ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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クソッタレの想い出

2009/03/30(月) 23:42:33

P1010565_800.jpg

モンベルのハンディスコップを買ってきました。1,200円也。
「ミゾー」のチタン製は店頭で見たコトなんかないし、100均の園芸グッズはチープなワタシですらイマイチと思う。持つヨロコビが少しは欲しい。で、コイツだ。久しぶりにショップで発見。再生産したのだろうか。

スコップの使いみちはひとつだが、これまでラード的には必然性が無いモノだったんですね。もちろん便所がヨコにあるキャンプ環境であれば、野グソでアタマを悩ますコトなどない。
また林道野宿ツーリング時、テキトーな場所で朝の儀式を執り行うときは「ガエルネED」というオフロード・ブーツを履いているから、やはり不要だ。アレってば、まことに穴を掘るために蹴っ飛ばすのに好適な頑丈っぷりだからね。ワタシのバイク旅では河原や海辺で張ることが多いから、そういう場所なら砂地で穴堀りがラクなのだ。

ところが近ごろワタシが好む「野宿バックパッキング旅」では、クソ穴を掘るのが結構シンドい。山の尾根は地べたが硬いからね。いきおい、クソを垂れた後を軽く土をかけて枯葉で隠すというよーな状態で野宿地を辞するワケで、何となく「フンギリ」が悪いのだった。やっぱりオトナだからキチンとしたい。こんなプチ・サイズが実際に使えるかは、まあ、やってみないと分かりませんが。

何回か書いたけれど、日常生活でのワタシの排泄サイクルは完全に不定期なんです。朝になると便意を催す、なんて一切カンケーなかった。それがこの10年くらいで「変調」して、アウトドアに身を置くとナゼか必ず毎朝に「お呼び」がかかるのだ。理由など分かるハズも無いですが、まあその。ココロからフィットしている遊びなのかも知れないなァ。




さてと。後は付け足しです。クソにまつわるラード的想い出なんかを、ひとくさり(w

この記事でタイトルやらキーワードをビミョーにボヤかしているには理由がある。特殊性向を持つ連中が寄ってくるのを避けたいからだ。かつてこんなネタを「うp」したが、今もごく少数ながらも途切れるコトなくググってくる。むーん。まったくコチラ系統に理解が示せぬワタシは健全な人生と言えますなあ。サービスしとくと、コレ、つまりこの人の長年消えないウワサ、なんだけどサ。

あれは4年半前、晩秋の「奥会津」林道野宿旅だった。休憩した山沿いのひなびた集落横に佇む神社の苔むした石段に趣きがある。秋晴れの好日、静謐な山里は正しく錦秋で、同行の「M」氏と和みつつ語り合った。
「こんな古びた石段を、だな、絣の着物で白い素足に下駄といったデビュー当時の彼女がとんとんと下りて来たらタマランね」「ああ。イイね。でも、知ってる?」「なにが」「彼女のス××ロ伝説」「ええっ」「カレシに喰わせるらしいよ」「あの顔で」「然り。アタシを好きなら喰えるでしょ、っつー」「うひゃあぁ」。ボーゼンとしたワタシの目に道端の銀杏の鮮やかな黄色が染みました。

そういえば山でのトイレ・グッズなんて、30年前も現代もたいして変わりはない。ワシら「山ヤ」は「トレペ」「キジッペ」と呼んだロールペーパーを潰して持っていく。昔はスーパーの薄手ビニール袋を二重にして収納していた。濡れたらオシマイだからね。今ならば「ジップロック・イージージッパー」に限る。また「トイレに流せるウェットティッシュ」も外せない必携便利アイテム。カミだけでは菊の御門に違和感が残るからだが、ワタシもキレイ好きになったもんです(w

夏山では昔も今も、1ケの「トレペ」でケツとか食後の食器を拭いたりと大活躍する。かつて同期の援団の団長がトレペ1ケで全て賄うコトに「だってオマエ、汚いじゃないか」と、アヤつけてきたコトがあったっけ。「いやその。同じ部分のカミで拭くワケではナイし」。逆ギレされて収めるのがタイヘンだったが。

