ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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クラフツマンシップ

2008/10/27(月) 19:07:26

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オン・タイム用の革靴「スコッチ・グレイン」の3足が、修理を終えて宅配便で送られてきた。預けてから約3週間。ハンドメイドなのだから、それくらいは当然でしょう。

スコッチ・グレイン 、近年では御殿場のアウトレットはじめ盛んに多店舗展開を行っているから、このブランドをご存知のヒトも多いかもネ。かつてのワタシは、ココのビジネス・シューズをドサドサ買いまくる余裕と意欲があった(貯蓄に回しとけばヨカッタっつー正論も濃厚なんだがw)のだ。あるシゴトで立ち会ったこのメーカーのヒトたちのクラフツマンシップすなわち「魂」に触れて、いっぺんにファンになったワタシ、数年間で1ダースくらいを買い揃えていったものだ。

「揃えた」と書いたのは、もちろんヘリクツがある。黒いストレート・チップの表だし革の靴を買ったら、次はUチップやらペニー・ローファーやら内羽根式などというデザイン違いが欲しくなるじゃないですか。揃えますよね(w すると次には茶靴が欲しくなるじゃないですか。フルブローグやら裏だし革やらモンク・ストラップやら外羽根式のヤツが欲しくなるじゃないですか。ごく自然の摂理、当然の流れじゃないですか。え。間違ってナイよね。まあその。今はサカダチしても実行などできない、ラード的物欲スパイラル持論なんだがネ(汁 

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べランダに修理した靴を並べてみたりして(w これらを買ったのは、じつはけっこう昔なんです。詳しくは忘れてしまったが、1995年から97年にかけてだったかと。半分以上はメーカーの「ファミリーセール」というバーゲンで半値くらいで購入。シゴトがらみだったから、1足買うともう1足をタダで貰えたコトも何回か。まだブランドを多店舗展開するとかネットショップを展開する以前という、いやもう、良い時代であった(w 

ワタシが革靴にコミットしまくった時期とは、ムスメができ、マンションという「終の棲家」を購入した30代半ばとなる。2台のバイクは売っぱらってクルマだけ、たまに家族で行うオートキャンプとベランダ・ガーデニングくらいという、それは静かな余暇人生なのだった。まあ、仕方ないけれど。おそらく、そういう内向きに閉ざされた環境だから、それ以前はトンと無縁だった「お洒落」系グッズに浪費ベクトルが向いたのではないか、今ではそう思える。

ところが革靴の世界ってのも深遠にして広大です。深いりするとタイヘンだ。ファッションとも密接にリンクするからなあ。チノパンに合わせるのはグッドイヤーではなくマッケイ製法だろ、とかサ。もちろん「舶来」信仰も根強い。そりゃまあ、「ジョン・ロブとは言わんまでも、オールデンなんか1足欲しいね」なーんて思うけど、悲しいかなワタシの足ってば超日本的なワケ。いわゆる甲高バンビロ、欧米製の細身なシューズは物理的にダメダメなのだ。

スコッチ・グレインは、もちろん既製品を買い足していったのだが、日本人の足を良く知っている「3E」の木型(そのころは「リーガル」ですら基本は「EE」ワイズで、履き心地はキツかった)がジャストフィットしたようで、とくにレースアップ・タイプは馴染むのが早かった。フツーに買えば高価なハイグレードの皮革を使った靴、やっぱりイイものは、イイ。ただし、コダワリのビジネス・シューズを求めると、当然ながら靴底はレザーに限る。「ゴムソール、ナニそれ」の世界。似たようなハナシでは「半袖ワイシャツ。そんなモン、いつドコで誰が着るんですか」(w 

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その革底は「トップゴム・レザーソール」というオリジナル・タイプが多いのだが、やはり革ってヤツは磨耗が早いワケだ。1ダースくらいの靴をローテーションしていても、やがて穴が開くときはくる。すでに名古屋に単身赴任していてファッション氷河期に再突入したこともあり、そのまま紙箱にしまって長らく放置してきた。そうしてすべて均等に穴あきになったとき、「リーガル」のテキトーなバーゲン・シューズ(ゴムソールでイイや、もうw)を3足買って履き回してきたこの約7年間、でしたが何か(汁

つまり画像の靴のようになっちゃうワケ。は。赤い靴に見える、そう申すか。いやまあ、そのとーり。10数年前はイケイケだったワタシ、黒よりも茶系統など色つきのほうが数は多かった。ブラウンという皮革の色が濃淡とか裏だし表だしなどで表情が変わるから、ワタシには何種類も揃えたくなる「うっふん」状態であったのネ(w

何回も触れたけれど、わが家は最寄りの駅前にアウトレット・モールがあるという好立地。先月、ソコに期間限定で「スコッチ・グレイン」のアウトレット・ショップがオープンしているコト(11月9日まで、とのこと)に気づいた。「おおっ」。じっくり眺めたらキケンな店内ラインナップだってのは、よおっく心得ている。すすーと店員に近づき、ココから修理を依頼できるかチェック。「OK」とのことで、後日ふたたび履きたい3足を厳選して持っていった。

