ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
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林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
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ラード的山がたり ロック・デイズ(その1)

2009/01/23(金) 17:35:35

P1010257_800.jpg

これは山と渓谷社・1977年発行のガイドブック「日本の岩場 グレードとルート図集」。使い込んでボロボロです。ルート図は今なら「トポ」と呼ぶようだが、馴染めないね。当初、国内の岩登りのルートを詳細に解説したものはこの本しか存在せず、すなわち現役「山ヤ」時代のワシらには貴重なバイブルでした。

上に乗っているビナ、コイツは「シュイナード(当時はショイナードと呼んでいた)」のジュラルミン製。そのころ実際に使っていた登攀用具が、たまたま手元に残っている。いやらしくワンポイントにして撮影(w もう劣化しているだろうから実用には耐えらないと思うんですが、今ではちょっとしたプレミアム・グッズになっているようだ。
というのも、今は亡きブランドだから。あのイボン・シュイナードが「パタゴニア」より先に興したこのギア・メーカーは、あるマヌケなクライマーがココのハーネスの胴ベルト末端を折り返さなかったために墜死して裁判沙汰に。そんなの、死んだヤツの自己責任なのだが、御大はその事態を恥じて手製ピトンの手売りから始めたこのブランドを畳んだのだと聞く。そしてその後継が、今をときめく「ブラック・ダイアモンド」ってワケですね。

さて。またまたワタシの昔バナシにおつき合いいただこう。ワタシが行った岩登りのコトを記事にします。そんな身軽で熱心な時代もあったのだというジマン話が半分で、残りは個人史の側面をもつ当「アラモード」の体系化、そんなムード。いやその。山ヤは例外なく「お山の大将」なんだから、あの。お許しをネ(w 

どうってことない登攀歴ですが、自己満足はしているんです。ヒマな文系の大学生ならではといえる贅沢な時間の使いかたをしたからね。日本のロック・クライミング界、その過渡期の様子も見聞しているし。少しは何かの参考になれば良いナと思います。

ところでワタシの「現役時代」とは、いつごろだったのかを記しておこう。キチンと岩登りを始めたのは、都下のある私立大に入学した1979年、山岳部に入ってからだ。スカウトされたんです。後にも先にも人生で初めて(w まあ、願書のブカツ歴を調べて、先輩が勧誘の電話をしてきたというだけですが。そうして前向きな登攀は、1982年、4年生の6月で完結する。
ついでに言えば、社会人になって2年目の1984年の初夏、一ノ倉・烏帽子奥壁・変形チムニーを、育てた後輩に引っぱりあげてもらって帰宅した翌日、前触れもなく椎間板ヘルニアが発症した。どえらい激痛だったのだが、それよりも突然そんな事態に陥ったコトに畏れを抱いた。それが直接のキッカケとなって、ワタシの若き「岩登りの日々」は終わったのだった。

そうだ。登山用語について触れておこう。ヤングさんには申しわけないが、すべてその約「30年前」の呼びかたで書いていくからソコんとこヨロシク(w やっぱ、ドイツ語メインで英語まじりってスタンスが落ち着くからネ。ロープ? ピトン?
さらには当時のルートの難易度、すなわち「グレード」なんて、今どきの「デシマル」が身についたヒトにはチンプンカンプンかもしれないが、そもそもデシマル体系がワシには理解不能。そんな難しい岩は攀っておりません。そこんとこヨロシク(汁 
気になったから、先ほど本屋で「アルパインクライミング」というガイドブックを立ち読みしてきた。ルートグレード、ピッチグレードについては昔ながらのUIAA表記を使っていた。ふむ。メデタシ。

【「剱」で洗礼を浴びる】
ワタシが1年次、部の第3次夏山合宿は北ア「剱岳」での岩登りで、たしか10日間弱を予定した。真砂沢サイトに定着で、基本は「八ツ峰6峰」の岩峰の登攀と源次郎尾根から剱岳本峰アタック、そんなレベルです。ところが当時の剱岳ってのは、じつに首都圏から遠かった。大町駅から黒四ダム、ハシゴ段乗越経由という2日がかりでの入山だったのだ。

P10009_640.jpg

8月のお盆すぎ、ベースを設営後、まず「Cフェース剣稜会」ルートを攀った。初めて「本チャン」ルートを完登したワケだ。ちなみに写真で右側にケツを見せてるのがワタシ。絶好の岩登り日和ですね。このときは3人パーティ編成で、もちろんオール・サードだったけどね。

