ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

掘ったイモいぢるな?

カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別


10月 | 2017年11月 | 12月
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -


最近の記事

プロフィール

ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

最近のコメント

データ取得中...

検索いのち(w

Google

WWW検索 ブログ内検索

こんなもんです・・・

カテゴリー

過去ログ

最近のトラックバック

検索順位チェックツール

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

ケムリの行方(5)「マイ・タバコ・ヒストリー 番外篇」 こだわりの原点

2008/06/03(火) 23:58:37

マッチをはじめとした喫煙グッズなどに多少のコダワリを持っていたワタシだが、そういったモノに対する興味、関心を抱くキッカケは、むかし読んだあるエッセイ集から芽生えたと考えている。その本にまつわるネタのみでも記事を書けるはずなのだが、ソコはホラ、何かと組み合わせて身勝手な「ヒネリ」を加えなきゃ気がすまぬワタシであるからして(w では少し長くなるけれど、お付き合いいただきましょう。

DSC04334_640.jpg

その本とは、「女たちよ!」。著者は伊丹十三。単行本の初版は1968年、ちょうど40年前ってコトになる。ワタシは文春文庫版を1980年、ハタチのときに買った。読もうとした動機は今も覚えている。椎名誠(氏がデビューして間もないころだ。新刊を片っ端から読んでいたっけ)が、エッセイの名手といえば伊丹十三であると絶賛していたから。伊丹氏の名作たち、現在は新潮文庫から久しぶりに復刊されているが、そのコシマキにはこういう名コピーが付されている。「この人が随筆をエッセイに変えた」。
wikipedia伊丹十三

この「女たちよ」はノッケから痛快だ。「スパゲッティのおいしい召し上がり方」で、当時の国内外食産業および欧州文化の真似の達人と自賛する日本人に対し、いきなり噛み付くんだもん。「なっとらん」と。ちなみにこのエッセイ、パスタではなくスパゲッティ、ワインではなく葡萄酒という表記で40年前という時代を感じてしまうのは致しかたないが、ともかく正鵠を射る主張なのだ。「スパゲッティは、饂飩ではない」と(w そうして正しいスパゲッティとは何かを熱く語りまくる。
ヤングな皆さんは思い至らないかも知れないが、ココで言うスパゲッティ「ナポリタン」とは、今では場末のチープな食堂でしかお目にかかれないオレンジ色のシロモノを指す。筆者は、そんな炒めうどん状の日本的「ナポリタン」を唾棄しているワケで、ワタシはこのエッセイから「アル・デンテ」という調理の奥義を知ったし、盛り付ける皿はあらかじめ暖めておくベシという洋食の基本的作法も学んだのだった。

さて、その巻頭エッセイだが、日本の幼稚な欧米輸入文化をおちょくる部分で「使い捨てライター」にまつわるエピソードが出てくる。ちょっと引用してみよう。

・・・ ・・・
フランスに「クリケット」というガス・ライターがある。日本でも百五十円くらいで売っている。この値段からしてもうおわかりだろうが、構造もデザインも簡単無比である。ガスがなくなれば使い捨てにしてしまう。
 ところが、こいつを真似た日本製が現れたのである。この日本製は悲しかったねえ。あまりにも日本的なのだ。炎の大きさのアジャスターがついている。ストッパーがついている。ガスの入替えができる。しかもお好みの色と柄を各種取り揃えました、というのだ。
 こんな安物をも飾り立てずにはおられない。それがかえって貧乏たらしいことに気づかない。これは安物だからガスがなくなったら捨ててしまうんだ、というところがクリケットの颯爽たるところじゃないの。なんにもわかっちゃいない、のです。
 スパゲッティだって同じことだ。なにゆえに日本人はスパゲッティに鶏やハムや海老やマッシュルームを入れてトマト・ケチャップで和えるようなことをするのか。
 これはねえ、いいたくはないけど、日本の洋食というのは「一品料理」なんだよ。一品だけ食べて満足しなければならんのよ。つまり貧しいんだよ。ね、だからトマト・ケチャップなんかが好きなんだよ。あの甘ったるい、貧しい味が大好きなんだよ。
 困ってしまう。
・・・ ・・・

