ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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千葉県在住
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林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
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再読:「山と渓谷」1976年8月号

2011/04/16(土) 23:20:58

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古い「ヤマケイ」誌をゲットした。
じつはけっこう前のこと、昨年の7月だったんですがネ。いやその。相変わらず、書きだすまでにウォーミングアップが必要なんです(w
いつもの神保町、いつもの古書店「悠久堂」にて、200円也。そのときは誰かが「ヤマケイ」を大量に放出したんだろう、ワタシにとっては懐かしの1970年代モノがドッサリと平積みされていたんです。
そして1冊だけ買い求めたのが、コレ。もちろん、昔、発行時に買って熟読したもの。今回はこの号を紹介しながら、当時の登山界のネタとラード的「おもひで」ってヤツを書き進めてみようと思います。








通巻第455号。「山と渓谷」は現在と同じく毎月15日の発行。だから、この8月号は7月15日発売です。ちなみに1976年とは、こんな年。世間では「ロッキード事件」一色だった。

ワタシはこの春、高校2年生になっている。そして、このひとつ前の7月号(付録の「登山手帖」が欲しかったんだ)から、こづかいで「ヤマケイ」を定期購読するようになった。まあその。登山について、何かステップアップしたいという熱意があったワケですね。

表紙の企画・構成は「バックパッキング」の日本の第一人者、故・芦沢一洋。モデルは山学同志会の川村晴一。この年の4月から1年間、川村氏がアレコレと最新のアウトドア遊びに興ずるシーンが表紙で展開し、ワタシはコレにも影響を受けたもんだった。ちなみに川村氏、この前年3月に一ノ倉の滝沢下部から3スラを攀って国境稜線まで、わずか2時間半という記録を持つ。そしてこの7年後には、日本人で初の無酸素で「エベレスト」に登頂している(「岳人備忘録」東京新聞刊より)アルピニストだ。以前にも貼りましたが、コチラに川村氏のファンの記事があります。

さて、発売直後にこの「8月号」を買ったのなら、それは夏合宿の南ア・荒川三山&赤石岳の縦走にデッパツする直前というタイミング。この記事の2項目の山行になります。メインの特集は地味で面白くもなかったが、エリアガイドの企画にハゲしくインスパイアされ、ワタシは単独で丹沢の沢登りに、この1ケ月後にチャレンジするワケだ。緊張で顔をマッツァオにしながらネ、きっと(w つまり、実家に残しておいて処分されちまったこの雑誌は、ワタシの登山人生の初期において、えらくメモリアルなものだったんです。

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当時の売価は480円、35年後の現在は、1,000円だ。「表4」の広告主は、美津濃。当時は有名なブランドだったのか?というと、そんなコトはマッタクない。このザック、なかなかカッコいいね。バックルはすべて金属製なのが「時代」だ。ウエスト「バンド」の解説に「重量を腰で分散する」とある。パックフレーム(当時はこう呼んだ)のぶ厚いウエストベルトの効果効能が知られているコトがココから分かるが、この細さでは腹に食いこむのみ、じゃないかネ。

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表2・4色1頁は、この3年後くらいに、白いエナメル素材のダウンジャケットでブレイクする米国のメーカー「リバティ・ベル」のデイパック。この広告の訴求内容は、デイパックという「新しいモノ」の認知に置いている。まあ、そんな時代だ。モデルのベルボトム・ジーンズと丸文字(スーボという書体なんだぜ)のキャッチコピーも、この時代ならでは。
「表2対向」モノクロ1頁広告は、ソニーのシーバー。キャッチは言うまでもなく「アンザイレン」に掛けている。クライマーならナットクできる良コピー。いちばん左のモデルは、この数年後の大学山岳部で1台だけ所有していたシーバー。うむ、懐かしい。

