ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ケムリの行方(4)「マイ・タバコ・ヒストリー 番外篇」 集めたモノたち

2008/03/04(火) 15:45:04

次はタバコについての番外篇をお届けしよう。喫煙グッズとか、それらコレクションにまつわる考えかたを含めたアレコレです。いつもハナシが長くなる。ああっと。番外の前篇、でありマス(w

先日、ヨメがキッチンの天袋を片付けていて、あるハコからドッサリ出てきたのが、マッチだった。保管しておいたコトを忘れて久しかった。「ただちに捨てよ」と厳命が下ったのだが、どれも古いもので、そのころの情景などがビシバシ思い出されたワタシ、思わず知らず「おもひで」にひたってしまったのだった。

DSC04183_800.jpg

昭和の終わりごろ、どんな場所でも誰の前でも遠慮会釈なくバシバシ喫煙していた「芦屋」に住む独身のワタシは、ちょっと考えた。ああ。住所表記では神戸市東灘区ですが。マンション名に「芦屋」と誇大表記されていたのだ(w もちろん世間的にもラード的にもバブリーな時代で、クリスマスには3年連続でティファニー製品を違う女性にプレゼントしたり、バイクを3台所有したり、彼女をウチへ呼ぶためにラブソファ(たしかそんな名前だったw)だのバーカウンター・セットだのを買ったり、なんつーオロカな行いをしていた。
カッコつけるには、100円ライターなんかじゃイカンのではないか。シブくキメるには小道具が必要ではないかと、そう考えた。で、タバコはマッチで火をつけることにしてみた。思い描いてもみよ、その着火動作の煩雑さを。そうして、それがビシッとキマったときの美しさを。あくまで自分のスガタを美化しまくっている事実は、ヨコに置いといてだ(w

まず、セブンスターをクチにくわえる。このときの位置は唇の中央ではなく、少し左オフセットで。左手の親指と中指で持った箱マッチを、人差し指で中箱を手前にスライドさせて開ける。このときマッチの「頭」が手前にくるよう、また箱のヤスリは右側に見えるように普段からセッティングしておくのが望ましい。さて、右手親指と中指でマッチをつまみ、1本取り出す。あくまで優雅に(w で、親指で中箱を押し戻しつつ長辺を指2本と1本にして持ち替える。右手親指・人差し指・中指でシッカリ保持した1本を、「やすり」の手前10㌢で仰角30度の位置から思いきりよく振りぬく。周囲に風が吹く場合なら、さらに手間が増える。着火したマッチを右手親指と人差し指に持ちかえ、左手(相かわらずマッチ箱もつまんでいる状態なのが高等技術を要す)および右手を美しいボウル状の風よけにカタチ作りながら火を絶やさぬよう養生しつつ、顔を近づけてタバコに火をともす。この際、あくまで手の位置は動かさずに首を近づけて着火するべく心がけたい。無事にタバコに火が入れられたら最初のひとクチを大きく吸いこむ前に、右手のスナップを効かせつつ上からマッチ棒をエレガントかつ勢い良く振り抜いて、1発で消火させる。

文字にするとココまで精密な諸動作を要するマッチで着火の儀、最高。シブいだろ(w さらに言うとブックマッチの場合は。いやいや。もう、ヤメておこう。コチラの方が、より繊細さを要求されるから流れるようにこなせば「粋」だけど、モノとしては非常用という印象があるのは否めないよね。

さて、上の画像のマッチについて述べてみようか。「パイプ印」は国産の汎用品だが、ワタシには馴染みだったのとデザインがイケているので使った、のだと思う。徳用の大箱は昔なつかしノスタルジーから。コミック「三丁目の夕日」でも各家庭の台所に常備された記号的な道具で描かれている。とにかく使いでがある(w メーカーは「ダイドー」といい、ググると現在も営業中の模様で、なんの因果か神戸に本社があるのだ。
「OHIO BLUETIP MATCHES」は神戸・三宮の「東急ハンズ」で好んで買っていたもの。昭和末期で8個パックが300円か。消費税も無かった時代だ。コレはいわゆるロウマッチで、長くアメリカで愛用されてきた。ほら。カウボーイがブーツのカカトでシュッと擦る、アレですよ。実際は、あんなカンタンに着火できないワケだが。でも、この涼しげなアメリカン・デザインと多少のプレミアム性、しかしドトーのウンチクが加わって、ああ。あの美しい5年間ほどは彼女を切らしたことが無いワタシなのだった。ま、ハナシ半分ですから念のため(w 現在でもフツーに着火できるこのオハイオ・マッチは、知らぬうちにデッドストック品になってしまったらしい。悲しいかな、時代は流れる。
http://www.nostalgia.co.jp/matchlab/info_world.html

DSC04180_1024.jpg

これらもキッチンから発掘されたモノ(のごく一部)で、飲食店系のマッチを並べてみた。収集時期は先にも述べたように20年前後の昔のこと。エリアは関西がメイン。面白がりつつ解説を少々(w マッチのカタチはご覧のように箱入りとブック型に大別され、あとは大きさと各店のデザインで千差万別というワケだ。ブックマッチもヤスリ面の位置違いがある。
真ん中の「ジョリー・ロジャー」は、1990年だかにワイキキで入店したカフェバーではなかったか。恐ろしいことに、ある出版社の招待で、アゴ・アシ・マクラと日々のこづかいまで頂戴したバブル時代のタマモノ的旅行。当時はかの禁煙大国でも名入りマッチを常備する余裕があったのですナ。しかし3年ほど前からは、米国圏へ渡航する際、ヒコーキへのいかなるライターと箱マッチの持ち込みが禁止されたのだそうだ。さあ、スモーカー。もうワイハも逝けないね(w

