ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

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ラード的山がたり 記憶の空間

2011/07/28(木) 12:52:45

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ちょっと前、5月半ばのできごとだ。
想い出がみっちりと詰まっている場所へ、およそ8年ぶりに出かけてきた。
ぼくにとって濃密なる「記憶の空間」と呼ぶべき、とある山小屋へ。

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この威圧感みなぎる大岩壁の名がなにか、読者諸兄、諸嬢は重々ご承知だろう。
若かりし「山ヤ」時代のぼくが、かつてなく真剣に取り組んだ対象でもあった。
エボシ奥壁、コップ、3スラ。

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そしてV字状、中央壁。
登山という遊びは、そのころ、征服することと同義に近かった。

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これまで、いくつかの昔ばなし記事で「BC」と記してきたのは、すなわちココのことだったのだ。
この山小屋をベースキャンプにして岩登りに出撃したり、雪訓合宿やら沢登りやら酒盛りをしてきたワケだ。
上越山中にあるこの小屋と周辺に展開する岩壁群で、わが懐かしき記憶の空間はカタチづくられている。





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ところで、諸般の事由があり、さまざまの名称は意図的にボカシて述べていきます。
また、ココに泊まりたいと思ったとしても私設につき大方のヒトは無理ですから、念のため。
これが何かをご存じのかたも、皆のココロの故郷で過ごしたできごとと、静かに読み流していただきたく。

さて。今年はいつになく山雪が多かった様子で、クルマはロープウェー駅の駐車場までしか入れぬ。翌週末からオープンするという鉄壁のゲート横をかすめ、仕方なく舗装からダートに変わる国道という名の長い林道をトボトボ歩く。

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13時すぎ、小屋に到着。雨戸を開け放して陽の光と新鮮な空気を入れる。
今回はOBの先輩たちと久しぶりの小屋宴会だ。正しくは「追悼レリーフ清掃山行」。これで当局の宿泊許可を得た。ワタシが入部する数年前の夏、滝谷で他パーティが落とした岩の直撃で墜死した「S」先輩のレリーフのある場所をキレイにして差しあげるのが、メイン・イベント。追悼の碑は、遺族の意向で氏がことの他お気に入りであったこの小屋を見おろす斜面に設置されたと聞く。

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本隊に先がけて、某OBと前泊で入山してきたワタシ。8年ぶりの「この空間」を堪能するには、1泊ではもの足りない。ビールを極上にする天然の冷蔵庫が小屋の脇にあった。

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寝具とか炊事飲食関連の用具は常備されているから、ボッカしてきたモノといえば食糧とサケのみ。それでもザックは15kg近い。なんせビールだけでも一人あたり3㍑を1日で、それくらいの意気込みなのだった。

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詳しくは語らぬが、この山小屋で共に過ごした仲間のことを叙情的に描いたオリジナルの山歌がある。岳人たちに長く広く歌われてきたものだ。昔は、小屋とか天幕から歌声が聞こえてくるコトが多かったな。まあ、山とはそんな人たちの世界だった。
あるいは、この小屋を舞台にしたカレッジフォークの佳曲佳曲もある。40数年くらい昔の実際のハナシで、カタズミに散った彼氏との悲しい別れを歌っている。

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この古ぼけた写真は、今からちょうど30年前の6月のもの。幽ノ沢の中央壁正面ルートをやる前で、現在とまったく変わらぬ佇まいの玄関にて。腕組みしてるのがワタシで、左はザイルパートナーの「O」。登攀前につき、目んたまがサンカクになっていますナ(w

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某先輩はとっとと酔いつぶれて、ひとりワタシは夜を堪能する。

サケを飲みながら火の面倒を見るのは、もちろん楽しい。この小屋を特徴づけるのが薪ストーブだ。現行のヤツは妙に可愛く小型になっちまって、また高効率な設計でケムリも漏れないストーブに代わっている。
ところが、以前はコレの10倍くらいデカい、ぶ厚い鉄板の一品モノだった。なんせ一升メシが炊ける釜を2ケも天板に同時セッティングできるシロモノなのだが、どこかが設計不良だったのだろう、いつでも漏れたケムリが小屋内に充満し、毎回とことん燻されて、ウェアがいつまでもケムリ臭かったものだった。
ところが面白いもので、このケムリがスッキリ排出される高効率ストーブに代えてからは、小屋内にハチだのムシだのが居つくようになってしまったとのこと。以前はそんなのはいなかった。宿泊者のみならず、ムシさんにとっても福音だったワケか。

