ラード・アラモード

アウトドア好きのオッサンです。山系バックパッキング、サバゲ、林道野宿ツーリング、好きなモノ、好きなコト、昔ばなし(w のんびりと、自分の興味をご紹介します。

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ワタシのバイブル 山の本篇 その3

2006/04/19(水) 18:14:02

DSC01363_800.jpg

「初登攀行」松本龍雄(中公文庫/あかね書房)

ワタシが改めてロック・クライミングにハマるキッカケとなった本。大学2年の後半かな、中公文庫版で出合いました。のちに神保町の古書店で初版本(あかね書房)をゲット。とにかく当時ハタチだったワタシに衝撃を与えた山行記で、現在でも「おまえにとって、この一冊とは何か」と問われたら迷わずこの本を挙げますね。それくらい入れこみました。

ただしこの本、おおかたの皆さんには縁遠い内容と思われ(w 半世紀も昔の岩登りに賭ける青春記、ですからね。そりゃもう特殊です。さらにはクライマックスの時期でさえワタシが生まれる少し前。そうだ。東京タワーが完成したころじゃんか。ハイ、世相については映画「ALWAYS 三丁目の夕日」をイメージしてみよう(w あんな時代のイノチがけの登攀記です。

著者が成したクライミングの記録たちは当然ながらすばらしい。著者が語る生きざまやクライミングに対する考えも「サムライ」を見るようで男らしい。さらに文章、構成までも秀逸で、とくに当時のことを直には知らないワタシでさえ、ありありとイメージできる筆力(山での描写はもとより町中の様子もネ)には脱帽です。これは優れた文芸書だと思っています。

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著者が青春を捧げ、もっとも実力を発揮した舞台、谷川岳・一ノ倉沢。この威圧感バリバリの光景は現地に逝って実物をごらんいただいたほうが、凄まじさが迫ってきてイイですよ。

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なんたって今まで800名以上の遭難者をだしてますからね。この方面では、世界一(汁 湯檜曽川をはさんで対岸の山から見ると、こういう実際の傾斜になる。

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名にしおう豪雪エリア。残雪が完全に消える場合ってのが珍しいという度外れた渓谷です。この画像の状態、ドカ雪だった今シーズンならば6月上旬くらいじゃなかろうか。

「初登攀行」にインスパイアされた理由はハッキリしています。部員がごく少ないクラブにあって、進むべきクラブの方向性を模索して悩んでいるときに、ちょうど出合ったからですね。燃える「対象」が欲しかったワタシに、この本はロック・クライミングとチャレンジ・スピリッツってヤツを叩きこんでくれたワケ。これは優れたバイブルでもあったのです。

ワタシが主将を務めた3年時の「夏合宿」なんて、じつにもう極端なものでした。チャレンジしまくり状態(w 南アルプス・カモシカ山行3日間を皮切りに、第2次合宿が穂高岳(涸沢定着)登攀合宿で約20日間。第3次は谷川岳登攀合宿で約10日間。ちなみに参加者はワタシを含めてわずか3名、でした。

このときの谷川岳では終始お天気が不順で大した結果は挙げられなかったんですが、穂高合宿では、滝谷の「C沢右俣奥壁」や「第4尾根~ツルム正面壁継続」、前穂高東壁「Dフェース」や「右岩稜・古川ルート」、屏風岩の「東壁雲稜ルート」や「一ルンゼ」なんてのも登ったな。充実。もう25年も経っているけれど、思い出ぶかいものがありますね。

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滝谷

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前穂高岳東壁

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屏風岩

さて、「初登攀行」にハゲしくインスパイアされたワタシが設定した最大の目標ルート、それは一ノ倉沢にそそり立つ「滝沢第3スラブ」、通称「3スラ」です。もちろん初登攀したのは松本龍雄氏のパーティで、昭和33年の秋のこと。ワタシはこの合宿の翌年、4年生になった6月に完登。なんとか在学中に間に合わせるコトができました。これには、ワタシのバイブルその4となる「喪われた岩壁」というノンフィクションにKOされ、背中を押されたからという経緯もあるんです。次項でお伝えしましょう。

元「山ヤ」の体験談TB:0CM:0
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