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スコッチ・グレインの修理部門、今は別会社で「匠ジャパン」という。それは知っていたのだが、宅急便で靴を修理依頼に出す、そんな作業がメンドくさかったんですネ。ショップの店員に手続きをしてもらうと気楽なのだ。各種のソール見本を見せてもらい、「ライブリーソール」というゴム製をチョイス。トゥ部分はおそらく磨耗予防の別のゴムを貼ってあるのも芸がこまかい。しかしまあ、革底ってのは今どきは見栄えがするだけだもんね。そうしてソレが必要なケースってのは披露宴とかパーティ会場でのみ。もはや毒気なんざスッキリ抜け去ったワタシは、そう思うのです(w 

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修理内容は3足ともに「オールソール」と「腰裏直し」。ホンキの靴磨き、靴紐を交換してくれた件および配送料はサービス。3足合計で、35k円強となった。戻ってきたシューズたちは、かつて5年くらい履き続けたものだから、もちろん足にピッタリ馴染んで爽快だ。もともと良い素材を使ってあるから、先週まで使ってきたリーガル製なんぞに比べたら見栄えも良いしネ。それと合成ゴムのソールながら安っぽいカンジがしないと思うんだが、どうだろう。
ていねいな修理は、愛情がこもっているようにワタシには思えた。製造段階と同じく修理作業にも、このブランドの熱い「クラフツマンシップ」を感じるワケです。ワタシの道具に関するモットーとは、「いいモノを長く」「使い倒す」「育てる」。アウトドア・グッズと同様に、ビジネス・シューズもソレが当てはまるコトに今さらながら気づいたワタシ、まだまだだの(w さあ。愛用していこう。

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これだけは買わせろCM:0

5丁目にまつわるハナシ

2008/10/19(日) 23:50:21

といっても、銃に関する件ですよ。5丁目の長モノ電動ガンとなる「M4A1」を、「なま」氏から格安で譲っていただいたのだ。サンクス。7kなのだが、いやその。最近はまるで武器商人のような「なま」氏ルートで斡旋してもらうコトが多いなあ(w

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なま氏ってばフシギなヒトで、いつも「コンプリート」状態でモノを譲ってくれるコトが無いのだ。「SPAS12」のときはマズル先端のナントカいうパーツが紛失したとかで付いてなかったし、「SIG552」のときはそもそも箱もナニも無く、本体のみ。いや、予備マグと後付レイルなど豪華特典は多かったけどサ。そうして今回は箱など(とノーマルのアウターバレル)は買ったばかりの美麗なモノが付属するのに、なぜか取説ナシ。どうよ(w

振りかえりますとワタシの電動ガン第1号は、5年半くらい前に名古屋「フォートレス」にて購入した中古の「XM177」だったんです。実銃としては、この「M4」の育ての親レベルというべきカービンのアサルト・ライフルですナ。エアガン、すなわちマルイ製電ガンとしては、ごく初期の製品なのでシンプルでオモチャオモチャした銃だった。コイツは今から2年前、最初の「T2c」耐久サバゲ@16時間の戦闘中(それも本陣での敵襲に応戦中)にギヤか何かが噛んでお陀仏、以後は放置プレイ中であるという。

ともあれカタチはだから、じつに馴染み深い銃なのです。リニューアル後の新型だから銃はリアルを追求して重く仕上がっているが、カタチがほぼ同じである「XM177」のために買ったダットサイトも、だから誂えたようにシックリと覗けるワケ。クルマで言うところの「ロングノーズ・ショートデッキ」風スタイルも実にワタシ好みなカッコで、いやはや落ち着くなあ。3本ほど持っている300連の予備マグを引っぱり出した。当時流行ったダクトテープとパラコードでポーチから取り出しやすく加工済みなのだが、そういえば未だに使い切っていないダクテは、この加工のために買ったんだっけ(w

雨がパラつく中、ベランダからコソコソとオモテの空き地に向けてセミで数発、撃ってみた。いやあ、やはりポジションがシックリきますね。風が少しあったから弾道はキチンと見れなかったのだが、問題なんかナイでしょう。ちょっと発射音がカン高くて五月蠅いな。「なま」氏が買って間もないコイツを手放した理由ってのが、首がフニャフニャで気にいらんト。でもナンダ、わが1号機であった「XM177」と比べたら全然OK、首のすわりはビシッとしているけどナ(w 

