ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ラード的音楽の旅路 「18歳の転向」

2008/04/04(金) 22:54:40

DSC04557_1024.jpg

4月4日は、ラード的メモリアル・デイなのです。
1978年、ちょうど30年前のこの日、あの「キャンディーズ」が解散コンサートを後楽園球場で行ったから、なんだけどね。そのコンサートは歴史的なものになったのだが、ワタシはその模様をテレビでOAされたとき、たまたま観た。そうして、そこで展開された光景に魂を抜かれたのだ(w なんかもう、ワケもなく感動したんですよ。
すごくショックでもあった。一途に壮絶な応援を繰りひろげている大観衆に対しても。しばらくして再放送もされたのだが、そのときはラジカセをテレビのスピーカー直前にセットして、カセットに録音。それからはそのテープを何回もいつでも聴き狂う、なんつー状況にまでなったのだ。

自分でもフシギとしか思えん(汁 
だって、その直近の数年間に聴きこんでいた音楽は「クリーム」「ツェッペリン」などであって、女性は唯一、リンダ・ロンシュタット。あるいはラジオ関東「全米トップ40」のチャートを毎週書き取るといった、すべて洋楽オンリーの興味で生きてきたから、なのだ。ワタシが高校生になった1975年から3年余は、歌謡曲の番組などナニも見なかったくらい徹底していた。そして自室に引きこもり、たまに登山に出かけていたようなモンだったのだ。
微笑がえし

そんな体たらくだったワタシ、予定調和的に浪人生活をスタートさせるハメになった。いわゆる「宅浪」。1978年、受験業界ではこのように言われていた。「最後の国公立入試」。コレ、翌1979年1月から「共通一次試験」なるヤヤこしい国立系の受験制度が始まって、受験生の負担が激増するから恐れられていたっつーワケですね。ま、しょせんワタシは私大文系だしヨ、なーんもカンケーないんだかんね、ケッ。明るい未来やら楽しい毎日などは考えられない1年間を思い描いて、アンポンタンぢゃナイや暗澹たるキモチだった。そういうササクレだった宅浪生活が始まった、ちょうどそのときに「キャンディーズ」の解散コンサートを見たというコトになる。いやもう、砂漠に雨が染みわたるように、ワタシのハートは癒されたワケなのだ。
恋のあやつり人形
哀愁のシンフォニー
やさしい悪魔
つばさ

LP.jpg

やめてから、あるいは無くなって初めてその大事だった存在に気がついちゃう、そんなトンマなワタシの性向は、この後の人生においても非常にしばしば出現するワケだが、このときも地団駄を踏んで悔しがった。
「 全 キ ャ ン 連 に 入 っ て お け ば ヨ カ ッ タ 」と(汁
ガマンできずに、ポイントが貯まっていた近所のレコード屋に特攻し、最終バージョンの解散便乗企画モノ・2枚組みLP「THE BEST キャンディーズ 微笑がえし」を購入した。今も覚えているのだが、馴染みの店員の兄ちゃんが「え。どうしたの?」と聞いてきて、ワタシはこう答えた。「ああっと。転向したんです(汁」。続いて近所の書店にも特攻し、堂々と解散記念便乗企画のキャンディーズ写真集を購入した。

誤解なきようにお伝えしておくと、ワタシはその前年の夏、キャンディーズが突然の解散宣言をブチかまして大騒動になった事件についてはニュースとして知っていたし、あるいは当時人気のバラエティ番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」も毎回ではナイが、楽しく見ていたのだ。
wiki みごろ!たべごろ!笑いごろ!
その1
その2
悲しきためいき(「みごろたべごろ」内のミニ・ドラマ)
CMメドレー

ワタシが最初に買ったベスト・アルバムってヤツは、イージーな企画盤のクセして、けっこうクオリティが高かった。ま、後になって気づいたワケだが。全曲が彼女たちの作詞作曲になるオリジナル名作アルバム「早春譜」からも取りあげられていたし、後述するが、彼女たちのラスト・スパート時に録音された奇跡の名曲群も多く含まれていたからだ。
あらためて聴きこんでみると、その曲たちは多くがじつに味わい深いイイ曲であると感心した。楽曲はもとより彼女たちの歌唱もクオリティが高いコトに、初めて気づかされたのだ。
あこがれ
微笑がえしラストTV