P1010254_800.jpg

翌日、今度は2名で「Cフェース・RCC」ルートを同じくオール・セカンドで登攀。さて、これが「日本の岩場」に出ているCフェースのルート図だ。「Ⅱ」だの「Ⅲ」だのというピッチ・グレードを見て「これ、手を使うの?」なーんて思っちゃうヒトもいるかも知れん。いないか(w

しかし実際には、こうであり、またこういうルートなのだ。あまたある記録ブログから「うむ!」と唸った記事を、すみません。お借りします。
【2010年1月】リンクを貼り替えました。

どーです! 思い描いていただきたい。真夏でも豊富な雪渓が眩い長次郎谷、そこから凛々しく突き上げる日本離れした光景の中にわが身を晒した爽快なクライミングを。これぞ「本チャン」、これぞアルパイン・クライミングだ。ちっさい岩(とかウォールとか)で自分のフィンガー・パワーをストイックに鍛えあげるのもイイが、一回は(若いうちにw)こういうクライミングも体験しておいて損はない。TPOのすべてが自分の五感にビシッと響くこと請け合いです。

とはいえ、この2本の登攀の模様というのは、その後に起きたテンヤワンヤでキレイさっぱりと忘れるハメになる(汁




P1000966_640.jpg

テンヤワンヤとは何かというと、事故だ。
あれは、まだ午前だったろうか。ワシらがCフェース・RCCルートを登攀後、ちょうど取り付き点に戻ってくるときにその事故が起こった。ザイル・パートナーの先輩「K」氏がたまたま目撃し、叫んだ。「誰か落ちた。あっ。『S』だ」。
墜落したヒトとは、部の先輩「S」氏だった。場所はCフェースの隣りにそそり立つ岩峰「Dフェース」の中級ルートで、取り付きから15㍍ほどトップでリードしたあたりで足が滑ったらしい。そういえば当時は皆、ごっつい革製重登山靴で岩も縦走も間に合わしていたもんです。そして数ケ所とったハーケンのランニング・ビレイは不幸にも全て飛び、スタート地点にグラウンド・フォールしたのだ。

「お前はココで待て」と言われたので、墜落直後の「S」氏のアリサマは見ていない。詳細は省くが、凄かったらしい。おっと。先に述べておこう。「S」氏は、片足首骨折と全身の擦過傷という、奇跡的な軽傷で済んだのです。後遺症も無し。ヘルメットと装備が詰まったサブザックのおかげと、斜度のあるフェースで減速したからだろうか。

この岩のみの合宿では、参加者は6名だったかな。ウロ覚えですが。やがてメンバーが集結して今後の対処を練った。てっとり早く言うと、近辺の山小屋への荷揚げヘリをお借りして富山の病院に搬送する、その救助要請に先輩たちは文字どおり走り回ったワケだ。真砂沢の小屋へ駆け下りてまた戻って駆け下りて、などなど。もちろん携帯電話などない時代だが、トランシーバー(茶筒並みのデカさだった)は1台装備していた。それを使い倒して、事故が起きてから2時間後くらい(時間などは記憶に残っていないのだ)だったか、雪渓上に低くホバリングするヘリに「S」氏を乗せることができた。

さて、1年坊のワタシはその間ナニをしていたかというと、「S」先輩の付き添いだ。否。付き添いなどと胸を張って言えるようなものではなかった。基本はオロオロしていた(汁
墜落後の状態をチェックして、とりあえずラードひとり残しても大丈夫と判断したワケだろうが、じつは怖かった。いつもはシニカルながらも愛すべきキャラの1歳年長の氏が、ですね。だってショック状態にある氏は言うコトがおかしいのだ。事故直後は舌がアゴより垂れ下がっていたらしいが、今は岩小舎に横たわってハンサムな寝顔を晒しているのに、だ。
たとえば突然ワタシに聞いてくるんです。「ここは、どこ?」。ていねいに答える。「剱岳の八ツ峰6峰です」。「ふーん」。しばらくすると「いまは、いつ?」。ていねいに答える。「昭和54年の8月の」。しばらくすると、「なぜボクはここにいるの?」。「第3次夏合宿の最中じゃないですか」。「え。もう3次なの?」。「…そうです」。「ふーん」。
で、しばらくすると「ここは、どこ?」とくるのだ。この質問ループは20回くらい続いたんだっけ。そのたびにていねいに返答せよ、これがワタシのミッションだった。とにかくコミュニケーションを取り続けること。