ところで。
やはり印象的なゲームに参加しちゃうと新しいモノが欲しくなるとか、あるいは知らんコトを調べたくなるっつー向学心らしきものも芽生えるワケだ、ワタシの場合はネ。非常に稀な事態でもありますが(w そうして週末、いつものように「ようつべ」はじめネットを徘徊老人しておったワタシ、ちょっと萌えたコトがありました。
そのネタとは、「スナイパー」について。いやその。24時間サバゲ時、ワシら黄色チームが多勢である赤チームに対抗するために、射程が長くて集弾性も優秀な「M14」を集めて狙撃チームを編成したとかナントカ、なま氏のブログで読んだから少し気になったワタシなのです。wikiのこの記事「狙撃手」なんか素晴らしいではないか。不勉強で、こんな実在した名手を知りませんでした。M2重機関銃で長距離狙撃とか、むーん。カッコいいぜ。
ところが、ココでハタ!と思い出したのが、ワタシが40を超えてサバゲにハマったころに夢中で読みふけったボブ・リー・スワガーの大河小説です。つーか、wikiにも書いてありましたネ、ハスコックがモデルであると。いやあ、ナットクした。え。サバゲ好きのクセして「スワガー」モノを読んだコトがナイ、ですと。ここな非国民めらが。即アマゾンへGO!(w

「狙撃」で思い出す個人的なデキゴトはコレですね。このときワタシは「小5」だったのだが、シージャックという珍しいコトバで事件を記憶しています。この映像についてはニュースで見たと思うのだが、覚えていないのはナゼだろう。それにしてもこの「劇団ひとり」似のヤングは実に鬼畜であって、戦後では初の犯人射殺によって解決した事件とのことです。事後には左マキ方面から訴訟を起こされてイヤハヤであったらしいが、ともかく、この「ワンショット・ワンキル」の好事例(動画を消されぬコトが、すでに奇跡だと心得る)、いろんな意味ですごいコトだと思う。
現代の忍者というような役どころの「スナイパー」の動画が、これまた今ならいくつも「うp」されているんですねえ。見入ってしまった。まずはオススメのこんなのとか。こんなのとか、こんなのもイイぞ。堪能していただこうか。
しかし長射程の銃が1丁、欲しくなっちまうなあ(汁

サバゲ・エアガンCM:4

T2cクヲリティ

2008/10/15(水) 16:59:24

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さて、連休のイベント、24時間耐久サバゲの参戦記事を書こう。ところで、コレが今回の参加者章と従軍記念パッチだ。ね。「クヲリティ」を満喫できるでしょう。もはやヨコスカ・ダイヤモンド商会で売られていてもフシギではない「デキ」だとは言えまいか。

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そういえば「ネギ」というアイテムが「T2c」でのゲームに初登場(今年2月のデザートウニヨンでのコトでした)したとき、ワシら小隊3名ともども、その由来ってのを知らんかったワケですねえ。つまりコレとかコレとか、ですかね。「アラフィー」っつーステータスでネット上での流行を追うのも結構シンドいワケですが、まあその。がんばる(w

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「T2cクヲリティ」を堪能できるブツを、もうひとつ。晩メシ後に配給された耐久レーション(おやつ)がコレです。MREのパッケージ・デザインを模したウィットがグッジョブではないか。

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中身を展開すると、こんなムード。コチラは閉会式でもうひと袋もらったベジタリアン用の「No.2」なのだが、まあ、それはネタで内容は同じみたい。「アラフィー」なラード的(1960年代後半を駄菓子屋での買い食いに費やしたからネ。当時はまだ、5円で買えるブツがナンボもあったのです)には、懐かしくも美味いモノたちでした。そしてアイテムのバリエーションが、実際のMREを良く研究してあるのが見てとれて微笑ましい。粉末ジュースはイチゴ味だが、最初の袋にはパイン味が入っていた。
ちなみに画像中央のフィールド・グリッドマップは、ラミネート済み。コレも凝った作りだ。そうして体育会系チームであるワシら「黄兵隊」は、コレを重用していました。いやその。参謀どもがコレを見ながらアッチで闘えコッチでアンブッシュしろなどと、ワシらを休む間もなくコキ使っていたからですねえ。しかしソレが楽しいと思うワシらも存分にマゾ、そんなムードで(w



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クヲリティについて語ろうか

2008/10/10(金) 23:59:16

なんと申しましょうか今ごろ先々月末に参戦したサバゲ記事をマットーに記すのも気が引けちゃうワケですんでゴマカシながら静々と、GO!(w

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会場は、およそ2年ぶりくらいとなる「UNION」でした。通称ウニヨン「無印」。幹事は「DQN」氏。集まったモノズキは70名弱。会を重ねるごとに参加者数が膨れるコト、それが「T2c」クヲリティ。

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戦闘を開始して2ゲームほど遊んだら、ニワカにスコールが襲来。幹事団は慌てず騒がずインドア・フィールドに会場を移動する。臨機応変な対処、これが「T2cクヲリティ」。

ところが「ウニオニンドア」ってば、30名くらいで遊ぶのが適正な規模の建物であって、ソコに70名近くをブチこみますと、「プライベート・ライアン」冒頭の30分もかくや、そんなムード。なすすべも無く狩られまくる(汁

