ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

掘ったイモいぢるな?

カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別


08月 | 2017年09月 | 10月
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30


最近の記事

プロフィール

ラード

Author:ラード
千葉県在住
バイクはXR250「Baja」
クルマはE46「325i Touring」
メインアームは「SIG552 SEALS」


林道焚火野宿のバイク旅と
サバゲ、そして
バックパッキングの世界を愛する。
風流なオッサンとなるべく
奥義を研究する日々(w

最近のコメント

データ取得中...

検索いのち(w

Google

WWW検索 ブログ内検索

こんなもんです・・・

カテゴリー

過去ログ

最近のトラックバック

検索順位チェックツール

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

ちょっと待って。待ってくれ (シリーズその2)

2006/02/17(金) 00:44:28

20060217003152.jpg

人生すでにアーカイブなオッサン、ラードの会社PCから、ある古い原稿を発見しました。
皆さんから「続篇」を書けと、やいのやいの督促されておりますが、今しばしお待ちくださいとゆー「コメント」欄のほうがよっぽど賑やかであるのが悩ましいのですねえ。いかんいかん。

以下にご紹介するのは、1999年の夏、転勤先の中部支社「支社内報」に寄せたリレー・エッセイ、テーマが「私のお宝」での原稿です。このときから数年たって、現在では昔の記憶がさらに茫洋としていますけどネ。なんたって四半世紀も昔のハナシですから。本編のあとには、ちょっとアーカイブな解説も付け桑江知子ぢゃないや、加えましょう(w 

 ・・・

「お宝」ですか。どれにしよう。
コレクターの気質があって、またモノを捨てられぬ性分であるからして困ってしまう。とりあえず今回は、ぼくの古い「山靴」をご紹介します。

高校・大学と登山ばかりしていました。今から20年前にある大学の「体育会スキー山岳部」に入部したとき、登山靴製造専門店「ゴロー」で新しく誂えました。4万円だったかな。これで約100日の山行を3年間続けました。
無雪期は北や南アルプスで3週間におよぶ大縦走、穂高や剣、谷川岳での岩登りなど。冬には北アルプスでのピークハントや縦走、そして氷壁登攀などを夢中で行ったものです。最初は明るい茶色だったのが、使いこむうちにこげ茶の「歴戦の兵(つわもの)」といった風情がでました。

今でもふと鮮明に思い出せる妙なことがあります。たとえば真夏の草いきれの匂い、きびしい登攀中にまさぐっていたひんやりとした岩肌や雷雨の中で吸ったシケたタバコの味とか。どうやら自分にとっての「山登り時代」とは、都会生活からかけ離れた非日常のなかで、その空気感をはじめ五感に刻まれたリアルな思い出と言えそうです。

夏の岩壁では当時流行ったスニーカーにはき替えて攀っていたので、この靴が最も活躍したのは冬山になります。

とくに印象深いのは1980年の暮れに八方尾根から唐松岳を目指 して大豪雪にはばまれ敗退したとき。2日で登ったルートを下るのに4日かかりました。頭上を越す雪を4人で必死にラッセルしても1日わずか500mしか進めない。そして翌日、その降り積もった雪をすべて蹴散らす地吹雪に天幕をつぶされ、風速50mのなかで雪洞を掘って生還。そのとき同じ尾根上では私立高パーティが遭難、全滅しました。また、この翌年の初冬、富士山の九合目近くで荒天につかまり緊急ビバークをしました。2人でガッチガチの雪にピッケルで半畳ほどの場所を作り、雪崩れても飛ばされないよう確保してツエルトをかぶ り、座って一晩耐えました。もちろん靴は脱がず衣類はすべて身につけます。滅多なことではヒトは死なないんだなと思いました。

最後にこの靴で入山したのは11年前、H山岳部が黒部の谷で遭難したとき。第2次捜索隊に参加して現場付近を遡行しました。しかし遺体はついに発見できず、恨めしい思いで圧倒的なV字谷を見上げていたものです。

今では油もくれず物置で眠っていますが、この山靴は、若いころの喜怒哀楽を封じ込めた一生捨てられない山道具だと思います。

 ・・・

さてと。本文は以上です。ちょっと文章がカタいですね、昔のワタシは。
註釈を加えてみましょう。

そういえば「註釈」で思い出しました。ちょうどこういったアブナイことをやっていた時代ですが、長野県知事の田中康夫センセの迷著「なんとなくクリスタル」が評判をとったんでした。ちなみに第2作が「ブリリアントな午後」。そのころ流行ったギャグでこんなのがあったナ。「ブリリアントにクリスタらない?」(w ワタシもオフショアの鹿の子ポロシャツにファラーのグレーのホップサック、足元はワラビー(リーガルだけど)でキメキメでした。ま、半分ホントですんで念のため。