ワタシの腐れ文章で伊丹十三の成したユーモアとスノビズムと慧眼と文明評などなどを正しくお伝えできるモノでもないから、ともかく本屋に行って「女たちよ!」「ヨーロッパ退屈日記」「日本世間噺大系」の基本エッセイ3冊はビシッと購入して、ぜひ耽読していただきたい。ハマること請け合いです。「お葬式」から始まった映画監督という後期キャリアでしか氏を知らないのは、じつにもったいないコトなのだ。

DSC04336_1024.jpg

そうしたエッセイの中で「コダワリのグッズ紹介」というキリクチは、文章のプロたちをして「伊丹十三がパイオニアである」と言う。
ワタシが「女たちよ」を読んだ1980年とは、じつはあの田中康夫がデビュー作の「なんとなくクリスタル」で大評判を取ったとき。あの本は、何でもかんでも「註釈」を付けまくって巻末に飛んでもらうのが「面白い」と思ってもらうスタイルだったのと、ブランド名はすべて明記するというナウな世相を文学作品で初めて導入したのが新しかったワケ。まあその。この本の影響でもあるまいが、それまで、たとえば「パンツ姿の犯人」と表されていたのが「BVDのブリーフ1枚で連行される川俣軍司」、なーんてキメ細かく表現しなくちゃいかんレベルに社会は突入していった。
しかしながら「なんクリ」に先んずること10年余の伊丹十三の視点は、こんな重箱のスミにまで及ぶところが、パイオニアたる所以。ハタチのワタシがウロコをはらはらと落とした「世界一のマッチ」というエッセイに注目していただきたい。

・・・ ・・・
タクシーの運転手の中で、時たま、妙に博識な人を発見することがある。
(中略)
「ずいぶん珍しいマッチを使ってますね」
「これ?  別に珍しくもなんともないよ。こりゃあ時計印ってね、台所で使うマッチだ」
「いやあ、台所で使うマッチを持ち歩いてる人は珍しいよ。やっぱりいいんですか、そのマッチ」
「いや、いい悪いよりも、私は日に60本くらい吸うから、普通のマッチじゃ、すぐなくなっちゃってだめなんだよ」
「あのね、お客さん」
「なんだい」
「世界一のマッチって知ってますか」
「いや知らないねえ、そんなのがあるの?」
「BENラインっていいましてね、イギリスから、ヨーロッパ、それからアジアのほうへきてる航路がありましてね、この航路の船で使ってるマッチが世界一のマッチだっていいますね」
「だけどさ、世界一たって、いったいなにが世界一なの?  どこがどう違うのかね?」
 この質問に対して、彼は実に明快に答えたね。おそらく、日本広しといえども、理想的なマッチの条件を即座に述べられる人は、そう何人もいるものじゃなかろう。
諸君はどうかな。
 彼は答えた。
「つまり、一つはにおいがしないことですね。それから、もう一つは頭が落ちないこと」

 その後私は、実に偶然の機会からBENラインのマッチ、十箱入りの包みを二つ手に入れた。一見なんの変哲もない野暮なマッチだが、すってみると、確かに彼のいうとおりであった。軸が黒ぐろと燃え残って決して頭が落ちないし、においもしない。もったいないから、まだ2本すったままで全部とってある。一箱一万円でも売るつもりはない。
・・・ ・・・

文中の「BENLINE」のマッチについて、ググるといくつかヒットする。ちなみに、こんなの。
http://www.matchclub.net/etc/uno16b.html
伊丹氏のエッセイたちの多くは、海外渡航自由化以前で鎖国みたいな状態の日本人に、氏のヨーロッパ滞在体験で得たカルチャー・ネタを軽妙な文章で軽く楽しく伝えるものだ。しかし必ずしも欧州礼賛のみではないトコロが、深い。日本古来の良いもの・良いコトは美徳として尊んでいる。そのあたりの氏のバランス感覚が今の時代でも新鮮な指摘と思える、ともかくタメになるしヒトに語りたくもなるという、そんなエッセイなのだ。

近代ライフスタイル雑誌文化を代表する「マガジンハウス」の、そのマガハ編集者の典型と思える「副編」氏の素敵なブログ記事も、ご紹介しよう。
http://fukuhen.lammfromm.jp/?p=324

