ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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山について思ったこと (人の巻・その1)

2007/08/30(木) 23:47:09

「天」「地」と続けて「人」で軽やかにシメようと考えていた登山シリーズの最終篇をお届けしよう。
「となりの超人」、今回はそんなハナシです。

DSC03549_800.jpg

昔の登山人口は、信じられないほど多かったようだ。現在47歳であるワタシが社会人になったころに、今のワタシの年齢だった世代は、結構な割合で登山をレジャーとして行っていたようだ。要するに1960年あたりのハナシです。ワンデイ・ハイキングとか数日間の合宿山行とかで、驚くほどの参加者が集う記念写真を見たものだ。そういえば、昔は合コンならぬ「合ハイ」なんつー行事が盛んだったくらいだもんナ(w

さて、ワタシが生まれたころに、山で凄まじい体験をしたオッサンが、ワタシが最初に配属された部署にいたワケです。「S」さんと呼ぼうか。おとなしいヒトだったから、このヒトの若かりしころを想像すらできず、後にある「エピソード」を聞かされて、まあビックリしたものだ。身近に超人がいた、とね(w

そのエピソードをワタシに語ってくれたヒトが、以前、このブログで記事にした、社内山岳部の大先輩(でも変人w)だった故「K」氏なのです。「K」氏は、その「S」さんのエピソード時の山行でもリーダーだったし、さらには、その一件に対する人生を賭けたリベンジとして、言わなきゃイイのに「ヤバい山はコイツで最後」なんて宣言しつつ25年ぶりくらいに同じ谷へ挑戦して、そして死んでいったワケだ。ダークな因縁すら覚える、昭和最後の夏の出来事だった。

故「K」氏の遭難については、この記事の後半以降、とか。
http://uemat.blog33.fc2.com/blog-entry-55.html
コレとかで紹介しましたね。
http://uemat.blog33.fc2.com/blog-entry-106.html

「S」さんのエピソードの舞台、北アルプス・黒部川支流の険谷「黒薙川柳又谷」(くろなぎがわ・やなぎまただん)でのパーティ分断・単独生還事件の顛末については「K」氏から、どこかの山のテント内で聞いた。このときは、だいぶクチが重かったという記憶がある。「K」氏を質問攻めにして聞き出したような。ちなみに現場の柳又谷とは、こういう場所だ。
http://www1.gifu-u.ac.jp/~ishigiwa/kiroku50.html
(この遡行記、以前にもを貼らしていただいたが、ベストな山行レポと感じ入るので、今回も引用させていただきます)

ここで皆さんに解説しておかねばならないのは、「沢登り」というジャンルのコト。そういう日本ならではと云えるバリエーション登山があるんです。フツーの山登りなら尾根とか稜線といった凸な地形を歩くのだが、沢登りは凹んだ谷を、わざわざ溯行(そこう)する。もちろん登って楽しい、面白い沢がルート化され、紹介されている。技術レベルと気候などに合わせて、目標に向かうワケ。装備もスキル上でもロック・クライミングのものを応用していて、基本的にはパーティを組んで溯行する。滝を直登したり、ゴルジュと呼ばれる狭い岩の廊下状を突破したり、いろんな課題が次々と登場するから、じつにスリリングで面白い。荒々しい急流さえも最後にはつつましく可愛い源頭を踏むという征服感もある。心得があるヒトには、イワナとかヤマメを釣る楽しみも捨てがたいだろう。とくに今ごろのクソ暑い季節には実に爽快な、登る「行程」を楽しむ遊びなのだ。

DSC03554_800.jpg

この古い写真は1980年9月末、西丹沢「水棚沢」にて。2段の滝をノーザイルで直登するワタシ。しかしプリントの裏のメモが無けりゃ、もうドコやら分からんね(汁 最初の写真は1980年8月初旬、第1次夏合宿の中盤、楽しいレクリエーションとして溯行した、北アルプス黒部川源流の「赤木沢」。写真のイメージどおりの爽やかな1本。カラ身だね。沢登りはノドが乾く心配がナイところが利点なのだ。

さて、沢登りの各ルートにはグレード(難易度)が付けられている。簡単なものが「1級」。以下、ルートが長くなったり険しくなったり泳いだり、アプローチが遠かったり谷の中で逃げ場が無かったり、ブヨブヨの草付きの壁を登るハメになったり沢が終わってもエンエンと藪こぎがあったりするたびに、グレードはハネ上がっていく。ちなみに最難グレードは「6級」になる。

かつてワタシは、5級の「利根川本谷」を遡行したことがある。1980年の晩夏、大学2年時の第2次夏合宿。最初の写真の半月後のことだ。利根川は言うまでもなく首都圏の「水ガメ」だが、文字どおりその「源」を訪ねるという山旅だったのだ。この時期を選ぶには理由がある。もっとも水流が少なめになること、谷を覆う雪渓(あるんだよ。豪雪エリアだから)が減っていること、そして台風のリスクが少ないことだ。初体験である高難度の利根川本谷には、ビビった。技術的な難しさを恐れたワケではない。陰湿で、圧迫感・閉所感が充満する谷の「佇まい」にアゼンとさせられたのだ。このときは支流の「水長沢」溯行を含めて1週間の合宿だったかな。パーティは4名だったか。カメラを持って行かなかったのが、今となっては悔やまれるなあ。

あるとき、中流域のV字谷の曲がり角で、その先から不穏なナニモノかが漂ってくるのだ。恐る恐る進むと何てこった、デカイが痩せてクレバスだらけの醜い雪渓が、クチを開けて待ちかまえていた。霊気のようなケムリを吐きだしている。まるで巨大な亀がうずくまっているようだ。このときは、奥行き50㍍ほどの雪渓内部をエレキ(ヘッドランプのコトね)で照らしつつ大慌てで突破した。そういうときに限って崩れる法則があるからね(汁 ガッチガチの残雪が崩落したら「トン」単位だから、必死よ。その雪渓の出口では、天地5㍍くらいの滝に出くわして、暗い中で直登したり。まあ、長く深い沢とは、こういった非日常の面白みがあるワケ。そして、ようやく辿りついた利根川本谷の源頭は、美しいお花畑の中にある小さな雪田なのだった。「これが坂東太郎の最初の一滴か」。けっこう感慨ぶかいものがあったね。

すばらしい溯行記を見つけたので、ご紹介しましょう。
真ん中あたりに利根川本谷の写真が、12枚。ワタシの体験より水量が多いが、いやはや明るく楽しい記録だ。泳いでいますし(w 雪渓は「オイックイ」と呼ぶのか、そういえば。けっこうスゴい滝を直登してますね。しかし遠い記憶だなあ(汁
http://www.wink.ac/~ogaoga/niigata2s.html

元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0
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