1週間の合宿だったかな。パーティは4名だったか。カメラを持って行かなかったのが、今となっては悔やまれるなあ。

あるとき、中流域のV字谷の曲がり角で、その先から不穏なナニモノかが漂ってくるのだ。恐る恐る進むと何てこった、デカイが痩せてクレバスだらけの醜い雪渓が、クチを開けて待ちかまえていた。霊気のようなケムリを吐きだしている。まるで巨大な亀がうずくまっているようだ。このときは、奥行き50㍍ほどの雪渓内部をエレキ(ヘッドランプのコトね)で照らしつつ大慌てで突破した。そういうときに限って崩れる法則があるからね(汁 ガッチガチの残雪が崩落したら「トン」単位だから、必死よ。その雪渓の出口では、天地5㍍くらいの滝に出くわして、暗い中で直登したり。まあ、長く深い沢とは、こういった非日常の面白みがあるワケ。そして、ようやく辿りついた利根川本谷の源頭は、美しいお花畑の中にある小さな雪田なのだった。「これが坂東太郎の最初の一滴か」。けっこう感慨ぶかいものがあったね。

すばらしい溯行記を見つけたので、ご紹介しましょう。
真ん中あたりに利根川本谷の写真が、12枚。ワタシの体験より水量が多いが、いやはや明るく楽しい記録だ。泳いでいますし(w 雪渓は「オイックイ」と呼ぶのか、そういえば。けっこうスゴい滝を直登してますね。しかし遠い記憶だなあ(汁
http://www.wink.ac/~ogaoga/niigata2s.html

元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0

「道」を考えた

2007/08/27(月) 23:44:17

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ワタシの通勤経路で、芝生広場の近道ルートだ。前に実験したコトがある。右の正規ルートよりも10㍍を短縮できるのだ。見てのとおりと言えよう(w この公園の先に最寄り駅がある。手前はワタシが「ガーネットの木」と勝手に呼んでいる樹木で、いやその。例の奥華子さんのPVに登場するからだが、まあその(w 真ん中で光るモノを持ったヒトが写っているが、おそらくレフ板だろう。スチールの撮影などは、何かしら年中やっている場所でもある。

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反対側から近道ルートを見る。ごらんの踏み跡のハナシをしよう。わが家が、街ができて2年目である11年前の春に引っ越してきたときのこと。そのころは背景の屏風のような建物もタワーマンションも、いっさい無かった。でも、この踏み跡はキッチリと1本、スジ目ができていたのだ。工事関係と販売関係と、そして第1期6棟の住人たちによる日々の生活の足跡だったと云えようか。

すでに消えているが、平行した2本の間に最初の1本があったワケだ。その後、出勤のリーマンの通行量が増えるにつれ、対面通行とかバリエーションもできていつしか複線化したことになる。画面から判断できるかもしれないが、いずれ外側の双方にも、踏み固められた「道」が現れるハズだ。複々線化されてゆく。そういうコトになる(w

違う切りクチで「道」について考えてみる。バイクで、しかも250ccのオフ車で、苦行としか云えない高速道路走行をしているとサ、ヒマだからアレコレと夢想しちゃうワタシだ。大きな声では言えないコトから小さな声では聞こえぬコトまでイロイロなワケですが(w そんなとき、いま自分が走っている道が、いつ、どのようにして出来あがったのか、興味を持つことがある。

たとえばサ、山梨での林道野宿旅を終えて「中央自動車道」を一路東に向かうとき、だ。甲府盆地の外縁をグイグイと上って行くよね。高速は規格が度はずれて大掛かりだから、比較する対象ではナイかも知れないが、最初、この場所に高速道路を通すと考えたヤツは誰だ、なーんて思うのだ。けっこうストロングな条件でしょう。笹子と小仏の2大トンネルとか急勾配とかコーナー連続とか。他にルートは…、考えられなかったんだろうね(w

どれくらいの大昔なのか想像すら難しいが、甲府盆地と相模湖を経由して、武蔵から江戸へ抜ける道なんて、どうやって出来て、そうして発展していったのだろう。夢想が膨らむのだ(w え。膨らまないか?