「ゴロー」で登山靴をオーダーしてわかったこと。ワタシの足は、右が5mmほど大きい。ショップのヒトが言うには、利き足(こんなコトバはナイか)の方が大きいのは珍しいことではないそう。

「五感に刻まれたリアルな思い出」というのは、まったくその通りで、フラッシュバックのようにフト脈絡もなく思い出せるコトが多いです。当時はカメラなんかあまり持って行かなかった。重いし、壊れそうだったしね。もとよりフラッシュ付AFカメラなんか無かったし。そのころに「写るンです」みたいな手軽な製品が発明されていたら、どんなに良かったろう。そんな状況だったからか、ともかく自分の「眼」や「鼻」に焼きついている事象・印象が多いのは、たしかですね。

ちなみにどんな「刷り込み」が幼年時代にあったのか定かでないけれど、ワタシ、昔から「いぐさ」の香りにヨワイのです。この場合、好きってことだからね。夏場のスーパーの納涼「いぐさ」製品コーナーなんか、タイヘンですよ。思わずソコへ顔をうずめたくなる。

「スニーカー」。このコトバ自体がすでに恥ずかしいですねえ。ワタシの大学1年・新入り時代、夏合宿で流行った歌がチューリップの「虹とスニーカーの頃」。懐メロとしてこの歌が流れると、あの夏の出来事を否応なく思い出します。そう。「耳」にも焼きついているのだ。ただし、ココでいうスニーカーとは、ノーブランドのソールがペラペラの安もの運動靴のこと。登攀ではフリクションが効いて使い勝手が良かったんです。

「八方尾根」の一件ですが、そうか、2日かけて登って4日かけて下ってるのか。びみょーに記憶ちがいがあるナ(汁

「H山岳部」とは、ワタシの勤める会社の、今は亡き社内サークルのこと。昭和最後の夏に、オジサン2名とオバサン1名が、黒部渓谷の難関「黒薙川・柳又谷(くろなぎがわ・やなぎまただん)」遡行の沢登り(所要日数約5日くらい)中に全員が遭難死したんです。

当時ワタシは大阪支社勤務でしたが、誘われていたんだよな、まさにこの「合宿」にね。遭難の原因は現在でも特定できず。オジサン2名は、大がかりな捜索活動の末、ようやっと本流の水辺で発見された。「死臭」で見つけられたんだそうだ。衣服は脱げて丸裸だけど、首も両手足も「付いていた」とのこと。これが謎を深めるワケだ。もし鉄砲水なんかでブッ飛ばされれば、真っ先に「首」は取れちゃうワケですヨ。雪崩に巻き込まれるのと同じでネ。鉄砲水ってのは、ひと抱えもある岩が谷をビュンビュン飛びかってぶつかって、火花がバチバチ散りまくるともいいます(汁 そうして意識がなくなると、ヒトのアタマってのは重くて異物だから。

余談ですが、「黒部」の信じらんない自然の猛威を記したドキュメントでは、吉村昭氏の小説「高熱隧道」(新潮文庫)が白眉です。とくに「ホウ雪崩」。コンクリ製の2階建て飯場をひとつ先の尾根むこうまでキレイさっぱり吹き飛ばして痕跡すら残さない、とか。威力ありすぎ。これがフィクションではないという。この本、熱烈にお奨めします。

さて。モンダイは、当時48歳だったオバサンです。未だに遺体が見つからないのだ。ワタシも何度も一緒に登った、落ち着いたオトナの独身女性でした。親子の絆が強くて、父親が少なからず狂ったのだ。「合宿」って名目の山行だから会社の責任だとか。そして、記憶をなくして富山あたりを彷徨っているハズだとか本気でわが娘を妄想したり。ともかくこの老いた父は、その後しばらくして愛娘捜索活動のための体力づくりでジョギング中に急死したという。なんだか無性に悲しいですね。

