ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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山について思ったこと(番外篇) イカポンの巻

2006/12/20(水) 01:03:54

季節を問わず、合宿時の昼メシはいわゆる行動食だった。休憩時にテキトーにつまむもので、ワタシらは「レーション」と呼んでいた。なぜかココだけ米軍式のネーミング(w ちなみに日本の登山・アウトドア界における固有名詞ってヤツ、各国語が入り乱れてグチャグチャなんだな。

基本はドイツ語と英、仏語。近年は米語も加わった。なぜかと述べればキリがないが、明治末期から大正時代にかけて日本に輸入された「アルピニズム」というスポーツ的(それまでの「登山者」なんて坊主かマタギだけだもんw)な概念はすべて欧州が発祥であり、本場アルプス圏ではドイツ語メインだからだ。つまりザイルとかハーケンとか。近年では「岩登り」もアメリカナイズされちまったから、それらの呼び名もロープにピトンと変わってきたけどね。

脱線した(w レーションについて続けよう。小分けのビニール袋に日別に各個パックしたモノで、各人が自分の分を携行する。パウンドケーキ半切れを主食に、棒チーズ1本あるいは魚肉ソーセージ。他はチョコ4粒あるいはキャラメル2粒とかアメ玉3ケとか、そんな程度の内容だ。これまたスーパーでどっさり買い出してきて、部室でセッセと仕分けしたものだ。2種類くらいで組み合わせたと思う。合宿時にはザックのパッキングはガッチガチに詰め込むワケ(初めは途方にくれるが、結局すべて入れられるもんダw)で、パウンドケーキなんか4分の1くらいに小型化されて固くなってたんだよな。

20061214015250.jpg

夏合宿では「ベーコン」のデカいブロック(3Kgとか)を持っていく。ベーコンは日持ちするから肉の代用だ。数名で使い続けて10日間くらいで喰いきる、そんなムード。保存には気を使ったが。そう。だもんで、長い合宿時の後半になると野菜しか入ってないメシに成り果てるワケだ。それはもう切ない状況だった(汁

写真は2年生時の第1次夏合宿。北アルプスの立山「五色ヶ原」にて。幕営地に到着して先ずはテントを立てた場面か。このときは剣岳から黒部源流の遡行と槍ヶ岳・北鎌尾根経由で穂高まで縦走、さらに定着して北穂・滝谷の岩登りを行う約20日間のフルコースだった。もちろんその間ずっと、この「エスパース」天幕に5名で生活したワケだ。コイツは4~5名用と謳っているから、まあ理論上は可能と判断した、と思う。しかし暑苦しい(w よく窒息死しなかったものだ。

軽量化を優先しない短期間の山行では、レーションよりはマシな昼メシを用意した。とはいえ食パンと魚肉ソーセージとキュウリとかだ。まったく低レベルだな(w この場合も工夫がある。パンに塗るのはジャムではなく、マヨネーズ。これはノドが乾かないから便利で、水分が多いキュウリにも合うワケだ。

悪しき思い出、「流しそうめん事件」をご紹介しよう。長い合宿時には休養日を設けるのだが、そのときの昼メシは何かしら調理をした。ワタシが1年のとき、第1次夏合宿の北アルプス縦走(白馬から北穂まで。途中、黒部の谷「上の廊下」などを遡行)では、一週間ぶりに水が豊富な谷に下って休養したのだ。そのときのコトだが、そうめんが茹であがると黒部川の支流にドバッと放る(w 飢えた野郎ども(9名もいた)がブキを握りしめて殺到する。そんな楽しいアトラクションだ。何回か続けたころ、「うひょ~」とか喜ぶ声のほうをフト見たら、同期の「S」が沢でケツを洗ってるワケだ。ハダシでフリチンで。 し か も 上 流 で 。血の雨が降った(汁

20061214015305.jpg

夏は「イカポン」というイベントが楽しみだった。粉末ジュースの素「フルフル」を(調べたら「カネボウフーズ」から現在も発売中じゃないか)雪渓などの雪にブッかけて、カキ氷として喰らうという荒っぽいイベントだ。しかしこんなのばっか(w 7月終わりごろの残雪なんてゴミだらけだ。ところが冷たい甘味が新鮮なものだからコレがもう、ウマイのなんの。ついついガッツク。ハラ壊す。ポンポンがイカレる。そーゆー語源らしい。まあ、今だったらフツーに山小屋でアイスでも買うのだろうが(w 当時はストイックに山小屋(夏だけだが)での買いものを禁じていたのだった。

写真は同じく五色ヶ原にて。「エバニュー」のポリタン2㍑がフライの下に見える。水筒という装備品、合宿用途ではコイツしか存在しなかった。この「塩ビ」臭がぷんぷんのヤツが。夏合宿時はひとり2ケ、計4㍑を常に満タンにして行動していた。稜線上をずっと数日にわたって縦走しているときは、水の確保がタイヘンで雪渓の切れ端からしたたり落ちるヤツを汲んだりしていた。もう、マズくてね(汁 今なら即、ゲリ腹になっちまいそうなクヲリティーでもあった。

「コジキ」という行為があった。夏の穂高連峰・涸沢という大キャンプ村で何回か目撃したコトがあるが、まったく文字どおりで、食料が切れたクセにまだ登山(とくに岩登りですな)を続けたいヒマがある連中(つまり学生)が、下山しようとするパーティを目ざとく発見して、余った食料を物乞いするのだ。オカズは無理でもコメとか調味料などはガッポリ手に入れられた、ようだ(w

幸か不幸かワタシは未経験で卒業できたが、ワタシの先輩たちは日常的にコジキを行っていたらしい。やっぱり恥ずかしいだろ(汁 キャンプ場を管理する「涸沢ヒュッテ」ではスピーカーでアナウンスしていたものだ。「最近コジキと称して」「モノを与えないで…」なんてのが、切れ切れに聞こえてくる。なんか笑えたね。

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この写真は3名で実施した合宿時のもの。北アルプス「北穂高岳」山頂付近の幕営地にて。背景は槍ヶ岳。約半月間の岩登りのみの第2次夏合宿だった。少人数ゆえに共同装備の分担量が増えるのと、金物が多いワケでザックが重くてね。入山時は40Kgを超えていた。とりあえずワタシが背負った最も重い荷物。でも、こういう高みにキャンプ地が存在するのです(w 最高だよ。眺望がね。どえらく遠いのが難点ではある。

合宿の「差し入れ」についても触れずばなるまい。夏・冬・春を問わず「北ア」で実施する合宿では新宿駅のホームが集合場所だ。当時は山ヤも多く、すごい混雑と活気があったものだ。そこにOBとか先輩が見送りに来てくれる。ニコニコしながら、デカいモノを持ってやって来る。こういった場合の差し入れのキモは「安い・重い・ガサばる」。コレだ(w 

あるときなど、デカい「スイカ」を持ってきた先輩がいた(汁 ワシラはボーゼンとした。当人をおだてまくって、ホーム上、皆で一所懸命に喰いきったのはグッジョブといえよう。冬合宿でダンボールいっぱいのミカンを差し入れられたという悲劇も昔はあったと聞く。いやその。うかうかしておられぬ(w

元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0
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