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巻頭モノクロ見開き広告は「ニッピン」。他にも活版見開きを入れていて、計4頁の出稿だ。ニッピン、今ではうらぶれたムードのショップになっちまったが、このころはブイブイ言わせていたモンだ。あのラインホルト・メスナーを招聘して、ワタシが神保町のショップで彼を見かけたのも、この年のコト。そういえば、メスナーをフィーチャーしたオリジナル・テントは現在もアップデートしながら売り続けているのだった。コレは他のショップとは異なる美点と言えるね。
そしてこの広告を見て、この前月だったか、ワタシは「モンタンミリオン」の登山靴を買っている。む。ビブラムのほうだったかも。ワタシの足にはジャストフィットして、靴ズレには1回もならなかった。夏冬問わず、大学を卒業するまでの間、愛用しました。

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「HOPE」の見開き広告も目次前、前付け掲載だ。まーたまた丸文字キャッチコピーのオンパレード(w この2年後、ワタシも上右にある白ガス・コンロの「マナスル300」を個人装備として買ったっけ。「KOCHER」というドイツ語表記は当たり前だよ。それにしても、アルミ製のクッカーセットが、現在とさして変わらぬ価格というのは、昔は高価かったワケですナ。
そして、メタを使うビバーク・クッカーが載っているのは面白い。こういうモノが現在は旬なのだから。時代は巡る。

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おっと。もちろん、この号のすべての広告や編集記事をキャプチャしてご紹介していくワケではないですよ。ワタシが注目した部分だけをピックアップしています。

目次前のグラビヤ広告で、もうひとつ。コレ、今の「OD-BOX」だね。当時はショップ・オリジナルのいろんな山道具を、統一感なくリリースしまくっていた。

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燦然と輝く雲上ステータスのブランド・ザック、それがフランスの「ミレー」。このアート・ディレクションの素晴らしさよ。そしてこの雲上プライスね。面白いのは、ミレーでさえもパックフレームをリリースしていたコト。バックパッキングは世界的なブームだったんだなあ。 

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第2巻頭特集の対向面は、「日立製作所」の広告。たしかこのビキニのおねいさんで、ワシ、抜いたぞ(w それはともかく、どれもデカくて重そうでしょう。しかし今回の大震災で、単1とか単2電池が売り場から消え去ったってコトは、この当時のモノと変わらない家庭用防災グッズがまだまだ一般的、なんでしょうね。

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巻頭第2特集は「槍が岳の24時間」。カラー6頁。取材時はこの前年、1975年の夏だろう。肩の小屋の様子は、ワタシが馴染んでいる1980年前後のものと同じだが、ウールの長袖シャツとニッカズボンがほとんどの様子。ワタシのころはズボンは「ジャージ」が一般的だったと思うから、ちょっとした違いがあるみたいです。

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革製の重登山靴のオンパレードですナ。真ん中の写真、お茶かなにかを飲んでいるグループは、当時は唯一のガスキャニスター・ストーブ(むーん。ワタシはコイツのことを「バーナー」と呼ぶには抵抗があるw)である「キャンピングガス」を使っている。

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右下のハンディ・ムービーは、アレか。モノクロ・サイレントの名器「フジカ・シングルエイト」か?

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当然ながら、ザックはキスリング系が多いね。この古雑誌を開いて、この真ん中のオカッパのおねいさんの妙なポーズは、即思い出したもんだ。え。いやいや。抜けないです(w 右下の昼寝してる写真には、革製のカバーに入ったラジカセくらいのデカさのラジオが見える。そうそう。ワタシも大学山岳部の合宿では、コレくらいのデカさの実家のラジオを持って行ったもんです。ともかく隔世の感ありだ。

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第3特集の対向面は、エイト環の広告。コレ、今でもクライミング界で使われているのかな? 当時は下降器としても確保器としても万能だった。この年は、米国の建国200周年。ジミー・カーターが、「wasp」ではない初めての大統領になった年でもあった。

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今では国産のブランド・テントメーカーになっている「小川テント」のカラー見開き。ひいき目に見ても前時代感が強い。まあ、よく持ちこたえてきたモンだ。

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「ニュートップ」は、「HOPE」と同じくこの後に倒産した著名ブランド。これはパックフレームのみの広告だが、このころ全盛だった「バックパッキング」ブームを象徴する事例と言えますね。このパックはけっこう高価で、最高は24,000円、平均モデルでも1万円台半ばなのだ。
このときはまだ、このカタチのザックが日本の山では使いづらいというか、そもそも岩場のあるトコロでは危険だと一般に認知される以前。パックフレームのブーム、この2年後くらいには潮が引くようにしぼんでいったのだ。登山業界としては「売れる」新たなネタができて、ウハウハだったのかも知れんがネ(w そう。現在の「UL」ブームと、どこか似かよっている。