しかし因果は廻るというか、「この山を登ってオレは足を洗う」なんてリタイヤ宣言をした途端、天に召されちゃうコトって多いですね。このオジサンも正しくその「陥穽」にハマってしまったと言えましょう。
この遭難事件から1年たった秋の日、有志で現地の慰霊祭に集まったとき、社内山岳部の長老が読みあげた弔辞は、思わずグッときました。「諸君らは、ここ黒部の守護神となりて、この地を訪れる岳人たちの安全を見守ってほしい」。そういう胸を打つものだったのです。山の紅葉が目に染みたっけ。

ワタシが山から遠ざかったのは、やはりこの事件のインパクトが大きかったのかも知れない。入れ違いにスタートさせていたバイクによる「林道野宿ツーリング」に夢中になったこともあるだろう。しかし、この一件がターニング・ポイントであったのは確かなようです。




ワタシも遺体捜索時に下流域を遡行した「黒薙谷」のすさまじいⅤ字谷、wikipediaで全体像をどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E9%83%A8%E5%B7%9D
遡行記、見つけました。
http://www.gifu-u.ac.jp/~ishigiwa/kiroku50.html

ワタシも東京都の水ガメ「利根川本谷」5級ってのを登りましたが、あの陰鬱なふいんき(なぜか変換できないw)を心おきなく思い出させてくれますね。
もちろん黒薙のほうが難易度は高いです。6級。ひとえに荒天時の非難場所があるかどうかで難易度は決まりますが、そんなの無いようです、ココは。

「この谷をキメて大きい山は止める」といって昇天したのは、事実。いつかカキコするこの谷がらみの「予告篇」を打っとくか。
じつはこの「合宿」、死んだオジサン「K」氏の約30年ぶりとなる「あるリベンジ山行」だったんです。ヒトが無意識下で発揮した超人的な脱出行の。このときも遭難したワケですがね。ではまた、いつか。

元「山ヤ」の体験談TB:0CM:10
<< 2月のできごとホーム全記事一覧豪雪の記憶 (シリーズその1) >>

コメント

ふいんきってなんだろう、美味しいもの?
ベタですが、本文の重苦しい雰囲気を和らげる効果は出ているかもしれませんね。(^^;

風速50mの雪山ですか。
よくぞ生還できましたなあ。
これだから山男は。(^^;

パッと見前編と似たレイアウトだったので更新に気付きませんでした。
そんなにやいやい言ったつもりはないのですが、これで数日は我慢できそうです。(⌒▽⌒)
大銀杏 #X.Av9vec|2006/02/17(金) 13:02 [ 編集 ]
効果は「数日」ですか(w
「ふいんき(なぜか変換できないw)」は、2ちゃんねるの誤変換
ネタであります(w 「すくつ」なんかと一緒ネ。
ラード #-|2006/02/17(金) 13:38 [ 編集 ]

うかつなことは言えない、言えないのですが、山で死んだ人の話を聞いたり読んだりすると、ちょっと羨ましいような切ないような気持ちになってしまうのです。誤解される恐れが多分にあるのですが、偽らざる気持ちなのでした。
わたしゃ筑波山ぐらいしか登ったことありませんが。
なま #GCA3nAmE|2006/02/17(金) 21:43 [ 編集 ]

やっぱり山屋は凄いんだよね。例え「元」であっても。
キャンプだろうが野営だろうが、雨が下から降ってきても、鼻毛がすぐ凍っても、「死」は意識しませんから。数歩間違っても骨折と食い過ぎによる腹痛くらい(^^;
重いのイヤだけど続編求む。乗り&撮り鉄から帰ってきたら脱肛してるかな?あ、間違えた脱稿だ(^^;

んなコト書いてないで早く出ないと、いくら外房とはいえオールナイトニッポン前に到着できないなぁ。今日はドコでテント張ろうかなぁ....
背負子 #mQop/nM.|2006/02/17(金) 22:24 [ 編集 ]

昔ばなしで食いつないでいるラードですが(w

たしかに山での「死」はヒロイックに見えるかも、ですね。実際はカネがかかって、夏ならすぐ腐って目にはウジなんか湧いちゃうし。本人は本望かも知らんけど、ですね。

死なずにケガしたって、山ではカネがかかります。
大学1年の夏、先輩が北アルプス・剣岳の岩場で15mほど転落したとき、幸いなことに片足首骨折と全身の擦過傷と軽傷でした。でも落下直後に見た光景はビビッタ。ベロがアゴまで垂れて、うなり声と白目、ですナ(汁