そういえば、今年の8月後半は度外れたスコールが頻発したっけね。この日の前も実施が危ぶまれる悪天が続いたと思う、すでに記憶が不確かですが(w それが一転、ごらんのような「漢晴れ」に。奇跡である。どんなご利益なのかト。これもきっと「T2cクヲリティ」。

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ふたたびアウトドア・フィールドで布陣を展開。しかしまあ、蒸し暑くてネ。ゴーグルが曇ってヤブ蚊が多くて、モチベーションはヘロヘロ。

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久しぶりの「ウニヨン無印」は、大幅に大道具の造作の密度を増していました。かつては、わりとスッカスカなイメージのメイン交戦場でしたが、遮蔽物を伝って進軍できるレベルになっていたワケですねえ。こいつは楽しい。
フィールド中央をジワジワ進んでいると、おそらくビギナーさんの味方一小隊がいる。そいつら、なんとなく敵数名がアンブッシュしている気配がマンマンのクセして、ジッと動かないのネ。だからワシ、バリケからずずいと飛び出してバリバリ撃ったんです。そしたら2名ほど即狩れたんですがネ、「なんてテクニシャン…」とかナントカ、ボクのことをウワサしているんですねえ。むは。ソコのヤングよ、これが「T2cクヲリティ」。

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けっこう濃密なゲーム数をこなして、昼メシタイムに。牛丼定食は美味かった。
いやまあ、ゲーム詳細を思い出すとか記述するとか、すでに有りえないから、またまたクラウンさんの秀逸なレポを内緒でペタリと。いつもすいません。お世話になってます。

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もう秋ですから違和感バリバリかとは存じますが、対戦車氏ら幹事団が「カキ氷」セットをもの凄い量、ドカドカと搬入していたんです。画像右側のデカい発泡スチロール10箱くらいの氷だったような。

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まるでスパルタ人のようなカッコをしたヒトは、もちろんスパルタ人のバッズ氏。このノリ、当然ながら「T2cクヲリティ」。

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何杯か、ごちそうになりました。手製とおぼしきボウル2杯分のアズキおよび練乳を贅沢に乗っけた宇治金時、サイコー。もちろんこれが、「T2cクヲリティ」。

さて。
いよいよ明日、一年を通じて最大の祭りである「24時間耐久サバゲ」が、おっぱじまる。ああもう、楽しみでならん。長くハゲしくネタ満載の秋の好日です。まあその。ヨレヨレのひどい目に遭うと決まっているワケなのだが、抗えない魔力があるのです。それこそが、「T2cクヲリティ」。
明日に備えて、寝るか。


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超人伝説(後篇)

2008/10/08(水) 20:46:42


続いて、バイク系のネタを展開しよう。「超人伝説」のビデオには、2輪ロードレース「WGP・500cc」の凄まじいオンボード映像が入っていた。コーフンしたものだ。ああっと。ここで「motoGPではナイのか?」なんつーヤングさんとか当「アラモード」の一見さんは、とっととお帰り願います(w キモは昔バナシの共有、なんだからサ。

そのコーフンした動画とは、コレです。ちょっと解説が必要だろう。ライダーはランディ・マモラで、1985年のベルギーGP、「スパ・フランコルシャン」サーキットを1周分(+アルファ)、オンボード映像でコースを紹介している。その間に同年のオランダGP、マモラの雨のレース(独走優勝だった)をインサートしてある。
スパ・フランコルシャン・サーキットとは、「前篇」最後に紹介した大事故の現場です。あれと同じ年だが2ケ月前に行われたレース。当時は、車載カメラを載せるのは1レースに1台くらいで、このカメラ・アングルのみだ。ましてやランキング・トップ争い中のライダーではなかった。サービス精神が旺盛な愛すべきマモラ選手ならでは、とも言える。

レースでは、マモラは2列目から飛び出してホールショット。もちろんスタートは「押しがけ」だね。マシンはホンダNS500で、このときはすでに戦闘力不足と言われていた。それでもレーシング・マシンのレブ・カウンターの動きとバンク角の深さとライン取りに、ワタシは夢中だった。1:20、最初にマモラを抜き去っていくのが、絶頂期のフレディ・スペンサー。
雨のレースをはさんで、2:25、ハスラムとマールボロ・ヤマハのレイモン・ロシュに抜かれる。この時点で7番手くらい、だったかな。ちなみにこの1985年、マモラのゼッケンは2番、赤いツナギのフランス人・ロシュは3番だ。ロシュのリアサスがヨレまくるのが、おっかない(汁 この映像もコーフンしたもんです。最後は「ロシュが、いつもはブレーキをかけないところで、かけやがった」とマモラが言ったとおり、フロントをヒットさせて転倒リタイヤ。ラッキーなコトに無傷で立ち上がるマモラまで写ってるという傑作オンボード映像というワケだ。