わが人生でもっとも困難な状況でのクソといえば現役時代、氷壁登攀中のデキゴトだ。場所は八ヶ岳の主峰・赤岳西壁の主稜というバリエーション・ルートで、時期は1年次の2月下旬。そして何と翌年も、同じルート中盤の同じ場所で便意を催したのだ(w いやその。どーゆー巡り合わせなのであろう。当然できればガマンしたかったのだが、どちらもセカンドとしてビレイされた状態で、ザイルにブラ下がってコト足した。
当時は「ICI石井」オリジナルの全身用ゼルプスト・バンド(ゼルバン、今のハーネスのこと)、森田勝モデルを愛用していた。ツエルトなんかを入れたザックをまず残置ハーケンに吊るし、両足の「サレワ」12本爪アイゼンを氷に叩き込み、ゼルバンのチェスト部分だけを生かしてダブルヤッケのズボンとジャージ、モモヒキ、コットンのパンツ(以上すべて昔の表記法w)をズリさげて速やかに脱糞、カミでフキフキもそこそこに(寒いからw)クライミングに復帰したもんです。
誰かに見られていたかも知れないけど、まあ、必死だったからなあ。覚えてない。昔の厳冬期には入山者も少なかったし。ところで、ナゼかワタシは行動中にクソを垂れるとその後が脱力するという妙な性向があった。さして難しくはない西壁主稜でも、ひいひい言わされたような、そんな想い出だ。

わが人生でもっともロマンチックなクソといえば、2年次の春山合宿時、槍ヶ岳は冬季肩の小屋での停滞のときだ。3日間ほど続いた荒天に暗い小屋内で閉じ込められた。3千㍍を超えた場所だから、氷の宮殿もかくやというボットン便所。それが淡い光にキラキラ映えて荘厳なまでに美しい。しかしながら上からつらら、床から氷筍、そして壁面すべてが氷の鎧。とくに氷製のタケノコがニョキニョキ生えているのはビジュアル的にもケツに刺さりそうで恐ろしい(w 後輩のひとりがスノースコップを振るってクリーン化に精を出したモンだ。

そういった荒くれ便所で「春を感じる」デキゴトといえば、それは「おつり」。つまりボットン便所での跳ね返り現象ですね。冬場は凍っているから無臭の上に「おつり」もない。ソコだけは優雅といえるワケですナ。

大学山岳部に入って最初の合宿は谷川岳での「雪訓」だった。そのとき、雨の林道を行軍中に便意を催した。たまたまカミを持ち合わせていなかったワタシ、一瞬アセったが、見渡せば周囲は巨大なクマザサに囲まれている。「この葉でフキフキすれば良い」(w  安心して木陰に身を隠した。最初はオモテ面で拭いたら、これがツルツルでハナシにならん。「うーむ」。裏面を見るとザラザラで葉脈が盛り上がって、引っかかりが良さげ。さあ拭けと言わんばかり。「いいコだ」。読者諸君にも熱烈にオススメしよう。

わが人生でもっとも逼迫した状況でのクソといえば、1986年の夏、最初の北海道ツーリングのときだ。このときの旅はオンロード・バイク(CBR400F3、シングルシートの特装車ですね)で、ある出版社の同期のオトコと2台、キャンプ仕様で道東を回った。
そうしてある日の夏盛り、知床からオホーツク海沿いのR244を網走に向けて快走中、「浜小清水」付近でクソをしたくて仕方なくなったワケです。もちろん当時は「道の駅」なんつー有意義な施設は国内に存在せず、手近な公園の便所を探すのがてっとり早い。しかしイキナリ差し込むような便意モリモリ状態に突入して、さて、困ってしまったのだ。
ふと横を見ると、ソコには電車の単線路が連なっている。一段上がった土手状で、その先に下りれば国道筋の誰からも見られるコトなく用を足せそうだ。釧網本線などという超ローカル路線だもんね、1時間に1本通るかどうかに違いない。「ヨーシ。天はワシに味方せり」。
友人に「ちょっと垂れてくっから、待っててね」と、カミを手に悠然と土手を越えて線路際にジーンズを下ろした。垂れた。さて拭くかと思ったら、何てこった。彼方からワシに向かって列車がやって来るではないか。「うひゃあ」。ギャグかと。しかし何でこうなる(汁
たしか拭かずに付近の草むらにエマージェンシー・アンブッシュを敢行、たいそうキモチ悪かったけど列車乗客らによる罵倒および嘲笑を浴びるのは、すんでのトコロで阻止できたのだった。