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「ショウィナード」の4色1頁の広告。アメリカン・ウェイで貫いた、当時のワタシには違和感バリバリだった表現です。登山用語の「ヨーロッパ表記」に敢然と立ち向かってきた、コレが初めての事例かも知れない。ザックを「パック」と呼ぶのは、しかしデイパックなんかと同じではありますが(w 「5.10のピッチを登攀」というのがナニかとワタシが理解できるのは、これから4年半も後のコト。
このザックは、ちょっと憧れたなあ。まず、カラーリングがポップでカッコいい。現代に通じるデザインだ。2気室モデルもあるが、コレ、たしかインナーにフレームは入ってなかったハズ。でも、ショルダー・スタビライザーという仕組みを初めて搭載した先進のザックだった。最近、中型モデルが復刻するとかいうニュースを見たムード。

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「ローバー」の広告。コレは重登山靴の中でもとくにヘヴィな印象があったなあ。冬の北アでも、夏の丹沢でも、こんな靴1足ですべてを間に合わせていた、恐ろしい時代でもあった(w そして今もワタシのアタマの中で登山靴の靴ヒモは「赤に限る」と決っているのは、これら広告の影響がデカい。

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「ヴィクトリア山荘」の広告。ふーむ。このショップって、「L-Bleath」の元祖になるのかな。現在の視点で注目したいのは、コレが「前室」を持つテントの元祖モデルなのかも、ってコトだ。はたして特許は取れたのだろうか?

この号を見てあらためて気づかされるのが、パックフレームとドーム型テントの商品広告の多さだ。このカタチの元祖である「ダンロップ」テントの定番2人用モデルも今号に広告を掲載しているが、ほとんどがオーソドックスなカタチの、2本のポールを交差させるモノ。
まあその。このパーソナルなテントは、先進のアコガレだったのかもね。当時は幕営する登山者の比率が現代よりも多かったハズで、そういう登山者たちは先の「小川テント」の広告に載っているような、大人数用の家型テントで「サシミ」になってザコ寝していたから。そんな「住環境」にあって自立式のドーム型だ。なんつーか、未来っぽいじゃん(w そしてドーム・テントのほとんどが2~3人用だから、コレは「ちいさな別荘」、そんなオモムキを覚えたかも知れない。
バックパッキングの世界観が、わが国の「山ヤ」に、パックフレームと共に「モノ」の魅力という一面でプレゼンテーションされた時期だと言えるかも知れない。

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プロガイド・次田経雄の滝谷での岩登りガイド記事、モノクロで11頁。記述はないが「ダイワスポーツ」がスポンサードしていて、全員のウェアや登山靴など一式を貸し出している。

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このとき、ワタシはちょうど単独で沢登りを始める予定だったから、目を皿のようにしてこの記事を熟読したもんです。ザイルなんか使わないが、姿勢とかホールドやスタンス(昔の言いかたネ)の使いかたを参考にした。

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そういや、このおねいさんで抜いたぞ、ワシ(w さておき、この左下の写真が広告くさいとバレバレの事例です。ノルディカのサンバイザー、ロゴが良く見える持ちかたのグランテトラ、そしてピッカピカの全員の登山靴ね。靴ズレとか、大丈夫だったんだろうか。

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「ICI石井」のセール告知。当時は競合の「IBS」の広告のほうが華やかだったな。そんな「IBS」も2年前に倒産して、その後に「ICI」の傘下として復活するとのことだが。ともかく、右上の全員が特大キスリングって写真が、まあその。懐かしくてね。

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「青穂山荘」の活版1頁広告。ワタシには縁もゆかりもないが、しかしダサいデザインではないか。当時は、こういったインディペンデントな店舗が各地に群雄割拠していた、そんな時代なのだが、ほとんど今は残っていないんだろうな。