このころのマモラといえば、ステップから外足を完全に外した「マモラ乗り」(とにかく荷重を前方にかけるライディング)で名を馳せていたのだが、マシン・コントロールの上手さには定評があった。このベルギーGPのレース、普通の動画も合わせて貼っておきましょう。「フツー」といってもフランス愛国的な編集なので、ちょっと引いちゃいますがネ、このころの「WGP」レース動画を近ごろバシバシ「うp」し始めている、ありがたい「うp主」ではある。

ところで、「超人伝説」のビデオを購入した1987年とは、わが国のモータースポーツ史においてバブルにまみれたエポック・メイキングな年。つまり、その3月に2輪世界選手権の第1戦「日本GP」が初めて開催された年であり、また11月には、4輪のF1最終戦「日本GP」が20年ぶりに開催された年でもある。どちらも「スズカ」でね。「WGP」は、ついに「TX」系列でシリーズ全戦を録画中継放送を開始した年でもあったと記憶する。もちろん世間的には「CX」系列で放送をスタートした「F1」の人気が凄まじかった。

そうして、1989年の末だったか、うれしいコトに「F1」のオンボード映像をかき集めたナイスなセル・ビデオ「F1 Driver’s Eyes」というモノが出たから即購入。これまたコーフンする映像のオンパレードで、カブリツキなワタシでした。

とくに1989年シーズンと言えば、「マクラーレン・ホンダ」チーム同士の因縁のライバル、アイルトン・セナアラン・プロストのバトルで有名です。クライマックスが最終戦の日本GPなのだが、やはり「ようつべ」に素晴らしい動画が「うp」されている。ヨシ。再構築してみましょう。
まずは、セナの「スズカ」予選、鬼神の走りから。しかしこの動画、最初の1分くらいまで見たら、コチラの動画に移っていただきたい。いや、タイムアタック最終フェーズのシケインという大事な部分を、ナゼかカットしていやがるので。センス悪いじゃないか(汁 
当時はパドル・シフトなんてモノは無く、右側のシーケンシャル・シフトをスゲー勢いで操作していますね。また、予選専用の「Qタイヤ」があった時代だからコーナリングがハデだ。それでも現在のF1ポテンシャルと比べたら、なんともモッサリしているムードではある。いやその。この2006年のシューマッハがカメラの搭載位置を含めてTVゲームっぽい映像と思えるのは、ワシがジジイだからなのか(w このクオリファイでポールを獲得したセナですが、かたや決勝レースではタイヤをいたわりながらのムリを抑えた走行。前を行く因縁のライバル、プロストと展開した衝撃の結末には、録画中継をテレビで見守っていたワタシは古館サンともども「あああっ」と叫んだものでした。

このレース、セナはシケイン不通過というペナルティにより失格処分を受けた。それによって年間チャンピオンのタイトルをアラン・プロストに持って逝かれたワケだ。そうして、これまた有名な遺恨試合、この翌年、1990年の同じ最終戦「スズカ」GP、さらに同じようなふたり(プロストはフェラーリに移籍している)のシリーズ・ポイント差(セナの方が少し高得点ってのが、ミソ)だが、そこで、セナがオープニングの最初のコーナーで仕掛けた「手段」とは。さらに、そのレースでプロストと同じフェラーリに乗るマンセルのオンボード映像。「プロフェッサー」と称された冷徹なプロストが、愛されキャラであるセナの敵役(かたきやく)だった。手に汗握るこういう動画もある。「ようつべ」、グッジョブ。

1989年とは、ラード的にもモータースポーツの成果が豊作であったとき。セナとプロストが陰険な闘いをしていたころ、「WGP」では、これも古くからの好ライバルである、ウェイン・レイニーケヴィン・シュワンツが丁々発止の闘いを繰りひろげていたワケです。こちらは正々堂々とね(w オンボード映像ではないが、もちろんナイスミドルの読者の皆さんは熱く応援していたコトかと存じますから、懐かしいヤツを少しご紹介しておこう。

1989年のシリーズ緒戦「スズカ」GP、クライマックスの14周目だ。観衆のどよめきがスゴイぜ。この数年間の「500cc」カテゴリーでは、これほど激しいバトルがエンエンと続くレースは無かったから、録画中継のテレビ画面にカブリついたものだ。サイコーなのはコントロールラインを通過するころ、真横のレイニーに向かってシュワンツがメンチ切るトコロですね(w このレース1戦だけで、文型春秋のスポーツ雑誌「Number」が出していたスポーツ名場面のセル・ビデオになったくらいだもんね。
カリフォルニアン同士のこのライバルは、このレースを始まりとして数年間に渡って激しくも魅せるドラマを作り上げていくワケだ。今ではテレビでのモータースポーツ・レース観戦なんてコトには食指が動かなくなったワタシだが、ああ。イイ思い出であったことよ。ヨシ。「WGP」系のネタについては、改めてもう1本、動画を中心にしたエントリーを書くことにしよう。いつか、ネ(w