ところで山でクソをするコトを「キジを撃つ」と言います。この隠語、もはや一般に有名なのかも知れない。「大キジ」「小キジ」「カラキジ」などと細分化される。これは女性の場合には「お花を摘む」と表現する。ワタシが現役だった昔、山上でのトイレ事情はドコも劣悪だった。オトコはともかく、女性登山者は苦労が絶えなかっただろうと同情する。汚い上に、そもそも便所が無いからだ。
今でも印象ぶかい体験は30年前、大学1年次の第1次夏合宿(北ア・白馬から涸沢までの縦走)の1シーンで、あれは雲上の楽園「雲の平」、休養に費やした一日の夏雲が肩を聳やかす静かな日暮れどきであった。
野営地でボンヤリしていると、どこかの大学ワンゲル風、ニッカズボンの女子部員2名が連れだって、キャンプ指定区域の「ちょいと外」あたりのハイマツの茂みに入ったワケ。
ビックリした。ひとりを哨戒役にして、交代で野グソしてるのだ。オシッコだけではないのはオトで分かった。しばらく歩けば小屋のトイレがあったハズだから、なんとも豪快なハナシではある。もちろん手は洗っていないだろうし、山オンナの真髄を見た、そんなムード。
【追記:2011年7月7日】
先々月、昔の山岳部の諸先輩と宴会をしたとき、この一件が数十年ぶりに話題に出た。この年の主将・M氏が「おい、ラード。ウンペイのお花摘み、覚えているか?」と。「もちろんですよ」
「お前、ノゾキにいったよな?」
「いやいや。ちょっとマッタ。ワシにそのケは無いですってば(汁」
「あのとき、あれな、長崎女子大のねーちゃんたち、な」
「ええっ。先輩、ガッコの名前を覚えているんスか(w」。
あの場に出くわしたいろんなヒトに、今も忘れられぬインパクトを与えたという、そんなハナシなのだった。

いったい山オンナたちのサバイバル能力は、そういう事例から見ても相当に高いと思われる。わが家の「山ノ神」におかれましては天井と四隅が囲われていない場所では屁もコケぬ、屋外でオシッコなど論外という手弱女(たおやめ)ぶりなんですが、誰もゼッタイに見ていない場所なら平気だろ、とは思う。それにしてもココだけお上品ぶるってのも、亭主的には如何なものかと(w

最後に、わが人生でもっとも笑える状況でのクソのハナシを。大学1年次の晩秋、春合宿(横尾尾根から槍ヶ岳ピストン)のためのルート偵察と荷上げに先輩らと上高地から入山した。3班中、ワシらの班は2名で常念岳から蝶ヶ岳を縦走しつつ、ターゲットである横尾尾根の山容をチェックすることだった。そしてその一件は、松本駅から上高地に向けて走る乗合バスで起こった。

新宿駅から急行アルプス号に乗る前、ドコかの「吉野家」で買った牛丼弁当がその日の朝メシだった。その冷えきった弁当が、おそらくハラに悪作用したのだろう。長時間をバスに揺られているうち、クソしたくなってしまった。ベルトを緩めたり工夫をし、なんとか生き長らえてはいたのです。ところが、そんなワタシに鬼門のごとく立ちはだかったのが「釜トンネル」だ。
通称「カマトン」と呼ばれ、戦前から悪名を馳せている。冬場には徒歩でココを通行するのだが、雪崩の巣のような場所にあるから、不幸にも出口付近でイッパツ食らって崖下の梓川に叩きつけられる登山家が山の如し、そんな素堀りのオッカネー随道というワケ。
オカルトなネタでも何でもなく、この古ぼけた真っ暗で狭いトンネルは一方通行であり、クソをしたくてたまらんワタシを乗せたバスは入り口の赤信号で、かれこれ10分は足止めされている。ココを突破すればスグに上高地なのだ。しかし信号は一向に変わらず、アブラ汗が出る。「もも、もはやコレまで」。運転手に「ハラが痛いから降ろしてくれえ」と叫びました。なんの因果か、最後尾(w  バスの運転手は冷徹に「信号が変わったらスグに出ますからね」。
ワタシは速攻で垂れるコトには自信があった。視野が暗く狭まる中、前方のドアまでザックの山をかき分けつつケツの穴にチカラを入れて移動し、下車。ササッと物陰(といってもタダの県道脇ですがネw)に特攻。即ジャージを下ろして脱糞。手近に積もる落葉で軽くフキフキし、光速でバスへと帰還。そしてバスは今まさに発車していったトコロであった。「あああっ」。何でこうなる(汁
ワタシとペアを組む「K」先輩が、これまたボーゼンと佇んでいるから聞いた。「なにしてますの?」。「バッカヤロー。お前を独りで置いて逝けっか」「ああっ。すいません」。「しかしなあ。俺、こんなの初めてだよー」「申しわけないッス!」。拭きの甘いケツが、ちょっとカユかった。