15年前のGW、新婚間もないころに、ヨメと「ゼファー400」をタンデムして南九州をツーリングして回ったコトがある。そのころは神戸に住んでいて、フェリーで鹿児島の志布志港へ。キャンプ旅じゃナイよ。あるとき、鹿児島湾の少し北、霧島山地を貫く「えびの高原」のスーパー・ワインディングで休憩していた。ふと気づいた。面前に国道表示のオニギリ・マークがあり、そこにデカデカと「3」、とある。ビックリした。国道3号線が、こんなトコロにとね(調べたら、ビミョーに記憶ちがいがあった。まあ、そのバイク旅での印象と心得ていただきたいw)。意表を突かれたワタシだが、すぐ思い至ったのは「さすがは薩長閥じゃの」、コレだ。

ちなみに、ワタシの住む神戸のマンションの近くには「R2」があった。要するに「夜霧の第2国道」。それは京都から下関までだ。日本で3番目という位置づけの国道が、東京から遥か遠い、九州の北から南端まで縦貫しているワケだ。恐るべし、明治維新。そういうハナシ。

そういえば、首都圏からヨソに移り住んだ経験が無いライダーも多いコトだろう。ワタシは川崎の出身で、大阪と名古屋へ転勤した自称「東海道メトロポリタン(あったんだヨ。昔こんな呼び名がw)完全制覇者」である。地方へ行けば、まあ、活動エリアも広がるからね。「R1」は東海道だと知らぬモノなどいないだろう。R4とか6も、何とか常識的に知っているだろう。でも、ちょっと「R5」は分かりにくくナイ? R7、8、9ともなると言われたら理解できるけどスグに区別はつきにくいと思うのだ。一般的な首都圏在住者、ならね。ご参考までに「wiki」をどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%88%AC%E5%9B%BD%E9%81%93%E4%B8%80%E8%A6%A7

当然ながら国道も、数が大きいほど後から設定されたものになる。いきおい、山間部をムリクリ通すハード・ルートになるケースも多いもの。通称「3ケタ国道」と括られるグダグダな簡易舗装されただけの林道みたいなクネクネ道、「これでホントに国道なのかヨ(汁」なんつー状況も、林道旅人ならば結構出くわしているよナ? 今は昔、平成初頭のコトだが、四国を何回か林道野宿で旅をした。あるとき、ちょうど四国の真ん中あたりをダイナミックに横断する極悪で有名な3ケタ国道、通称が「与作」というR439を走った。いやもう、じつにグダグダ(汁 深い谷沿い(もちろん平家落人伝説つき)の断崖続きで、ブラインドだらけのカーブミラーの嵐。いきなりダンプがドーンと迫ってくるし。こりゃ何の「修験道」かと(w

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林道といえば、こんなハナシもある。関東のオフロード・ライダーなら誰でも知っている、南会津の「田代山林道」。おととしの秋、日帰りで走ってビックリした。なんでこんな良いルートが舗装もされずに残っているのだ?とね。この場合の「良い」とはその周辺の地形の弱点を巧みに突いて開通させた好ルートだということ。勾配がキツくもない峠越えが1ヶ所で、九十九折れ部分もごく少ない。そんなヤツが、フルダート20Km(w しかし秋の一時期しかゲートを開けない。一般人を通さない。それはどーゆー「ツンデレ」なのかと。しかし道路にツンデレされるとは(汁

数年前までは、この林道もゲート脇を突破できたとか、そもそもゲートを破って入山して谷落ちしたらしいクルマのバカ者が発端だとか、いろいろ聞きますけどね。基本的には、お役所シゴトで杜撰な林道行政の弊害から、ただ放置プレイ同然で見捨てられてるってワケなんだろうね。

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ワタシがこういった「道」について興味を覚えるのは、登山をやっていたからだろうか。ちなみに北アルプスでも夏の縦走レベルなら、先人の踏み跡がバッチリできている。分岐には立派な標識が必ずあり、迷うコトなどできない。さらには夏の富士登山なんか、ジグザグに切られたガレ場の1本道である登山道を、他人の足を面前に見ながら黙々と登るだけだもんね。

山の銃走路では、とくに岩場など、ちょっと難しい部分とか進行方向が判別しにくい場所には、赤ペンキで進行方向をマーキングしてあるのが普通だ。あるいは、ロック・クライミングの本チャンの登攀ルートですら、ワタシが攀じたルートなんか何千登か何万登か知らんけれど、残置ハーケンとか手アカによって、ホールドだのスタンスだのが理解できてしまう。つまりそんな度外れた場所ですら、踏み跡と同じレベルと言ってよい「道」があるワケだ。