【かるく追記】
このWGP系の往年の名レース、「ニコニコ」をチェックしたら垂涎モノの動画がゾロゾロ出ていました。OK。価値あるそれらをバックアップ映像としてご紹介しておこう。
まずは1989年のスズカGP、当時ワタシも熱狂したTXの録画中継をコンプリート。音声がモノラルってのがアレですが、あのときのコーフンが蘇る。清水氏のコメントも、リアルに良く覚えているもんだ(w では、どうぞ。
ビバ、
さて、もう1ケ、この1991年のドイツGP、ホッケンハイム・リンクのシュワンツ鬼ツッコミも、「ニコニコ」の方が断然イイ。千年屋アナと福田サンのジャパニーズ・コンビだからね。

ア・ラ・カルトCM:0

RIDE&TREK@尾瀬 DAY3

2008/10/05(日) 22:48:23

【9月15日・月】
3:30、起床。なま氏にモーニング・コールをしようとしたが、いやらしく今回も先に起きておられた。いつかリベンジを誓う(w 星が見えるような見えぬような、ビミョーなお天気ですが、迷わずトレッキングを決行する。豪勢に薄切りモチを5枚投入したマルタイラーメンを喰って腹パッツン。撤収タイムはいつも同じになっちゃうんだよナ。5:15、デッパツ。

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「T」氏には「どうする?」と本日の抱負を聞いたのだが、やはり「たりーッス」とのこと。御池の駐車場で再会を約束します。いやその。メットなどのライディング・ギアをクルマに預けてあるんで先に帰られたら、リンダ困っちゃう(汁 キャンプ場では、どうやらワシら2名が最も早いデッパツ組のようだ。

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燧ケ岳という山はピークが2ケある。今回のルート「見晴新道」では最初に到着するピーク「柴安(しばやすぐら)」が最高峰となり、海抜は2,356㍍。ちなみに東北地方で最も高い山になるとのこと。見晴からの標高差は940㍍。そうして「御池」までの下山ルートの標高差も850㍍と、けっこうキツそうなワケです。再びフル装備のザック重量およそ17Kgほど背負って登るワシら、はたしてどうなるコトやら。さて、登り始めは鬱蒼とした原生林ゾーン。尾瀬を象徴する木道とは、しばらくオサラバできそうです。

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徐々にルートが立ってくる。半袖Tシャツの上に着ていたウィックロン長袖ポロシャツが暑いから脱いだっけ。そんなコンディションです。周囲はガスに包まれていたが、なんとなく快方に向かうムードあり。

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ほら。振り返ると尾瀬ヶ原が「ちょっとだけよン」とチラ見せしていたり(w

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「漢」らしい直登ルートだから、登れば登るほど結果が景色に現れる、といいましょうか。ココらは下部森林ゾーンを抜けて灌木ゾーンに入るあたりだったか。後続する「なま」氏の帽子の見えかたで急傾斜をお察しいただこう。やっぱりシンドくて、30分歩いて5分強休むというスローペースを崩すコトができぬ(汁 この登りでは、4組くらいのヒトたちに抜かれていったんだっけ。

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8時くらいに、ようやく森林限界を突破。岩場っぽいルートになって、単調な登りではなくなりました。あとひといき。

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8:40、「柴安」に到着。ほら、なまさん。着いたぜ。

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登頂を祝って、今回はハイタッチなど。山頂はけっこう広い。少し風があるが寒くはない。45分ほど滞在したのだが、都合20名くらいの登山者がいました。

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まるでワシらが登りきるのを待ってくれていたように、周囲のガスが引いていきます。山頂の反対側に移動したら、尾瀬沼が望めました。しかしカラダを半身に引いて写ってるのにデヴに見えちゃうとは、世も末だわな(汁

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至仏岳は結局その姿を見せてくれなかった。尾瀬ヶ原の中央手前、樹林との境目に「見晴」の小屋の屋根が望める。

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さて、長居をした柴安から、もうひとつのピーク「俎(まないたぐら)」へ向かうとき、ワタシは下りだしのこんな岩場で、2㍍ほど転落しちまった(汁 いや、登ってくるヒトを避けて、ザックを背負った状態で30㌢くらい岩を滑り降りようろうとしたんですが、そのザックが引っかかってカラダが横に流れ、転落したと。ああっ。恥ずかしい。脚とか腕を骨折しなかったのは、ホントにラッキーでした。左腕の打ち身と軽い擦過傷のみ。思わず守護霊さまと毎年お参りを欠かさぬ寒川大明神さまに感謝を捧げる。
周りからは「大丈夫かっ?」と声が飛びましたが「いやあ、足が短くて届かなかったの」と笑いを取った。ホントは足がブルブルだったんだけど(w 落ちたとき、左顔面を軽く岩にヒットしたらしくメガネが飛びはしなかったものの、右の鼻あてが消失。あーあ。もちろん装備には予備メガネも忍ばせてありますが、しかし修理代がネ。

