ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ラード的山がたり ロック・デイズ(その4)

2010/03/04(木) 17:39:16

P1030595.jpg

【冬の壁について】
わずかばかりの氷壁体験も、恥ずかしながら、まとめて触れておこう。
積雪期の登攀といっても、ワタシは八ケ岳でのみ。アプローチがラクだし手ごろなルートがあるからね。冬山入門的エリアの「ヤツ」ってのは、このジャンルにもキチンと当てはまる。鹿島槍なんかには個人山行を組むヒマが無かったのがホンネです。わが部のメイン・イベントが春合宿の長期縦走だから、その準備合宿という位置づけで、毎年2月末から赤岳鉱泉でベースキャンプを張ったワケ。

P1030615.jpg

2年続けて攀っているのがこのルート、赤岳西壁「主稜」。「ヤマケイ」誌1月号から迫力の画像を拝借。こうして見ると、なんかスゴいムードですが、実際は大したコトない。もちろんザイルを結んでスタカットで攀ってはいるけれど。

P1030617.jpg

それより何よりこのルートで思い出ぶかいデキゴトは、2年連続、同じポイントで発生した例の事件、なんである。2回ともスッキリ晴れ渡った天気だという記憶もないから、まあその。ワシの必死なそのときの様子をウォッチしていたギャラリーはいなかった、そう思いたい(w

「主稜」よりもヤリがいがあって、また楽しいのが赤岳西壁「ショルダー右」リッジだ。コレは2年のときに攀ったのだが、やはりルートの内容については忘れている。よく覚えているのは、こういう登攀では手袋の消耗がハゲしいこと。当時はウールのこんなグローブしかなかったが、まあ、指先部分がすぐに穴が開いちまうんです。ホールドを探して岩をナデナデしてるとね。2ルートやっったら1㌢大の穴になったのって、いつのコトだったか。

立派な氷瀑で昔から有名な「ジョウゴ沢」には、1年次に行っている。でもアイス・クライミングが盛んになる以前の時代だから、ダブルアックスではなかった。もちろん大滝は巻いたハズ。いま思うと意味ないが、アイスハーケンなんて装備は部になかった。今ではアルパインの1ジャンルとして特化したスポーツ風に広まっているが、30年前は特殊な趣味ってムード。最初の写真は、ジョウゴ沢を詰めて硫黄岳直下を登るワタシ。

P1030598改

これは横岳の頂上か。小同心クラックをやっつけた後、だと思う。無雪期のグレードでは、Ⅳ-、Ⅳ-、Ⅲの3ピッチ。そして3年次ですね、「ICI石井」オリジナルの青いサロペットだから。
ちなみにこのサロペットは当時の部内で流行ったモノだが、高級ラインのゴアテックス・バージョンは高級すぎて、ワタシはフツーのナイロン製を買った。背中から雪が入らないスタイルってのは、えらく雪山で実戦的でした。ほかは「カモシカ」のゴアテックス雨具ジャケットに「ショイナード」のオーバーゲイター。そして「ゴロー」の登山靴。
アイゼンは「サレワ」の12本で、ピッケルは「グリベル」(今ではちょっとブランド化してるらしいけれど、昔は有り難味なんかナシ)のバーゲン品だったウッドシャフト。こんな装備で別に不都合も感じなかった幸せな時代、ではあった。

P1030650.jpg

【夏合宿に向けて】
この年、最初の本チャンは、6月上旬、幽ノ沢中央壁正面ルートだった。それにしても素晴らしいこのレポートよ。ザイル・パートナーは新人の「O」。横岳の写真で赤の上下のセーネンですが、とくに岩登りをやりたいと入部してきた有望株。ルートはすべてワタシがリードして、なんらモンダイなし。幽ノ沢は明るくてヒトが少ないところが好きだった。

P1030651.jpg

前年の秋に「開眼」してから、いきなり今シーズンはレベルアップした登攀をやるワタシですが、まあ、イキオイとモチベーションはかなり持っていた。

ところで、いろんなヒトの近年の本チャン登攀レポートを改めて読んできて注目しているのは、確保支点のこと。今どきはランニングビレイを含めて、ビレイの確保支点について神経質なんだな、と。「ビレイ・ステーション」なんてコトバもできている。今では一般的な埋め込みボルトのハンガー・タイプのモノって、ワタシが現役のころには存在してなかった。
どころか、昔なんてアセって打ちこんだのか半分くらいしか入ってないリングボルト1本で確保した、なんてのが日常茶飯事捕物帖だったと記憶する。もちろん、きちんと確保するのは良いことです。ただしこの風潮ってのは、やはりスポーツ的に整備されたフリークライミングという過保護な環境で育ったヒトが、あまりにお粗末なプロテクション状態に呆れて打っているんでしょう、きっと。
昔は本チャンをやる「山ヤ」がたくさんいたので、生きてるというか何とか使えるレベルも含めて、残置ハーケンとか残置ボルトを活用できたのかも知れない。