20071015190234.jpg

さて、ワタシの身の上にハナシを戻そう。
「マッチでカッコつける」というマイ・ブームは間もなく終息した。え。いやその。メンドーだもんで、やっぱりサ。たしかココ一番のときにはマッチでの演出をしていたかも知れんが、諸般の事由からココ一番とは何か、いまは触れない(w

ワタシは30歳を超えたころから、気に入ったデザインの「ZIPPO」ライターを収集するようになった。画像のヤツは、禁煙という苦行の最中でも捨てずにおいたお気に入りのジッポーたち。この他に当時は20ケくらいの在庫があった。べつにレアとか高価なモデルではない。せいぜいファーストモデルのレプリカとか、その程度だ。ああ。クローゼットの奥深く、探すのがホネかも知れないが、「monoマガジン」創刊10周年記念12ケセットなんつー非売品を持っている。少しは値打ちがあるかもネ。

ま、金の次は銀色のヤツとか、模様の入ったジッポもシブいわな。インサイド・ユニットを換えて外はシルバーなのに中身はゴールドなんて遊んでもいた。コレ、じつは同時期に夢中で収集していた腕時計「SWATCH」の選びかたとも共通。ちょっとしたデザインの違いで、他人(とかヨメとかw)が見たら「同じじゃん」なーんて言われるようなモノ集めというワケ。そうして生まれたばっかのムスメの横でもお構いなし、着火時の快いサウンドを堪能しながらセブンスターをバシバシと煙にしていた。

その当時はワタシが愛する雑誌「モノマガ」でも、気合いの入った企画を展開していた。「ベトナム」ジッポのブームを演出していたこととか、だね。コレ、実際のベトナム戦争に持ちこまれたモノが果たしてどれくらいあったかは知らんが、たしかにロマンがあった。魔よけのような英語の呪文がカッコ良く、またエイジングというか風化というか、塗装のハゲ具合やヒンジのヤレ具合もナイスで、いやその。使いこまれたモノは美しいと改めて感銘を受けたりしていた。

このエントリー、書きかけのまま3ヶ月くらい放っておいたモノなのだが、じつは、その途中で気づいた「惜しい」ネタがあった。
画像でもっとも大きい角ばったヤツだが、これが「1932レプリカ」という。現在は絶版。そして珍しい刻印ミス(ZIPPO社が創業年を勘違いしていたっつーw)で、今では結構なプレミアムが付いているらしい。「ややや」。それを知って逆上した。ワタシが持ってるのが、その「1932セカンド・リリース」なんじゃあ、とアセりつつソイツのケツを確認した。違った(汁 「ああっ」。コイツを買うとき、そういえば店頭で悩んでいたのは今も覚えている。「セカンド」と書かれたほうがシブイのと違うか、と。いやホント(w 店のオババが言い放った「ファーストのほうが偉いに決まっとる」を真に受けてしまったワタシがアホでしたの巻。
http://www.zippo-ya.com/word/1932.htm

ちなみに20代のころのワタシは、「モノ」より「コト」を優先していた時代だった。今はそう捉えている。独身でヒマだったしね。バイクで訪ねなければならん目的地がナンボでもあったからだ。しかしトシをとるにつれ、また家庭を持ち、そういう「コト」を行う動機やら純粋な情熱は次第に消え失せ、「モノ」にこだわるなどという安住できるココロのスキマを見つけたような気がしてならない。

kousiryo.jpg

この記事の締めくくりに、「パイプ」にまつわるハナシを喫煙具つながりでご紹介しておこう。
30年近く昔のこと、大学の山岳部に入って、個性ゆたかな諸先輩を含めた山仲間やOBたち、そして新たな登山の世界を体験して、もうウロコがバラバラ落ちる刺激的な毎日がスタートした。ワタシの大学時代の生活は、すべて「ブカツ」を中心に展開したと断言できちゃう。それまでの高校山岳部の活動やらソロでヒソヒソ行った登山は、その個人的な意義はさておき、レベルにおいてはそれより数段の高みへと問答無用にワタシを引き上げてくれたのだ。新歓コンパを兼ねた雪上訓練合宿を皮切りに、学園が長らく維持所有する某所のとある山小屋は、ラード的登山史においては重要な舞台かつ社交の場と言えた。覚えたてのサケで、さんざん痛い目に遭ったりもしたけどサ(汁

