ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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千葉県在住
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クルマはE46「325i Touring」
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林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
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山について思ったこと 「冒険or挑戦」(後篇)

2008/01/15(火) 23:23:35

DSC04160_800.jpg

次の登山チャレンジの目標は「積雪期のバリエーション縦走」でした。まあその。バリエーションと言っても、ピッケルとアイゼンを使った冬季縦走をしてみたいといったレベルですが。この写真(赤岳石室から横岳方面を見る)が、象徴的ですね。
こういう光景を見たかった。
こういうところをトレースしたかった。

ただし「沢」と同様にワタシの周辺では、そんなヤヤこしいコトを相談できるヒトがいない(w だからコレについても書物などから知識を得て、いきなり実戦デビューをしたという状況ですね。ネット環境が無かったのはもちろん、本や雑誌で得られる情報量も現代と比べたらごく少なかったものです。

目標は最初から「八ヶ岳」に決めていました。それも南部エリアの赤岳や横岳の縦走をロック・オン。理由は、ソコソコ手軽だから。アプローチは便利で入山者も多いからラッセルの心配が少ない。またベースとなる小屋「赤岳鉱泉」は快適で、気候も安定傾向のうえ各所に山小屋もあって安心できる。そのくせ主峰「赤岳」はアルペン的な風貌を備えた2,899㍍と勇ましい。ソロの冬山入門者にはイイことづくめというワケです。ついでに言うと、実施時期は高校3年生になる目前、3月下旬。もちろん厳冬期よりも何かとラクな部分が多いワケですが、つまりこの記録は「春山」登山というのが妥当ですね。

wiki「八ヶ岳」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E3%83%B6%E5%B2%B3
wiki「赤岳」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%B2%B3_%28%E5%85%AB%E3%83%B6%E5%B2%B3%E5%B1%B1%E7%B3%BB%29
wiki「横岳」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E5%B2%B3_%28%E5%85%AB%E3%83%B6%E5%B2%B3%29

もちろん、この計画を行うに当たっては段階を踏んでいます。前年(1976年)のゴールデンウィークには、今回と同じ山「赤岳」ですが、東側に伸びる「真教寺尾根」から友人とピストン。宿泊した頂上にある小屋では1枚の布団に3名で寝る超カオス状態と、帰路では初体験となる吹雪を突いての下山というヒドい、否。得がたい体験をしました(w  その半年後の12月中旬には、ピッケルを購入して奥秩父の最高峰「金峰山」に岳友「H」君とアタック。また、そのころ読んだ新田次郎の名作「孤高の人」にキッチリとカブレていたので、直前の1月と2月は雪の「丹沢」主脈縦走の「横断」(バカ尾根から犬越路へ)と、「縦断」(バカ尾根から焼山へ)をカモシカ山行(2日の行程を日帰りで)で実践するなど、17歳になったばかりのワタシは気合い十分で八ヶ岳に臨んだものです。

DSC04142_800.jpg

これが当時の記録メモ。最初のページですが、その前に当時(1977年3月末)の諸物価が興味ぶかくてネ。「セブンスター」(大きな声では言えないがw)1箱が160円。国鉄「新宿=茅野」間の片道運賃が1,440円。駅売り朝刊(おそらく朝日新聞)が50円。そして山小屋の素泊まり1泊料金が、たったの2,200円です。

この山行に備えてアイゼンを買ってますね。今は亡き「東京TOP」製。たしか10本歯のモノ。大学時代は即「サレワ」の12本歯に買い換えたので、幸うすいヤツでした。ストーブについては「学校のガスコンロを持っていく」とあり、またスペアガスなるブツを事前購入しています。むは。すると当時のキャニスター・ストーブと言えば「キャンピング・ガス」製品しか有りえないハズだが、山岳部の共装で、そんなヤツを持っていたワケか。いやハァ。火器といえば「マナスル」の灯油ラジウスしか記憶に残っていなかったワタシです。

DSC04156_800.jpg

3月26日、入山日。自宅を早朝にデッパツ。新宿から中央線のドン行に乗車。茅野駅から乗り合いバス。終点から山小屋「赤岳鉱泉」まで、3本半のアプローチ。この日、山のお天気は画像のようなムードでした。ちなみにこの翌々日、右から左へと縦走する「横岳」です。画像左のデカい岩峰が「大同心」。その右上に「小同心」。これらは大学山岳部時代の2月に、何度か氷壁登攀しました。まあその。イノチを粗末にしちゃイカンと(w