おそらく道なき道を進む、という最も冒険的な行動をするのが、冬山の登山なんではないだろうか。積雪で道が無いどころか、同じ場所でも行くたびに状況や条件が変わってくるのが、冬山だ。だから冬の高山にチャレンジするのは、面白みと満足度が大きいと云える。しかし道が見えないどころか、自分で雪をラッセルして道を造営したり、稜線の一本道だと思いきや、じつはソコが雪庇で、それを理解できたときが抜いたときでアッサリ墜死とか(汁 いや、うかうかできない。

でもハタ!と気づいた。フツーのヒトたちには、雪原とか一枚岩とかブッシュにしか見えないよーな場所を、ココをこうやって、こう使って越えるとか登るという作業。ハテ・・・・(・∀・;) あっ。ワタシがゼッタイにイヤと申し上げている「ある遊び」にどこか似ているかも、なんて今ごろ気づいたり(w

アウトドア体験記TB:0CM:2

過ぎゆく夏の絵日記

2007/08/26(日) 23:41:11

某月某日

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とうとう家族旅行をしなかったメモリアルな夏、ですワ(汁 ワタシが亀山湖で雷神さんたちとビールを飲みまくっていたころ、ヨメとムスメは日光かどっかの旅館でマッタリ、だったようです。

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今年も自宅からキックボードで5分の浜辺には、足しげく通ったものです。白ブタから赤ブタへ。今では立派な黒ブタ化(w

某月某日

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わが街の夏祭りに家族で繰り出しました。お天気に恵まれて16時にスタート。

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今回は飲食の露店がとても多いぞ。コロナ・ビールを500円とか、シャンパンを売ってる飲みものブースなんていう、コジャレたヤツもありました。

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なんかイキヲイで、駅前の「牛角」へ食い散らかしに行きました。その帰り道、ちょうど佳境の「ベイタウン・ジャズ・ストリート」を鑑賞。なんかニューヨークみたいな街になった(w いや逝ったコトなどナイですけどね。いいナ、この環境は。 
http://www.e-enesta.com/ore/flash14/fno278.htm

某月某日

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きょうもきょうとて、カラダに焼き目を入れに出かける(w ずーっと読みふけっている、と言えば聞こえはイイが、じつは四苦八苦しまくりの三島由紀夫「春の雪」を読み継ぐ。

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ハッキリ申し上げるけれど、アレを読むのにこれほど似つかわしくない環境は、ない(汁 大正初期の貴族のセーネンがホレタはれた傷つけられたとかナントカ。ああっ。五月蠅い。ええ。未だ読み終えておりません(w

某月某日

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毎年恒例の神奈川県は相模に鎮座いたします「寒川神社」へ八方厄除けのお祓いに、快晴のもと、嫌がるヨメと出かけます。

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今回はヨメの「たりーんだよ」系グチ対策に必殺の「アメ」を用意した。それがココ、「御殿場プレミアム・アウトレット」。わが家から徒歩15分の場所に同系列のアウトレット・モールがあるという、目が肥えたワタシが見てもレアで充実のショップ・ラインナップ。軽井沢を超えてます。ただし、近所にはナニも他の見どころが無いことがネック、かも。それと、立地がスゴイんです。東西のモールを結ぶ通路が約200㍍の橋なのだが、コレがワタシですら下を見たらビビるくらいの深い谷を渡しているワケ。どういう土地買収のハナシで進展していったのでしょう(w

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11時前に御殿場に着いたのは遅すぎらしい。どえらく手前の駐車場からシャトルバスに乗る。いやもう、たいへんな人出ですなあ。「ハラ減った。席なくなる!」とインテリア系の店を前にして目の色が変わってるヨメを急かして、フードコートへ。一皿せんえん盛り放題のデリで、取りまくる。この状態からさらに2センチは上に盛り付けました。勝ったナ(w

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バックパッキングに使うトレッキング・ブーツで良いモノが見当たらなかったので、こんなモノを買ってみました。「コールマン」のアウトレットにて「T型グリップ」のステッキ。4,370円。体重をかけても縮まなかったのでね。とりあえず最初は、コイツで慣れていこうかと。とくに山の下り道でのヒザの負担減をねらうものですが、使えなければ、2本ストックの本格仕様に変える予定。安いから悔しくないもんね。
Tシャツは「バナナ・リパブリック」の懐かしの一品(w バブルのころ、この柄はワイキキ土産の定番だったよナ。70%引きで1,800円弱。帰宅して着てみたら「L」サイズのクセして妙に小さい。まるで、ピタT(汁