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言うまでもないことだが「魔の山」の奥地に昭和ひとケタから佇む建物であるから、「出る」系のネタは枚挙にいとまない。
名にしおう豪雪ゾーンとて、最寄りの「D」駅から、夏ならヤングのころのワタシが急いで70分くらい(夜中の川沿いを単独で入山したときは、登攀装備満載の重いザックで走った。もちろん怖かったのだw だって800体くらいの不慮の死を遂げた霊魂どもがプカプカ漂っている、かも知れんから)で着くところを、ラッセルに次ぐラッセルで1ビバークの2日間かかった、などという伝説もある。容易く想像できてしまうワケだが、そんな雪に埋もれたこの小屋1階のストーブ前にいると、2階でナニモノかがミシミシと歩き回る気配がするという。それは怖い。
こんなネタもあった。戦時中、召集を逃れて冬がくる前に立てこもったものの食糧が尽きて、翌春に発見されたときはミイラと化していたとかナントカ。
そういうハナシはさまざまの年代のヒトから良く聞かされたものだ。ま、ホントかどうか知らぬ。幸いにもワタシが実際にそれらと遭遇したコトは今まで無いのだが、ボットン便所を含めて出たとしてもマッタク不思議ではないというのが、さすがと言うか。

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土曜の午前10時ごろだったか、本隊が合流してきた。遠く山形や大阪から駆けつけてきた先輩もいる。そして翌日曜日は雨の予報。それではと、予定を前倒しにしてメイン・イベントのレリーフ清掃にデッパツ。
カタズミの尖峰群を仰ぎ見ながら、ガラガラのモレーンを上がる。

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ナタやらカマでブッシュを払い、ブラシでレリーフをきれいにして、さて、記念撮影。
皆さん等しくトシを取って、きっちりとジジイになりました(w それにしても、まさかワシらが、まるで老人たちの会話のような「ビョーキ自慢」バナシで盛りあがるとは。

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かつてワタシとザイルを結んで滝谷とか奥又白とか一ノ倉を攀りまくってきた黄色いシャツの「S」氏がその最高峰で、彼は平成になってこのかた、毎日2本のインスリンを注射しているとのこと。血糖値が異常に高くて糖尿病の初期症状だという大OB「N」氏のボヤキをハナで嗤う。

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他にはデカいコルセット持参のヘルニア持ちだのマッカに腫れた足指の痛風持ちだの。鬱病がぶり返して、数ヶ月前にはこのイベントに参加表明していたのに来られなくなった先輩もいる。こちらは気の毒すぎて話題にするのも憚れるワケだが。いやはや。メタボ(気味)ではあるが、とくに持病もなく家族も健康であるワシなんざ恵まれているではないか、そう思えた。

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すばらしいお天気だった。こんな場面では「屋根でビール」に限る。

じつはワタシ、この日は朝から極度の二日酔いで死んでいたのだ。本隊が到着する前、小屋から飛び出してリバースしているその横を登山者が「こんにちは」とか言って通りすぎたり。どんな羞恥プレイであろうか。あるいは、先の集合写真を撮った直後、水をひとクチだけ飲んだソレが突如としてリバースして「サーセン!」と謝りながらスグ横で四つんばいで…、などという最低の体たらくだったのだ。最近、サケが極端に弱くなったのがワタシのビョーキと言えるかも知れぬ。脂肪肝、なんだろうな。
とまれ、午後も遅くにようやく回復し、ビールを飲めるようになった。

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小屋にはナゼかギターが置いてあった。そして、えらく久しぶりにギターを手にしたという「K」氏。ワシが1年坊主のときの5年生で、部室にコロがってる安物フォークギターをいつもポロポロ弾いていたものだ。五月蠅かった(w
氏はまた、かつて鉄の胃袋を持つ早喰いの大食漢でもあった。合宿とかコンパでの鍋の具の争奪戦は懐かしき思い出だ。いやその。かならずワシが負かされていたワケだが。
およそ1時間もギターのチューニングをしていた氏は、結局あきらめたらしい。ワタシを含め、チューニングのやりかたをキレイさっぱり忘れちまったのだ。