ぼくら4名くらいだったかな、大慌てでした。山小屋に走って、ヘリ呼んで、先輩を安全な場所にアタマを揺らさぬように移動させたり。ショック状態の先輩は、今がいつか、ココはどこか、なぜ自分がソコにいるのか判らずに、何べんも定期的に聞いてくるんです。その都度ていねいに質問に答えます。

あるとき同じ質問を3種類しかしないから安心してたら、いきなり「ところでボクは重傷なのかな」なんて聞いてきて、つられて「そうです」なんて答えて、後ほど別の先輩に蹴り倒されました(汁 そういった場合、ココロがぽっきり折れて「そっかあ」なんてつぶやきつつ息を引き取るなんつーケースも多いらしいんですね。いや、奥が深いな、と・・・・(・∀・;)
 
そのくせ逆上したぼくらが先輩の自宅電話番号をド忘れして「ああっとォ」なんて困ってたらスラスラ答えたり。なんか脳ミソの深遠を実感したりして(w

ああっ。また渾身のレスをカキコしてしまった。
ラード #-|2006/02/19(日) 22:13 [ 編集 ]

う、自分のコト書こうかと思ったけど後編が遠くなるから書かない(^^;

百スキは探さんでよろし。譲りますからちゃんと続編書くように(^^;
背負子 #mQop/nM.|2006/02/19(日) 23:04 [ 編集 ]

>背負子さん
どのみち遅れそうな気も。いやいやいやいや(汁

書くよ。
書きますよ。
けっこう盛り上がってきたんですよ今ボクは。
週末、大昔の「登山手帖」が出てきたんですよ、3冊。
「ヤマケイ」の別冊付録。
ワタシが高2から浪人1年を経て大学2年の春まで
記述していたもの。
おおいにアバウトな記録メモではあったけれど。

思わず知らず、泣けてきたねえ(w
懐かしくてね。
でも「青い」をとおり越してワレながらキモかった(汁

それからカンジンの八方尾根のときの記述は無い。
もう記憶が不たしかなんですよねー。いやはや。

まあ何ですね、山のネタでこれだけ皆さんを引きつけられて
いるから妙にうれしい(w

引っぱりますヨ。これからもしばらく山ネタで・・・・(・∀・;)
ラード #-|2006/02/20(月) 13:07 [ 編集 ]

山ネタは引っ張れますよ、読み手がやる・やらんは別として究極の姿ですから。
ワタクシなんて、とある所(?)で鉄ネタを引っ張ってるけど、付くコメントはエロサイトとかワケ判らんブログばかり(^^;
背負子 #mQop/nM.|2006/02/20(月) 22:57 [ 編集 ]
今の読者さまなら大法螺ふいても気づか(ry
ウソウソ。真実と正義のヒト、ラードです。いやコレがいちばんの駄ボラ(w
 
ワタシの会社に、ひとつ下の鉄ヲタがいまして。こやつはジャンルからいうと「乗るの専門」なのネ。国内すべての鉄道に乗車したのが勲章とか何とか。
沖縄の新交通ができたら、さっそく「初めて沖縄に逝く用事が」と言いつつ特攻するし。映画「グレート・ブルー」に出てくる南米の世界最高所を走る鉄道とか、あっ、オリエント急行にも乗ってるぞ。「おゆみ野」に住んでるワケですが、あのへんは磁力が強いんでしょうか(w 
さておき、そいつが数年前に「鉄分検定試験」というか鉄ヲタ度判定試験を受けたト。昔の「カルトQ」みたいなものかしらん。それくらいのヲタをもってしても「検定2級」だったとのことだ。むーん。深い。深いぞ。1級の鉄分なんて、さぞや、だぞ(w
ラード #-|2006/02/21(火) 00:52 [ 編集 ]

鉄ちゃんではありますが、鉄ヲタにはなりたくないなぁ。ってか、なれないんですが。好きだけどそこまで夢中にはなれないんですな。

や、世間一般からすればかなりイッてるのかも知れませんが、自分の中では全然よ。来月早々大阪行くのにまたムーンライト使おうか、なんてのはカワイイもんです(^^;
背負子 #mQop/nM.|2006/02/21(火) 22:32 [ 編集 ]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://uemat.blog33.fc2.com/tb.php/55-c28a030d

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

アクセス解析
Copyright(C) 2006 ラード・アラモード All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. まとめ template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。