某月某日

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そうこうするうちに夏も終わるんだな。ビーチにはヤングたちの遊びの残骸が散らばっている。花火のゴミだね。ところで、こんな冷や汗タラリンのアホなヤングの体験談、ユーは信じるかい?(w
http://urasoku.blog106.fc2.com/blog-entry-83.html

ワタシは、ネットを巡回しながら終わっちゃった8月という空しさが、少しありますね。ああ。来年は、来年も生きていられれば「飯豊連峰」バックパッキングの旅が、待っているんでした。せいぜい頑張ろう。

きょうの出来事TB:0CM:2

ワタシは、そう。モンチッチ。

2007/08/25(土) 23:29:55

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読者諸兄がご存知だったかは、知らんけどサ(w 
モンベル「アルパイン・パック」60㍑です。1.86Kg、17,000円。ええ。おそらくですね、27年ぶりに、登山用の大型ザックを購入しました。は。グレゴリーだのオスプレーだのグラナイトギアだのと迷わなかったかと申されますか。迷わん。そんなの。大きな声では言えないが、ワタシはモンベルのことを日本のパタゴニアだと思っているからね、昔から。

今シーズンからマイナー・チェンジされて棚に並んでいたこのザック、じつは、ウエイトを入れて試し担ぎしたワケでもなく、まだ細かい調整もしていません。でも、背負ったらきっと新鮮なオドロキがあるに違いない。楽しみです。
なぜなら、今まで長く使ってきた「ICI石井」製の70㍑程度の大型アタックザック(「パイネ」というブランドネームが付されるさらに前の製品だ)なんて、なんのヘンテツもない「タテ長の袋」というシロモノだったからです。ちょうどコーデュラナイロンという堅牢な布地が一般的になったころで、このザックもその生地を使っている。
しかし背があたる部分に薄いウレタン素材が内臓されているだけで、ウエストベルトはホルダーのみが両下端に縫い付けられているが、ベルトそのものはオプション設定だった。そのころの国産アタックザックに求められているウエストベルトの効能ってのは、つまり振れ止め機能のみだったワケです。
いきなりですナ、そんな時代の古(いにしえ)の製品から現代にワープしてきたこのワシに、アークテリクスのザックが8まんえん? なんじゃその度はずれたお値段は。モンベル、最高ッス(汁

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じつはワタシが狙っていたザックは、同じモンベルの廃盤になったアウトレット製品「LW・エクスペディション・パック65㍑」だったんです。色味がシブくて好みだった。多少は軽いし、値引いた価格は14,000円だしね。でもまあ、絶版になるには理由があるんだろう。生地が弱そうなだけではなく、店員さん(林道ライダーにはつとに知られるサイト「林道浪漫」のken氏ではないかw)は、ウエストベルトが華奢なのと背中が当たる部分のカタチと素材もイマイチなのである、そう言い切った。 

だからごく自然に現行製品に誘導されたワタシなんですが、やっぱり最新型ってのは満足感があるな、ささいなコトだけど。これからバックパッキングを行っていく予定のワタシですが、ああ。クロノスドーム・テントと同様に、ラード的「人生最後のアウトドアグッズ」が、またひとつ増えちまったということですかね(w

さて、お次はブーツと雨具、そしてシュラフか。いばらの道が続くなあ。




【追記:2010年6月】
このザックについて、インプレを書きあげました。
いつもながら、製品そのもののハナシだけではなくラード的「おもひで」ネタで充満させているんで、あるいは読みにくいかと存じますが、まあその。ソコんとこヨロシクです(w


これだけは買わせろTB:0CM:4

ラード的音楽の旅路 「ソウルフル!」

2007/08/22(水) 19:49:37

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1969年夏の米国「ウッドストック・フェスティバル」について、すこし触れてみようか。
ワタシはナゼか、この大昔の野外イベントが好きなんです。とはいえ音楽フェスが今でも好きというワケでは全く無く、コンサートに足を運ぶのもメンドーなのだ。もう15年以上、ライヴというものを観ていないなあ。