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ヤマハ製の発電機を引っぱりだして蛍光灯をつけ、皆いそいそとメシの準備などをして、そうして8年ぶりとなる乾杯だ。

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メインディッシュは、2回戦分のスキヤキ。事前のヤリトリで、この晩メシ担当の「M」氏(ワシが1年坊主のときの主将だ)が「牛肉は200gでイイか?」と聞いてきたからワシが答えて曰く、「不可である。要250g@1名!」。しかし何てコトでしょう、お肉すら喰いきれずに余っちまったのだった。皆さん等しくジジイになった。

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ランプの宿状態に戻して宴会は続いていく。星がきれいな晩だったから、22時くらいだったか、皆で外に出てサケを飲み続けた。天の川が見えた。

そういえばワタシが何年生のときだったか、裏にある東電小屋の常駐管理人の「S」老(いつもヨッパらってウチの小屋に乱入してきた。ウザかったが、寂しかったのだろう)が、ある晩、「これから岩魚を獲りにいくぞ」「どうやって?」「手づかみサ」「ええっ」「見たいヤツは、ついてこいよォ」。
ワタシは同行しなかったのだが、「S」老の珠玉のスキルを目の当たりにした某氏は驚きを隠せずにこう言った。「岩魚がオッサンの手の中に飛びこんでいったんだ」。おすそ分けしてくれた尺モノの1尾を塩焼きにして皆で喰ったが、たいそう美味かった。

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すさまじいイビキをかく先輩2名にはさまれて1階で床についたワタシは、完全な寝不足。
明けがたに起きだしてストーブに火を入れ直した。

現役のころはイビキなぞ無縁だった「M」氏が往復で歌うようになっていたのは、意表を突かれた。まあ、30kgは太っちまったみたいだから当然か。
もうひとり、ギターのチューニングの「K」氏は昔からヒドかった。寝つきのいい氏と同じテントだと悲劇だった。リズムが良ければまだマシなものの、途中で「ぐぐ。ぐほっ」などと、無呼吸になって咳き込むからタチが悪い。サシミでピッタリ真横に寝ている氏を軽くケッとばす。「ぐは。むーん」などとしばらく静かになるのを機に、先に入眠しようと必死だった1年坊主のワタシ。
こんなネタもある。同じころ、安酒をかっこんで「K」氏のまかない付き下宿に泊めてもらったものだが、ある朝、下宿の家主である老婦人がフスマを叩いて氏の名を連呼している。先に気づいたワタシが先輩を揺り起こすと品の良いそのおばあちゃんが曰く、「Kさんのイビキがいつもより大きかったので、あの。ちょっと心配になって…」という笑いバナシ。ま、氏の往復イビキは今も変わらず健在で、なんか安心したものだ。

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大OBの「N」氏が小屋周辺から採取してきた山菜たち。ふたつのビニール袋に満杯だった。それぞれ名前とか調理法の説明を受けたワケだが、キッパリ忘れました。

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朝メシ当番のワタシが気合いを入れて考案・購入・運搬・調理したサンドイッチ・ビュッフェ。「SUBWAY」なんかメじゃないという屈強なコンセプトだ。

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じつにヘルシーでバラエティー、オマケに美味いと自画自賛。しかしながら皆さん等しくトシをとって、二日酔いだから食欲ないとかナントカ。今は昔、ですな。

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キッパリと片付けおよび掃除を行い、突然の驟雨の中、退出を前に記念撮影だ。

近ごろのネットつながりでは「山友」などという安易なグルーピングが幅を利かせているワケだが、かつては、「同じカマのメシを喰った仲」というのが山仲間の「絆」の太さを表す象徴的なフレーズとして使われてきた。しかしながら、本チャンの岩壁とかスッパリ切れ落ちた雪稜でザイルを結んでイノチを託し合った仲とは、それらとも比べものにならない、さらに太い結びつきではないかとワタシは心得る。
30年とかそれ以上も昔、大学時代のわずか数年間の「絆」ではある。しかしながら、それは今も忘れられず消えないものなのだ。

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小雨降る中、帰り道で望んだ幽玄の岩壁。

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観光名所でもあるこちらはガスに包まれていた。
次回はいつ、訪れることができるだろう。

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コメント
読みごたえあり
相変わらず中身の濃いエントリですね。
これまでのをまとめて出版されてみては?
で #aIcUnOeo|2011/07/28(木) 21:46 [ 編集 ]