左上の「珈琲ん」は、神戸のたしかトア・ロードにあった店。大ファンだった筒井康隆氏のエッセイ集「狂気の沙汰も金次第」だったかに書かれたエピソードがあったのだ。電話帳で「ん」で始まる店など無いから目立つぞ、なんて書いたらホントにそんな店を開いたヤツが出たとかナントカ。店の印象は何ひとつ記憶に残っていないけど。
妙に小っこいマッチは「マンドリーノ」という神戸の喫茶店だったようだ。しかしコイツは、ウケねらいかっての(w 軸の長さは2㌢弱だもんね、楽しいけど。
右下の「草泊り」は九州・阿蘇の「やまなみハイウェイ」というパラダイス・ロードの近くにあった民芸調レストラン。新婚のGWにヨメとオンロード・バイク「ゼファー」の2ケツで旅したとき、お昼を喰った。各テーブル代わりの囲炉裏で焼く地の食材が豊富で美味かった。平成の初めにあっては斬新な店舗スタイルだったし、なにより立地が素晴らしかったから今でも印象的なのだ。

右上の「カナダ館」と「ドライブインなぎさ」は高知県の店。「なぎさ」は土佐清水市と書いてあり、それがドコにあるか今ではオボロなので調べたら、足摺岬の根元にあった。ワタシは平成元年から5回くらい、四国を旅した。もちろん「ナチュラルツーリング」の記事などにカブレて訪ねたワケだが、言っちゃなんだが20年前の四国各地なんざ観光地としてはクソで、ところが林道野宿ツーリングをするには桃源郷なのだった。今も鮮烈な印象が残る最初の四国林道旅、GWの7日間では四万十川の河原で、同じくバイク旅のヤングたちと意気投合、川エビを獲って茹でて喰ったり、「楽しんでください、四国の道を」なんてカッコいいフレーズを別れ際に言う4駆乗りに感心したり。山中で立ち止まって地図を確認していたら声をかけられたワケで、そのヒトは「ツールド・ブルー・アイランド」という四国を舞台にした現在も続く大規模なラリー・レイドのスタッフで、ちょうど第1回目のレースを実施中だったのだ。帰宅してから知ったコトだけどね(w

DSC04170_1024.jpg

お次はホテル・旅館の思い出ぽろぽろ。もちろん宿泊記念だから状態もきれいだ。上の「オクマ・リゾート」はケッコン前のヨメと夏に訪ねたが、ファミリーだらけでゲンナリ。左上の「メリディアン・パシフィック」は新婚初夜を過ごしたところ。左下の「ANAゴールドコースト」はハネムーンの2ケ所目の場所。ビーチはトップレスだらけで、ひとりコーフン(w ピンクのブックマッチはもちろんワイキキの「ロイヤル・ハワイアン」で、夫婦で宿泊した最高クラスだな。もはや有りえない(汁 日に3度もベッドメイクが入る鬼ホスピタリティに感心したものだ。その下に「シェラトン・マウイ」ってのがあるが、これはヨメが臨月のとき、ある出版社の招待旅行で、3泊5日。ヨメが苦しんでいるころ、体験ダイビングやらホエール・ウォッチングで遊び倒していた(w

「宇奈月グランド」は20年前の夏、かつて記事にした「K」さんの遭難事件で会社の捜索隊本部が置かれたホテル。豪華なメシが喰い放題、ではあった。
右の「運龍」は伊豆にある高級旅館で、千葉にマンションを買うまでは何回か通った素晴らしいところ。なんたって裏に山ひとつ所有していて、山頂までワイルドな花の散策路をこさえているほど。数年は盆暮れに地どりのいろんな作物を贈ってきたっけ。ま、不動産のローン・レンジャーとなると失うモノが多いってこった。

中央のブックマッチは道東の「チミケップ・ホテル」。独身の野宿旅人時代にキャンプしたチミケップ湖畔に建つ北欧調の瀟洒なホテルで、ワタシの憧れとなった。それから6年後、ムスメが1歳児の夏にマイカーで北海道ツーリングをしたとき、ようやく宿泊できたのだが、なんか夢想していた通りの最高のホスピタリティを受けた。忘れられない家族の記憶だ。
さて、赤いヤツは南房総の「アクシオン館山」というコスタ・デルソル・ムードの高級リゾートホテル。ある夏、ココのハート型屋外プール(の水)でヒドイ目に遭遇した。少し疲れ気味だったワタシ、千葉まで帰宅ドライブ中に左耳の奥がギンギンと痛くなり始めた。そうして覗いた館山市内の耳鼻科は大混雑であるという「運命」(w 諦めて何とかガマンししつつ自宅に戻ったのだが、それから一晩中、万力で「ウメボシ」(分かりますね?)されている状態で一睡もできずにシクシク泣き続けた。これ、たまたま鼻からウイルスが入って中耳炎を発症したとのコト(2軒目のお医者から「バッドラックでしたね」と言われて、ようやく癒された。ひるがえって最初のヤブ医者はモノも言わずにコネくり回しやがった)なのだが、それが分かる数日後までは不安でもあって、忘れられない真夏の悪夢だ(汁

ア・ラ・カルトTB:0CM:0
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