そんな中、いきなり「S」氏がループ外の質問を繰り出した。「ところでボクは、重症なの?」。意表を突かれたワタシ、つられこむように「そうです」と返してしまった。後にこの件で先輩からこっぴどく怒られたものだ。肯定すると、「そうかオレは重症なんだ…」などとボヤきながらポックリ死んじまうケースも、多々あるらしいからなのだが、しかしその(汁

当事者の「S」氏は、墜落してから病院に運び込まれるまでの数時間の模様をいっさい覚えていないと、後にお見舞いにいった東京の病院で語ってくれた。フシギだ。そういえばヘリが到着する間際だったか、誰かに「S」氏の自宅電話番号は?と聞かれ、暗記していたハズがド忘れして「うー」と唸っていたら、横からスラスラとその「S」氏が答えたものだ。氏は周囲で交わされる会話は理解しているし、自宅の電話番号は教えられるのにココがドコか、いつか、そしてナニしてるのかが分からない。脳のフシギを初めて思い知った19歳のワタシではあった。

写真は、事故の翌日、剱沢にて。アフロっぽいパーマがワシです(w 剱岳本峰の右側遠方に伸びるギザギザが八ツ峰の岩稜だ。雲がかかっているあたりが、現場の6峰だろうか。ベースキャンプを撤収して、富山へと下山中。そうして帰京後は、残されたワシらに「事後処理」という慌しい日々が待ちうけていた。

元「山ヤ」の体験談CM:6
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コメント

>願書のブカツ歴を調べて
個人情報云々の波がやって来る前のおおらかな時代ですね(笑)僕がまだ5歳の時です。岩シリーズ、楽しみにしてます。
亮介 #-|2009/01/24(土) 01:21 [ 編集 ]

いやー、これは懐かしい!
ルートもガイドブックも(笑)
ボクも同じのを活用していましたよ。今でも手元にあって、新旧の変化を較べて眺め回してます。

この記事にのっかって、山と渓谷社、岩場ゲレンデガイド:関東編 昭和52年 の記事書きたくなりました(^^;;

あ・・・今年、ほんとうに久しぶりにチンネの小窓を覗いてくる予定です♪
ユウ #2DdjN05.|2009/01/24(土) 09:59 [ 編集 ]

>亮介さん
むは。あれはあれで、のどかな良い時代でした。
ジジイの昔バナシ、お楽しみに(w

ラード #-|2009/01/24(土) 18:21 [ 編集 ]

>ユウさん
なんたってクライマーの「バイブル」でしたから。
この記事のころは、まだ「剣岳の岩場」などの写真ガイドブックも、白水社の「登山体系」も出ていなかったんです。

http://jp.youtube.com/watch?v=pEK2u8H_3Z8
ようつべで、こういう「チンネ左稜線」のスチール集を発見。ジャージ・ガリビエール・トロールのコンボで同時代ではと推測(w チンネ、攀りたかったなあ。

ユウさん、今夏は剣ですか? うらやましいっ。
ラード #-|2009/01/24(土) 18:58 [ 編集 ]

お世話になります。
ときどきユウさんのところでご一緒させていただきました。
先般はお運びいただきまして、ありがとうございました。

大変にシリアスな出来事なのですが、以下にはこらえきれず...

「そうかオレは重症なんだ…」などとボヤきながらポックリ死んじまう

実体験はありませんが、何かで読んだ記憶があります。
楽しそうな記事が満載なので、じっくり拝読させていただきます。
これからもよろしくお願いします。
いまるぷ #-|2009/01/28(水) 13:17 [ 編集 ]

>いまるぷさん
いらっしゃいませ。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。

最初に書いたコメントがビロウな件、失礼しました! 
いやその。昔の上高地・梓川がウンコ川であったコトを知っている世代からみると、バイオトイレを経由して、ついに「手前のクソ持ち帰り」ルール実現ってのは相当なインパクトがありまして、何か書かずにはおかれないワケです。

ポックリ逝くのは、今なら「ココロが折れる」という状態のヒドい版、かも知れません。昔、山岳部の先輩から聞いたハナシですが、すごい事例のフィルムがあるらしいです。こんなハナシ。

欧州アルプスのどっかの北壁・荒天で撤退・ヘロヘロの凄絶な連続懸垂下降・壁に開いた逃げ道まで、あとほんの10㍍・最後のひとりが、そこでザイルがキンク(結び目?)・必死に直そうとヘロヘロで努力するが、ダメ・無理と分かったとたん、その人のカラダが二つ折りになって絶命・そのサマをライブで真下から撮影したフィルムがある。

今なら、コレ、ドコかで見られるかも知れませんね。
ラード #-|2009/01/28(水) 17:16 [ 編集 ]
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