>でさん
おお。サンクスです~。

ワタシが自分のコトを「ぼく」と称するときは、ホンキのネタなんですよ。
今までに数本しかないけれど。

出版かぁ。イイのう。
でも、この無断URL引用ビシバシってのを内容の醍醐味に設定している(ホラ、「なんとなくクリスタル」みたいな、註釈の嵐だヨ)から、たとえば自費出版でもフォーマットを元から考え直さないとイカンわけです。
ラード #-|2011/07/28(木) 22:08 [ 編集 ]

  う~ん、山にそういう隠れ家的な場所があると良いですね~。歩きも短いし蒔ストーブがあるなんて最高!

 一ノ倉は7~8年前に見たけど、幽ノ沢はもう30年ぐらい見てない、見に行ってみたくなりました。
 紅葉の時期あたりにでも見に行ってみようかなぁ。
IK #-|2011/07/30(土) 16:25 [ 編集 ]

>IKさん
ちわッス。

ええ。ココはもう、パラダイス。
そして、ハタチくらいで時間が止まってる印象なんです。

IKさんの足なら、堅炭岩のカールボーデンまで上がるのも、オススメですね。
美しい氷河跡の圏谷があって、景色を堪能できるんです。
ラード #-|2011/07/30(土) 18:49 [ 編集 ]

以前貴ブログの中でP-114+EtaExpressの際にお世話になったアラウンドフィフティです。
学生時代にはこの小屋でトイレ掃除をさせていただいた私もここのOBです。山関連のクラブは当時いくつかありましたが、そのうちの一つ。
ここはレインボウハウスかな?
懐かしいなぁ。
私も紅葉の時期が来たら湯檜曽本谷あたりを登りがてら30年ぶりに近くへ立ち寄ってみたいと思います。
思い出をありがとう。
キャン #CORclAOA|2011/08/11(木) 23:15 [ 編集 ]

>キャンさん
こんばんは。

あー、HE記事の無断引用の件、バレてましたか。すいません。
最新の赤木沢の記事、イイですねえ。

で、もちろんワタシも昔は肥汲み、やりましたよ(w
今回、便所に入ってカギをかけたら、LEDのライトが自動点灯してギョッとしました。
多少は環境が改善されてる模様です。

まもなくココは、35年ぶりくらいに、水回りエリアをリフォームします。
だいぶ傷んでましたからね。
各山系体育会・文化会(こんなコトバ、もうないかw)には、ドネーション依頼のお願いが回っていますね。


ラード #-|2011/08/11(木) 23:40 [ 編集 ]
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#|2012/07/10(火) 00:13 [ 編集 ]

>キャンさん
ふふふ。ご明察。 

ユーのHNが所属クラブから取ったってコトは推測してましたが、名前まではチトわからんなー。
「S」氏とは先月に会いました。改装なった「寮」で。お元気ですよ。
ラード #-|2012/07/10(火) 10:23 [ 編集 ]

ビンゴですな。

カーリーヘアの「S」氏と共に、当時クラブでは禁止されていた冬の八ヶ岳を登りに行き、彼は貴殿のクラブへ移籍、私は社会人山岳会へと流れて行きました。もっとも私は1年後に復籍したのですが。

もう30年以上も前のこんなウラ話ももう時効でしょう。

復籍後に登りに行った南アの奥西河内沢遡行後、台風の中、小渋川下山中にラードさんの後輩パーティとすれ違ったりもしています。

皆さん元気で何よりです。
キャン #-|2012/07/12(木) 07:19 [ 編集 ]

>キャンさん
いまも昔も、そして登山なんつー「遊び」の場でも、悩みは尽きませんナ。

いつかどこかの山で逢えたら、楽しいですね。

ラード #-|2012/07/12(木) 10:49 [ 編集 ]

御意。

苦楽は表裏一体。
愉しみましょう 人生を。

ではまた。

P.S. 私はS氏の2学年下でした。彼と会う機会がありましたらよろしくお伝え下さい。キャンで八ツ行って問題になった後輩がまだ山やってるようだよと(^^
キャン #-|2012/07/12(木) 19:56 [ 編集 ]

>キャンさん
了解。
ラード #-|2012/07/12(木) 20:48 [ 編集 ]
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