そんなレベルのワタシだが、最近やっと気づいたコトがあります。アウトドア系のネットショップで「夏フェス特集」というククリがあるんだね。テントをはじめとしたキャンプ道具がワンサカ紹介されている。数日間のテント生活をしながら、野外イベントを観続けるワケですか。そういう趣味のヒトが今ではメジャーなコトなんだ。ひゃあ。なんつーモノズキなんでしょう(汁

考えようによっては、このウッドストックという金土日の3日間の野外コンサートはおそらくその「元祖」というべきイベントなんだろうね。プライベート動画で、こんな当時の様子が「うp」されています。
http://www.youtube.com/watch?v=sr2rrQEgbsU

この歴史的なイベントは上手に商業化され、成功しました。レコードも記録映画もヒットして、ヒッピー・ムーヴメントのピークを世に広めることができたワケ。ワタシが初めてウッドストックの映画を観たのは、くらーい浪人時代の年末の深夜だったと記憶します。まあ、通しで観るとダラダラ長くてシンドイけどね。レンタルビデオをダビングしたモノを経て、今はDVD(ワゴンセールの格安品)が手元にあります。

そうして、たまに引っぱりだして好みのアーティストを観ているワタシですが、おもしろいもので、トシと共に「お気に入り」が変わってくるのネ。個人的な音楽嗜好の移りかわりってヤツが、この映画で見えたりする。

そんなワケで、「ようつべ」から2組、ご紹介します。まあ、ご存知のヒトも多いでしょうが。キーワードは「ソウルフル」。最近のラード的には、入魂の歌唱とか演奏ってヤツが、まあ印象が強いワケです。

最初はこのヒト、Joe Cocker。
http://www.youtube.com/watch?v=uQYDvQ1HH-E

なんつーんですかネ。湧き出ちゃう表現衝動というべきか。最高。もはやロック演歌だと(w 「ブルーハーツ」の甲本ヒロトも好きなワタシですが、身を打ち震わせながらシャウト!ってのが共通している。マネしようにも絶対ムリなパフォーマンス。漢、でありマス。

お次はこのグループ、SANTANA。
http://www.youtube.com/watch?v=7HXGTgNGUPw

現在でもサンタナご本尊は現役ですが、このデビュー当初の炸裂的ソウルが、ここ数年で好きになったワタシです。しかし若いころには一顧だにしなかったんですがネ、「ソウル」系の音楽は。今ではこのバタくさい熱演に、ワクワクするんです。注目すべきは美少年ドラマーで、なぜかキャメラがグイグイと寄りまくる。後ろではヒゲモジャのオッサンが視姦してるし(w これはやっぱり「ウホッ」っていうニュアンスなんだろーか(汁 ハモンドを弾くキーボードが、これまた黒いテイスト全開でイイんですなあ。最後に映る大観衆もスゴイです。

音楽・映画・本TB:0CM:0

夏の特効薬

2007/08/15(水) 17:52:48

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ワタシは蚊取り線香の香りが好みなのだ。夏の風物詩そのもの、だと思っている。お香がわりに自分の部屋で5㌢ほど焚くくらいスキだ(w もちろん「金鳥」ブランドに限る。もっとも格調ある香りと心得るからだ。

ちなみに「金鳥」の社名ってご存知だろうか。「大日本除虫菊(株)」と云う。なんつーストロングさであろう。効きそうってムードも高得点。さらに余計なコトかと存じますが、梅雨から今の時期にかけて、テレビ業界で多く取りざたされる、ある会社名がある。それは「(株)池田模範堂」。夏季だけスポット枠をバシバシ買うから有名なのね。社名は認知度ゼロで、商品名のみ広く知られるという典型かも知れん(w ココは、あの「ムヒ」を作ってる会社なのだ。

さて、夏はタチの悪いムシどもが暴れまくる季節。ワタシも雑木林の一日をサバゲで過ごす、なんて遊びをやっているからムシさん退治のグッズには、よく気を使う。蚊取り線香はもちろん、サラサラパウダー配合の虫除けスプレー、そして米軍制式の「バグジュース」などなどを常備してイベントに臨む。

でもね。これまでワタシは「ブヨ」「ブユ」ってヤツに喰われた経験がナイのだ。だから対策なんかしてこなかった。まあ、世間ではヒドイ目に遭遇したヒトってたくさんいるようだネ。ウェブを巡回していると、「ブヨ」に咬まれてハレあがったテメエの脚なんつーグロ画像を、得意げに「うp」しているアンポンタンがいたし(w