DSC04158_800.jpg

3月27日、2日目。寒冷前線による吹雪を突いて赤岳をピストン。頂上にて記念撮影。地形が分かりづらいから(ハイ。じつはワタシもでしてw)地図を貼りましょう。
http://www.naganogakuren.net/tozanMap/saniki/05yastugatake/03akadake/index.htm

DSC04140_800.jpg

行動メモによると、単独行者2名とワタシで連れだって行動してますね。おk。元祖オフ会と呼びたいぜ(w  写真で見るかぎり、ワタシのウェアは下が雨具のズボンで、上衣なんざ防水性のないウインドブレーカーですよ。メモに「赤岳石室の破れた窓から入って休憩」とある。コレは現在の「赤岳天望荘」なのでしょうね。つまり地蔵尾根を使って、この天候の中を3本で登頂しているワケか。ガッツだ。無事でヨカッタ(汁

DSC04163_800.jpg

3月28日、3日目。うって変わって無風、ドピーカンです。横岳から硫黄岳の縦走にデッパツ。地蔵尾根(写真の左側に)に取り付く前に、凛々しい「赤岳西壁」を仰ぎ見る。やはり数年後の2月、この壁の「主稜」だの「ショルダー右」リッジだのを登攀したのは、今は昔(w

DSC04162_800.jpg
 主稜線に上がって、赤岳石室付近から赤岳を望む。これこそワタシが夢想した冬山の姿。コーフンしたものです。八ヶ岳というのが、四周をグルリと一望できる超絶パノラミックな山岳なのだから、それはシアワセだったコトでしょう。
(画像の元写真、このときは一眼レフを持って行ったので、少し退色してはいますが本来はキレイな仕上がりです。いつかスキャン画像に差し替える予定)

DSC04165_800.jpg

稜線から横岳方面を見る。横岳というのは、ゴジラの背びれ風ギザギザの集まりだから、なかなか荘厳な写真が撮れるんです。右側の岩に張りついた氷は「エビのシッポ」と呼ばれるモノ。

DSC04168_800.jpg

横岳主峰あたりで誰かに撮ってもらったもの。この写真を当時のクラスメートに見せたとき、「なんでオマエはこんなに足が短いのだ」などと逆ギレされのですが、あのその。まあその(w サングラスはアメ横で買ったレイバン風パチモノ、1,000円くらい。そういえば、このころまでは視力が良かったんだっけ。裸眼で1.2くらいあったんですヨ。しかし1浪して大学に入ったときには0.1の「C」が判別できなかったほどの急降下(汁

硫黄岳から下るとき、もう1泊せずとも、本日中に帰宅できる時間だというコトが分かった模様。大急ぎで小屋に残した荷物をまとめてデッパツして、再び中央線のドン行に乗りこんで、その晩23時に帰宅しています。

さて、今回ご紹介した山行記録たちは、実際、たいしたものではナイです。ただし、それはオトナの視線としてみた場合はという注釈がつくと心得る。いや、ぜひ註釈を付けたいところだ(w 現代ならネットで「あのー。ボクが登るべき手ごろな冬山ってドコがイイでしょうか」なーんて他力本願寺に質問しまくりゃ、モノズキな誰かが答えてくれるかも知れませんがネ。高校2年というヤングが、独学のうえで行った山行としては「ちょっとヤルじゃん」と思われませんかそうですか(汁 

あのころ、「死ぬかもしんない」「いや、死なないにしても半身不随になるかも」とドキドキ、いやホントはオロオロしながら登った山でした。でも、「無謀」な登山では決してなかった。ワタシとしてはキチンと準備したつもりだから。では、あれは「冒険」だったのか。たしかに自分のボーダーラインを冒したのだから、それは正しい。しかしそれ以上に雪に挑み、滝と戦った「挑戦」の対象として、これらは大切な思い出になっているようです。

ま、そのワリにはディテールを忘れていますけど(w そして今なら、あるいはこれからは、挑戦などという青くさい対象ではなく、山には「和むため」に行きたいと思うワタシでもあります。


元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0
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