DSC04560_1024.jpg

それからのワタシは、1年の孤独な浪人期間を「遅れてきた、ひとり全キャン連」として過ごしたコトになる(w キャンディーズの過去の作品であるオリジナル・アルバムを買い足していってネ。6枚、だったか。もちろん中にはハズカシくなっちまう歌もあるけどサ(w ワタシの音楽の好みのピンポイントにビシビシ響いたワケだ。このあたりのコメントは、ヒット・シングルの曲しかご存知ないヒトには、ちょっとご理解いただけないだろう。アルバムの中に、じつに味わい深い曲がまぎれていたりするのだ。解散直前には、全曲が彼女たち自作の2枚組LP「早春譜」という佳作もリリースして、さらに一歩すすめていたしね。まあ、このくだりは、wikipediaの記事にワタシの感想に近い内容が的確に書かれているから読んでいただきたい。
wiki キャンディーズ
さよならバイバイ
銀河系まで飛んで行け!

当時はランが好きだったが、今なら断然、スーちゃん。愛くるしい。もっとも、ワタシより4歳も年上なのだが。たしか身長が3人とも同じで、太めにフツーにやせ型と、この点でもグッジョブなトリオ。キャラクターも妹的・おねいさん的・ボーイッシュ的と、これまた全方位的に対応可能な、いま考えても夢を投影しやすい、親しみやすいという無敵のメンバー構成と言えるのではないか。さらにはTVバラエティでの「ヨゴレ」コントもスパッと行える妙齢のアイドル・グループなのだからね、たいしたモンです。
ドリフ1
ドリフ2

有名な穂口雄右氏のキャンディーズ評。氏は中期の傑作「春一番」とラストシングル「微笑がえし」などの作曲者だ。最終話はそのプロが語る奇跡の結実のインサイド・ストーリー、ナミダなしには読めない。
現実となったビジョン

DSC04556_640.jpg

後期キャンディーズに立ちはだかっていた圧倒的なライバル「ピンクレディ」については、ワタシは「転向」する前から好きではなかった。楽曲がコドモ向けっぽいし、そもそもマーケティングが違う。また、ルックスも個人的に受け付けなかったワケで。しかしキャンディーズ解散後のピンクレディはハゲしく歌謡界に猛威をふるっていたのだよナ。
この年の1月から、あの名番組「ザ・ベストテン」がスタートし、何回か見ていた程度だったワタシ、「転向」してからは欠かさず見るようになっちまった。だから1978年の歌謡ヒット界、どの曲も今もよく覚えている。ただし、今度は洋楽なんざ一切聴かないっつー徹底ぶり。いさぎよいヤツよの、なーんてホメていただいてもイイ(w 当時の日本で流行る洋楽ってヤツが、ワタシの大キライなディスコ・ミュージック一辺倒になったってのも大きな理由だけどね。「ジンギスカン」とか「ソウル・ドラキュラ」とか。バカかっつーの。

今から4年前、何回目かのキャンディーズのCDボックス・セットが発売されるとニュースで知ったワタシ、ハゲしく身悶えたのだ。なんとCD12枚という全曲コンプリート、プラス未発表オルタナティブ・テイクとかラジオ番組のトークとかポエム朗読なんかも入ってDVD1枚も付いている。オマケのフィギュアもな。似てないんだが(w さっそくネットで予約をいれました。上代が2万5千円くらいと高価かったけれど、またブックレットなど資料面がお粗末なのは残念だったが、おかげで、今でもフツーに聴きながら通勤しているというシアワセを得られたからネ。

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その大全集の中で、初めて聴いた彼女らの隠れた名曲ってのも、たくさんあったワケだ。とりわけ「キャンディーズ1676日」という11分の大作は、格別だ。サヨナラを惜しむファンへの感謝がメイン・テーマの曲。おなじみのヒット・シングルのフレーズをマゼコゼにした3部作という内容(歌詞がヤッツケ気味なのが少し残念だ)なのだが、その最後となるクライマックスでは、40過ぎたワタシがグッときたね。解散して25年も経っているってのにね。まるでランの歌声が天女のささやきに聴こえるのだ。3人のユニゾンにいたっては神々しさすら覚える。こんな音楽的境地にまで到達していたのか。キャンディーズは、解散宣言を出してからの8ケ月強という時間を全力でフィニッシュ・ワークに勤しみ、そうしてキッパリと昇天していったのだ・・・そんな夢想をワタシに与える、すばらしい歌だと素直に感じ入る。