P1030599.jpg

今は死語なのだろうが、かつては岩登りの「三つ道具」と呼ばれる基本グッズがあった。ザイル、ハンマー、ハーケンのコトだが、いずれにせよワタシは「本チャン」の場でボルトはおろかハーケンすら打ったコトが無い。この3年次なんか、ハーケンはおろかロック・ハンマーも携行していない。使わないから、なのだ。もしかするとザックの中に仕舞っていたかも知れないが、ともかくブラ下げてはいない。今どきのヒトはビックリするのかな(w すべて残置にクリップしてコト足りていたんです。

写真はこのルートの終了点かな、これから堅炭尾根を下ろうとしているところ。背景は一ノ倉尾根。半分お手製のハーネスは、コレを最後に「Mt.Dax」(当時売り出し中の国産メーカー。地味ながら現在も商い中)オリジナルのシット・ハーネスに買い替えた。左腰にブラさがっているのはアブミ。ザックは、大学時代に使い倒した思い出満載の「さかいや」オリジナル、フレネイ・ザック。1979年9月購入、3,950円。当時「さかいや」は怪しげな自社商品をいくつか販売していたのだが、コレは「ラフマ」のアタックザックのパクリ。ボトム部分に灰色の牛皮を広く貼っているそのデザインが好みだったし、内側に折りこんだ部分を引っぱりだすと約1.5倍のザック容量(40㍑くらいか)になり、重宝したものだ。この後の夏合宿でも登攀ではすべてコイツを背負った。
それにしても服装がテキトーですなあ。スウェットはフツーの綿だし、ただのチノパンだし、こんな残雪の上でジョギングシューズだ。ちなみにコイツはアプローチ専用で、本チャンでは別のジョギシューに履き替えていたハズ。

さて、7月早々、南アで「第1次夏合宿」を行う。北岳バットレス第4尾根をやっつけてから塩見岳越えのカモシカ縦走というトレーニングだ。いま思うと梅雨の真っ最中ですからネ、予定調和的にヒドい目に遭った。すなわち、スーパー林道が崩落したとかで夜叉神峠の先からエンエンと歩かされ、登攀はあきらめて雨の大樺沢を登ったら「ゴーロク豪雪」の名残が異常に多くてルートが不明、ハイマツの海をエンエンと泳いで、夜は夜でツエルト内が酸欠になって死にかけ、翌日やっぱり雨の中を、お荷物でしかない登攀用具で18kgくらいのザックのまま、12時間半を歩き通して三伏峠の無人小屋に転がりこんだら爆睡中にネズミにメシを喰われてビビったりしつつも計画は完遂して、やっぱり下山日だけはドピーカンになりやがる、などと天を恨みつつヨレヨレになりながら鹿塩の集落まで歩いた。
いやその。わがパーティの基礎体力は十分であるとの結論だけは得た(w


◆おことわり
文中で、登攀ルートのレポート記事をいくつも貼らせていただいています。当時の山での写真がごく少ないこと、やはりルート上の写真が豊富だとワタシのつまらぬ文章を分かりやすくしてくれることから、とくに優れると思った記事を、参考として引用しました。ご理解いただけましたら幸いです。
 
元「山ヤ」の体験談CM:14
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コメント

こういう記事を読むと、大学山岳部時代、僕ももうちっと現役で登れる先輩に恵まれていたら、ばりばりのクライマーになれたのかもな、と思います。ОBには何度かバリエーションルートに連れていってもらいましたが。

同期自分ひとり、はラードさんと同じでしたが、僕は2年の最後、部長になる直前に辞めてしまったんですね。苦い思い出です。部はどうにかつぶれなかったようですが。。。

今ごろになってプライベートウォールを家に作ったりしているのはその頃の未練がまだあるためかもしれません。
亮介 #-|2010/03/04(木) 20:51 [ 編集 ]

>亮介さん

部の仲間ってのは、「運」とかに左右されますからネ。
このカモシカ予備合宿のあと、新人がひとり、やめていくんですよ。
書きつけている記録たちはすべて事実ですけど、ブカツがらみでは、けっこうハショったり美化したりしております(w
正直に書くと、くらーくなっちまうもんね、ワシも。

ウォール、拝見しましたよ。イタリアでも、ボルダリングとか流行っているんですかネ。
いいじゃないですか、生涯スポーツってムードで。

ラード #-|2010/03/04(木) 21:55 [ 編集 ]

そうですかラードさんのブカツ話も、美化されてますかw 

いや、山岳部自体は何だかんだ楽しかったんですが、幕の下ろし方が悪いと楽しかったことまで語りにくくなります。自業自得ですが。

これからも昔話を聞かせてください。10年以上年齢にギャップがあると思いますが、なぜかこちらまで懐かしい気分になれますんで。
亮介 #-|2010/03/04(木) 23:37 [ 編集 ]

>亮介さん
サンクスです。

ワシ、こないだ、50になっちゃったよ。ナミダが止まらん(w

ともかく、このネタは書き切りますから。
ラード #-|2010/03/05(金) 00:15 [ 編集 ]

僕はこないだようやく、四捨五入繰り上げで40代突入ですから、約15歳の差ですなw
亮介 #-|2010/03/05(金) 00:29 [ 編集 ]