ワシらのザックはバスと一緒に運ばれて行ったから身軽ではあった。そうして、そのとき初めて「釜トン」を徒歩で踏破したワケだ。もっともその後、3年連続で3月の危険な同所を突破するハメになったけどサ。まあその。手掘りの野趣あふれるギタギタな壁面のクネクネした内部のアリサマは、まるでタイムトンネルのような趣きがあった。
トンネルを越えたところで、必死にヒッチハイクを敢行したワタシに観光客と思しき親切な「アベック」が乗せてくれたから、ひどく遅れるコトもなく上高地のバス停に着いた。部員の皆がワシらのザックと共に待っていてくれたが、さんざん笑いものにされたもんだ。まあその。当然ですわね(w

このネタはその後、ラード的必殺の「宴会夜話」となっていった。多少の尾ヒレを付けながらネ。あるとき、谷川岳に向かう週末の混雑した上越線の車内で、タチンボのワシらは帰宅途上にあるサラリーマンの皆さんの無聊を慰めるために、この「釜トン・ウンコ事件」をオモシロおかしく(ついでに)開陳したコトがある。
「ハラに負荷がかからぬように、ほぼ水平、背中で座席に座ってるワケです理解できる?」「ぶりぶりっ」「落葉で3コスリ半して立ち上がったらサ」「バスー」「あああっ」。熱演であった。ふとボックス席を見下ろしたら、サラリーマンのオジサンとOLのおねいさんの顔がマッカッカではないか。ほほー。笑うのは失礼だと必死にガマンされているようです。古き良き美徳の時代。より盛り上げざるを得ない(w
最後、ゼッタイにワシと目を合わせなかったその「おねいさん」ですら気の毒にも「ブハッ」と吹いたワケですが、いやあ、バカな時代は楽しかったなあ。

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コメント

ということは・・・・
ラードさんの野宿した場所と知らずにそこに入っていくと、運悪ければ地雷を踏んでしまうっすね(^^;;

何か目印、あれば(笑
ユウ #2DdjN05.|2009/04/01(水) 15:06 [ 編集 ]
いやその(汁
>ユウさん
一応ですね、房総山中では、斜面をケットばして浅い「くぼみ」を製作、ソコに垂れてカミともども土をかけて落ち葉で偽装してます。
ヒトが通行する恐れのある場所には、どんなにアセっていても、さすがにしません。

ラード #-|2009/04/01(水) 17:06 [ 編集 ]

あ~~った、あった!
これだった!
思い出しましたよ~!
このコメのときは房総野宿に意識が行って
いたと思われ・・・・

食ったら出す。出したら食う。
記事、いい感じにリンクしますねw
ユウ #2DdjN05.|2010/09/29(水) 14:11 [ 編集 ]

>ユウさん
個人的にはケッサクと思ってるんですけどね、この記事(w

ただし、コレを書いた時点では、現代の北ア、南アの「トイレ事情」を知らないまま、だったワケで、なんか片腹イタイです。
南ア南部の各小屋の便所なんか、北アのソレよりも高規格でしたからね。超絶の進歩と言えます。
ラード #-|2010/09/29(水) 18:01 [ 編集 ]
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