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双耳峰の「俎」から柴安を振り返る。なかなかカッコよろしい。ちなみにこの山名「まないたぐら」を読めない登山者も多いみたいですね。「ぐら」は険しい岩場とか、そんな意味だったかな。ワタシは谷川岳にある同じ地名で学習したものだ。

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9:50、俎をデッパツして「御池」へと下り始めてまもなく、展望が開ける。いつもながらワンパターンなヨコ映り画像なんですが、ええ。好きなんだ、この構図が(w 
ところでザックにくくりつけているカラビナですが、コレは今は亡きフランス製「シャルレ」のビナ。30年くらい前に買ったモノだ。ボナッティやサレワより安かったという記憶がある。シャルレは、調べたら「ペツル」社に吸収されちまったんですね。今は昔。現役の時からザックのショルダー・ストラップにビナを引っかけておくのがクセだった。このスタイル、ワタシは年季が入っているワケです。
画像は北北東方面で、いちばん奥の高い山が会津駒ケ岳。手前の中段台地は「熊沢田代」で、ソコに至るまではガレた急な沢をエンエンと下っていく。

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このルートでは、ピークハントで登ってくるヒトたちが多かったな。だいぶヒザが苦しくなったころ、なんつーか幸せな光景が拡がる「熊沢田代」に出た。木道が象徴的なイメージといえるだろう。

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それにしても気分の良いルートだ。

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楽あれば苦ありは必然の理。ソコを過ぎると再びハードな下降が待っているワケです(汁 下に望むは「広沢田代」。ああ。このふたつの湿原は階段の「踊り場」ってニュアンスが正しいかと。ソコだけなら平和なんですが、その前後は踊り場のせいで余計に急傾斜、という(汁 写真を撮る気もおこらん木製の階段地獄が続いたものだ。雨だったらスリップが怖いルートになるだろう。

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11:30、広沢田代を通過中。この旅で最後の田代です。まもなく、尾瀬のこういった場所は「草紅葉」と呼ばれる色づいた眺めを味わわせてくれるらしい。やはり季節を変えて訪ねるに値するエリアなのかも知れないな。

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そんな長閑な思いを打ち砕いてくれる下山路のファンキーっぷりを見よ(w もう、ヒザはカックンカックンですよ。


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12:35、御池に到着。やっぱりコースタイムどおりであった。「T」氏と合流、バイクの準備をアタフタ整えて、ひと袋残っていたアミノバイタルを飲んで、13:10にデッパツ。

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往路とほぼ同じルートで帰るコトに。「ライド&トレック」という旗印、これは予定どおり完遂しないとネ。ところがロング・ダート「川俣桧枝岐林道」の峠から先となる下りで、疲労したカラダにフカフカの路面がシンドイったらない。ハンドルを取られるからね。そういえば峠で休んでいるとき、当初はベースキャンプにする予定だった「シルクバレー」の宴会イベントに参加していたというオフ・バイク乗りに遭遇しました。やっぱり夜はスゴかったらしい(w 馬坂林道はメンドーだからパスして、土呂部経由でK23へ。

初日の集合場所だった川治温泉北には、15:20着。コンビニの見切り弁当があまりにもお値打ちで、つい2ケ喰いなど(w たくさん運動したからOKでしょう。そうして、この場で解散。降りそうで降らないお天気の下、R121を南下して「今市」ICから高速へアクセス。もう、疲れているから下道はイヤなのだ。とはいえチンタラ長い東北道もツライ。忍の一字でメーター読み100km走行を重ね、19:00に帰宅。

ワタシのアウトドア遊びの志向も、およそ年単位くらいでフラフラと流れ漂っているワケですけどネ。現時点の理想スタイル「ダート走行+極楽キャンプ+トレッキング」ってのを、この3日間でかなえられたから満足です。なにより「尾瀬」がこれほどイイ場所だったとは。お天気に恵まれた旅だから印象もより深まったと思えますが、コイツは季節を変えて何回も通えるエリアだよナと、ロック・オン。ヒトが少なそうな時期を見計らって再訪を誓おう。

バックパッキングCM:0

超人伝説(前篇)

2008/10/02(木) 20:38:32

「超人伝説」というタイトルの大昔のVHSセルビデオを持っています。今回は、モータースポーツ系の昔バナシなど。

さて、このビデオを買ったのは、たしか1987年。大阪に転勤した年の暮れ、だったか。当時は珍しい各種モータースポーツの「オンボード映像」をかき集めて、それのみで構成してある。すべて「Rothmans」カラーの車両だから、モータースポーツ系スポンサーの一大勢力だったタバコ屋「ロスマンズ・レーシングチーム」のプロモーション・ビデオクリップをリメイクしたモノだったのだろう。