その小屋に集うヒトたちの中に、パイプをくゆらす姿がじつにサマになる白髪の老人がいて、じつにカッコ良かった。30年前で70歳近かったと思う。日本山岳会の真っ赤なクルーネック・セーターを粋に着こなしていた。戦後のハナシなのだろうが、ポケットに火種を点けたままのパイプを忍ばせて国電に乗って、数十分後に再び取り出したら、まだ火がついたんだよ、なーんて穏やかに自慢バナシをくれちゃうという(w これを風流という。憧れたモンだ。
いったい古いタイプのアルピニストの間では、パイプをやる人は多かったように思う。だからワシらヤングがその先達のお姿にカブレちまったのも、まあ自然でしょう。上の写真は1980年の5月、その某山小屋でのスナップ。真ん中のロンゲが、だからワタクシなんだってば(w

そうして最初に憧れのパイプを買ったのは、たしかサラリーマンになってスグだったと記憶する。まず「パイプ大全」という書籍を買い、ついで銀座の名門ショップ「菊水」に出向いた。相談しながらごくシンプルなデザインが好ましい「BC」のブライヤー製を購入。5千円くらいだった。その後は、小銭が手元にあるものだから、数年で4ケくらいを買い足していった。2ケ目以降はすべて「ピーターソン」のブライヤー。唾がたまらない独特のステムという製品が、ワタシの好み。中折れ帽のツバの長さに合わせてデザインされた曲げを強くいれたカタチのものとか、違うカタチのコレクションに走ったワケだ。
パイプってヤツ、タバコ葉をボウルに詰める作業からしてスキルが要求される。メンドくさいものなんですね。しかしそのワザがビシッと決まって火種を長持ちさせれば、コレは気分がイイ。そして愛用するにしたがって育てられていく、モノとしての味わいも深い。そんなトコロも惚れた理由だ。でもパイプの葉っぱは葉巻と似て、アロマのあまーい香りのヤツが多く(ワタシの好みも「アンフォーラ」だった)、人前で気軽にプカプカやりにくいのが難だった。

ワタシもそういった煩雑な諸作業を嬉しそうに行う時期があったワケだが、20代の終わりにはパイプを卒業した。やはり、ワタシが好きなのはチャコールフィルタードのスモーキーな紙巻きタバコの風味、これに尽きると改めて思ったからだ。さらに言うと日本人にパイプって、なかなか似合わん道具という印象もあるね。とくに若いヤツが咥えていると違和感が強い。まあその。昔のワタシのコトはさて置いて(汁 また、スタイルが良いヒトしか似合わんとも思うワケ。かつて、見たとこ4頭身くらいのオッサンが同じ焚火を囲んで嬉しそうにプカプカやっていたコトがあったが、ワタシはなるべく俯き気味にしていたものだ。いやその。目が合ったら「プゲラ」とか藁っちゃいそうでネ。いやはや(w

さて次回は、いよいよ「禁煙の章」に突入する。お楽しみに。しかし、ますます筆が重い。いったい書きだすのは、いつになるか。

ア・ラ・カルトCM:2
<< この夏、雲上に暮らす。ホーム全記事一覧徹夜明けの肖像 >>

コメント
こんな女と暮らしてみたい・・・高橋だったね
田中康夫 プログで 検索中です
なんとなくクリスタル 流行りましたね。まだ 私は 読んでいません。田中康夫さんの 講演会を ある学園祭で 聴いたことあります。ちょうど 長野の県知事に なるぐらいの時期かなぁ?よく思いだせない。超満員でした。(その教室は 後ろの方だと 声しか 聞けない状態廊下に あふれるぐらいの人)
小説家研究会(名前検討中
村石太&&原発なくし隊 #zX41Zr/g|2012/10/05(金) 22:53 [ 編集 ]

>村石太&&原発なくし隊さん

どーでもイイんですが、田中センセの小説第2作は「ブリリアントな午後」と申します。
ラード #-|2012/10/07(日) 00:51 [ 編集 ]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

アクセス解析
Copyright(C) 2006 ラード・アラモード All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. まとめ template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。