今回、ワタシがご紹介する野宿者視点での「ブヨ」系ムシさん対策の特効薬が、これ。
ご存知「タイガーバーム」だ。

昔から、林業に係わるヒトたちの間では「ハッカ(薄荷)油」がブヨ対策の定番製品。ヒトに特攻してくるコヤツラには、このニオイでバリアーをめぐらすという特徴だ。ハッカ油は、よく分からんけれど営林方面の組合で買える、らしい。また、それをモダナイズしたアウトドア・グッズも「Cascade Loop」で扱っていたね。

「バーム」の成分は、カンフル、メントール(=ハッカ油)、ユーカリ油。つまり、その林業関係者のマボロシ製品と同じよーな効力を発揮するのではないか、そう思い当たったワケだ。いやその。とあるミクシのネタとして出合った(汁

もちろん正しい用途は「筋肉痛の緩和」なのだが、いろいろ裏ワザが昔からあるんだね。知りませんでした。
http://www.kanshin.com/keyword/718270
http://www.kanshin.com/keyword/996201

昔はワタシも使っていたことがある。でも、椎間板ヘルニヤがタマに顔を出すラード的には、インドメタシンという最強成分が配合された「バンテリン・ゲル」とか医科向け「インテバン」軟膏を、フツーに薬局で売られるようになった平成以降、愛用してきた。だって「バーム」は、あまりにもスースーと臭いからね(汁 仕方なかったのだ。

先週末の野宿に備えて、近所の「ドンキ」(いちばん安かった)で久しぶりに1ケ購入。830円くらいだった。そうしてテントを張り終えてからぺんき屋氏と肌を露出した部分に広くヌリヌリしてみる。ブヨ除けの効果があったかどうかは、よくわからん。カラダに何も異常なかったのでネ。ムシはいたのか、いなかったのか。ただし、大汗かいた酷暑の一日には最高の裏ワザを、ワシらは即発見した。つまり

 カ ラ ダ が 「超」 冷 え る ん で す 。

もうね、体温が3℃は下がるムード。リンパ部分とか、カラダのそんなツボを見極めてヌリヌリしたら、さらに効果的かもしれないぜ。まあその。お試しあれ。

ラード的「野宿」指南TB:0CM:6

「Bond」の夏あそび絵日記 後篇

2007/08/14(火) 19:26:12

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久留里のスーパーでメシとサケの買出し。ついでに名水を補給します。

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17時、ある林道のドンツキ広場に到着。さっそくテントを設営します。国道から結構上がってきたようで、なかなか涼しい。ヒグラシの鳴声に囲まれた静かな場所です。雷神氏はデカい鹿さんを目撃したそう。そういえば、ワタシのテント「クロノスドーム」の初張りでした。ペグも入らない固い地面だけど、まあ、酔っ払って寝ただけだから、ご報告すべきネタはナシ(w

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どっかり大アグラのオッサン集団が、いよいよ宴会をおっぱじめます。ごらんの大量のマキは、ぺんき屋さんが調達してきてくれた廃材。いいカンジで燃えてくれました。

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まあ、とにかくビール&ビールでありました。雷神氏の燻製チーズとかカマボコとか。燻製はビールが進むんだよナ。ウマい。

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房総の標高たかだか100㍍程度という場所なのに、夜半にはこの焚火があって「ほどよい」というムードでした。

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100スキで「こんがり鳥軟骨焼き」を製作中。ビールが進む進む。

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雷神氏の豪快な焚火100スキ「ブタキムチ焼肉」。なんか料理ってヤツも作り手の性格がよく表われますネ。そういや、宴会の時には「森の精霊さん」みたいなのがいた、ような気がする(汁 アレは真夏の夜の夢かマボロシか。宴がお開きになったのは、1時半ごろだったらしい(w

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日曜、本日もドピーカンです。早朝(ワタシにとっては、だw)7時に雷神氏に起こされる。ぺんき屋氏、すでに消えているし。大慌てでカップラーメンの朝メシをかっこみ、荷物をまとめてデッパツ。大多喜に向かいます。