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同志会の重鎮、故・小西政継のインタビュー記事。ジャヌー北壁の初登攀ネタだが、表紙モデルの川村氏も登頂者だったな、そういえば。現在は良く知りませんが、このころから80年代にかけての同志会の活躍は凄かった。ああ。このころ、一ノ倉の衝立正面の岩登りにTVカメラを帯同させて、その登攀シーンを民放のドコかの特集番組で流すという、ちょっと珍しい企画も同志会が仕切っていたっけ。

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「さかいや」の活版見開き広告、その右頁。このころは「造って売る」ショップだったワケです。

この中で、シュラフに注目していただこう。スリーシーズン用とオールシーズン用の2種類のみ、なんですが、当時はコレが業界スタンダード。「さかいや」のモノづくりがヌルいワケではないので念のため。
ワタシもこの号が出る直前に「ニッピン」の同じような羽毛寝袋、「オールシーズン用」を買っているのだ。それも、夏合宿で登る真夏の南ア・荒川三山のために、なんですがネ(w 
もうひとつ。コレも「さかいや」に限らないが、ドコのメーカー、ショップ・オリジナルのシュラフの広告にも、「フィルパワー」の表記がない。まだ、そういう概念が生まれる以前なんですねえ。

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見開きの左頁。さて、ワタシが何回かネタにしてきた、パクリ系の大ネタ「先縦者」ザックが3段目にあります。当時は「ミレー」と並ぶヨーロッパ雲上ザック・ブランド、カリマーの「ジョー・ブラウン」モデルのパクリで、オマケにネーミングは昭和初期に活躍した岳人・大島亮吉の著書「先蹤者(せんしょうしゃ)」のパクリ。いやしかし(w 
ワタシもこの3年後に「さかいや」オリジナルの「フレネイザック」というアタックザック、ええ。もちろん「ラフマ」のパクリを買って愛用していたから、まあ、イイんですけど。 

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「RCCⅡ」による、岩登りグレードの改定の記事。1980年前後に岩登りを盛んに行ったワタシにとっては、じつに馴染みのあるグレード内容です。そして、わが国には「デシマル」なんつーグレード体系がドコにも存在しない時代でもあった。

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この古雑誌を買った「悠久堂」の広告、見っけ。ワタシですら、この店とは30年近いつきあいになります。

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世界初の女性「エベレスト」サミッター、田部井淳子の連載記事、その7回目。コレをまとめた同タイトルの中古文庫本を、昨年、アマゾンで買って読みました。今では「オババ登山アイドル」に成り下がっていますけどね、このヒトの「岩の虫」時代の記録は凄まじいですよ。たとえば東京オリンピックの前年だったか、初登されて間もない穂高の屏風岩東壁、青白ハングの小倉ルートなどという難ルートをやってるからね。それも女性ペアという小柄同士で、終了後に1ビバークで。いやしかし。

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コレも大人気連載、「なんで山登るねん」。その19回目。ワタシのバイブルでした。余談ですが、当ブログで固有名詞にスグ「カギカッコ」を付けるのは、この高田師の文体の大きな影響であります。ほかに「ナニナニするんです」系のマイルドな表現を混ぜ合わせるのも、同様。さらに言うと「あのその」「いやその」は筒井康隆で、「ええっ」「ああっ」は浅田次郎、「え。」は福野礼一郎、「ええ」は原田宗典、「だもんね」はもちろん初期の椎名誠だ。ま、こんなのを「影響」と呼んでイイのかは別にしてだ(w

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「キスリング」という絶滅したザックの、コレはそればっかの広告。振り返ると、わが国の岳人に長らく愛用されてきたキスリングがその役目を終えたのが、ちょうどこのころだったのではないか。各種山道具が小型・軽量化されて、大型のアタックザックでも代用できるようになったからだ。
もちろん大学のワンゲル部みたいな伝統と格式の集団はトラディショナルなスタイルで、この後も10年間くらいは合宿山行を続けたんでしょうがネ。

しかし「アイガースポーツ」なんて、行ったコトもなかったなあ。当時は新宿駅「アルプス広場」で、中央本線に乗るために大行列なんて時代だったから、新宿西口というこのショップのロケーションは有利だったと思う。