解散宣言と同時に支援団体としての「全キャン連」という全国的なファン組織が立ち上がり、これまた4月4日の解散コンサートに向けて一致団結して組織的なPR作戦を展開、それまで「オリコン1位」という実績が無かった彼女らに、解散直前で「1位」を献上するナイス・アシストを演出。そうして「わたしたちは、幸せでした」という絶叫メッセージを残して去って以後、3人そろって世間に出てきたことがないという、まあその。あまりにも美しい物語として完結したというのが、ワタシが未だにアーティスト・キャンディーズに入れあげる理由でもある。青臭いコトを言いますが。

きょうは、どっかで解散30周年の記念イベントを実施しているようだね。もう全員がワタシより年上のオッサンに違いないけど、やっぱ絶叫しているのだろうか。合いの手で「ラーンちゃーん!」とか。それはおぞましいかもだ(w 遅れてきたワタシは今回も昔と同じく、眺めているだけなのだけれど、ね。

【追記:2009年7月】
ありがたいコトに、ようつべが大幅にパワーうpしていたのでリファインしました。
たとえば、こんな興味ぶかい動画とかね。猛者だ。「暑中お見舞い申し上げます">暑中お見舞い申し上げます」を当てながら聴くとピッタンコ。しかしランちゃんばっかってのは、いかがなものか(w 
【追記:2010年4月】
ふたたび追加訂正。豊作。





DSC04569_800.jpg

これは1年ほど前、光文社から発行されたムック。1977年という年に特化した、オッサンにはこたえられない内容だった。即ゲット。
青春の真中
季節のスケッチ

DSC04565_1280.jpg

もちろんキャンデーズがらみの10頁におよぶ記事も重要な購入動機である。ちなみに「ようつべ」にうpされている彼女らのCM出演作品は、すべてこのムックの付録DVDがソース。サンヨー電機のエアコン水着CMなんてのも入っている。某「D通」のクリがスーちゃんの水着を見たかったから脱がした、なんつー不確かなウワサあり(w 

む。迷いなく書き足したフロクの記事のコトなのだが、あらためてこの表紙画像を見ると、ナニもフロクについて書かれていない。いくらなんでもソレは、妙。すると別のムックだったか。であればドレだったっけか(汁 いやはや。もっとも30年間とゆー年月を実感させられる事実は、コッチの劣化であったワケか。

ところで、後になって知った「いいハナシ」がある。このフロクの中身は「CMメドレー」として先にご紹介したが、その最後、「広島ナタリー」というローカルの遊園地のCMについてだ。このくどいナレーションのお兄さん(誰だったっけなぁ)も懐かしいが、スーちゃんのセンター時代、初めてCMタレントに器用されたことを恩義に感じていた彼女たちは、「ザ・ベストテン」の最後の出演時にこの場所から中継で「微笑みがえし」を歌ったのだという。グッジョブではないか。そうして、90年代半ばに閉園したこのアミューズメント・パークを懐かしむ人たちもいて、キャンディーズもセピア色の思い出のひとつとして静かに眠る、そんなムードだ。

さよならキャンディーズ
さてさて。この最後に貼ってきた動画ってのが、いつもすぐにデリられてしまうワケですが、久しぶりにチェックしたら何てこった。ワタシが最初、食い入るように見つめたあのTV番組そのものの「ようつべ」がうpされているではないか。ああ…。

そしてさらにビックリ。キャンディーズにもウィスパーカードがあったのネ。これ、70年代のアイドルたちによる、デートでの自己紹介風トークの「ソノシート」なのです。ワタシも中1の秋だったか、憧れのアイドル・小柳ルミ子のヤツを買ってしまったもんだ。いやしかし、懐かしいやら恥ずかしいやらで、カオス(w

思いっきりムギ焼酎でも飲みながら「あのころ」に浸りたい、でもソレは、イマイチおぞましいものだがね。

音楽・映画・本CM:0
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