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本日の予定は、ケモで崖落ちしたぺんき屋氏のオフロード・バイクのサルベージ手伝い、コレであります。毎度かならず、パンクとかガス欠とかのステキなハプニングを繰り出してくるぺんき屋氏、ついにこの前週、愛車を山中に放置プレイするという荒ワザを披露してくれたワケ(w

「七人の侍」じゃナイけれど、ウデの立つ連中が10名余もサルベージに名乗りをあげ、「ヨーシ。オレも手伝うぜ」とばかりに集まりました。さて、えらく判別しにくいかと存じますが、転落したバイクが写っているんです(汁 道から垂直に3㍍ほど、ブルー・アルマイトのフロントフォークが見えれば、後輪も見えてきます。たぶん。

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ナニはともあれ、記念撮影だよな(w

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杉の立ち木に滑車を設置しています。

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崖下では約3名が奮闘中。

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そうして、バイクを「まる上げ」しました。当然ながら引っぱり要員だから途中の画像はありませんが、所要時間は30分くらいだったかな。いやあ、テキパキとした職人仕事を見た思いです。

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ケモな連中は、そのままケモ部分を乗り越えて、あっという間に消えて行きました。「一緒に行かないの?」とか聞かれたけれど、正直ビビりましたね、恥ずかしながら。この倒木のあたりは垂直なんだもんヨ。

この前日、ぺんき屋氏と「ケモ道」について話していたんですよ。ワタシの持論ですが、ケモをアタックするグループってヤツは、麻雀のメンツと同じようなものではないか。ヘタなヤツがいると足を引っぱるしペースを乱すし一緒にいて楽しいとは思えない、かも知れません。まあ、カモになるというコトでも一緒かと(w ケモにおける「カモ」とは、失敗を写真に撮られちゃうってコトですけどね。

じつは野宿という遊びも、まあ似たようなグループ論というかパートナーシップというモノが存在すると思う。自分のコトは自分でできる、独立した大人の個人の楽しみとしての「野宿」、そういうスタイルです。やっぱり雷神氏、ぺんき屋氏は、どっか通じる、根っ子で分かり合える部分が多いと思えるから気持ちいいワケなのでしょう。ま、せいぜいモンダイあるとすれば、このラードを隙あらばケモに引っ張ろうと翻弄するコトぐらいですかネ(w

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相かわらずギンギラでホッテストな太陽のもと、バイク部隊と分かれたワシらは、マニヤに有名なラーメン屋「古市商店」を雷神氏の先導で目指しました。田んぼに囲まれた正しい里山っつー奥深い場所に、その店はありました。

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入店して約1時間、ようやく「アリランチャーシュー(中・辛さ普通)」(900円)にありつけました。値段は高価いが、コレはウマイ。太めの麺と竹岡式のような濃いショーユ味、デカいニンニクにタマネギとニラ。そしてトローリ状態のチャーシューがドッカリです。

ワタシは後になって、少なからずハラにきました(w この店の独特すぎるオーダー方法とか製作のシキタリなどは、ググってみてください。ケッサクです。それにしても、クチコミ・グルメ情報のネット伝播という典型を見る思いですね。

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辛さフツーといえどもコリアン・テイスト、大汗をかきつつ喰い終わって外に出れば、ワタシの好きな夏景色が広がっていました。

バイクの旅TB:0CM:4

「Bond」の夏あそび絵日記 前篇

2007/08/14(火) 18:53:36

雷神氏主宰のあやしい野宿団、「Bond」の夏イベントを満喫してきました。
団長・雷神氏、突撃隊長・ぺんき屋氏と相談役・ラードの3名です。このメンツで「どっか逝こうぜ」と言い出してからイロイロあって、早8ヶ月が経ちました。ようやっと実現、というワケなんですが、いつもナニゴトかアクシデンツを巻き起こすあの風雲児・ぺんき屋氏であらせられる。さあ。今回は如何に?(w

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まずは「水あそび」です。お盆ウィーク最初の土曜、夏盛り。房総は亀山湖に3名が集結。雷神氏がタダでゲットした「Coleman」のカナディアン・カヌーの進水式です。それにしても、お天道様は全開ギンギラ(汁 愛機Baja号で駆けつけたんですが、家から2時間弱。暑くてまいりました。

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準備万端、いよいよ発進! 先頭がぺんき屋氏で後ろが雷神氏。ホントは2名乗り艇らしいんですが、ワタシがバラストがわりに真ん中に乗車。ライフ・ジャケットはぺんき屋さんのスクーバ用を拝借です。しかしオッサン3名で体重計250Kgぐらいか? 完全オーバーだわな(w