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古き良き時代の最後ってムードですね。「門田」の製品は武士の刀にも例えられた名門だった。ウッドシャフトのピッケルは、これからまだ10年くらいは生き長らえたのではなかったか。

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創業してまだ数年のオーダー登山靴店「goro」の、コレはキチンとデザインされた活版見開き広告。クレッターシューズとは、ロック・クライミング専用の細身で軽めの革製登山靴のコトだ。ワタシもこの3年後、大学山岳部に入った直後、このショップに行って山靴をオーダーしたっけね。
しかし、ドームテントもリリースしていたのか。このころ、いろんなショップがオリジナルのドームテントを作って、そしてスグに廃番にしていたもんだ。

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ところが、ショップ・オリジナルのテント・ブランドとして一大発展していった珍しい成功事例が、カモシカの「エスパース」だ。ワタシも大学山岳部時代ではお世話になりました。ただし、当時のカーボンファイバー製ポールってヤツ、けっこうポキポキ折れたんだけどね、冬山では。

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「スポーツ山幸」の広告。35年ぶりにこの広告を見て、ハタ!と思い出した。この「モンタナ」テントが、ワタシが浪人を始めた1978年の春に買ったヤツなんだとネ。今まで「山幸」という名前だけが脳裏に引っかかっていたんで、ソレは吉祥寺に現在もある同名のショップだと思いこんでいたんです。13,000円もするこのテント、今では中華製の「2せんえん」で買えるモノと同じクオリティのブツでしたね。すぐにポールが折れちまったのだ。

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山岳会の会員募集のページ。これ以前も、またコレ以後も長い間、社会人の未経験者が「山登りを教わる」とは、これら山岳会のドレかの門を叩くコトしか「手」は無かったワケだ。
ところで、右下の活版ヨコ1/4頁の広告に「赤岳石室」って名前がありますね。これ、懐かしいんだよなあ。この翌年3月に、ワタシは単独で「赤岳」などを登っている。そしてそのとき、この石室の破れた窓から中に入って休憩しているのだ。いやその。メモに書いてあるだけで、記憶は残っていないんですがネ。その古めかしい小屋の今の名前が、メシが美味いと評判の「赤岳天望荘」。

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雑誌後半にも、山道具屋の活版広告が連発する。「山洋スポーツ」は一ノ倉の衝立岩と屏風岩東壁の初登で知られる南博人のショップ。えらく安価なジュラ製のオリジナル・カラビナは、岩登りのときにガンガン使っていたっけ。この店、今は「ファンクション・ジャンクション」というヘンな名前で、しかし場所は変わらず渋谷でアウトドア雑貨を商っている。
かたや左頁のモノフレーム・シェルターは現代にも通じるデザインで、新しいぞ。「UL」っぽいよね。しかし、なにゆえ出入り口が冬用の「吹き流し」スタイルなのか。シングルウォールでこのスタイル、使い道に悩むではないか。

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巻末の自社広告頁。コレは今ではマボロシの本だね。古本市場では高値で取引されているようです。ナゼ再発売しないのか、よく分からん。でもまあ、内容はあらかた想像できる。そして、サブ・コピーの「ナール書体」がこの時代感満載なんだよな。

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自社広告を、もうひとつ。コレは「夏山JOY」、昨年秋でついに休刊した「ヤマケイJOY」の元祖になります。このころは夏だけの年1回刊行で、第2号の告知。ワタシもついつい買ってしまった(w まあその。「ヤマケイ」本誌から外れた軽めの誌面内容で、高2のワタシが恥ずかしくなっちまうネタなんかもあったっけ。
当時はマッタク理解できなかった「和むために山にいく」ヒトたちをズラリと並べてページを作っていたり。そのころ、ワタシにとって、山は「勝負する」場所だったんです。もちろん、最高にナウかった「バックパッキング」のニュアンスが各所ににじみ出ている。そういえば、「メスナーという凄い奴」という記事は、異彩を放っていて夢中になった。
今でも忘れられないネタがある。それは、米国で流行ってるアウトドア遊びが、「バード・ウォッチングにホースバック・ライディングなのだ」というモノ。高校山岳部の友人と話しあったモンだ。「野鳥観察ではイカンのか? わざわざ英語に直す必要あるのか?」とか「ホースバック・ライディングは、乗馬とは違うんか?」とかネ。ずいぶん後で知ったんですが、ホースバックとは鞍とアブミが無い裸馬に乗るコトなんだってサ。それにしても、この表紙もスゴイね(w

