ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
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飯豊連峰、夏の山旅(8) ア・ラ・カルトその2

2008/09/23(火) 23:59:24

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【スタイルについて】
この場合、登山のスタイル=基本方針ですね。何回か書いたように「バックパッキング」です。飯豊連峰を具体的な目標として晒したのは、この記事を書いたとき。当ブログの「バックパッキング」カテゴリーで最初の記事ですね。
ちなみにこのときは「ウルトラライト」というコトバを「つい、うっかり」入れてしまいました。できもしないヨタ話ではあった。まあ、軽量化を常に念頭に置いてアイテムを吟味するという習慣は根付いたから、意義は立ってます。それでもザックは水を省いて18kg超と、ライト風味ともいえない重さになりましたが。

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バックパッキング・スタイルとは、すべての装備は各人がすべて持つ、と心得ています。予定コースの縦走を単独で完遂できるザックを背負っている。つまりワシらパーティにおける共装は無く、すべてが個人装備。いやその。なま氏からは「アンタと一緒のテントになんか寝たくない」という分かりやすい発言だったんですけどね(w
前にも触れたけれど、これはしかし、山岳部出身者のワタシにとっては衝撃的な事態なんです。いわゆる「オフ会」的なイベントを山で実施するワケだから。「同じカマのメシを喰った仲間」観を希薄にするワケだから。でも、ワタシはその発言を新鮮ながら面白いモノと捉えて賛同したんです。昔と違ってあらゆる装備アイテムが小型・軽量化できたから、それほど苦にならずに行えるとは思うが、しかしフツーに世間が見たらコレは単なる「非効果的な登山」に違いないでしょう。

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面白かったのが、梅花皮小屋のキャンプサイトで出会ったヒトのワシらへのコメントです。「ふたりでテントが2張なの?」。それと「ええっ。メシも別々に作ってんの?」ってのもあった。これが「山ヤ」の率直な感想ってヤツでしょうね。まあその。ワタシだって今のように考えがサバけてなかったら、同じ内容を吐いた上で「バッカじゃねーの」を付け足すコトでしょう(w

そう。「バックパッキング・スタイル」なんてのは、ある意味、ゴタクなんです。日本各地の登山基地に備えてある「登山計画書」なんてヤツには、必ずパーティ名と参加各人の役割を書かねばならない。「CL」とか「SL」とか、書式に記入欄があるんですよ。これはチーフ・リーダーとサブ・リーダーの略ですが、つまり代表者・責任者は誰かと明快に問われているんですね。登山パーティというチームなんだから当然でしょうが。
まあごく自然に、ワタシがリーダーになって「なま」氏を連れていくという構成になりました。もちろん事前の計画段階ではお互いに意見を出しあい、検討したりしていたけどね。

計画書
というコトから、ワタシは事前にこのような登山計画書を作りました。スゲー念入りに考えました(w 独特な地名にはルビまで振ったからネ。登山でココまで作ったのなんか、社会人になった翌年、1984年のGWに北ア「前穂北尾根」の登攀をしたとき以来ですよ、たしか。バイク旅では、9日間の北海道野宿ツーリング時でも、こんなコトは一切しなかった。
コレをワシらはお互いにサイフにしのばせ、各留守宅のヨメにも渡すという段取りにしました。ナニか起こるかも知れない山の領域で、ナニが起きてもフシギではない登山の世界。このへんは念入りに準備してもバチは当たりません。
ワタシは、かつて読みふけった名著「なんで山登るねん」(高田直樹著)のあるフレーズを今でも覚えています。それは「山では、おんぶにダッコと何でもせなイカン。せんでエエのは、産婆だけ」。こんなニュアンスでしたが、まったく真実ですよね。メシ炊きから観天望気、お医者まで、山に分け入ろうとする者は、それこそオールラウンダーのスキルを持つべきです。理想で言えばですが。

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そういえば、なま氏は大事をとって、旅行者障害保険なんてのにも加入していたらしい。数日間に及ぶ山岳縦走の体験がまったく無かった氏ですが、ダイタンにも最初はソロで全山縦走をやる、なーんて言っていたワケですが、もし実行したら果たしてどうなったコトやら(汁 

そうそう。朝の撤収時やら、バテてきたときのモチベーションの維持なんて場面で、ワタシはココロおきなく昔むかしの体育会主将時代の「振る舞い」が顔を見せたものです。バックパッキングなんて悠長なムードではナイ場合も多かった。なま氏をドヤしつけ、否。叱咤激励していましたから(w
でも、結局こういった「主従」スタイルのほうがテキパキと予定をこなせると考えるワケで、長期登山が初めてである「なま」氏とワタシのパーティシップってヤツは、まあ、バランスを取るのが難しいかも知れませんね。それでも何でもケンカもせず、ワタシの言うコトを聞いてくれたから、ありがたかったと思ってます。
行動中はワタシが常に先頭を歩いていましたが、シンドい段差の登りとか先に乗っ越したワシがかけ声をカマす。「ファイトオォォ」。なま氏も応えて「うぃぃぃぃ」とか(w それはソレで楽しい思い出だったり。

もちろんソロでもワタシなら同じコースを完遂できます。でも、この山旅を終えたときに味わった、なんだか良く分からんけれども素晴らしい「充実感」というものは、これはきっと「なま」氏と「ふたり」で成し遂げたひと夏のイベントだったからだと心得る。だからワタシは帰還直後に書いた記事を、このように締めたワケです。

「ぼくらの夏が、こうして終わった」と。


◆最後に、なま氏の飯豊レポをご紹介しておきましょう。
ワシらの視点がイロイロ異なるところが面白いかと。
ちなみに、筆の遅いワタシのレポを書き出すタイミングってのが、なま氏が書き終えたあとになってます。
 
1日目
2日目
3日目
4日目
5日目
6日目
7日目


バックパッキングCM:0
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