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ゆっくりと南へ、まるで川のような景色を漕ぎすすめます。バス釣りの連中がモーター付きのボートで快適に移動しているのを、やっかみ気味に睨みつつ(w でも、思いのほか水面は涼しいものでした。

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「金さん洞窟」と呼ばれる穴ボコです。水量が少ないときは、くぐり抜けられると雷神氏。今は天地2尺程度なので、まったくムリ。なんか向こう側に秘密の入江とかあったりして。

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また飲んでる(w オッサン、ちゃんと漕ぎたまい。

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湖を進撃すること20分、この日のメーン・エベント「文宝洞」が見えてきました。天然のトンネルという隠れた名所。房総の新たな秘境をゲットしたっつームードです。

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ボートが見えるでしょう。けっこうデカい。なかなか感動的でした。

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文宝洞をくぐり抜けた場所で上陸します。自艇を前にキメる雷神氏。いきなりカヌーを始めちゃう、などという抜群の行動力には敬服です。

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ちょっと探検してみっか、ってコトで奥地に向かいます。

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亀山湖に流入する沢ってワケですね。のっぺり岩盤の先に雷神氏を望む。

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しばらく歩くと房総ならでは、こういう地形が展開しました。

しかしワタシ以外の2名は重度の「ケモ病」に犯されており、どんな雑木林(いやホントにタダの樹林なのよ)を見ても「これは道」「ココは行ける」とかナントカ五月蠅いったらない(汁 ま、とにかくオフロードバイクで次回はココまで特攻して来ようとか話しているし。いやはや。モノズキとしか言いようがない(w

さて、カヌーの復路では座る順番を変えました。先頭・雷神氏、真ん中・ぺんき屋氏、ワタシが後ろ。こいつがアダとなって、ぺんき屋氏がスタート直後に大きく身じろぎしたとき、あわや「沈」するかもという危機的な状況に(汁 水がドバッと100㍑くらい流れ込んだからね。ギリギリガールズでひっくり返るのは食い止められました。うひゃう。

ほら。お盆のときに水遊びしたらダメ、っつー言い伝えがあるじゃない。水中から無数の手が伸びてくる、とかサ。ワシらも危うくホラーになるかもだった(w 雷神氏の秘密(なの?)のブログ(見っけw)のコメントにも、ちゃんと識者からアドバイスをもらっていたじゃないですか。

>15ftは短いです。特にコールマンは安定性悪いです。他のカヌーには
>ないセンターキールの出っ張りが引っ掛かり、突然グラッとする時もある
>ので、水深と水中の障害物に注意。
>
>ガンネルを絶対に掴まないこと。立ち膝姿勢で腰を下ろす程度にして、
>イスに腰掛けないこと。コールマンはシート位置が高いので、ローシート
>に改造するのが一番です。

もう、これからは大丈夫だと思います。いや。なんの根拠もナイけど(w

バイクの旅TB:0CM:2

暑中サバゲ申し上げます(汁

2007/08/11(土) 01:56:18

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かるく熱中症になったワタシ。
時刻は14時あたりだったか。頭頂部あたりに切り込むような頭痛がしていたのだ。もちろんこの日の暑さは予想していた。クーラーボックスに「アミノサプリ」を1.5㍑、「六条麦茶」を2㍑、きっちり冷やして持ちこんだ。そうしてゲーム終了時に飲み切ったんだが、驚くなかれ、会場でオシッコしたのは1回だけ。すべて汗で流れたムード。それでもオーバーヒートしたワケだ。

シズル感ビシバシのスイカは、ゲーム幹事団の差し入れ。カブリツキです。氷水で冷やしてあったから、まあその。ウマイこと。皆が盛大にタネを散布していたから、来年のセーフティはスイカ畑になっていそうと識者の曰く(w

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炎天下の15時ごろ、旧日本兵(もちろんコス)所持の日本刀(もちろん模造)で無謀にもスイカ割りの儀を執行。ボーゼンと見てたんで、画像がナイですが。目隠ししてるクセに旧日本兵は妙にテクニシャンで、大玉を真っぷたつに。お見事。切れるじゃん、摸造刀。そのまま包丁がわりに重宝したり(w



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