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巻末の息抜き、楽しくもナンセンスなイエローページがコレ、「あるぴにすとくらぶ」。カミも実際に黄色だ。このイラストも、イヤハヤだ。岩登りしてるヤツも空飛んでるヤツも、パックフレームなんだからね(w ブームが分かるというもの。

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今では間違っても書けないブラッキーなギャグ(つーか、ダジャレ)が満載の、9ページの記事。

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とくにファンキーな「用語怪説」を見やすい大きさに。ライターの名前、分かりますか。エベレストに初めて登ったヒトの名前だよ。

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数10年ぶりにコレを読んで目をむいた表現が、このコラム最後のくだり、「不細工なチンコロねえちゃん」です(w いやしかし、女性読者も十分に多かったハズなのだが、まだまだオトコ社会だったんだね。現代ならカンペキな差別表現として血祭りに上げられよう。
そして多くの「ピカ厨」の皆さんにハゲしくお知らせしておきたいのが、左の活版タテ1/3頁の広告なんである。ほーらほら、「ヤマコウ」だよ。天下のスノピの鉄器時代の広告なんだぜ。

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奥付のページ。広告を出稿している「小売店」は、このときから10数年後の昭和の終わりまでに、おそらく半減してしまったのではないだろうか。また、海外ブランドの広告の本数がごく少なく、あまり流通はしていなかったのではと想像する。その分、怪しげと言ったら失礼だが、各ショップオリジナルの山道具(とくにザック、シュラフ、羽毛服、テントですね)で登山者に供給できていたのかも、などと考えたり。

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さて、「表3」対向面に糊づけされた片観音4色6頁立ての特殊企画が、「ヤマケイ・ウィークエンド・パック」というカラー登山ガイド。今号は、丹沢・塔ノ岳の沢登りの巻。

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じつは、ワタシが初めての沢登りにチャレンジするときに参考にした資料が、この企画だったんだと、昨年「悠久堂」でこの古雑誌を手に取って見たとき、いきなり思い出したワケです。「あいやぁ」。だからコレを買ってきたのだ。

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平成になってからは丹沢に行ってないから知らんけれど、このホッタテ山小屋もスゴイわな(w 「花立」の溝だらけのハゲた斜面はワタシには懐かしいが、このあたり、今では階段だらけになっちまっているんだってね。

そして左の広告が、血マナコで探してるヒトが多い水筒、グランテトラだよ。「エバニュー」のポリタン、2㍑のヤツが400円とかそんな時代にこの雲上感みなぎる値段設定、どーよ(w 高校生にとっては無縁のブツだ。それからこのファンシーな色バリも、当時にあっては突出したセンスを誇っていたように思う。

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裏面には「2万5千」の立体地図が付いているのが、じつにありがたい。ワタシの初めての沢は、このガイドに出ている「新茅ノ沢」にキメたんだった。遡行図は付いていないから、きっと別に沢のルードガイドブックを買ったハズ。

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ああ。もう、懐かしいなぁ。地下足袋にワラジなんてのを買う余裕は無かったから、ワシ、ニッピンのモンタン登山靴で登りきってしまったけどね。いま振り返ると、ソレはおっかない。

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「表3」4色1頁は、「ダイワスポーツ」の広告。岩登り教室のウェアは、このブランドのモノですね。このガストン・レビュファというフランス人ガイドは1950年代からアルプスで傑出した登攀をしてきたヒトだ。こじゃれたエッセイを何冊も出し、リリカルな岩登り映画(あったんだよ、そんなのが)を何作も主演した、日本でも有名なクライマーだったのだ。