>亮介さん
そんなのはだネ、今から10年後には、「だいたい同じ」になっちゃうんだけどね(w
ラード #-|2010/03/05(金) 00:53 [ 編集 ]

じゃ、だいたい同じということでお願いします、先輩。
イタリアに来てから、誰と会っても歳の上下はほとんど意識しなくなりましたがw 
亮介 #-|2010/03/05(金) 02:52 [ 編集 ]

>亮介さん
じゃ、そういうコトで、アミーゴ♪

続きを書かないと。
時間がないんだ。
ラード #-|2010/03/05(金) 15:53 [ 編集 ]

 うわうわうわ、またまた懐かしい名前が・・、赤岳主稜にショルダー右、そしてその手袋も懐かしい。ただ八ヶ岳の冬は何度か登っているけど、ルートは全く覚えていません(笑)。
  
 ハーケン・ボルトってたしかに夏の既成ルートだと打った覚えないですね。これでもかって言うぐらい残置があって、重要なのは良い残置を見つけることでしたからね。
 冬以外で初めて使ったのはたぶん瑞牆だったような・・?
 当時は本チャンルートは頻繁に登られていたから、残置ハーケンやボルトもある意味頻繁に確かめられてしっかりしていたんだろうけど、本チャンルートが登られなくなった今は残置ハーケンなんて信用できないんじゃないですかね?
 
IK #-|2010/03/05(金) 22:14 [ 編集 ]

>IKさん
こーゆー記事を「オッサンホイホイ」と呼ぶんです。てへ。

当時は「残置ピトン・ファインディング」でしたからね、ワシらが攀ろうとする定番ルートは。
それも、しかし間違った方へ伸びるラインがいくつもあったりして、悩まされましたよネ(w 
というワケで、次の記事には「ルートわかんない病」というワタシの不治の奇病が出てきます。

あ、いまどきの本チャンの昔の残置なんか、腐ってますよ、きっと。




ラード #-|2010/03/05(金) 22:53 [ 編集 ]

そーか「オッサンホイホイ」か(笑)、ではそのネタをもう1つ。
 ICIのサロペット覚えてます。相棒が使ってました。ラフマの伸びるザックもありましたね~。
 当時DaxができたばかりでDaxのザックは外見はここまで真似して良いの?ってくらいミレーやカリマーに似ていた。細かい所はいい加減なんだけど、ただ生地の色が異常にダサくて「なんだこりゃ」って感じだった。
 たしかハーネスもトロールに似ていたような?
 サレワの12本は初めて買ったアイゼンですね。ただ1年でシャルレに替わって、サレワはゲレンデ用に降格しました。
IK #-|2010/03/06(土) 05:27 [ 編集 ]

>IKさん
わはは。こーゆーネタは盛り上がりますよね。
フランス製の別体型ヘッドランプ「ワンダー」とか、覚えてます?

当時の国産山道具なんか、みんなヨーロッパもののパクリでしょう。
「Dax」のハーネス、もちろんトロールのウィランス・シットハーネスと同じデザインでしたよ。そして、たしかに色使いのセンスはダサかったぞ(w ただ、ウィランスのヤツはサイズがフィットしないのか、胴が締まって苦しかったので、Daxのヤツが使用感はサイコーでした。安いからチョイスしただけではナイ、という(w

もう、あのシットハーネス・タイプも消えていますね。モンベルで冬山縦走とか沢用のライトウェイト・タイプが1種だけラインナップされてるくらいで。まあ、カラダがサカサマになりやすいし、マタンキがツブレる危険もありますし(汁
今のレッグループが独立したカタチのハーネスって、でも、アソコがモッコリ見えるから恥ずかしくてネ(w デヴなヒトだととくに。

IKさんは山岳会員だったから、資力豊富な社会人のヒトたちに引っぱられて、けっこう高価な(でも、いいモノ)を見せびらかされたり悩まされたりしたんじゃないですか? 今のUL業界のショッピング魂のヒトたちと同じで(w
ワシらは、道具が登攀の成否を左右する、なんつーレベルはやってなかったから、あのころ出はじめのメタルシャフトのピッケルとか、気にならなかったけれど。
ラード #-|2010/03/06(土) 13:12 [ 編集 ]

残念ながらワンダーは覚えていませんです。
 当時ラフマと言えばアドバイザーはコンタミヌ、伸びるザックも彼の作製じゃなかったですかね?憧れの存在だったけど、シャモニで見た時どこにでもいそうなただのおじさんでガッカリでした。ただレビファはカッコ良かった。
 
IK #-|2010/03/06(土) 22:19 [ 編集 ]

>IKさん
あら。本場アルプスもやってたんですか、うひゃあ。

伸びる仕様って、ビバークザックと呼ばれていなかったでしたっけ。岩壁のテラスで下半身を突っこんで過ごす、ような。

ワンダーの紹介は、コチラの中ほどに。
http://www.mcs-proguide.com/newpage/newpage303.html

この舟橋さんの昔の登攀道具紹介が、まあ、おもしろいこと(見にくいけどw)。
IKさんなら、ハマると思いますよ。
ラード #-|2010/03/06(土) 23:15 [ 編集 ]
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