ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ふたつの至芸

2009/06/30(火) 23:55:16

DSC02389_requiem.jpg

先週、マイケル・ジャクソンの訃報に接して、あらためてビックリしたことがある。それは、「ヤツとは同学年だった」っつーコトですネ(汁 いやその。同じ人類とは思えぬ。いろんな意味で。ワタシの「同期」にはビッグ・ネームが多いのです。アイルトン・セナとか、わが国のプリンスとか(w
マイケルの音楽にワタシは思い入れなど大してないのだが、人の死という厳粛な出来事からインスパイアされた、ふたつの弔辞という「至芸」をご紹介させていただこう。

まずは、上岡龍太郎さん。
いかがですか。毀誉褒貶がハゲしかった長年の盟友・横山ノックへの送る言葉だが、ワタシはグッときたね。話芸の極致ではないだろうか。今世紀に入ってから完全に芸能界を引退している氏だから、出だしは多少の滑舌の悪さはある。しかし、この素行の「悪さ」も良さと転換して褒めて褒めて笑いをとる、起承転結のエッジがビシッと立ったスピーチの巧みさは、どうだ。とくに3:30からのドトーのたたみかけ具合は、どうだ。一転して落とす、その心情の吐露はどうだ。キイキイ騒ぐどっかの赤ンボすら、その時は静かという奇跡のスピーチではないか。

次は、タモリさん。
恩人・赤塚不二夫を悼む言葉。これは編集が巧みなニュース動画なので、まずはコチラをご紹介してみた。弔辞の完全版もあります。
この中で、「歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなのをやっていたとき」とあるが、これは「ジャックの豆の木」という店で、ちなみにココが閉店(1976年7月、タモリのメジャー・デビュー直後)したとき、店の常連たちで催したお別れ温泉バス旅行ってのがハチャメチャだったワケ。タモリはそのころ、とくに深夜系のTV番組に出まくっては「中州産業大学」教授コスで黒板にチョークで四角を描きながら「いまオレ、マスかいてんだ」などと言い放ったり、4ヶ国語マージャンなんつー至芸をブチかましたりしていたワケです。
おっと。ここでマイケルの曲をお聴きいただきながら読み進めていただこうか。といっても彼の最初期のキャリア、「ジャクソン5」の屈指のバラード、「I’ll be there」。いま聴くと泣ける歌ですなあ。

ところで、ナゼそんなこまかいコトを知ってるかというと、そこらへんの事情は当時ワタシが入れ込んでいた作家・筒井康隆の日記「腹立ち半分日記」に書いてあるから。筒井氏は赤塚先生と同じく「タモリの発見者」としてマスコミによく取り沙汰されていたのだった。
弔辞にあるように、皆で切磋琢磨しながら芸を磨いて、当時「全冷中(全国冷やし中華連盟)」会長職にあった筒井さんの仲間であるジャズの山下洋輔トリオの公演の幕間でコントをやったり、氏が1年間ほど編集長を任されいたカルト雑誌「面白半分」に連載エッセイを書いていたりしたのだが、締め切りに間に合わず、原稿をオトシて4頁ほど「白」で発刊したという出版史に残る偉業を果たしたり(w うーむ。しかしワタシはこの号を持っていたのだ。実家に置いていたのだが、いつの間にやら捨てられた(汁

その後、このときタモリは白紙を読んでいたのではないか、という話題がネットで飛び交った。しばらくしたら本人も白紙だったと認めていたね。それはやはり、芸だ。トツトツと文面を棒読みするように見せて、実は諳(そら)んじているという至芸。上岡サンの「お別れの会」とは違って告別式という場であるから、カンタンに笑いを取るハナシへは持ち込めないだろうし、またタモリの本質も作用するのだろう。「陽」なスピーチに対して「陰」の弔辞、そんな印象です。でも、最後の「私も、あなたの数多くの作品のひとつです」、こう言い切った強固な師弟関係には、ハゲしく憧れるものもある。

昨夏、この弔辞をテレビと「ようつべ」で見たその翌日が、イイデ・バックパッキングの出発日だったのです。北関東の「なま」氏宅へ愛機「Baja」号を走らせながら、ナゼかこの印象的なフレーズが脳裏でリフレインし、そのクセ休まずにバシバシ走らねばならん(寝坊したからサw)という妙な朝で、これからもコトあるごとに断片を思い返しそうなエピソード、そんなムード。
ア・ラ・カルトCM:0
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