ワタシは「オンボード映像」が無性に好きなのです。自分には出来もしない世界とテクニック・レベルをバーチャル体験できるところが、ですかね。当時は2輪のWGPに夢中だったから、もちろんソチラの動画を見たい、所有したいという理由でこのビデオを買ったのだ。今ではごく当たり前の映像かも知れんけど、20年前なんか、超レア。もう、カブリツキだった(w

ところが、です。最初に登場する動画、4輪ラリーのヤツでワタシはブッとんだ。いやその。有りえないスピードなのだ。そのころはWRC のコトなど何ひとつ知らなかったから尚さらです。ノックアウトされた。そんなオンボード動画群がバシバシと、今なら「ようつべ」で、まったく同じヤツも「うp」されているではないか。いやしかし、グッジョブではないか。それではまず、ワタシがブッとんだその動画からごらんいただこう。
【追記:2009年7月】
久しぶりに見ていたら、この動画、オトがズレている、そんなムード。ソースはVHSだと思うのだが、うp主のイタズラか何かか?

1983年、ターマックの1戦、ドライバーはフィンランドの名手、アリ・バタネン。クルマはオペルのマンタ400、駆動はFRです。
1分45秒、コ・ドライバーのテリー・ハリマンが「なんてこった」と英語でボヤく部分がワタシは大好きで、長らくそのセリフが「ジーザス、ゴッド…」だと思っていたんだけど、「DearGod」と書かれている「ようつべ」があるから、ソッチなのかも知んないなァ。それから大多数のヒトも、このバタネンのリカバリー・テクを見るのが好きなようで、この部分だけの動画がいくつも「うp」されています。

この接触場面で「神よ」とボヤくそばからバタネンが「次、とっとと言え」とせっつくのも面白いし、ハリマンの読みクセなんだろうが「メイビー」連発は如何なモンかとか、「K」の前に必ず半拍間をあける点も興味深い。おそらく「K」はクランクのコトで、カックン・コーナーでは気づき忘れのクラッシュなんてのが多いのかも知れない。ところで、どんな道を、どんなクルマでブッ飛ばしているかといいますと、こうだ。ビビるべし。房総の「舗装林道」レベルを全開、でしょ(汁 続編が「Vol.5」まであるから、いろいろなシーンが見られます。ロスマンズ・カラーはイイよな。ワタシの好みです。

同じくバタネンのオンボード、ターマックでの2レース分の動画です。のっけからハリマンがテンション高し。こちらのコースの方がタイヘンそうではある。一方、グラベルの動画もあります。超クロスしたギヤレシオがキモチいい。最後のあたりでバタネンがコ・ドライバーに「グッジョブ」とサムアップする。イカス。

アリ・バタネンも今では政治家だそうですが、ラード的には彼のイメージといえは、80年代の終わりごろ、黄色いプジョーで「パリダカ」を制覇したウイニング・ゴールのシーンだなァ。ナゼかボンネットに腰掛けてガラスのコップで牛乳を飲んでいる、という(w 最後に、マンタ以前(1980年)ですが、フォード・エスコート時代のブンブンな動画もどうぞ。現代とは大いに車両のイメージが違う。オバフェンがカッコいいが、えらく運転しにくそうです(w

さて、「超人伝説」ビデオのネタに戻りましょう。4輪のカテゴリーからはもうひとつ、SWCのレースが3篇、紹介されていた。みるからにモンスターなポルシェ962Cのオンボード動画だ。まずは、1985年のルマン24時間
ドライバーはリチャード・ロイド。ローリングスタートのウォームアップ・ラップ時に隊列を守らぬクルマに「ファッキン!」と毒づきまくるから面白い。この「ようつべ」では、その2ケ所が意図的にボリュームを絞っているんだが、なんて余計なコトを(w 当時は全長6Kmに及ぶスーパー・ストレート(2:25から)が大迫力だ。時速360Kmくらいなのだろうか。

それと、ホッケンハイム1000Kmだ。ドライバーは名手ジャッキー・イクスで、コチラはルマンよりもガンガン攻めてるムードが勇ましい。コーフンします。ホッケン・リンクは2輪のGPでも隔年開催されていたっけ。後半に展開する伽藍のような観客席スタンドが、ワケもなく迫力あり。

もうひとつ、新たにイワクつきのレースを貼りましょう。同じく85年、スパ・フランコルシャン1000Kmレース。こちらはMC付きだから分かりやすい。オンボード映像はヨッヘン・マス車。
ところが、そのレースでジャッキー・イクスは接触されてクラッシュ、リタイヤする破目に。ステファン・ベロフが有名な変形S字の「オー・ルージュ」(ヨッヘン・マスの動画で2:52のところ)で無茶な追い抜きを図ったのが原因なのだが、仕掛けた方が事故死する。これがモータースポーツの現実でもある。

ポルシェ962のヒストリーをまとめた動画も発見しました。合わせてごらんいただこう。

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