さて、長くなってしまったが、再読してワタシなりの解説を付してみました。まあその。昔バナシに多少でも興味がある山好きでないと、こりゃ、分からんでしょうかネ。
大ブームとなっていた「バックパッキング」を契機に、日本はこのあたりからドンドンと「アメリカナイズ」していきます。そして、ちょうどこのころ、平凡出版の偉大な雑誌「Popeye」が創刊されてもいる。
パックフレームの流行が、もしかしたら旧来のデカザックの代表である「キスリング」を駆逐して、デカいアタックザックがナウいのだ、というムードへ牽引したのかも知れないと、今は思う。
長らく欧州的な価値観に動かされてきたわが国の登山界が、なんとなく揺るぎだした端境期と言えるかもね。


バックパッキングCM:6
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コメント

ホープ、ニュートップそして門田ありましたね~。そしてバックフレームザック、パッと出てパッと消えましたね。

 今やMに継ぐメーカーのなったMDなんてあのころまだできたばかりで、「このザック、ミレーにそっくりじゃないか!」とみんなで笑ってたことを思い出します。今の中国の模造製品より似てた。ただ縫製や色は酷かった。今やMD社の中国工場でいくつもの海外メーカーの縫製をしてますからね~。
 ただザックの新製品は相変わらずグレゴリーやオスプレーの真似してますけどね。
IK #-|2011/04/19(火) 07:40 [ 編集 ]

>IKさん
面白いでしょ、このキリクチ(w

「MD」は「マ××××・ダ×××」だと思うんですが、モンチッチに次ぐ商いなんですか。
そして、この当時の「さかいや」商法を今も続けているってなムードですナ・・・。

アソコの初期製品のシットハーネスは愛用しましたよ。いちばん岩登りに燃えてたころ。
モノはトロールの完全パクリ(w だから使い勝手はヨカッタです。
色づかいはヘンテコで、センス悪いなァ、と思ってました(w



ラード #-|2011/04/19(火) 11:33 [ 編集 ]

 MD社はモンチッチ社と比べると製品では目立たないけど、工場でいくつもの国内外のメーカーのウエア・ザック・バックなどの縫製製品を作っているそうです。アメリカのモンチッチ社のようなコ~アもMDの工場で作っているそうです。なので真似し放題ですね。

 たしかに当時は各ショップごとにオリジナル製品を作っていたけど、今はほとんどなくなりましたね。ま~ザックなんかはただの袋で背中にウレタンマットを入れただけだったので簡単な構造でしたからね。

 
 
IK #-|2011/04/19(火) 22:36 [ 編集 ]

>IKさん
ははぁ。MD社はOEMを請け負ってるワケですね。

ソコんちのザック、さかいやのネットで投げ売りされてたり、津田沼の「ヨシキP2」の店頭で投げ売りされてたり、ちょっと気の毒なんだよナ。
こういう地味な商いのメーカーこそ、ホームページをキチンと作りこんで、自社商品の魅力をビシッと伝えてもらいたいんですよ。
ラード #-|2011/04/19(火) 23:30 [ 編集 ]
懐かしさに感動しました!
はじめまして!
偶然この記事を見つけて時間も忘れて見入ってしまいました!
私は1960年生まれ、ジーンズのCMと「Made in USAカタログ」で一発でバックパッキングにはまり、その後、縦走→沢登り→アルパインと進み、今でも細々と山を続けている者です。
今回の山渓1976年8月号、まさにリアルタイムです。
もう一々ビンゴな話題で何から言っていいのか、勝手にコーフンしています。w
実は先週ヤフオクであの頃のカリマーのザック「ジョーブラウン」をget!
「ジョーブラウン」で検索してこちらにたどり着きました。タイムスリップの旅、ありがとうございます!
現場監督 #-|2016/09/25(日) 18:48 [ 編集 ]

>現場監督さん
コメントありがとうございます。

ワタシのこのテの記事は、オッサンホイホイ!と申します。
いらっしゃいませ(w

そうして、同い年ですね。
ジョー・ブラウン。懐かしいのう。
きちんと山で使えるコンディションだとイイですね。

ラード #-|2016/09/25(日) 22:14 [ 編集 ]
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